| 原理論その5 | 世界一列皆な神の子、人類は一列兄弟姉妹観 |
更新日/2019(平成31→5.1栄和改元)年.10.5日
| (れんだいこのショートメッセージ) |
| ここで、お道教理としての「世界一列皆な神の子、人類は一列兄弟姉妹観」教理を確認しておく。 2003.8.29日 れんだいこ拝 |
| 【世界一列皆な神の子、人類は一列兄弟姉妹観】 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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みきは、人間は一列平等に親神の深い愛情を込めて創造された存在であるという観点に立たれて、これをまずは家族に承知させようとしていた。
教祖のお諭しは次の通り。
お指図は次の通り。
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近代民主主義の人間観は人格の独立を基本としている。人格の独立は、歴史的には信仰的規制からの分離と政治権力による規制、弾圧に対する抵抗運動の流れで獲得されてきた。教祖みきの教義は、「(神の目には)世界一列皆な我が子、世界中一列は皆な兄弟」、「天皇も人間、我々百姓も同じ魂」という観点を打ち樹てたことにより、各自の人格の独立を認め、親神の思し召しに叶うよう処世するのを促したが、そこには規制的強制的なものはない。してみれば、近代民主主義の権利義務的人間観とも異質なのだが、結果的に近代民主主義の自律的人間観に非常に近いところに位置しているということになる。但し、無条件的に自律しているのかと云うと、そうでもないように思われる。いわゆる政治的世間的柵(しがらみ)に対しては自律的であるが、親神の思惑に対しては「一途な聞き分け」を要請しているように思う。ここら辺りが「みき教理の真骨頂」であろう。 |
(私論.私見)