みかぐらうた(御神楽歌)その1、悪しき祓いの地歌/座りづとめ

 更新日/2020(平成31→5.1栄和改元/栄和2)年3.12日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここに、「御神楽歌」全文(但し、れんだいこ翻訳文)を誌す。れんだいこは、「御神楽歌は、日本宗教史上最高の傑作中の傑作の和歌教歌」と評価させていただく。おさしづ(明治33年9.9日)に「ひと言説いたら百巻の書物にできる」と諭してあるように、全編が神示となっている。信仰の流れ的には、入信から講の結成の道筋、自己助かりから世界助けへの理論と実践の道筋、その為のつとめ、その精華としての甘露台神楽づとめ、陽気暮らしの思想を芯とせよとの思し召しを、日本古来よりの伝統的な和歌形式で説いているところに特徴が認められる。

 これをもう少し詳しく説明すると、人生のよろず悩みを抱えての入信から始まり、身情事情解決の道筋の悟り、互い助け合い思想の確立、用木(ようぼく)としての「お道」の歩み、講の結成、この経緯での道人の心構え等々につき実にやさしく且つ内容豊かに歌い上げている。道人がこの教えに一筋にもたれて通るなら、人生に豊かな実りが約束され、難渋が救われ、遂には謀反と病の根を切り、更に世界助けに向かうことにより国々所々が治まり、平和な世の中になることを詠っている。まさに教祖流の世直し論であり、「人々の心の入れ替え、胸の掃除を通じての世の立て替え(社会の再創造)」を指針しているところに特徴が見られる。今日定式されているこの形式が教祖の教えたそれであったかどうかとは別であるが、原型は維持されていると考えるべきではなかろうか。御神楽歌の凄さは、お道の発展のみならず、あらゆる組織、事業体の形成経営に資する普遍的な教示となっているところにある。心して学ぶべしではなかろうか。ここでは、「みかぐらうた(御神楽歌)その1、悪しき祓いの地歌/座りづとめ」と「よろづよ八首」について確認する。

 2011.04.14日再編集 れんだいこ拝


【神楽づとめの地歌】
 「座りつとめ」で表現される際の御歌である。
 ○第1節、悪しき払いのつとめ
 「悪しきを祓うて 助けたまへ てんりん王の命(みこと)」
 (Sweeping away evils, please save us, Tenri-O-no-Mikoto)
(私論.私見)
 「悪しきを祓うて助けたまへ てんりん王の みこと」を「悪しき祓いのつとめ」と云う。その意味は、胸の内の悪しきの掃除と、世の悪しきの立て直しの両面の意味として受け取る必要がある。「祓う」なる表現は、日本古来の禊思想の系譜であることを表わしていると拝することができよう。「助けたまへ」は、救済理論であることを示している。「てんりん王のみこと」も、転輪王の命と天理王の命の両面の受け取りようがあるところである。なお、命(みこと)とは、大和朝廷下の天皇以前の出雲王朝時代の王の呼び名であり、古神道的な絡みがあることが窺われる。よって、「命」(みこと)を「尊」と表記するのは記紀神話に依拠し過ぎで、「命」と表記すべきだろう。

 付言すれば、教祖が足繁く通い教理を会得したと思われる奈良県桜井市の大神(おおみわ)神社の「鎮魂詞」(いのりのことば)は、「幸魂(さきみたま) 奇魂(くしみたま) 守給(まもりたまえ) 幸給(さきはえたまえ)」である。これを神職が三度唱え、信徒もこれに合わせて一緒に唱える。何やら「お道」のそれに通底しているように思われる。ちなみにお道教理の「大難を小難に、小難を無難に」も大神(おおみわ)教理にあるものである。

 教祖時代には「ちょとはなしから始まり、あしきをはろうてたすけせきこむ一れつすましてかんろう台」があっただけで、「あしきをはろうてたすけたまえてんりおうのみこと」はなかったと云う。

 2011.1.3日 れんだいこ拝
 ○第2節、天地の理の諭しのつとめ
 「ちょとはなし 神の云うこと 聞いてくれ 悪しきのことは 云わんでな この世の 地と天とを かたどりて 夫婦をこしらえ きたるでな これハこの世の 始めだし ようしようし」
 (Just a word: Listen to what God says. I never tell you anything wrong.Representing heaven and earth I have created husband and wife. This is the beginning of the world.)
(私論.私見)
 短く述べられているが、教祖の説いた天地創人類創成譚「泥海古記」の意を言葉と手振りで汲み取ろうとしている。ユダヤ―キリスト教のゼウス一神による天地創人類創成譚に比して、原理的に「同時的に創造された夫婦を元にして」説き分けしているところに特徴が認められよう。これは古神道以来の日本思想の構えであり、これを汲むお道信仰の和合思想の原点となっているように思われる。

 2011.1.3日 れんだいこ拝
 「ちょとはなし、よろづよ始め」。(諸井政一著「正文遺韻抄」74pより」)
 この年(明治三年)に『一寸咄(はな)し』と、『よろづよ』とをお聞かせ下されましたので、『よろづよ』は、十二下りの”だし”と仰せられて、十二下りのはじめに、つとめる事になりましたのでござります。又、『一寸咄』は、これから数年後に、かんろだいづとめの”だし”と、お聞かせ下されましてござります。よって、かんろだいのおつとめには、ちょとはなしが先へつくのであって、しんじつ、手をどりさづけというて、かんろだいをとなえて、さすって下された処の、おさづけがござります。それにもやはり、ちょとはなしをとなえて、それからかんろだいを三遍となえて、おさすり下されます。かれこれ思いましても、神様が”だし”と仰せられる理は、けす事はできません。
 ○第3節、たすけせきこみのつとめ
 「悪しきを祓うて 助けせきこむ 一列澄まして 甘露台」。
 (Sweeping away evils, hasten to save us. All humankind equally purified,The Kanrodai.)
(私論.私見)
 坐りづとめの最後に唱える御歌である。第1節の「助けたまへ」の対句としての「助けせきこむ」と窺う必要があるように思われる。「助けたまへ」が受け身の救済であるのに比して、「助けせきこむ」は積極的に向かう救済である。天理教では、これを信仰による「成人」と捉えている。「一列澄まして甘露台」の手ぶりは、まずしっかりと土台を据える形に両手を抑え、掌を返してまっすぐに柱を建て、合わせた両手の平鉢で甘露(かんろ)を頂く姿を象る。共同、協働性をも表現しており、お道の信仰が甘露台信仰を基軸にしていることを示唆している、と拝することができよう。

 2011.1.3日 れんだいこ拝
 「あしきはらい二十一遍のわけ」 。(「山澤為造先生の御話(一)」(大正十一年十月五日号みちのとも)より
 (前略)所謂朝晩のつとめはどういうものなら、この人間身の内の元を知り、その理を聞き分けて、身上を使わして貰うようにつとめをするものであると親様は教えて下されたのであります。その親様のお言葉は、やわらか、やさしいものにして、子供でも年寄でもよくわかるよう、又おつとめも出来るように教え下されたのである。『あしきをはらうてたすけたまへ てんりわうのみこと』というのを二十一遍唱えてつとめるのでありますが、総てのものは一がはじまりで、一から二、二から三、三は三日三夜に人間を宿し込んで下された理であって、この三を七遍、三×七の二十一遍唱える。が、この七という理は『何も云うことはない』という理(わけ)である。そして口で唱えるばかりではない。手振りをする。『この理をよく心にさとりをつけて、神に仕えつとめをして、その心持ちで日々暮すのやで』と親様は仰せ下されました。そして第一身上の借物から聞き分けて真の心から、日々のつとめをさして下さることをお礼申して通って行くのが一番大切のことであります。なお聞かし下されましたるは、『百姓でも、今日はこの田に入って之々(これこれ)の仕事をしようとすれば、仕事に掛りしなに、かりものの理をよく心におさめて、南無天理王命様、どうぞ今日一日この身を楽に働きを終えさして下され、とお願いしてかかれば仕事は楽に出来るのやで』と仰せられました。
 「ちょとはなしの手振り」。※昭和十一年五月号みちのとも「第三回教義及史料集成部座談会ー勤め一條」より。
平野規知雄  ほんとうに昔は生れても死んでも、なんでもおつとめをさして頂きましたな。これさえさして頂いて居れば神様がお働き下さると言う信仰でした。よく長持におつとめの道具を入れて持って廻ったものでした。知らない人から見れば、まるで興行師の様にも見えた事でしょう。然しお道の者にとっては、おつとめ位結構なものはありません。今度の毎日勤めでも、もっと以前に発表されて居たら参拝人もどれ程多かったかわからないと思います。
桝井孝四郎  神様は『おてふりは理を振るのだ』と仰せられたと聞いて居りますが、これによって理をさとして頂き、又悟らして頂くのですね。
村田慶蔵  たとえ、耳が聞えなくとも手を見れば理が悟れる。手と歌と、つまり目と耳の両方から理を示して下さって居る訳や。だからおつおとめは誰にでもわかり、どんなものでも助かるのや。
梶本宗太郎  それだけにおつとめをさして頂く者は真剣でなければいかん。昔は三尺おびでは腰が定まらんから神様に働いて頂く事はできんというので、おつとめにはみな角帯を締めてやらして頂いたものだ。そしてたばこ入れや時計なども、皆なはずしてさして頂いた。
上田民蔵  おさづけを頂戴する時でも、携帯品は皆なはずして行く様にという注意を与えている。神様の御用をさして頂く時は何もかも一切を忘れ、一切を離れてさして頂かねばならんのや。
村田慶蔵  管長様は朝夕のおつとめの時でも、時計は必ずはずしてお出ましになって居る様です。
梶本宗太郎  そういう気持でさして頂くので神様もお働き下されるのやな。昔かぐらの面がなかったので『箕』をかぶっておつとめをされた事がある。それでも精神が通れば御守護頂いたのである。<中略>
山澤為次  先程も話のあった様に、おてふりの手は理を振らして頂くものでありますから、振り方に充分注意をさして頂かなければならんと思います。この意味で以前教校に居らして頂いた頃、お手を揃える事にずいぶん苦労をさして頂いて何回も集成部の方で打合せをして頂いたのですが、まだよろづよの所で、『きゝたくばたづねくるならゆてきかす』という所と、五ッ『りをふく』という所、それから『たてまへとうりやう』という所の三ヶ所がまだ不明瞭のように思われます。あれはもう一度手合わせをして、なんとか揃う様にして頂きたいものだと思って居ります。
平野規知雄  ちょいとはなしでも『聞いてくれ』という所で手を返す人と返さない人とがあるが、あれは何れがほんとうなのでしょう
桝井孝四郎  あれはひっくり返さないで直ぐに出すのがほんとうでしょう。理を二つ重ねてはいかんと言う様に父(桝井伊三郎)から聞いてます。
村田慶蔵  わしもそう聞いている。<後略>

【十一通りのおつとめ】
 教祖は、他にも十一通りの特別な守護をお願いする「おつとめ」を教えている。
1、をびやづとめ(安産の祈願)。2、一子のつとめ。3、ほうそづとめ、4、ちんばのつとめ。5、はえでのつとめ(豊作の祈願)。6、肥のつとめ。7、雨乞いつとめ。8、雨さずけのつとめ。9、虫払いのつとめ。10、みのりのつとめ。12、むほんづとめ、である。

 教学者の上田嘉成氏は、「この中で一番肝心なのは、むほんづとめである」(上田1980)としている。この「つとめ」の地歌は以下の通り。
 「あしきを払うて どうぞむほん すっきり早くおさめ たすけたまえ 天理王命 南無天理王命  南無天理王命」(7回繰り返す)。

 「改訂・天理教事典」によれば、この「おつとめ」の手振り(踊りの振り付け)には、刀をさすような動作がある云々。現在、十一通りのおつとめのうち「をびやづとめ」と「はえでのつとめ」を行っているだけで、「むほんづとめ」はもう行われていない。


【「ようし、ようし」考】
 教祖伝逸話篇109「ようし、ようし 」。
 ある時、飯降よしゑ(註、後の永尾よしゑ)が、「ちょとはなし、と、よろづよの終りに、何んで、ようし、ようしと言うのですか」と伺うと、教祖は、『ちょとはなし、と、よろづよの仕舞に、ようし、ようしと言うが、これは、どうでも言わんならん。ようし、ようしに、悪い事はないやろ』とお聞かせ下された。





(私論.私見)