元の理の科学的知見照合考

 更新日/2025(平成31.5.1栄和改元/栄和7)年2.13日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「元の理の科学的知見照合考」をものしておく。

 2007.12.25日 れんだいこ拝



【「元の理」の科学的知見との照合考】
 「元の理」で語られる諸内容が現代の科学的知見と照合していることが驚きをもって語られている。これを確認する。

【「元の理」の御守護考】
 梅谷先生よりお聞かせ頂きましたお話でありますが、後になれば天理十冊本というのができる。即ち”こふき”であります。それを外国に広める。外国の人はそれを見て感じるならばどんな者でも助かる。しかしこんなものという心であったら、その場で倒れる様な御守護であると聞かせて頂きました。
 (「天理十冊本」、昭和十一年「第六回教義講習会講義録」「根の国日本」山田清治郎より)

【「元の理」の質問考】
 神さまは、どうして、こんな形の生物世界のしくみをお創りになったのであろうかと思う。これが分らない。教祖はこのことについて、どうお話になったであろうか。私が教祖にお会いした人々から聞いた話の中には、それに対する話はない。誰も質問しなかったものであろうか。あの当時の人々は、それは当り前のことで、世の中の当然の仕組みとして疑問に思わなかったらしい。「人間はどうして水を呑まないと死ぬのでしょうか」、「人間はどうして息をしないと死ぬのでしょうか」と質問した人の話も聞いていない。当時は当り前と信じ切っていたものと思う。もっとも、教祖は、『この世に当り前ということはないのである』と仰せになっていたそうだ。そうするとそれに対するお応えもあったものと思う。だが伝わらなかったか、誰も質問してくれないので、お話するきっかけがなかったものか。またお話があったものと思うが、聞き手の方が直接生活に関係がないので、忘れられたのでないか。奥野道三郎氏のお話では、塩は月さまの心とおっしゃったそうだ。
 (「当り前ということは 」、昭和六十一年十二月発行、高野友治著「創象38」(天理時報社)2~3pより)。

「元の理」の進化論的裏付け考】
 「天理自然・人間環境学研究室/佐藤孝則「元の理の生物学的アプローチ」参照による「元の理」の進化論的裏付け考」。
 生物学的および環境学的視点から「元の理」の動物学的解釈を補強する。たとえば男雛型の「うを」と女雛型の「み」は、前者がサンショウウオ、後者がヤツメウナギであると推理できる。『元初まりの話』は象徴的に表現されたはなしであり、人間創造の道具にされた素材の体的な働き機能によって役割を説いている。『元初まりの話』は、聞く相手によって、時代によって、表現が変わって来る性質のものであることを踏まえつつ、その生物進化の視点からも裏づけてみたい。

 深谷忠政は、概要/元の理において人間の創造と生成が説かれているのを、近代生物学の進化論的視点で、一切の事象を時間的系列の中に編成しようとするのではなく、たすけの理話として説かれてあるという点に注目し、説話をよくかみしめて味い腹におさめなければならない」という。蔵内おやさと研究所天理自然・人間環境学研究室佐藤孝則Takanori Satoの考え方は異なっている。佐藤は、「元の理」に登場する動物たちは単なる象徴的なものではなく、むしろそれぞれの動物たちの特性、本性を親神様によって見定められて引き寄せられたことを踏まえ、例えば「かめ」は“かめ”でなければな らないと受け止め、「性を見定め」られた動物たちの生態学的あるいは行動学的アプローチの重要さを指摘している。「八千八度の生れ更り」を理解するためにも進化論的アプローチを試みる必要があるとしている。

 「元の理」に登場する水域性動物を分析して気づくのは、「うを」は魚、「み」は白蛇。その働きの表象としての「大龍」、「大蛇」。そのほかは「ふぐ」などの魚、「かめ」などの爬虫類で両生類が登場していない。動物の進化は魚類から両生類、爬虫類へと進化してきたはずである。佐藤の研究は、「うを」は両生類のサンショウウオ、「み」は脊椎動物でも進化的に最も下等とされる円口類(別名、無顎類)のヤツメウナギだったことを明らかにした。これは、脊椎動物の中で最も高等とされる人類(人間)への進化過程、すなわち円口類から魚類、両生類、爬虫類へと向かう一連の進化過程を、「元の理」の中に見ようとしている。なかでも、男雛型の「うを」を解析することは、「元の理」の動物学的アプローチの本質を理解することができる。

 中山正善2代真柱は、「古記本」のうちの1冊、桝井本を引用して、「うを」は「ぎぎよ」であるとしている。佐藤は、「ぎぎよ」がほかの「古記本」の中でどのように表記 されているかを調べたところ、「げいぎょ」に収斂された。これによって、「ぎぎよ」は「鯢魚」(げいぎょ)であることが明らかになった。江戸時代の「鯢」、「鯢魚」について研究を重ねてきた碓井益雄の労作がある。それによると、人見必大がまとめた『本朝食鑑』(1697年)、貝原益軒が著わした『大和本草』(1709年)、寺島良安が著した『和漢三才図会』(1713 年)、明治以前に4回も重版された小野蘭山の『本草綱目啓蒙』 (1803年)、高木春山が描いた『本草図説』(1852年)などの書物には「鯢」、「鯢魚」、「山椒魚」の文字が表記されている。これはすべてサンショウウオのことである。

 斉藤泰雄は、「江戸末期において、当時の日本はすでに庶民層を含めてかなり厚みをおびた識字人口層をかかえていた。幕末から明治にかけての日本人の識字率は、当時、世界で最も高かった。このことは、幕末には武士のみならず畿内の農民や商人などの一般庶民は、普通に読み書きができ、書物もほぼ普通に読んで理解していたのではないかと考える。

 深谷は、「我々は泥海古記が如何なる人々を対象としてなされたかということを見落してはならない。それは大部分が、おそらく海を見たこともない、文字も知らないような、而も古昔(むかし)からの色々な慣習、口伝、俚喭(ことわざ)を持った大和の農民を対象になされたものである」という。実際は、当時の人たちの多くは文字をある程度自分で書き、読書もできていた、あるいは読み書きが不得手でも知人の手助けを得ていたのではないかと考えられる。

 「元の理」は、「その後、人間は、虫、鳥、 畜類などと、八千八度の生れ更りを経て」と表現している。この部分を天理教教典の英訳版『THE DOCTRINE OF TENRIKYOは、「After that, human beings were reborn eight thousand and eight times as worms, birds, beasts, and the like」と訳している。ここで、「虫」の訳は「worms」となっている。「worms」は、昆虫の「insects」よりも広義の意味での「虫」であり、回虫など寄生虫やミミズというような“細長い小動物”というイメージが強い。「ミミズトカゲ」や「メクラヘビ」などの四肢が退化した爬虫類もこの「worms」の訳語となるが、それはミミズのような形態だからである。

 江戸時代後期までは、両生類や爬虫類は「虫」の枠組みの中に含まれていた。『和漢三才図会』(東洋文庫版)の「巻第五十二蟲(虫)部」の説明の最初に、「蟲〔音は仲チュウ〕とは生物の微少なもので、その種類は大へん多い」と書かれている。「蟲」は小型動物の総称を指していたと考えれれる。幕末の1857年、飯室昌栩は「蟲」類を体系的に分類した本『蟲譜図説』を日本で最初に上梓した。彼はこの本の中で、「蟲」を「卵生蟲類」、「化生蟲類」、「湿生蟲類」、「鱗蟲類」の四つに大別した。狭義の「蟲」を表す昆虫だけでなく、広義の「蟲」、すなわち両生類(湿生蟲類)、爬虫類(鱗蟲類)などを含む900種以上の動物を「蟲類」として『図説』の中に収録した。幕末から明治にかけて、両生類や爬虫類も「蟲」の範疇に含められていたことになる。

 「人間は、虫、鳥、畜類などと、八千八度の生れ更り を経て、又もや皆出直し、最後に、めざるが一匹だけ残つた」と いうことは、人間は、両生類・爬虫類(虫)、鳥類(鳥)、そして哺乳類(畜類)へと何度も世代交代を繰り返して、最後に人類へと向かう最初の“サル”として雌ザル1匹が残った、という解釈となる。これは、3億6000万年前、“陸上の住まい”を始めた両生類の祖先が、その後爬虫類、鳥類、哺乳類へと何世代にもわたって進化し、さらに700万年前には人類へと進化していったことを示唆している。この過程は、脊椎動物の進化を表現している。結論として、『元初まりの話』は現代科学が明らかにしつつある生命の分岐と照合していることになる。

【「元の理」の壮大なスケール考】
 泥海古記は、天理教の教祖・中山みきによって語られた、この世界の始まりから人類の創成までを描いた創世神話である。他の記紀神話とは一線を画す「民俗的想像力」に満ちた「日本的な進化論」とも言える独特のストーリー展開と、人間の魂のルーツを説く壮大なスケールがおもしろさの魅力になっている。

 その語りの巻頭の言葉が「この世の元始まりは泥の海」である。天理教教理における「泥海」(どろうみ)とは、
人類及び世界の始まる前の状態を指し、カオス(混沌)としている。何気ない記述のように思えるが、ユダヤ―キリスト教圏のヤハウェ(Yahweh)創世記の「絶対無」と対比させてみたときに、「無ではない泥海としての有」を説いているところに値打ちがある。泥海古記が、ヤハウェ(Yahweh)創世記とは初手から違うところに意義がある。
 「その中よりも どじょばかりや」としている。天理教教理における「どぢよ泥海」(ドジョウ)とは、人類及び世界の始まる前の生物状態を示しており、「種の起源」ともいえる。この「種の起源」を通じて、すべての生命が親神の懐で行かされており連綿とつながっていることを表している。
 「月日には、人間始めかけたのは、陽気遊山が見たい故から」。
 併行して世界も同時に創造されることになった。
 このことがお筆先では次のように誌されている。
 月日より 真実思い ついたるは
 何と世界を 始めかけたら
六号81
 月日両神はこれを食べて賞味された。これが「男の台」のひながたになった。これより「うお」を「岐魚」(ぎぎょ)と名づけ「岐様」(ぎさま)と敬称することになった。後の人間創造の際に、「岐様」の胎内に月様が入り込むことにより仕込みされ、「岐様」は生命の片方の原理である「水気」の役割、特に「よろづ眼胴うるおい」の働きに責任を負うことになる。神名「くにとこたち(国常立)の命」として祀られることとなった。神楽づとめの際には、つとめ人衆が大竜で表される獅子面を被る。
 「み」も同様にして承知をさせ、これを食べて賞味された。これが「女の台」のひながたになった。後の人間創造の際に、「み」の胎内に日様が入り込むことにより仕込みされ、「み」は生命の片方の原理である「火気」の役割、特に「よろづぬくみ」の働きに責任を負うことになる。神名「おもたり(面足)の命」として祀られることとなった。神楽づとめの際には、つとめ人衆が大蛇で表される獅子面を被る。
 人間創造の元となる台は「くにとこたち」と「をもたり」で、種と苗代の役割を担った。
 このことがお筆先では次のように誌されている。
 人間を 始めかけたは うをとみと
 これ苗代と 種にはじめて
六号44
 しかと聞け この元なると ゆうのはな
 くにとこたちに をもたりさまや
十六号12
 「しゃち」が乾(いぬい、西北)の方角からやって来た。この者は変にシャチコ張り、勢いの強い特性によって、骨を始めとする「よろづ突っ張りの役目」に使われることになった。且つその特性が生殖機能としての「男一の道具」に使われ、これが「うお」に仕込まれた。こうして男雛型ができあがった。神名「月よみ(月読)の命」として祀られることとなった。神楽づとめの際には、つとめ人衆の男性が鼻高面をつけ背中にシャチを背負う。
  • 陽気ぐらしの原点: 親神はこの泥海の中から、人間が互いにたすけ合い、喜びあう姿(陽気ぐらし)を見るために、気の遠くなるような長い年月をかけて人間を創造し、育て上げたと説かれます。
 妊娠後の生命の誕生から出産までを確認する。
 妊娠1週頃、排卵の準備期。
 妊娠2週頃、受精卵ができる。
 妊娠3週頃、受精卵が子宮内膜に着床する。受精卵の外側を覆っていた殻がなくなり、表面から出る酵素で子宮内膜を溶かしながら中にもぐり込んでいく。これが妊娠の成立である。妊娠期間はトータルで40週(10ヶ月)。妊娠初期、妊娠中期、妊娠後期に分けると、妊娠初期(妊娠0~15週/妊娠1~4ヶ月)、妊娠中期(妊娠16~27週/妊娠5~7ヶ月)、妊娠後期(妊娠28週~/妊娠8~10ヶ月)となる。
 受精直後の受精卵はひとつの細胞であるが、すぐに2細胞、4細胞、8細胞という具合に細胞分裂を繰り返す。この細胞分裂を「卵割」(らんかつ)と云う。卵割は、およそ1日に1回のペース。細胞数を増やしながら、卵管から子宮へと5日くらいかけて移動する。
 妊娠初期の胎生3週目頃、胎児の脳の一部として逸早く神経外胚葉から「眼胞(がんぽう)」が膨れ出すことで眼の基礎ができ始める。これより体表の表面外胚葉と相互作用しながら複雑な立体構造へ陥入・分化し、光を感じる網膜やレンズとなる水晶体などが形成されていく
 妊娠5~6週頃、超音波検査(エコー)の画面でピクピクという拍動が見えるようになる。
 妊娠7週頃、まぶたが開くようになり、子宮内で光や暗さを感じるようになる。光の刺激に対して「瞬目反射(まばたき)」をする機能もこの頃に完成する。驚くべきことに、昆虫の複眼からヒトのカメラ眼まで、地球上のあらゆる眼の形成には「Pax6」と呼ばれる共通のマスター遺伝子が深く関わっている。このことは、眼のルーツが共通の祖先にあることを示している。
 妊娠8週頃、超音波ドップラーという機械で「ドッドド、ドッドド」という心臓が拍動する音がはっきりと聞こえるようになる。
 妊娠10週頃、手足を動かすことができるようになる。手足の指も、水かきのように互いにくっついていたのが、指の形に分かれてくる。手の指のほうが足の指よりも先にはっきり分かれ始める。

 妊娠11週頃、まぶた、耳たぶ、唇ができてくる、目にはまぶた、耳には耳たぶ、口には唇ができ、鼻も高くなって鼻の穴ができる。下あごや頬も発達し、ずいぶん人間らしい顔つきになる。この頃、赤ちゃんが両足を交互に出すような動きをする。まるで、羊水の中で歩いているよう。足は伸ばせないので、膝から下をけるようなキッキングのような動きになる。これは原始歩行といって、赤ちゃんの中枢神経が発達して、簡単な反射ができるようになったことを示している。
 11週の終り頃、男の子、女の子を区別する外性器が1週の終わりごろにできてくる。妊娠11週4日の胎児の大きさCRL(頭殿長) 約43 .3㎜ 体重約20g。
 「かめ」が巽(たつみ、東南)の方角からやって来た。この者は皮が強く、ふんばりも強くて容易に転ばない特性によって、皮膚を始めとする「よろづ繋(つな)ぎの役目」に使われることになった。且つその特性が生殖機能としての「女一の道具」に使われ、これが「み」に仕込まれた。こうして女雛型ができあがった。神名をつけて「くにさづちい(国狭槌)の命」として祀られることとなった。神楽づとめの際には、つとめ人衆の女性が女面をつけ背中に亀を背負う。
 胎児共通の姿形。脊椎動物(魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類)の胎児(発生初期の「胚」)は、進化の過程を反映した驚くほどそっくりな共通の姿かたちをしている。この共通の形態が現れる時期は咽頭胚期(いんとうはいき)または尾芽胚期と呼ばれ、生物学では「砂時計モデル」の最もくびれた(多様性が狭まる)重要な段階とされている。どの脊椎動物にも共通して見られる具体的な姿かたちの特徴は、以下の4つ。
 1. 咽頭弓(いんとうきゅう)/ 鰓弓(さいきゅう)
 首のあたりに、魚のエラ(鰓)のような縞模様のひだが数対並ぶ。魚類ではこれがそのままエラになるが、人間などの哺乳類では進化の過程で役割を変え、顎(あご)の骨、耳の骨(ツチ骨・キヌタ骨・アブミ骨)、顔面の筋肉や神経へと形を変えていく。
 2. 尾(お)
 人間も含め、すべての脊椎動物の胚にははっきりとした長い尾が存在する。人間の場合は、発生が進むにつれて細胞死(アポトーシス)によって縮み、最終的にはお尻の奥にある「尾骨」として名残を留めるだけになる。
 3. 脊索(せきさく)と神経管(しんけいかん)
 体の中心を貫く一本の支持棒(脊索)と、その背側に管状の神経組織(神経管)が形成される。これが将来の背骨(脊椎)や、脳・脊髄といった中枢神経系のベースとなる、脊椎動物の基本設計図(ボディプラン)です。
 4. 体節(たいせつ)
 背中側に、パズルのピースのように規則正しく並んだ細胞の塊(ブロック)が並ぶ。この体節が、将来の筋肉(骨格筋)や背骨の一柱一柱、皮膚の真皮へと分化していく。

 生物学者エルンスト・ヘッケルが提唱した「個体発生は系統発生を繰り返す(反復説)」という有名な仮説の基になった現象です(現代では修正が加えられています)。脊椎動物はすべて共通の祖先(水中にいた祖先)から進化してきたため、体を構築するための遺伝子のプログラムが初期段階ほど共通している。まず共通の「基本形(咽頭胚)」を作ったあとで、それぞれの種に応じた遺伝子が働き、人間の手足、鳥の翼、魚のひれといった固有の姿かたちへと分岐していく。
 記紀神話とは一線を画す独自の「どろ海」からの世界創造プロセスや、神秘的かつ人間味あふれる道具(神)たちの描写が多くの人々を魅了しています。どろ海の泥の中から始まり、気の遠くなるような段階を経て人間が創り出される過程が描かれます。現代の進化学的な視点からも解剖されるなど、深い生命観を内包しています。





(私論.私見)