| 山の仙人、里の仙人 |
更新日/2023(平成31.5.1栄和改元/栄和5)年3.10日
| (れんだいこのショートメッセージ) |
| ここで、「山の仙人、里の仙人」教理を確認する。 2016.02.29日 れんだいこ拝 |
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| 【山の仙人、里の仙人】 | ||
教祖直々の伝であるかどうか分からないが、「山の仙人、里の仙人諭し」が道人に伝えられている。これを確認する。「山の仙人」とは、人里離れた深山幽谷で厳しい修行を積んで悟りを開く人のことを云う。「里の仙人」とは、山から麓へ降りて来て、日常の現実社会の中で、仙人のように暮らしていく人のことを云う。つまり、「里の仙人」とは「山の仙人」に対する対句になっている。お道は、「里の仙人」を目指せと諭されている。その由は、衆生済度の方法として「里の仙人」を目指せ、ということにある。口伝で次のようなお言葉が伝えられている。
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あるいはこう受け取ることもできよう。
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2011.8.、おやさと研究所長・深谷忠一「日本は里の仙人になろう!」。
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教祖の諭しは、格言のようなものを、誰でも分かるように分り易い言葉で示されているのが特徴である。中国に古くから伝わる格言「小賢は山陰に遁し、大賢は市井に遁す」(しょうけんはさんいんにとんし、たいけんはしせいにとんす)は、本当の賢者は、山にこもって修行したり、読書に浸ったりして下界との接触を避けるのでなく、庶民の実生活の中に入り込んで、喜怒哀楽を共にするものだという意味で、教祖の教えはこの格言に通底している。 |
(私論.私見)