| 元の理の科学的知見照合考 |
更新日/2025(平成31.5.1栄和改元/栄和7)年2.13日
| (れんだいこのショートメッセージ) |
| ここで、「元の理の科学的知見照合考」をものしておく。 2007.12.25日 れんだいこ拝 |
| 【「元の理」の科学的知見との照合考】 |
| 「元の理」で語られる諸内容が現代の科学的知見と照合していることが驚きをもって語られている。これを確認する。 |
| 【「元の理」の御守護考】 |
| 梅谷先生よりお聞かせ頂きましたお話でありますが、後になれば天理十冊本というのができる。即ち”こふき”であります。それを外国に広める。外国の人はそれを見て感じるならばどんな者でも助かる。しかしこんなものという心であったら、その場で倒れる様な御守護であると聞かせて頂きました。 (「天理十冊本」、昭和十一年「第六回教義講習会講義録」「根の国日本」山田清治郎より) |
| 【「元の理」の質問考】 | |
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| 【「元の理」の進化論的裏付け考】 |
| 「天理自然・人間環境学研究室/佐藤孝則「元の理の生物学的アプローチ」参照による「元の理」の進化論的裏付け考」。 |
| 生物学的および環境学的視点から「元の理」の動物学的解釈を補強する。たとえば男雛型の「うを」と女雛型の「み」は、前者がサンショウウオ、後者がヤツメウナギであると推理できる。『元初まりの話』は象徴的に表現されたはなしであり、人間創造の道具にされた素材の体的な働き機能によって役割を説いている。『元初まりの話』は、聞く相手によって、時代によって、表現が変わって来る性質のものであることを踏まえつつ、その生物進化の視点からも裏づけてみたい。 深谷忠政は、概要/元の理において人間の創造と生成が説かれているのを、近代生物学の進化論的視点で、一切の事象を時間的系列の中に編成しようとするのではなく、たすけの理話として説かれてあるという点に注目し、説話をよくかみしめて味い腹におさめなければならない」という。蔵内おやさと研究所天理自然・人間環境学研究室佐藤孝則Takanori Satoの考え方は異なっている。佐藤は、「元の理」に登場する動物たちは単なる象徴的なものではなく、むしろそれぞれの動物たちの特性、本性を親神様によって見定められて引き寄せられたことを踏まえ、例えば「かめ」は“かめ”でなければな らないと受け止め、「性を見定め」られた動物たちの生態学的あるいは行動学的アプローチの重要さを指摘している。「八千八度の生れ更り」を理解するためにも進化論的アプローチを試みる必要があるとしている。 「元の理」に登場する水域性動物を分析して気づくのは、「うを」は魚、「み」は白蛇。その働きの表象としての「大龍」、「大蛇」。そのほかは「ふぐ」などの魚、「かめ」などの爬虫類で両生類が登場していない。動物の進化は魚類から両生類、爬虫類へと進化してきたはずである。佐藤の研究は、「うを」は両生類のサンショウウオ、「み」は脊椎動物でも進化的に最も下等とされる円口類(別名、無顎類)のヤツメウナギだったことを明らかにした。これは、脊椎動物の中で最も高等とされる人類(人間)への進化過程、すなわち円口類から魚類、両生類、爬虫類へと向かう一連の進化過程を、「元の理」の中に見ようとしている。なかでも、男雛型の「うを」を解析することは、「元の理」の動物学的アプローチの本質を理解することができる。 中山正善2代真柱は、「古記本」のうちの1冊、桝井本を引用して、「うを」は「ぎぎよ」であるとしている。佐藤は、「ぎぎよ」がほかの「古記本」の中でどのように表記 されているかを調べたところ、「げいぎょ」に収斂された。これによって、「ぎぎよ」は「鯢魚」(げいぎょ)であることが明らかになった。江戸時代の「鯢」、「鯢魚」について研究を重ねてきた碓井益雄の労作がある。それによると、人見必大がまとめた『本朝食鑑』(1697年)、貝原益軒が著わした『大和本草』(1709年)、寺島良安が著した『和漢三才図会』(1713 年)、明治以前に4回も重版された小野蘭山の『本草綱目啓蒙』 (1803年)、高木春山が描いた『本草図説』(1852年)などの書物には「鯢」、「鯢魚」、「山椒魚」の文字が表記されている。これはすべてサンショウウオのことである。 斉藤泰雄は、「江戸末期において、当時の日本はすでに庶民層を含めてかなり厚みをおびた識字人口層をかかえていた。幕末から明治にかけての日本人の識字率は、当時、世界で最も高かった。このことは、幕末には武士のみならず畿内の農民や商人などの一般庶民は、普通に読み書きができ、書物もほぼ普通に読んで理解していたのではないかと考える。 深谷は、「我々は泥海古記が如何なる人々を対象としてなされたかということを見落してはならない。それは大部分が、おそらく海を見たこともない、文字も知らないような、而も古昔(むかし)からの色々な慣習、口伝、俚喭(ことわざ)を持った大和の農民を対象になされたものである」という。実際は、当時の人たちの多くは文字をある程度自分で書き、読書もできていた、あるいは読み書きが不得手でも知人の手助けを得ていたのではないかと考えられる。 「元の理」は、「その後、人間は、虫、鳥、 畜類などと、八千八度の生れ更りを経て」と表現している。この部分を天理教教典の英訳版『THE DOCTRINE OF TENRIKYOは、「After that, human beings were reborn eight thousand and eight times as worms, birds, beasts, and the like」と訳している。ここで、「虫」の訳は「worms」となっている。「worms」は、昆虫の「insects」よりも広義の意味での「虫」であり、回虫など寄生虫やミミズというような“細長い小動物”というイメージが強い。「ミミズトカゲ」や「メクラヘビ」などの四肢が退化した爬虫類もこの「worms」の訳語となるが、それはミミズのような形態だからである。 江戸時代後期までは、両生類や爬虫類は「虫」の枠組みの中に含まれていた。『和漢三才図会』(東洋文庫版)の「巻第五十二蟲(虫)部」の説明の最初に、「蟲〔音は仲チュウ〕とは生物の微少なもので、その種類は大へん多い」と書かれている。「蟲」は小型動物の総称を指していたと考えれれる。幕末の1857年、飯室昌栩は「蟲」類を体系的に分類した本『蟲譜図説』を日本で最初に上梓した。彼はこの本の中で、「蟲」を「卵生蟲類」、「化生蟲類」、「湿生蟲類」、「鱗蟲類」の四つに大別した。狭義の「蟲」を表す昆虫だけでなく、広義の「蟲」、すなわち両生類(湿生蟲類)、爬虫類(鱗蟲類)などを含む900種以上の動物を「蟲類」として『図説』の中に収録した。幕末から明治にかけて、両生類や爬虫類も「蟲」の範疇に含められていたことになる。 「人間は、虫、鳥、畜類などと、八千八度の生れ更り を経て、又もや皆出直し、最後に、めざるが一匹だけ残つた」と いうことは、人間は、両生類・爬虫類(虫)、鳥類(鳥)、そして哺乳類(畜類)へと何度も世代交代を繰り返して、最後に人類へと向かう最初の“サル”として雌ザル1匹が残った、という解釈となる。これは、3億6000万年前、“陸上の住まい”を始めた両生類の祖先が、その後爬虫類、鳥類、哺乳類へと何世代にもわたって進化し、さらに700万年前には人類へと進化していったことを示唆している。この過程は、脊椎動物の進化を表現している。結論として、『元初まりの話』は現代科学が明らかにしつつある生命の分岐と照合していることになる。 |
| 【「元の理」の壮大なスケール考】 | ||||||||||||
| 泥海古記は、天理教の教祖・中山みきによって語られた、この世界の始まりから人類の創成までを描いた創世神話である。他の記紀神話とは一線を画す「民俗的想像力」に満ちた「日本的な進化論」とも言える独特のストーリー展開と、人間の魂のルーツを説く壮大なスケールがおもしろさの魅力になっている。 その語りの巻頭の言葉が「この世の元始まりは泥の海」である。天理教教理における「泥海」(どろうみ)とは、人類及び世界の始まる前の状態を指し、カオス(混沌)としている。何気ない記述のように思えるが、ユダヤ―キリスト教圏のヤハウェ(Yahweh)創世記の「絶対無」と対比させてみたときに、「無ではない泥海としての有」を説いているところに値打ちがある。泥海古記が、ヤハウェ(Yahweh)創世記とは初手から違うところに意義がある。 |
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| 「その中よりも どじょばかりや」としている。天理教教理における「どぢよ泥海」(ドジョウ)とは、人類及び世界の始まる前の生物状態を示しており、「種の起源」ともいえる。この「種の起源」を通じて、すべての生命が親神の懐で行かされており連綿とつながっていることを表している。 | ||||||||||||
| 「月日には、人間始めかけたのは、陽気遊山が見たい故から」。 | ||||||||||||
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| 月日両神はこれを食べて賞味された。これが「男の台」のひながたになった。これより「うお」を「岐魚」(ぎぎょ)と名づけ「岐様」(ぎさま)と敬称することになった。後の人間創造の際に、「岐様」の胎内に月様が入り込むことにより仕込みされ、「岐様」は生命の片方の原理である「水気」の役割、特に「よろづ眼胴うるおい」の働きに責任を負うことになる。神名「くにとこたち(国常立)の命」として祀られることとなった。神楽づとめの際には、つとめ人衆が大竜で表される獅子面を被る。 | ||||||||||||
| 「み」も同様にして承知をさせ、これを食べて賞味された。これが「女の台」のひながたになった。後の人間創造の際に、「み」の胎内に日様が入り込むことにより仕込みされ、「み」は生命の片方の原理である「火気」の役割、特に「よろづぬくみ」の働きに責任を負うことになる。神名「おもたり(面足)の命」として祀られることとなった。神楽づとめの際には、つとめ人衆が大蛇で表される獅子面を被る。 | ||||||||||||
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| 記紀神話とは一線を画す独自の「どろ海」からの世界創造プロセスや、神秘的かつ人間味あふれる道具(神)たちの描写が多くの人々を魅了しています。どろ海の泥の中から始まり、気の遠くなるような段階を経て人間が創り出される過程が描かれます。現代の進化学的な視点からも解剖されるなど、深い生命観を内包しています。 |
(私論.私見)