御供(ごく)

 更新日/2020(平成31→5.1栄和改元/栄和2)年11.21日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「御供(ごく)」教理を確認する。」その他参照。

 2016.02.29日 れんだいこ拝


【御供(ごく)】
 現在は「御供(ごく)」としてご洗米をお下げられるが、「御供(ごく)」を始めた頃は、金平糖という砂糖菓子が下げられた。「人間の元々の親里や。そうやから砂糖の御供を渡す」とのことで、「親里」と「砂糖」がかけられていた。御供(ごく)は、一回に三粒頂く。(ただし、現在のご洗米の御供(ごく)の場合、米粒が割れたり欠けたりしていることもあり、厳密に三粒頂くのは難しいこともあります。その場合は特に気にせず、数粒頂く) この一回に三粒ということに対しても、言葉の理を用いてお教え下されている。「をびや許し」の御供(ごく)の場合は、三包であり、それに意味があり、普段頂く御供(ごく)は、何服頂こうと、それぞれに理があり、「何服頂かなければならない!」ということはない。それぞれに理があることをさとり、親神様の思し召しにもたれ切る心となれれば、それで良い。
 60「金米糖の御供」。
 教祖は、金米糖の御供をお渡し下さる時、「ここは、人間の元々の親里や。そうやから砂糖の御供を渡すのやで」と、お説き聞かせ下された。又、「一ぷくは、一寸の理。中に三粒あるのは、一寸身に付く理。二ふくは、六くに守る理。三ふくは、身に付いて苦がなくなる理。五ふくは、理を吹く理。三、五、十五となるから、十分理を吹く理。七ふくは、何んにも言うことない理。三、七、二十一となるから、たっぷり治まる理。九ふくは、苦がなくなる理。三、九、二十七となるから、たっぷり何んにも言うことない理」と、お聞かせ下された。







(私論.私見)