| 【イザナギの禊と天照大御神、月読の命、スサノウの命の誕生譚】 |
イザナギは黄泉の国から帰り、筑紫の日向(ひむか)の橘の小戸(おど)のに辿り着いた。ここで三貴神を始め様々な神を生む。これを「日本神話その2の7」とする。次のように記されている。
「イザナギは、日向の国の橘の小門(おど)の阿波岐原(あはきはら)に辿り着いた。目の前に川が流れており、上の瀬は流れが速く、下の瀬はゆるやかだった。『汚くて醜い国に行ってしまった。禊をしよう』として、考えた末、流れの程よい中間を見計らって、身の穢れを洗い清める禊をする為に分け入った。真っ先に投げ捨てた杖から、ツキタツフナドの神が生まれた。脱ぎ捨てた衣服や禊をした川の水から次々と神々が生まれた。この時生まれた底筒男の命、中筒男の命、上筒男の命の三柱の神は、住吉の神となる。
禊の最後に、イザナギが澄み切った水を両手ですくって目や鼻を洗うと、左目からアマテラス(天照)大御神、右目からツキヨミ(月読)の命、鼻からタケハヤスサノウ(建速須佐之男)の命の3人の神様が生まれた。これが最後に生んだ神々となった。(日本書紀によれば、イザナギは、「自分は随分たくさんの子を生んできたが、一番最後に3人のとりわけ貴い子が得られた」と喜んだと記している)
イザナギは、「アマテラスとツクヨミは高天原に住んで、アマテラスは日の国、ツクヨミは夜の国を治めるように。スサノウは海原を治めるように」と言い渡した。アマテラスとツクヨミは高天原に向かい、それぞれ立派に司った。アマテラスは、高天原で、天神たちを指揮して田を作らせ、稲作を開始した。
ところが、スサノウだけは、ヒゲが胸の前に伸びる年齢になっても泣き暮らした。イザナギが訳を尋ねると、「僕(あ)は妣(はは)の国根の堅洲(かたす)国に罷らむと欲(おも)う」(「私はまだ見ぬ亡き母が恋しく、母の居る根の堅州の国に行きたい」)と答えて泣き叫び続けた。イザナギは大いに怒り、「お前はここに住むべきでない、出て行け」と述べ高天原から追放した。 |
日本書紀は、天照大神が弟神のツキヨミの命に命じて、穀神たるウケモチの神に食物を求めしめられたところ、ウケモチの神は「首を廻(めぐ)らして国に嚮(むか)いしかば則ちロより飯出づ。又海に嚮いしかば則ち鰭(はた)の広物、鰭の狭物亦ロより出づ。又山に嚮いしかば則ち毛の鹿(あら)もの、毛の柔(にこ)もの亦ロより出づ」と記している。 |
| アマテラス大御神=天照大御神。アマテラスは、大日*貴とも云われ、大日*貴は大日巫女という意味であるところから、日巫女=ヒミコ=卑弥呼と看做す説もある。ツクヨミの命=月読命。タケハヤスサノウの命=建速須佐之男命、素戔嗚尊。 |
(私論.私見) |
これによると、イザナギが、日の国を司るアマテラスは、夜の国を司るツクヨミ、海原を司るスサノウを生んだことになる。「日、夜、海」が重視されていることが分かる。スサノウが「母の居る根の堅州の国に行きたい」と泣き叫び続けたと云う寓意は何を語るのであろうか。
2011.7.17日再編集 れんだいこ拝 |