| 【第19代・允恭天皇の皇太子、カルノヒツギの御子譚、禁断の愛事件顛末】 |
允恭天皇の皇太子カルノヒツギの命は、同母妹のカルノオホイツラ女を愛し、密通していた。允恭天皇が崩御した後このことが問題なり、允恭天皇のもう一人のお子であるアナホノ御子が後継者として浮上した。身の危険を察知したカルノ御子は朝廷から逃げ出し、オホマヘヲマヘノスクネノ大臣(おおおみ)の家に逃げ込んだ。アナホノの御子はすぐさま軍勢を率い、オホマヘヲマヘの家を囲んだ。
アナホの御子がオホマヘヲマエの門前にやってきたときに激しい氷雨(ひさめ)が降って来た。そこへ、アナホの御子の前にオホマヘヲマヘが手を挙げ、舞を舞いながらやってきた。「天皇であらせられる皇子に申し上げます。私がカルノミコを捕らえお引渡しいたします」。アナホの御子は兵の囲みを解いて後方に下がった。そして、オホマヘヲマヘはカルの御子を捕らえ、アナホの御子に差し出した。カルの御子の目に、涙を流すカルノオオイツラ女の姿が写った。カルの御子は、カルノオオイツラ女のそばに駆け寄りそっと小声でささやいた。「軽の少女よ、お前がそんなに泣いたら私との仲を他の者が知ってしまうだろう? だから鳩のように忍び泣いておくれ」。その言葉を聞いたカルノオオイツラ女は小さくうなずいた。
捕らえられたカルの御子は伊予の湯(道後温泉)に流された。或る時、カルの御子は、使者にカルノオオイツラメ女の手紙を託した。その手紙には、「必ず戻ってくるからそれまでは私のいた畳は決して汚さないように、身を慎むように」と書いてあった。その手紙を読んだカルノオオイツラ女はすぐさま返事を書き、その日から空を眺めることが多くなった。
カルノオオイツラ女がカルの御子に手紙を送った。その手紙には、「戻ってくる際に白浜の貝殻に足を傷つけないようにお気をつけてください」と書いてあり、愛する兄に会えない寂しさが書かれていた。引き離されて想いが募るのはカルノミコだけではなく、カルノオオイツラメも同じであった。離れ離れになって月日が流れ、もう耐えられなくなったカルノオオイツラ女はついに伊予にいるカルの御子に会いに行くことにした。
その知らせを聞いたカルの御子は大いに悦んだ。妹がすぐに御子のいる場所が分かるように大きな旗を立てさせ、カルノオオイツラ女が松山の海岸に降り立つとすぐに抱きしめ放さなかった。「いとしき妻よ。お前さえいたら私はもう何もいらない」。「…お兄様、私もです」。いつまでも抱き合った。そして、カルの御子がカルノオオイツラ女を見つめ、来世を約束しあった二人はそのまま海に入り帰らぬ人となった。許されぬ二人の恋の結末であった。
カルの御子が島流しになった後、アナホの御子が天下を治め安康天皇と称した。安康天皇となったアナホの御子は父の允恭天皇の異母弟オホクサカの御子のもとに使いとして根臣を送った。安康天皇は、オホクサカの御子の妹であるワカクサカの御子を天皇の弟オホハツセの御子と結婚させたいと考えているので差し出すようにと命じた。天皇の叔父であるオホクサカは四度も拝むという丁重な礼をした。「そのお申し出喜んでお受けいたします。このような勅命があろうかと思い、妹をどこにも嫁に出しませんでした。恐れ多いことでございます。勅命に従い妹を差し出しましょう」。続いて、「大変ありがたいお話をいただきました。返事のお礼としてこの押木の玉かずらを天皇に献上いたします」と述べ、美しい玉かずらを根臣に渡した。
根臣は、その玉かずらを自分のものにしようとした。安康天皇に、オホクサカの御子が天皇の勅令を拒否したとウソの報告をした。「まさか叔父上がそのようなことをいうはずがあるまい」。「いえ、確かに申しておりました。私が勅命ですぞ、と強く申し上げたところ、オホクサカの御子は怒り出し、『うるさい! 私の妹を同族の者の下敷きになぞさせられるか!』と言いながら太刀に手をやったので、命からがら逃れて参りました」と伝えた。安康天皇は根臣の讒言をそのまま信じ、オホクサカを殺し、その妻を自分の正妻にしてしまった。
ここから、根臣の私欲から始まる一連の悲劇が生まれることになる。或る時、安康天皇は神託を受けるために神床で昼寝をしていた。先夫であり殺されたオホクサカとの子のマヨワの御子は7歳になっていた。安康天皇は、皇后に、マヨワの御子が成人した時、「私がその父オホクサカを殺したことを知ったら、心変わりをし、復讐しようとするのではないかとそればかり恐れている」と不安を告げた。
マヨワの御子は驚愕の真実を知るに及び、殺された父の復讐を誓った。或る時、天皇が昼寝をしている隙に近くにあった太刀を抜き、天皇の首を打ち斬ってしまった。宮廷内で白昼堂々の天皇暗殺が演ぜられた。マヨワの御子は、ツブラオホミの元へ逃げた。こうして、オホクサカを殺した安康天皇はその子マヨワの御子に殺害されてしまった。
天皇が昼寝の時間を過ぎても神床から戻らないのを心配した皇后が、天皇を起こしに行こうと神床に向かうと、そこには頭を切り落とされた無残な天皇の死体が横たわっていた。衝撃の出来事に朝廷は大混乱に陥った。この変事を聞いたオホハツセの御子はまだ少年であったが、憤り大いに怒って兄であるクロヒコの御子のところに駆け込んだ。ところが、兄の態度はよそよそしかった。オホハツセは、兄弟が殺されたというのに冷淡な態度を見せる兄クロヒコを刀を抜いて撃ち殺してしまった。
すぐさま、オホハツセはもう一人の兄、シロヒコの御子のもとに向かった。しかし、シロヒコもクロヒコ同様それほど驚きもせず、どうでもいい態度をとっていた。兄弟を殺されたことに無関心なシロヒコに愛想をつかしたオホハツセは、シロヒコの襟首をつかんで、小治田の地まで連れ出し、その場に大きな穴を掘り、立ったままの状態で埋め始めた。腰まで埋まってしまったときに、シロヒコはあまりの恐ろしさに両方の目玉が飛び出し死んでしまった。
そうこうするうちに、天皇を殺したのはマヨワの御子だということが判明した。ツブラオミのところでかくまっていることも判明した。オホハツセはツブラオミの邸宅を軍勢で囲んだ。オホハツセは矛を突き刺し杖にし、ツブラオミの家を伺った。そこは、結婚の約束をした乙女の家だった。ツブラオミはたった一人で武器を身につけぬまま屋敷から出てきた。そのままオホハツセの方を向き、八度も礼拝した。「先日は我が娘を妻にしてくださる約束をしていただきありがとうございます。もちろん、娘は嫁がせたいと思います」。「さらに、我が領土である5ヶ所の屯倉を合わせて献上いたします」。
ツブラオミの言葉を黙って聞いているオホハツセ。「しかし、娘の父である私があなた様に敵対するのは理由があるのです」。「昔から今に至るまで臣下の者が皇族の宮殿に隠れることはあっても、皇子が臣下の者の家に隠れた例はございません。これはとても名誉あることでございます。しかし、私のような賤しい者が全力を尽くして戦ってもあなた様にはかないますまい」。ツブラオミの顔に悲痛さはなく、むしろその表情は非常にすがすがしかった。「けれども、私を頼ってこの賤しい家に入ったマヨワノミコを私は決してお見捨てになることはできません!」。
そういうと、ツブラオミは再び武器をとり、家に帰って戦った。しかし、多勢に無勢。ついに力尽きた。「マヨワの御子様、私はすっかり痛手を負い、矢もなくなってしまいました。もう戦うことはできません。いかがいたしましょうか?」。「それならばいたしかたない。ここまでよく尽くしてくれた。もう私を殺して欲しい」。「、ごめん!」。こうして、ツブラオミは刀で御子を刺し殺し、そのまま返す刀で自らの首を斬って死んでしまった。
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| カルノヒツギの御子=軽太子。カルノオホイツラ女=軽大郎女。アナホの御子=穴穂御子。オホマヘヲマヘノスクネの大臣=大前小前宿禰の大臣。オホクサカの御子=大日下王。ワカクサカの御子=若日下王。オホハツセの御子=大長谷王。 ツブラオホミ=都夫良意富美。シロヒコの御子=白日子王。 |