| 新版/別章【天理教教理各論原形】 |

更新日/2026(平成31.5.1栄和改元/栄和8)年5.5日
| (れんだいこのショートメッセージ) |
| ここで、天理教義各論原形を確認しておく。その後、天理教教理を総合的に解析し、その内的構造を円環づけてみたいと思っている。直感として、相当選れた理論と実践の結合諭しになっているのではないかと思っている。日本式ではあるが世界に通用し範足りえるものではないかと思っている。但し、ここへ分け入るには道がなお遠い。嫌味を補足しておけば、これを能く為しえているものに出くわしたことがない。インターネットの登場以降、ホームページが自在に登場できるようになっているにも拘わらず、教義を平面的に書きつけてあるだけの代物にしか出会ったことがない。行事には熱心かもしれないが教理を究明し現代的適用に向かう精神は弱いようである。しかしそれは恐らく滅びの道に至るであろう。
ここに書きつけるのは、現時点に於けるれんだいこフィルターにより透過された教理である。まず、教祖のお言葉と思われるものを取捨選択した。教祖のお言葉として疑念が残る文句は割愛するなり別綴じにして、れんだいこが伝えるに足ると思われるお言葉を選択した。教祖の似たようなお言葉を一括して、大過のない形で編集し直した。実際にそのように述べた訳ではないが、細切れの言葉をそのままに理解するよりも却って教祖のお言葉の真意に近いのではないかと思っている。参考にしていただければ幸いである。 2003.8.29日、2006.7.1日再編集 れんだいこ拝 |
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(私論.私見)
天理教立教の時、すなわち天保9年(1838)10月26日を表す語。時候や季節、特に物事の最も充実した時を表す「旬」と、特に限定した時を表す「刻限」との合成語である。
天理教は、教祖(おやさま・中山みき)が「月日のやしろ」と定まった時に始まる。この時は、「元初まりの話」によれば、人間創造の時、夫婦の「ひながた」となった「うを」と「み」に、「最初産み降ろす子数の年限(九億九万九千九百九十九)が経ったなら神として拝をさす」(『天理教教典』第3章参照)との親神の約束にもとづいた時である。つまり、この時は人間創造の時に予定されていたと言えよう。天理教では「旬刻限の理」として、立教の時間的限定面からの重要な契機とされている。