| 教義原形としての元の理考 |

更新日/2025(平成31.5.1栄和改元/栄和7)年2.13日
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(私論.私見)
『元の理・もとのり』考察作者: 東雲之東風 掲載日:2018/02/09
〖第一部・分割解釈篇〗
「何と興味深く科学的な話なのか」と感じる。驚愕するのは、1、片田舎の一老婆が、当時の最先端の学者でさえ知り得ない事を語っている。2、いきなりこの世や人間が創造されたのではなく、人間が水中に生息するほんの小さな生命体から段々と成長、進化をし、その進化に合わせてだんだんと世界も形作られたと明言している。チャールズ・ロバート・ダーウィン、アルフレッド・ラッセル・ウォレスの共著により「種の起源」が発表されたのが1859年の事で、片田舎の一老婆がこの様な事を語っているのが不思議。3、どぢよを食べて、その心根を味い、これを人間のたねとされた。4、人間は、虫、鳥、畜類などと、八千八度の生れ更りを経て、又もや皆出直し、最後に、めざるが一匹だけ残った。
5、この胎に、男五人女五人の十人ずつの人間が宿り、五分から生れ、五分五分と成人して八寸になつた時、親神の守護によつて、どろ海の中に高低が出来かけ、1尺八寸に成人した時、海山も天地も日月も、漸く区別出来るように、かたまりかけてきた。そして、人間は、1尺八寸から三尺になるまでは、1胎に男一人女一人の二人ずつ生れ、三尺に成人した時、ものを言い始め、1胎に一人ずつ生れるようになつた。次いで、五尺になつた時、海山も天地も世界も皆出来て、人間は陸上の生活をするようになつた。
ここの件は、他の宗教では一切語られた事がない。「元の神・もとのかみ、実の神・じつのかみ」。「どろ海」。混沌とは、辞書に❶天地創造の神話で、天と地がまだ分かれず、混じりあっている状態。❷入り混じって区別がつかず、はっきりしないさま。とある。以上の事から、この最初のどろ海とは、現在科学的に言われるビッグバンの元となった宇宙の原初の姿。「味気ない」とは辞書に、つまらない、面白味がない、あじきない。とある。あじきないとは、あじけないのやや古い言い方。味わいに欠けて風情や面白味がない。わびしく情けない。とある。神と人間の関係は、単に創造主と創造物の関係ではなく、親神とあるように親子の間柄なのである。「陽気ぐらし」とは何か。それは、人間が互いにたすけあって生きる世の中の事を示す。これは、人間同士に限らず、地球に存在するありとあらゆる生命に対しても言える事なのである。この世で生きるための「心」の正しい方向や、使い方を示している。
見澄ますとは、辞書に❶気を付けて見る、心にとめて見る。❷見て確かめる、見届けるとある。夫婦の雛型とするため、「うを」、「み」を引き寄せている。ここで、既に「夫婦」とある事から、雄性・雌性の区別と、それらによる有性生殖により増殖してゆく事が確定づけられている。二種類の生命体を合わせることにより、次々と色々な種類の生命体が発現及び進化、成長をしてゆくという事である。雛型とは、❶実物を小さくかたどったもの、模型。❷様式、書式、手本とある。
性質を「一すじ心」と言っている。ひとすじとは❶細長いものの一本。❷それだけに専心するさま。とある。ただ一筋ではなく「一すじ心」としている。幾度も断ったとする理由は、「引き寄せ」「承知をさせて」である。ここより物事の順序が定められ、「順序の理」という事が発現したものと理解できる。ここからは、人間の元となる生命体を生み出すための雄性・雌性の元を形作ってゆく作業である。現在「雛型かんろ台」が据えられている地点「ぢば」より見て各方角に住んでいた生命体を呼び寄せたのである。ここで初めて、方角の概念及び確定がなされている。それまでは方角は出てこない。「ぢば」とは、この一連の人間創造を始めた元の場所であり、この世全てが神の身体であるが、地上において天理王命がお鎮まり下さる地点を示す。「乾・いぬい」は西北である。「しやち」とは「鯱・しゃちほこ」である。怒張、緊張するような生物であったのだろうか。言葉にも鯱ばるというのがある。鯱ばるとは❶鯱のように厳めしく構える。❷緊張して固くなる。とある。「しやち」は「男一の道具、及び、骨つっぱりの道具」とある。「男一の道具」は雄性生殖器を示し、「骨つっぱり」とは骨格器官である。両方共固く凸の性質を示している。つまり「しやち」の体内に骨格の元となるものが存在していたのであろう。「巽・たつみ」は東南である。東南方向より「かめ」を呼び寄せたのである。海底をのろのろと這うような生命体であったのであろうか。ここからは「しやち」と「かめ」の素早さの違いも解る。「しやち」よりも「かめ」の方が動きが遅い訳であり、両者の性質も「荒々しい、大人しい」の違いがある。「益荒男ぶり、手弱女ぶり」と言ったところであろう。そして、かめは「女一の道具、及び、皮つなぎの道具」であるから、雌性生殖器として、また、他の生命体よりもより強靭な外皮を持っていたことが解る。外皮というか細胞膜であろう。「かめ」であるから甲羅の様であったのかも知れない。今回は、「引き寄せ」ではなく、「呼び寄せ」としている。神の呼び掛けに応じやって来た訳である。「食べてその心味を試し」である。た、「夫々をうをとみとに仕込み」であるから「しやち、かめ」の両者を夫々「うを、み」の中に仕込んでいる。「うを」に「しやち」を「み」に「かめ」を仕込んでいるのではない。つまり、両者の中に雄性、雌性両方の性質が備わっているのである。ここはかなり重要な部分でもある。つまり、雄性の中にも雌性的部分があり、逆もまた同じなのである。なので、男らしい男、女らしい女のみではなく、女らしい男、男らしい女の発現が十分に考えられる訳である。次に、「試し」という表現はそのまま取り込んだ生命体が「うを、み」のなかで調和して一つの生命活動となるのに要した時間経過と考える。
「くろ」は色の黒であり、「くつな」は「くちなわ」、朽ちた縄が変化したもので蛇の方言である。「出直し」とは天理教で「死」を意味する言葉である。また、艮は陰陽道等で鬼門と言われ忌み嫌われる方角でもある。
お気付きの方もあると思うが、引き寄せ或いは呼び寄せられた生命体の中に北と南の方角は無いのである。
現在でも十は「全て」を意味する数として用いられている。ここには記されていないが、「月様」に「くにとこたちのみこと」、「日様」に「をもたりのみこと」との神名をさづけており、これで全てが揃った訳である。これを「十全の守護・じゅうぜんのしゅご」と教えている。
一分を3㎜と考えると約1.5㎝であるが、その後ろに続く「五分五分と成人をして」と続くことから、ここでは、ほんの小さなものが長い年月をかけ少しづつ成長、進化をしたことを喩えていると捉える。現在でも「一寸」を「ちょっと」と言い、ほんの少しを喩えて言うのに用いられている。
ここで疑問が生ずる。雌性のみで有性生殖を行った事となる。ここで、「一度教えられた守護により」の言葉より、いざなぎの雄性の生殖細胞を体内に持っていた。或いは、魂の抜けたいざなぎの身体のみがいざなみに接合されたり、取り込まれたままの状態で残存していたのではと推測できる。現在の生物にもそのような形で生殖を行う生物が存在するのである。
更に、今度は、出産までにに掛かる時間が三年三月ではなく大幅に短くなり十月となっている。雌性の元の生命体自身も進化、成長をしたものと考えられる。最初は産み下ろすのに七十五日かかっているが、今回はその表現がない。文章から察するに「これを産みおろされた」とだけあるので、最初と同じか短縮されたと考えるのが妥当である。
現在では魚類が進化し、陸上生活を始めた頃の化石とされるのが、イクチオステガと呼ばれる種の生物の化石であり、この体長が約1・5m程であったと推測されている。五尺は、明治時代に一尺=303.0303㎜(曲尺)と定義されており、約30㎝と考えると1.5mである。ここは、非常に重要な部分であると私は考える。なぜならば、現在はこれが約1.5mと解っているが、当時の人間では知る筈の無いことであり、これこそこの世人間を創造した「真実の神」であることが人間の科学によって実証された根拠の一つとなると考えるからである。成体の大きさについては、実寸である可能性も十分考えられる。
現在の地球史を大まかに見ると、地球誕生より約百四十億年が経過しているとされている。その中で、生命が誕生した始生代が約三十八憶年前、生物が陸上へと生活の場を移した古生代石炭紀が始まるのが、三憶五千九百万年前、哺乳類に猿が誕生し、その猿が世界へ移住し始めたのが、新生代第三紀の中新世で、約二千三百万年前、人類の誕生と二足歩行を獲得したのが、鮮新世で約五百万年前である。
人類が農耕牧畜を開始し、最初の文明が現れるのが、有史時代第四紀完新世(沖積世)で約一万年前である。
なので、現在提唱されている部分と照らし合わせた場合、「九億九万年は水中の住居」が約三十四憶年に相当し、「六千年は智慧の仕込み」が約三億六千万年、「三千九百九十九年は文字の仕込み」が約一万年と考えられ、神の目から見た時間の流れや数値にこれだけの差がある。
また、「最初に産みおろす子数の年限が経ったなら」は九億九万九千九百九十九年後であり、それが天保九年十月二十三日となる。
最後に付け加えると、現在の全人類の数は六十憶人を突破し、あと少しで七十憶人になると言われている。
そこから考えると、九億九万九千九百九十九とは、無限に近い数と考える方が良いかも知れない。
《考察を終えて》
この考察を終え、私が思うに、天保九年十月二十三日とは、人間が神の話を理解でき、尚且つ、学問が真理に到達し始めるギリギリのラインであったのではないかと考える。それは、ある程度の事象が学問により証明されて後では、人間に神として信ずるには値しない、と判断されてしまう恐れがあったと私は考える。
最初にも記したが、チャールズ・ロバート・ダーウィン、アルフレッド・ラッセル・ウォレスの共著によりこの頃の最先端の学問であろう「種の起源」を発表したのが1859年の事である。だが、発表当時は、当時の生物学の根本であった宗教的信念の否定に繋がったため、科学的だけではなく、宗教学、哲学的論争をも引き起こした。広くこれらの学説が世に受け入れられるようになったのは1900年代に入ってからである。この頃より、科学と宗教は対極に位置し始めたと考える。しかしながら、科学、学問の元は、宗教的信念の解明が元なのである。故に、その学問を究め、真理へと到達した時、この世の全ての事象が余す事無く自然の一定の法則の元に動いている事が理解出来、人間はそこに神の存在を意識するに至るのである。
また、現在の各国の法律の元もやはり宗教学的信念が元となっているものが多いのである。人間は現在に至るまで、世界的な戦争を経験しながらも、自らが本当に致命傷に至る最悪の出来事は回避している。それは、人間が、自らの過ちを反省できる英知を神より授かったからである。
教祖が語っているように、神が表に現れるまでの間は、人間の成長の度合いに応じその時々の賢聖に神の真理の一部を解き明かし、人間が大きく間違えた方向へと進むのを回避させ親として守護をしながら、約束の年限である天保九年十月二十三日を待っていたのであると考える。
そして、それまで決して解き明かす事の無かった究極の真理であるこの世と人間創造の真実を「元の理」として伝えることにより「元の神・実の神」の証明としたのであると考える。
このように私は、全ての智慧、学問の発展こそが、この世自然の摂理であるこの神の真理を証明する事へと繋がると信じている。
次に、天理教が世界へ広まった背景には「病助け」がある。
神の言葉に、「医者の手余り神が助ける」とあり、当時医者に匙を投げられた数多の人々が教祖を頼って訪れ、それにより助けられた人々により急速に広まった。その中には、最早自ら教祖の元へ行くことが出来ない者が、家人や代理の者を教祖の元へと遣わし、その者が聞き帰った話を聞く事で助けられたり、先に天理教の信者となった者より神の話を聞き助けられた者が数多く居る。
その神の話こそ「元の理」であり、話を聞くだけで助かる理をもって真実の神、真実の話である事の証明ともなると考えるのである。
神は、医学等を否定していない。その言葉には「修理や肥に医者薬」と言われているのである。
現在は、「医者の手余り」が当時よりも医学の発展と共に無くなってきているのであるが、これは、現在でも変わらない。日々助けられている者が数多く存在する。私もその一人である。
最初にも記したが、私は他の宗教を決して否定するつもりは無い。
これは、最初に記した理由によるのであるが、それが証拠に、キリスト教や他の宗教においても奇跡は存在する。
それは何故か。それは、現在信じられているところの神とは元は一つであり、喩え宗教が違えども、神から見れは人間は皆自分の子供であり、互いに助け合う陽気暮らしの心さえあれば、皆助けて頂けるからである。
だが、他の宗教にはこの世と人間創造の真実を明確に語っているものは一つも無いのもまた事実である。
他の宗教に見られる様に、最初からこの世や地球が現在の形にあり、人間がいきなり創造されたのではない事を明確に示している事、その当時にこの事実を語っていた事が正に驚嘆に値する事実なのである。
私が、初めてこの話を聞き、興味を感じ、これを現在の人間の学問と照らし合わせて見た時の驚きは今でも忘れられない。これこそが、私が神を信ずるに行き当たった理由でなのである。
「こふき」を「口記」。「神記」。
「なむ」とは辞書に南無、仏教語namas梵の音写、敬礼、帰依、信順の意。仏や菩薩、三宝などを敬い帰依する気持ちを表す言葉。なも。とあり、本来は仏教語なのです。なので、何故ここに仏教用語が出て来るのかが私の中の解決し切れない疑問なのです。
ですので、今私は、当時の人々が南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経等「なむ」という言葉に対し親しんでおり、無条件に心に入り易かった。教祖は十三歳の頃に浄土和賛を暗唱しており、十九歳で五重相伝を受ける等の仏教的素養もあったこと。また、神様から見ても「なむ」がある種の真理であるのかも知れないと考える様にしています。
④『十全の守護』
「考察篇」において全ての生命また、人間の元となった十種の道具衆に神名を授けていますが、これは神のこの世の原理と人間の身体における働きに対して神名をさずけたのであり、十の神が居るという訳ではありません。神は唯一であり、その神の働きを十に分けて表したものです。それをもう一度まとめてみたいと思います。(執筆途中)
⑤『ぢば』
天理教教会本部を『おぢば』とも呼びます。
これは、現在神殿の中心部分に「かんろだい・甘露台」と呼ばれる木製の台が据えられています。この「かんろだい」の据えられている地点こそ「元の理」に記された「うを、み」をはじめ、他の道具衆を引き寄せて人間創造を始めた地点であり、此処を「ぢば」と呼びます。
神の言葉に「人間を始めかけた証拠にかんろだいを据えておく」とあり、この「ぢば」に神がお鎮まり下されています。
この「ぢば」は教祖の口を通して初めて神がこの世に現れ出た時の「この屋敷に因縁あり」と言う言葉に密接に関係しています。それは、当時中山家の敷地内にこの「ぢば」があり、貧のどん底に落ち切り、その母屋が取り払われた跡地にあったのです。
この「ぢば」を定めた時を「ぢば定め」と言い、明治八年(西暦1875年)六月二十九日(陰暦五月二十六日)昼頃に行われました。先ず教祖(この時七十八歳)が庭の中を歩かれ、その足がぴたりと地面にくっ付いて動かなくなった地点に印をされました。続いてそこに居合わせた信者達に目隠しをして庭を歩く様に伝えると、不思議と皆その地点へ吸い寄せられる様にぴたりとそこで立ち止まったのです。中には足が止まらない者も居ましたが、教祖の「自分の子供を背負うて歩いてみなはれ」との言葉に目隠しをして子供を背負って歩くとその地点でぴたりと足が止まったのです。こうして「ぢば」が定められました。この、教祖のみで定めたのではなく、一般の信者達が共に試し定めたところにこそ、その事実たる証拠があると私は考えます。他に現在聖地として伝わる場所にその様な場所は存在しません。そして、その証拠として据えるこの台は本来は石造りですが、現在はまだ雛型かんろだいとして木製の台が据えられています。これは、世界中の人間の心が澄み切った時に石造りの本かんろだいを設置するのだと言われ、本かんろだいの上に平鉢を乗せ、その上に降った雨をほんの少し飲むと教祖が予てより「人間は百十五歳定命」と言われていた通り、百十五歳まで病む事もなく皆元気に暮らせるようになるのだと伝えられています。
天理教教会本部の神殿は、二十四時間、三百六十五日、決して閉ざされる事無く何時でも何方でもかんろだいを拝し、参拝する事が出来ます。
⑥『陽気ぐらし』
「人間が互いに助け合って陽気ぐらしをするのを見て共に楽しみたい」
「陽気ぐらし」とは、「元の理」の冒頭に記される、神が、何故この世人間を創造するに至ったのかと言う「元の理」の根源となる部分です。もし、神がこの考えに至らなければ、この世人間は誕生し得なかった事になります。
なのでこれは、この世自然界の一番大元の原理、人間が人間たる所以である事が解ると思います。ここで一番重要なのは、この事を理解し、心を入れ替えたなら、その心を神が受け取り、人間は生きながらにして生まれ変わるとの言葉がある点です。神が人生を切り替えてくださるのです。
また、ここで注目したいのは、神自身が「共に楽しみたい」と言っている事です。つまり、神にも心が存在し、神自身も人間と言う存在によって助けられているのだと言う事実です。人間と対等の立場で話している様にも思えます。なので、神自身が人間に助けられている様に、人間達も互いに助け合わなければならないのだと理解できるでしょう。
自然界では、水中でも、陸上でも一様に食う食われるの関係が成り立っています。そこでの各生物達は、必要以上の殺生を行いません。そればかりか、時には種を超えて助け合う姿さえ見られるのです。それは、捕食する側の生物に、捕食される側の生物達が絶滅していまえば自らが存在できなくなる事が本能として備えられているからではないでしょうか。
これは、現在食物連鎖の頂点である人間にとっても同じ事が言えます。
ですが、現在の人間は、自然界の一員としての存在を忘れ、己の利益のために他の生物の命を顧みなくなってきており、大変危機的状況へと自らを追いやっているのです。
人間は、現在存在するどの生物よりも神より知恵を与えられた存在であるのは事実ですが、人間が他の生物達と一番違う点は何でしょうか。
先にも記しましたが、私は、自らが何故この世に存在するのかを理解出来、また、自らの過ちを認め考えを改められる点であると考えています。
天理教では、病気等直接身体に現れる事象を「身上・みじょう」、身体ではなく、その人の周囲に現れる事象を「事情・じじょう」と言います。
先にも記しましたが、神は、人間の身体は神からの貸し物と言う「かしものかりものの理」があるとしています。
本来人間には、身上、事情等何不都合な点は何一つ存在しないのであるが、子供である人間が、親である神から見て「陽気ぐらし」とは異なった心の使い方をした場合に、それは違うと親からの意見として、その心遣いを改めるようにその身に表すのであると言っています。それに加え、自然災害も「神の立腹」との言葉もあります。現在の我々人間が、自分は良いと思って行う事が、実は、他者には害となっている事がしばしばあるのを考えなければなりません。
現在の世界情勢は、また過去の過ちを繰り返そうとしている寸前の処まで来てしまっている状況にあります。更に、現在の科学力は、人間が立ち直る事が出来ない処まで進めてしまう力を秘めているのです。
人間は、自然界の一部として存在しているのだと言う事実を再認識し、それを踏まえて人間同士だけでなく互いに助け合って生きる事こそが「陽気ぐらし」の実践であると私は考えています。
神の言葉に「たんたんとなに事にてもこのよふわ神のからだやしやんにてみよ」とあります。読み方は「段々と何事にてもこの世は神の身体や思案してみよ」と読みます。現在私達が生活している世界は「無」の状態から親神様が創造された事が「元の理」に示されています。つまりこの世全てが神様の身体と同じ事であるのは言うまでも無い事です。しかし、人間は一人一人が日常生活を営んでいる間、全てを自分で行っている様に感じ、勝手に生活をし、まるでこの世界を支配しているかの様に振舞っているので、この様な事を省みる事は殆どありません。確かに地球上の生命をピラミッド状に示した場合その頂点に人間が君臨しているのは紛れも無い事実です。しかし、頂点という事はその下を支えているどの階層が消滅しても存在する事は出来ない一番危険な立場という事でもあります。唯一、地震、台風等の災害や異常気象、自然界の脅威に直面して初めてその無力さを経験します。更に人間は酸素を消費して生活しています。その酸素は昼間植物が行う光合成や、その他多くの自然の営みの中より作られます。又、人間は野菜、魚、肉等多くの生命を奪う事により日々の命を保っています。以上の様な事を踏まえた場合、もっと広い視点に立って謙虚な心遣いをしてゆかなければならない事が明らかになります。現在私達人間の心の状態は、「自分だけが今現在良ければ」という短絡的、享楽的、表面的な思考の上に成り立っている事が多いのです。それらを少しずつ考え改めてみる事から始めてみるのが良いでしょう。
⑦『かしものかりものの理』
⑥の「陽気ぐらし」でも少し触れましたが、「陽気ぐらし」を理解し、心を入れ替えたなら、その心を神が受け取り、人間は生きながらにして生まれ変わると言われています。神が人生を切り替えてくださるのです。これは、他の宗教では一切見られません。仏教ならば死後に極楽浄土ですし、キリスト教でも死後に魂の裁きを受けると言われています。他の宗教では全て「死後」の救済と言われているのです。ここが大きく違う点だと思います。
人間の「魂は生き通し」と言われ、あの世は存在せず、ただこの世があるのみと言われ、死ぬと、古い着物(身体)を脱いで(魂は神の元へと帰り)、新しい着物を(新しい身体を神より)借りてこの世へ帰って来る。と言われているのです。ただ、生前の行いにより「牛馬に堕ちる」とも言われているので、必ず人間に生れ変る訳ではありません。他の生き物へと生まれ変わり、再び人間になるまでやり直さなければならない事もあります。
現在でこそ、医学の発展に伴い人間の身体は百歳以上生きられる様になっている事が証明されていますが、教祖は当時より「人間の定命は百十五歳」と伝えていました。教祖自身が九十歳で死んでいるのは、二十五年先の命を縮めて身体より教祖の魂を解き放ち、世界中で人を助けさせるためと神が言っています。
神の言葉に「にんけんハみなみな神のかしものやなんとをもふてつこているやら」との言葉があります。読み方は「人間は皆々神の貸しものや何と思うてつこているやら」と読みます。「つこているやら」は「使っているやら」という意味です。
この言葉は、人間を創造したのが天理王命である事、又その人間は日々その神の働きによって生かされている事を明確にしています。先に示しました「元の理」によってこの世人間がどの様に創造されたのかはお解り頂けたかと思います。そこからも解ります様に、人間の身体の元を御創り下さり、その中へ魂を入れ込まれた訳です。その中でも人間個人個人に身体を与えたとは一言も仰られてはいません。つまり神は私達人間に身体をお与えになったのではなく、お貸し下されているだけなのです。同じ事をお示し下されたお言葉に「人間神のかしものかりもの心一つ我が理」とあり、「人間(の身体は)神(から人間へ)の貸しもの(であり)(人間から見れば神からの)借りもの(なのである)(唯一)心一つ(だけが)我が(ものなのである)」という意味です。
私達は、日常生活を行っている間、身体を自由に動かしまるで自分の物であるかの様に感じています。私を含め多くの方々もそう感じていらっしゃる事でしょう。しかし、神はそれは違うと仰られているのです。それが証拠に、人間は生きている間、呼吸等人体の生命活動を行っています。その呼吸や人体の生命活動は意識的に行っている訳ではありません。寝ている間もそれらは規則的に行われています。よく考えてみればこれらは大変不思議な事なのです。又人間はその一生の中で時に病、怪我といった形で身体の自由を奪われたりもします。皆さん考えてみて下さい。私達人間は病気等でただ熱が数度上昇しただけで思うように身体を動かす事さえ間々成らなくなるのです。
「なんとをもふてつこているやら」がこの事をお示し下されています。人間は健康に日常生活を送っている間は其の心通りに我が身自由、勝手気ままです。しかし、その心遣いが神の思いとはかけ離れてしまっている場合、その親心から、私達の身体の自由を奪う事でその事に気付かせているのであるから、その心遣いを直す様にと御教え下さっているのです。何気ない日常生活を送っているだけの様に感じていても、日々私達を絶え間なくお見守り下さり、身体を自由に使わせて頂き生かして頂いている訳ですから、神への感謝の心を忘れてはならないのです。
神の言葉に「しやんせよやまいとゆうてさらになし神のみちをせいけんなるぞや」とあります。読み方は「思案せよ病と言うて更に無し神のみちおせ意見なるぞや」と読みます。「みちをせ」とは「道を教える」の意味です。
この言葉は、もともとこの世の中には病気や困った事等は一切存在しないのである。ただただ、真実を知らないばかりに、間違った心遣いをしているので、それを親心から病気というかたちで子供(人間)達に教えているのである。という意味です。私達人間が病気に罹った時は、神の目から見て何か間違った心遣いを日常生活の中で必ずしている訳のです。ですから、その時はよくよく普段の行いや、心遣いを振り返って反省しなければならないのです。
又あまり病気に罹らない人であっても、「自分は何も間違っていない」と高慢に思うのではなく、謙虚な心になって、日々私達を御守護下さっている神への感謝の心を忘れてはなりません。
感謝を込めた一番の神様への恩返しの方法をお示し下されているのが次の言葉です。「わかるよふむねのうちよりしやんせよ人たすけたらわがみたすかる」
読み方は「解るよう胸の内より思案せよ人助けたら我が身助かる」と読みます。
この言葉は読んでそのままです。今まで記して参りました心遣いを積み重ね、少しずつ胸の内に修まって、日々神に対しての感謝の念がこみ上げて来たならば、神への一番の恩返しの方法として他の人を助けなさい。という事です。ここで一番大切なのは「自発的に行う」という事です。それが「わかるよふ」です。もう一つの意味はそれが神にも解るようにという事です。嫌々ながらでもしないよりはましですが、神は一人一人の心をお受け取りになっておられるのですから、嫌々では申し訳ありません。また勘違いしてならないのは、自分が助かりたいばかりに人を助けるのでは無い。という事です。あくまでも心の内から自然にこみ上げて来る神への感謝の念に対し、他の人を助けさせて頂く事でその恩に報いるのです。自分が助かりたい為に他の人を助けるのでは神はお喜びにはなりません。何故なら、神は日々私達を生かし、お見守り下されている事に対してその見返りを私達には求めておられません。皆さんも自分の子供を育てている事に対してその子供に見返りを求めていらっしゃるでしょうか?それと全く同じ事なのです。「わがみたすかる」とは他の人を助けさせて頂く事により結果として自分が助かってゆく事になるのだから、助けさせて頂いた方に対しても感謝の心を持ちなさい。という事なのです。神は一つ一つの小さな自発的良心が連鎖して世界中に広まり、全ての人々が喜び勇んで暮らせる世の中になる事を望んでおられるのです。