日本神話考

 (最新見直し2007.1.10日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 先だって「ユダヤ聖書神話」を考察した(「ユダヤ聖書神話考」)。翻って、日本神話を知らないことに気づいた。日本神話は、日本古代の歴史書である旧事記、古事記、日本書紀、各地の風土記、古語拾遺、釈日本紀、古史古伝等々に書き付けられている。ここでは、それらの真偽は問わない。日本国の成り立ちを神話という体裁で遺しているそのことと内容の歴史的意義を高く認めたい。日本神話は、ギリシャ神話、ユダヤ聖書神話と共に、世界で最も詳しい記述を残している。その日本神話を知らないことは不幸である。

 その日本神話は、戦前、不幸な使われ方をした。大東亜戦争の聖戦性を煽る為に「神国日本」の宣揚の為に悪用された。その為、戦後になるや、「日本神話追放」が正義となり、せっかくの遺産である日本神話が排斥され、神話を通じて探る日本精神の道が閉ざされてしまった。このことは、戦前も誤りであるが、戦後も別の誤りの道へ入っていることを意味しているのではなかろうか。むしろ、正しく知ることこそ肝要なのではなかろうか。  

 れんだいこは戦後教育を受けてきた。その良い面も随分あった。お蔭さんで、れんだいこの両親は共に尋常高等小学校しか行けていないのに大学まで行かせて貰えた。それは何にも替え難い親の悦びであった。最近、戦後教育の破綻現象が凄まじい。れんだいこは、1950年代後半からの教師に対する勤務評定政策以来の政府自民党の特に売国タカ派系による管理教育強化の辿り着いた末路であると看做している。

 彼らは学生運動の温床になるとして初期戦後教育が豊穣にしていた社会教育を次第に骨抜きにし、教師の質を劣悪化させ、諸事有害無益方向に舵を取ってきた。戦後教育の内実がかくも無惨になったのは、その政策のなれの果てと看做すべきだろう。その彼らが今、教育基本法改正に乗り出そうとしている。悪くはなっても良くはなるまい。今や、政治反動の波があちこち押し寄せており、止まるところを知らない。日本左派運動はこれに如何に抗すべきかが問われている。

 ところで、そうした戦後文部行政と戦後左派運動は、戦前批判の視点で妙につるんでいる面がある。れんだいこは、ネオ・シオニズム批判の観点を得ることにより、そういう構図が見えてきた。彼らにより、日本神話の歴史的意義と価値が不当に落とし込められており、今や殆どの日本人が日本という国の成り立ちを知らない。否、知らなさ過ぎる。れんだいこはそのことに気づくようになった。

 それは何も、皇国史観に戻れと云うのではない。日本の未来を切り拓くには、日本の国史を知らねばならないと思う故に、今に続く日本型政治の原形ともなっている日本神話にも通じておく必要があるだろうと云いたい。実に、神話時代の政変の特質や影響を今日の日本政治の中に見て取ることは痛快である。このことを云いたい。付言すれば、戦前の皇国史観の恣意的歪曲をも正さねばならないであろう。

 そこで、全くの初学者のれんだいこが、れんだいこにも分かりやすい日本神話を書きつけることにした。「現代日本人の神話忘れを正したい。これがこの本の一つの目的である」(山田宗睦「日本の神話、カラーブックス、1984.7.5日初版」)。恐らく、「ユダヤ聖書神話」の非情冷酷な支配ー被支配「殺るか殺られるか」式とは一味違ういかにも日本的な穏和にして権謀術数渦巻く且つ止めを刺さず和を尊ぶおおらか神話が確認できるであろう。以下、これを確認する。「日本神話の御殿」、「古事記正解」、「古事記の世界」、「古事記物語」等々を参照する。知識が入り次第日々書き改めていくことにする。

 2006.12.3日、2007.1.10日再編集 れんだいこ拝


関連サイト ユダヤ聖書神話考 邪馬台国考 天理教教祖中山みき論
古代史研究 言語研究

目次

れんだいこの日本神話考
日本神話の構成
国生みの神話考
出雲王朝神話考
国譲りの神話考
天孫降臨、神武天皇東征神話考
大和王朝建国神話考
四道将軍遠征神話考
大和王朝かまど神話考
大化の改新前後神話考
聖徳太子の憲法17条の研究
壬申の乱前後神話考
蝦夷派の抵抗史考
関連著作本
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