| れんだいこ版「泥海こふき」(元の理)一括文 |

更新日/2026(平成31→5.1栄和8)年10.27日
| (れんだいこのショートメッセージ) |
| ここで、みき教理の精華である「元始まりの理話し譚」(「泥海こふき」とも云う。以下、「元の理」と言い換える)のれんだいこ文を開陳しておく。これに関する解説は「泥海こふき論評」で、「元の理」そのものの解説は「泥海こふき逐条解説文」で為すことにする。 元の理は、教祖がお筆先の中でも記しているが、平素は信徒に対する口記で説かれていたものと思われる。1881(明治14)年、教祖は「こふきを作れ」と急き込まれ、主だった信徒に筆記するよう促した。この年から1887(明治20)年までの7年間にかけて、各先生方が教祖の「元の理」話を綴り32種以上の筆録本が作成された。しかし、教祖が読んでご満足されるものはなかったと伝えられている。今日に至るまで正式の定本はない。「泥海こふき」(元の理)はその後の応法の理過程で隠匿され、細々と語り継がれる運命を辿った。戦後になって復元が叫ばれ、自由に説ける時代を迎えたが、「元の理」の復元はならず、教祖が満足しなかった諸本を教理として聞き分ける体裁のまま今日に到っている。ここに、れんだいこが、「れんだいこ版元の理」を認め発表し、世間の耳目を得てみたい。 2007.12.25日 れんだいこ拝 |
| 【れんだいこ版元の理一括文その1、創造編】 |
| 1 | 既に長い時間が経過していた。見渡せば、一面泥海であった。 | |||||
このことがお筆先で次のように誌されている。
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| 2 | 泥海には多くのどじょう(ドジョウ)が棲んでいた。 | |||||
このことがお筆先で次のように誌されている。
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| 3 | この泥海世界に月様と日様が居られた。 | |||||
このことがお筆先で次のように誌されている。
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| 泥海の中で、月様は大龍、日様は大蛇のお姿をしてお現れになっていた。これを月日両神、月様を国常立(くにとこたち)の命(みこと)、日様を面足(をもたり)の命と申し上げる。人間、世界をはじめられた親神(おやがみ)様である。 | ||||||
| このことがお筆先で次のように誌されている。
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| 4 | ある時、月日両神は「味気なし」と思し召され、「一つ人間というものを拵えて、そのものたちが陽気遊山して喜ぶ様を見て自分も楽しみたい」と思い立った。 | |||||
このことがお筆先で次のように誌されている。
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| 5 | こうして「世にも珍しい企て」が始められた。 | |||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 6 | 併行して世界も同時に創造されることになった。 | |||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 7 | 月日両神が泥海を見澄ますと、沢山のドジョウの中に、他にも魚(ウオ)、巳(ミイ)その他様々な生物がいた。それらの特徴と働きの特質を見抜き、人間作りの道具にしようと思し召された。 | |||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 8 | こうして、月日両神の心尽くしての人間創造が構想が練られ、いよいよ人間作りの台となる素材集めに向かわれることになった。 | |||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 9 | 月日両神はまず最初にウオとミに注目した。どちらも鱗(うろこ)のないすべすべした肌、神の構想素材に相応しい見目形をしており、「このものを雛型として人間をこしらえたらよかろう」と思いつかれた。人間のすべすべした滑らかな肌と見目形はこの素材に負っている。かくてウオとミの性が見定められて人間の台となった。 | |||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 10 | 月日両神は最初にウオとミイを見定めて呼び寄せた。どちらも一筋心でやって来た。その心根が御心に叶った。月日両神はウオとミイに人間創造の事業計画を打ち明け、「貰い受けたい」と伝え協力を願った。 | |||||
| ウオもミイも当初断ったが、懇々と諭され、真剣な談じ合いを経て、「役立ってくれるなら後々まで祀る」と諭されるに及び承知した。 | ||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 11 | 月日両神はこれを食べて賞味された。これが「男の台」のひながたになった。これよりウオを「岐魚」(ギギョ)と名づけ「ギ様」(ぎさま)と敬称することになった。 | |||||
| 後の人間創造の際に、ギ様の胎内に月様が入り込むことにより仕込みされ、ギ様は生命の片方の原理である「よろづ眼胴うるおい」の「水気」の役割、働きに責任を負うことになる。 | ||||||
| ギ様に神名をつけて「くにとこたちの命」として祀られることとなった。 | ||||||
| 神楽づとめの際には、つとめ人衆が大竜で表される獅子面を被る。 | ||||||
| 12 | 月日両神はミイを食べて賞味された。これが「女の台」のひながたになった。これよりミイを「ミイ様」と敬称することになった。 | |||||
| 後の人間創造の際に、ミイの胎内に日様が入り込むことにより仕込みされ、ミイは生命の片方の原理である「よろづぬくみ」の「火気」の役割、働きに責任を負うことになる。 | ||||||
| ミイ様に神名をつけて「おもたりの命」として祀られることとなった。 | ||||||
| 神楽づとめの際には、つとめ人衆が大蛇で表される獅子面を被る。 | ||||||
| 13 | 人間創造の元となる台は「国とこたち」と「をもたり」二神で、種と苗代の役割を担った。 | |||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 14 | 月日両神が次に為されたことは、人間のその他の機能の仕込みであった。これに相応しい素材集めに四方八方に向かわれることになった。「シャチ、カメ、ウナギ、カレイ、フグ、クログツナ」の六魚が選ばれた。ウオとミイ同様にそれぞれに人間の道具になることを承知をさせ、食べて賞味された。 | |||||||
| 15 | 乾(いぬい、西北)の方にシャチが居た。この者を呼び寄せ、人間造りの道具ひながたになることを承知させた。この者の変にシャチコ張り、勢いの強い特性を見て仕込みされ、骨を始めとする「よろづ突っ張りの役目」に使うことになった。且つその特性が生殖機能としての「男一の道具」に使われ、これがギ様に仕込まれた。こうして男雛型ができあがった。 | |||||||
| シャチに神名をつけて「月読みの命」として祀られることとなった。 | ||||||||
| 神楽づとめの際には、つとめ人衆の男性が鼻高面をつけ、背中にシャチを背負う。 | ||||||||
| 16 | 巽(たつみ、東南)の方にカメが居た。この者を呼び寄せ、人間造りの道具ひながたになることを承知させた。この者の皮が強く、踏ん張りも強くて容易に転ばない特性を見て仕込みされ、皮膚を始めとする「よろづ繋(つな)ぎの役目」に使うことになった。且つその特性が生殖機能としての「女一の道具」に使われ、これがミイ様に仕込まれた。こうして女雛型ができあがった。 | |||||||
| カメに神名をつけて「くにさづちいの命」として祀られることとなった。 | ||||||||
| 神楽づとめの際には、つとめ人衆の女性が女面をつけ、背中に亀を背負う。 | ||||||||
| 17 | こうして、「月読み」と「くにさづち」の二神が骨つっぱり、皮つなぎ、男女の機能を担った。「月読み」が男性生理と骨つっぱり、「くにさづち」が女性生理と皮つなぎの役割を担った。 | |||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 18 | 東(ひがし)の方にウナギが居た。この者を呼び寄せ、人間造りの道具ひながたになることを承知させた。この者の精が強く、頭の方へも尾の方へもスルスルとぬけて行く特性を見て仕込みされ、「よろづ飲み食い出入りの道具」に使うことになった。 | |||||||
| ウナギに神名をつけて「くもよみの命」として祀られることとなった。 | ||||||||
| 神楽づとめの際には、つとめ人衆の女性が女面を被る。 | ||||||||
| 19 | 未申(ひつじさる、西南)の方にカレイが居た。この者を呼び寄せ、人間造りの道具ひながたになることを承知させた。この者の身が薄く、風をおこすのに都合がよい特性を見て仕込みされ、「よろづ息吹き分けの道具」に使うことになった。 | |||||||
| カレイに神名をつけて「かしこねの命」として祀られることとなった。 | ||||||||
| 神楽づとめの際には、つとめ人衆の男性が男面を被る。 | ||||||||
| 20 | これらの四神が「最初の一の道具」となった。 | |||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 21 | 西の方にクログツナが居た。この者を呼び寄せ、人間造りの道具ひながたになることを承知させた。この者の勢いが強く、引っぱっても容易にちぎれない特性を見て仕込みされ、母親の胎内からの引き出しを始めとする「よろず引出しの道具」に使うことになった。成長の機能はこれにより、「立毛(りゆけ)の一の道具」としての地位が与えられている。 | |||||||
| クログツナに神名をつけて「をふとのべの命」として祀られることとなった。 | ||||||||
| 神楽づとめの際には、つとめ人衆の男性が男面を被る。 | ||||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 22 | 丑寅(うしとら、東北)の方にフグが居た。この者を呼び寄せ、人間造りの道具ひながたになることを承知させた。この者の食べるとよくあたって、この世との縁が切れるものである特性を見て仕込みされ、母親の胎内からの切り離しを始めとする「よろづ切り離しの道具」に使うことになった。へその緒切り」を始めとして生命の誕生から息の引き取りの世話もさせることにした。「世界のはさみ」としての地位が与えられている。 | |||||||
| フグに神名をつけて「たいしょく天の命」として祀られることとなった。 | ||||||||
| 神楽づとめの際には、つとめ人衆の女性が女面を被る。 | ||||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 23 | 月読みを男の台に、くにさずちを女の台に、これに「くもよみ、かしこね、をふとのべ、大食天」の機能を備えさせて働きの道具が皆な揃った。 | |||||||
| これらを合わせて「六台始まり」と云う。かんろ台の六角形はこの理によっている。 | ||||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 24 | 月日両神は泥海の中にたくさんいたドジョウを食べられて賞味し、その心根(こころね)を味わい、人間創造の際の「種」とした。これで、人間作りの全ての機能が備えられた。 | |||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 25 | さて、ここまで準備が整ったからには、その受け皿としての身の台を拵える必要があった。こうして次に、男の雛型として想定されていたギ様が呼び寄せられ、「種宿しこみ」の役目が諭され、「いざなぎの命」(以下、イザナギと記す)の神名が与えられた。 | |||||||
| 併せて、女の雛型として想定されていたミイ様が呼び寄せられ、「苗代」の役目が諭され、「いざなみの命」(以下、イザナミと記す)の神名が与えられた。 | ||||||||
| このイザナギとイザナミが夫婦としての役目を担い、生命を生み出すことになる。 | ||||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 26 | かくて、人間創造の雛型と道具衆が全員揃った。これを併せて十全の守護と云う。この守護は、月日親神の世話取りで生み出されているものであるから、人間は月日親神の守護を学び、深く感謝しつつ日々を生きるのが親孝行の人の道である。 | |||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 27 | とはいえ、道具衆が揃っただけでは人間が創造される訳ではない。月日両神の「諭しと指図」が為され、道具衆がそれぞれの役目を「一手一つ」になって果たすよう指示された。こうして幾度もの「談じ合い」と「練り合い」が始まった。 | |||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 28 | 人間作りは、大和の山辺郡(ごうり)の庄屋敷の中山氏(うじ)の屋敷で行われた。月日両神が見ると、イザナギィ、イザナミ、くにさづちい、月よみの道具衆がいた。月日両神が天下り委細よろづを仕込み始めた。 | |||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 29 | いよいよ神の人間創造が始まった。男雛型のイザナギと、女雛型のイザナミが呼び寄せられ、月日両神がそれぞれの胎内に入り込み、人間を拵える守護を教え込まれた。ようやく道具衆の息が合うようになり、三日三晩の間にイザナミの胎内に南無南無と九億九万九千九百九十九の子種が宿された。これが最初の創造の試みであった。 | |||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 30 | 道具衆は「互い立てあい助け合い」で相和しながら各自の役割を勤めた。その様は、「神楽づとめ」の際のつとめ衆十人の挙措で表現されている。手振りがそれぞれみな異なりつつも「互い立て合い」相和しつつ、それぞれの働きの理を表現して振り踊る。この最初の宿し込みで目出度く今日の人間が生み出されたのではない。この後、幾度もの試しが為された。 | |||||||
このことが「み神楽歌の序歌」で次のように詠われている。
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 【れんだいこ版元の理一括文その2、試し編】 |
| 31 | 宿し込みも、産まれ出しも、月日親神のお働きによる。子種は、三年三月の間、母親イザナミの胎内に留まり、実に七十五日かけて子数のすべてを生みおろされた。 | |||||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 32 | 出産の様子は次の通リ。イザナミが泥海の砂地をみつけて子を生み卸すと、イザナギが寄って一人一人の子に息をかけたと云う。今に諺にも「親の息勢かからぬと子は育たない」と云われる所以がここにある。その、人間が生みおろされたあとに今日土地ところにお宮ができたので産土神(うぶすながみ)と云われる。 | |||||||||
| 33 | まず、おぢばの周りの奈良、初瀬7里の間を7日かかって産みおろし、残る大和国を4日にて産みおろし、山城、伊賀、河内三カ国を19日にて産みおろし、合わせて30日かかって子供の半分が産み下ろされた。残る国々に45日かかって産みおろした。それ故に75日を帯や(おびや)と云う。 | |||||||||
| 34 | だが、この時産み落とされた子は一様に五分と小さく、このものは五分五分と成人して九十九年生きた後、三寸になったところで、全てこの世から出直し(死去)していった。 | |||||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 35 | この時父親イザナギも身を隠すことになった。 | |||||||||
| 35 | こうした経過を見て、月日両神の工夫と思いが更にかけられた。親神様から一度教えて頂いた守護により、イザナミの胎内に又、前と同じ子供が同じ数だけ宿った。イザナミは次の出産に向かった。十月経って産み下ろされ、再び九億九万九千九百九十九の子を産んだ。 | |||||||||
| 36 | このたびは日本国中に産みにまわり、同様に生んだ子に息をかけていった。その時の生みおろしのあとに、いま日本国中の墓地(はかち)ができている。これは五分より始まり、五分五分と成人し前より大きく三寸五分まで成長したが、やはり九十九年生きた後、全てこの世から出直し(死去)していった。 | |||||||||
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こうした経過を見て、神の工夫と思いが更にかけられ、イザナミは次の出産に向かった。結局三度出産した。 |
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このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 38 | 三度目も、同じ数の子種を宿し十月経って産み降ろした。三度目の産み下ろしは原地に為され、その場所が今も土地ところの参り場所となっている。「一宮、二墓、三原」と云われて、それぞれ人間の参り所となっている所以がここにある。皆な元の理に因縁のある場所だということになる。今度は更に大きく四寸まで成長した。 | |||||||||
| 39 | イザナミはにっこり笑うと、「これまでに成人すれば、いずれ五尺の人間になるであろう」と言い残して身を隠すことになった。三寸から始まり三寸五分、四寸と次第に大きくなった人間の成長に手応え(てごたえ)を感じとられたからであった。 | |||||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 三度目の子供もイザナミの後を慕うようにして出直し(死去)していった。 | ||||||||||
| 40 | ここまでの月日親神のお働き、それによるご守護は並大抵のことではなかった。このことを深く知り、感謝申し上げるのが人の道である。 | |||||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 41 | こうして人間の命は十全の守護によって生かされている。その身体は神の貸し物と心得るべきである。人の側から見れば借りものであり、大事に扱い使うのが人の道である。これを貸し物借り物の教理と云う。 | |||||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 【れんだいこ版元の理一括文その3、道中編】 |
| 42 | その後、人間は長きにわたり生まれ変わりの旅に出向くことになった。この間様々な虫や鳥や獣畜類に生まれ変わり、実に八千八度の転生を繰り返すことになった。 | |||||||
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その果てに、一匹の「めざる」がこの世に生まれた。これに神名が付けられ「くにさづち」と云う。 |
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| この「めざる」が身ごもった。その胎内から男五、女五の生命が産み出された。この新たな人間は最初五分から生まれ出て、五分五分と次第に成人していった。 | ||||||||
| 44 | この成長に応じるかのように、自然環境も整い始めた。子供が八寸になった時、初めて泥海に高い低いができ始めた。 | |||||||
| 一尺八寸になる頃には泥海も漸く固まり、海と山、天と地が区別できるまでになった。 | ||||||||
| 45 | その後、人は一尺八寸から三尺になるまでに、一腹に男一人女一人の二人ずつが生まれて行くことになった。 | |||||||
| 次いで、三尺に成人した時、初めて言葉を話せるようになり、一腹に一人ずつ生まれるようになった。 | ||||||||
| そして、次第に五尺の人間へと辿り着くことになった。この間、実に九億九万年を水中で暮らしていた。 | ||||||||
| 46 | 人間が五尺に成人したときは、人間の住むに都合がよいように、海山、天地、世界もはっきりとできあがった。 | |||||||
| そこで水中の生活をやめて、ここに漸く陸上がりを果たせるようになった。現在のような陸上生活はそれ以来のことである。 | ||||||||
| 47 | 人間は三尺から五尺になるまで、食物(じきもつ)を食いまわり、唐天竺まで廻り行くことになった。この間、五尺に成人するまでに、この世界、天地海山、食物までもが人間の成人に応じてできた。 | |||||||
| 48 | しかし、これでも人間の完成が為されたのではない。陸に上がった人間は六千年間、智恵の仕込を受け、三千九百九十九年間、文字の仕込を受けることになった。 | |||||||
| 49 | これが元始まりの真実である。月日親神は、人類を我が子と思い、いとおしく気にかけている。 | |||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 50 | 月日親神は、人類が陽気づくめに暮らすことを願っている。心がいずまないよう、心勇みよう諭している。 | |||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 51 | こうして創造された人間であるのに、月日親神の思惑から外れて心得違いで道を踏み外している。月日親神は、「人間創造の元一日」に立ち返るよう促している。 | |||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 52 | 月日親神は、心得違いを埃と諭し、日々の胸調べで払うよう諭している。 | |||||||
このことがお筆先では次のように誌されている。
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| 53 | 月日親神はこのたび、中山みきを神の社(やしろ)と定め、親神の思いを「元始まりの理話し」として説き聞かせることになった。 | |||||||
| 54 | 月日親神は、生みの子らが、人類の故郷であるぢばの地で、甘露台を中心として踊る一手一つの神楽づとめをすることで「人類生誕の元一日」に立ち帰り、神の理を味わい、親神の心に添って生き直すよう諭している。 | |||||||
| 55 | 月日親神は、親神の諭しを聞き分け覚醒した者が助け合いの道へ生き方を転換し、親神の願う神人和楽の陽気世界への世直し、世の立替えに向かうよう促している。 |
(これは参考文であり、今後どんどん書き換えられていきます)
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(私論.私見)