年の寄るのを待ちかねる

 更新日/2019(平成31→5.1栄和改元)年.10.20日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「年の寄るのを待ちかねる」教理を確認しておく。

 2003.8.29日 れんだいこ拝


【「年のよるのを、まちかねる」】
 「正文遺韻抄」の「年のよるのを、まちかねる」は次のように記している。これによると、教祖は次のようにお話しなされている。
 一つには、四十台や、五十だいの女では、夜や夜中に男を引きよせて、話をきかすことはできんが、もう八十過ぎた年よりなら、誰も疑う者もあるまい。また、どういう話も聞かせられる。仕込まれる。そこで神さんはな、年の寄るのを、えらう、お待ちかねで御座ったのやで。
 八十過ぎた年よりで、それも女の身そらであれば、どこに力のある筈がないと、だれも思ふやろう。ここで力をあらはしたら、神の力としか思はれやうまい。よって、力だめしをして見せよと仰有る。(p140-p141)
(私論.私見)
 みきの貴重なひながた紹介の記述である。
 「教祖口伝<◆明治10年10月25日、枡井伊三郎に対する教祖直々のお諭し>」。
 さあ八十の歳を待ちかねた/\。この話はなあ、聞きながし説きながし、よく心に治めてくれにゃならんで。とり違いのないよう、あんな話と思うて聞いたらいかんで。あんな話と思うて聞いたら、あんな話になってしまう。人間元の理がわからなければ、何もわからん、何も知れようまい。心して聞かにゃいかん。心によう治めてくれ。





(私論.私見)