| ホツマツタヱ2、ワのヒマキ(地の巻)26 |

| 【ホツマツタヱ2、ワのヒマキ(地の巻)26、産が屋葵桂の文】 |
| トヨタマ姫・葵の返歌、葵祭の起源 |
| うかやあおいかつらのあや 産が屋 葵 桂の文 |
| みそむすす みそよゑみそや 三十六鈴 三十四枝三十八 |
| やよいもち わけいかつちの 三月十五日 ワケイカツチの |
| あまきみは もろとみめして 天君は 諸臣 召して |
| みことのり むかしにはりの 御言宣 「昔 ニハリの |
| みやたてて たみつのために 宮 立てて 田水のために |
| はらみやま なりてみそよろ ハラミ山 成りて三十万 |
| たみおたす ついにしはかみ 民を治す 遂に地上 |
| ほつまなる あまつひつきお ホツマ 成る 天地つ日月を |
| うけつきて わけいかつちの 受け継ぎて ワケイカツチの |
| かみとなる みそひよろとし 守となる 三十一万年 |
| をさむれは よはひもをいて 治むれば 齢も老いて |
| あのひつき いまうつきねに 恵の日月 今 ウツキネに |
| ゆつらんと をしかいたれは 譲らん」と 御使 至れば |
| みそふかみ したひおしめと 三十二守(筑紫三十二の県主) 慕ひ惜しめど |
| みことのり さたまるうえは 「御言宣 定まる上は |
| よろとしお いはひてのちの 万歳を 祝ひて後の |
| みゆきこふ しかふねとえは 御幸 請ふ」 シガ 船 問えば |
| わにかいふ おおかめならは ワニが言ふ 「大カメならば |
| つきこえん かもはひとつき 月 越えん カモは一月 |
| おおわには ささともふせは 大ワニは 少々」と申せば |
| のたまはく ちちめすときは 宣給わく 「父 召す時は |
| さはかなり われはおおわに 騒かなり 我は大ワニ |
| ひめはかも あとにおくれと 姫(トヨタマ姫) はカモ 後に遅れ」と |
| おおわにお しかのうらより 大ワニを シガの浦より |
| つなときて はやちにきたの 綱 解きて 早ちに[疾風]北の |
| つにつきて いささわけより 都に着きて イササワケより |
| みつほまて みかえりあれは ミツホまで 御帰りあれば |
| あまきみも とみもよろこふ 天君も 臣も喜ぶ |
| これのさき きさきはらみて これの先 后 孕みて |
| つきのそむ かれにあとより 月 望む 故に「後より |
| かもおして きたつにゆかん カモをして キタツに行かん |
| わかために うふやおなして 我が為に 産屋を成して |
| まちたまえ かれまつはらに 待ち給え」 故 松原に(気比の松原) |
| うふやふく むねあわぬまに 産屋 葺く 棟 合わぬ間に |
| かもつきて はやいりまして カモ 着きて 早や 入りまして |
| みこおうむ かつてはいすも 御子を生む カツテは椅子も |
| みゆもあく うかやのゆとは 御湯も上ぐ 産が屋の湯とは |
| このはなの しろきかにさく 木の花の 白き臭泥 咲く |
| こはうのめ またあまかつら 凝湯泥 また天児等 |
| いまみこの かにつははけは 今御子の 汚泥唾 吐けば |
| ここもあり すせりみやより ココモあり スセリ宮より |
| みゆすすめ まくりとともに 御湯 進め 海人草と共に |
| かにおたす かれなからえて 汚泥を治す 故 永らえて |
| ソヨススノ ヨワヒウカワノ そよすすの よわひうかわの 十四鈴の 齢 ウカワの |
| みやほめて しらひけかみと 宮 褒めて 白髭守と |
| なおたまふ かねてかつてか 名を賜ふ 予ねてカツテが |
| もうさくは きはうふみやお 申さくは 「キは産宮を |
| なのそきそ うつきもちより な覗きそ 四月十五日より |
| なそゐかは ひことうかやの 七十五日は 日毎 産が屋の |
| うふゆあく のこるのりなり 産湯 上ぐ 遺る法なり」 |
| ほたかみは ほそのをきるも ホタカミは 臍の緒 切るも |
| はらののり ものぬしならす ハラの法 モノヌシ 鳴らす |
| くわのゆみ ははやひきめそ 桑の弓 ハハ矢 蟇目ぞ |
コヤネカミ イミナカカエテ こやねかみ いみなかかえて コヤネ守 斎名 考えて カモヒトト ハハヨリナキサ かもひとと ははよりなきさ "カモヒト" と 母より "ナギサ タケウカヤ フキアワセスノ たけうかや ふきあわせすの タケ ウガヤ フキアワセズ" の ナオタマフ ユエハチクラニ なおたまふ ゆえはちくらに 名を賜ふ 故はチクラに カモワレテ ヒメモタケスミ かもわれて ひめもたけすみ カモ 破れて 姫もタケスミ ホタカミモ ナキサニオチテ ほたかみも なきさにおちて ホタカミも 渚に落ちて オホルルオ タケキココロニ おほるるお たけきこころに 溺るるを 猛き心に オヨカセハ タツヤミツチノ およかせは たつやみつちの 泳がせば 竜やミツチの (尊敬) チカラエテ ツツカモナミノ ちからえて つつかもなみの 力 得て 恙も和みの イソニツク ツリフネヨリソ いそにつく つりふねよりそ 磯に着く 釣船よりぞ ミホサキノ ワニヱテココニ みほさきの わにゑてここに ミホサキの ワニ 得て ここに (美保関) (キタツ) ツクコトモ ミタネオモエハ つくことも みたねおもえは 着くことも 御種 思えば ナキサタケ ハハノミココロ なきさたけ ははのみこころ ナギサ・タケ 母の実心 (渚) (猛) アラハルル あらはるる 顕わるる キミマツハラニ きみまつはらに 君 松原に ススミキテ ウフヤノソケハ すすみきて うふやのそけは 進み来て 産屋 覗けば (心躍らせ来る) ハラハヒニ ヨソヒナケレハ はらはひに よそひなけれは 腹這ひに 装ひ 無ければ トホソヒク オトニネサメテ とほそひく おとにねさめて 戸臍 引く 音に寝覚めて (「閉づ」の意) ハツカシヤ オトタケスミト はつかしや おとたけすみと 「恥づかしや」 弟 タケスミと ミナツキノ ミソキシテノチ みなつきの みそきしてのち 六月の 禊して後 ウフヤテテ ヲニフニイタリ うふやてて をにふにいたり 産屋 出て ヲニフに至り (遠敷) ミコイタキ ミメミテナテテ みこいたき みめみてなてて 御子 抱き 御面 御手 撫でて ハハハイマ ハチカエルナリ はははいま はちかえるなり 「母は今 恥ぢ返るなり (恥ぢまくる) マミユオリ モカナトステテ まみゆおり もかなとすてて 見ゆ折 もがな」と棄てて クチキカワ ノホリヤマコエ くちきかわ のほりやまこえ 朽木川 上り 山 越え ヤヤミカニ ワケツチノネノ ややみかに わけつちのねの やや三日に ワケツチの北の (ワケツチ山) ミツハメノ ヤシロニヤスム みつはめの やしろにやすむ ミツハメの 社に休む (貴船神社) コノヨシオ ミツホニツケハ このよしお みつほにつけは この由を ミヅホに告げば オトロキテ ホタカミオシテ おとろきて ほたかみおして 驚きて ホタカミをして トトメシム ヲニフノキチノ ととめしむ をにふのきちの 留めしむ ヲニフの雉の ヒタトヘハ アトオシタヒテ ひたとへは あとおしたひて ひた飛べば 跡を慕ひて <ホタカミは> クチキタニ ニシヨリミナミ くちきたに にしよりみなみ 朽木谷 西より南 ヤマコエテ ミツハノミヤニ やまこえて みつはのみやに 山 越えて ミヅハの宮に オヒツキテ コエトカエナテ おひつきて こえとかえなて 追ひ着きて 請えど 返え 無で タケスミニ フクメトトメテ たけすみに ふくめととめて タケスミに 含め 留めて ハセカエリ カエコトナセハ はせかえり かえことなせは 馳せ帰り 返言 なせば キシトヒテ ツクルツクシノ きしとひて つくるつくしの 雉 飛びて 告ぐるツクシの ハテスミト オトタマヒメト はてすみと おとたまひめと ハテスミと オトタマ姫と ワニノホリ ニシノミヤヨリ わにのほり にしのみやより ワニ 上り ニシノミヤより (ワニ船で上京し) (淀川を遡る) ヤマシロニ イタリテトエト やましろに いたりてとえと ヤマシロに 至りて問えど (迫る) ヒメハイマ オリテノホラス ひめはいま おりてのほらす 「姫は今 下りて上らず オトタマオ ササケトアレハ おとたまお ささけとあれは オトタマを 捧げ」とあれば モロトモニ ノホリモフセハ もろともに のほりもふせは 諸共に 上り申せば <ミヅホに> イモトメス アマツヒツキオ いもとめす あまつひつきお 妹 召す 天地つ日月を ワカミヤニ サツケタマイテ わかみやに さつけたまいて 若宮に 授け給いて (ホオテミ) オオヱキミ シノミヤニマス おおゑきみ しのみやにます 太上君 シノ宮に坐す (ニニキネ) ミツホニハ ニハリノタメシ みつほには にはりのためし ミヅホには ニハリの例 ユキスキノ ヲヲンマツリノ ゆきすきの ををんまつりの ユキ・スキの 大御祭の オオナメヱ ミクサノウケオ おおなめゑ みくさのうけお 大嘗会 三種の受けを アニコタエ アオヒトクサオ あにこたえ あおひとくさお 天に応え 青人草を ヤスラカニ タモツヤハタノ やすらかに たもつやはたの 安らかに 保つ八幡の ハナカサリ アスヨロタミニ はなかさり あすよろたみに 華飾り 翌日 万民に オカマシム おかましむ 拝ましむ シハシハメセト しはしはめせと しばしば召せど トヨタマハ ミツヤオイテス とよたまは みつやおいてす トヨタマは ミヅ社を出ず アクルトシ オオヱスヘラキ あくるとし おおゑすへらき 明くる年 太上スヘラギ (ニニキネ) ワケツチノ アオヒカツラオ わけつちの あおひかつらお ワケツチの 葵・桂を (ワケツチ山) ソテニカケ ミヤニイタレハ そてにかけ みやにいたれは 袖に掛け 宮に至れば (ミヅハの宮) ヒメムカフ トキニハオモチ ひめむかふ ときにはおもち 姫 迎ふ 時に葉を持ち コレイカン トヨタマコタエ これいかん とよたまこたえ 「これ 如何ん」 トヨタマ 答え アオヒハソ マタコレイカン あおひはそ またこれいかん 「葵葉ぞ」 また「これ 如何ん」 カツラハソ イツレカクルヤ かつらはそ いつれかくるや 「桂葉ぞ」 「何れ 欠くるや」 (「欠く」の連体形) マタカケス ナンチヨオステ またかけす なんちよおすて 「まだ欠けず」 「汝 世を棄て ミチカクヤ ヒメハオソレテ みちかくや ひめはおそれて 道 欠くや」 姫は畏れて (生を去る) カカネトモ ナキサニオヨク かかねとも なきさにおよく 「欠かねども 渚に泳ぐ アサケリニ ハラハヒノハチ あさけりに はらはひのはち 嘲りに 腹這ひの恥 カサヌミハ アニノホランヤ かさぬみは あにのほらんや 重ぬ身は あに上らんや」 <宮に> コレハチニ ニテハチナラス これはちに にてはちならす 「これ 恥に 似て 恥ならず シカトキケ コオウムノチハ しかときけ こおうむのちは 確と聞け 子を生む後は チナミタツ ナソヰカニタス ちなみたつ なそゐかにたす 因み 絶つ 七十五日に治す」 ツツシマス サラタチタセス つつします さらたちたせす 「謹しまず 添絶ち 徹せず <ホオテミは> カツテカミ カネテモフスオ かつてかみ かねてもふすお カツテ守 予ねて申すを <が> ノソクハチ ナンチニアラス のそくはち なんちにあらす 覗く恥 汝にあらず」 タツノコハ チホウミニスミ たつのこは ちほうみにすみ 「竜の子は 千年 海に棲み タツタシル チホヤマニスミ たつたしる ちほやまにすみ 竜治 知る 千年 山に棲み タツフルト チホサトニスミ たつふると ちほさとにすみ 立振ると 千年 里に棲み ツクハナル ミイキサトリテ つくはなる みいきさとりて 付く離る 三生き 悟りて キミトナル ナンチナキサニ きみとなる なんちなきさに 君となる」 「汝 渚に オチントス ミタネオモエハ おちんとす みたねおもえは 落ちんとす 御種 思えば (没す) タケココロ ナシテオヨキテ たけこころ なしておよきて 猛心 なして泳ぎて ナカラウル コレハイキシル なからうる これはいきしる 永らふる これ 地生き 知る」 ミヤニタチ フリテアサケリ みやにたち ふりてあさけり 「宮に立ち 振りて嘲り (内宮) マヌカルル コレアイキシル まぬかるる これあいきしる 免るる これ 天生き 知る」 イマヒトツ アオヒカツラノ いまひとつ あおひかつらの 「いま一つ 葵・桂の イセオヱハ ヒトイキサトル いせおゑは ひといきさとる 妹背を和ば 人生き 悟る (陰陽和合) ミツシレハ タツキミコトク みつしれは たつきみことく 三つ 知れば 竜君 如く (竜が君となる如く) カミトナル タツキミイカン かみとなる たつきみいかん 神となる」 「竜君 如何ん」 <人は> タツハヒレ ミツシルユエニ たつはひれ みつしるゆえに 「竜は卑れ 三つ 知る故に ウロコキミ カンツミオニオ うろこきみ かんつみおにお 鱗君 上つ身 存を ミツシレハ ヒトハカミナリ みつしれは ひとはかみなり 三つ 知れば 人は神なり」 ヒメハハチ オチイリイワス ひめははち おちいりいわす 姫は恥ぢ 怖ぢ入り 言わず ミホツヒメ ミユキオクリテ みほつひめ みゆきおくりて ミホツ姫 御幸 送りて (ニニキネの叔母) ココニアリ トエハヨロコヒ ここにあり とえはよろこひ ここにあり 留えば 喜び (気を留める) コタエトウ ミホツウナツキ こたえとう みほつうなつき 応え留う ミホツ 頷き (返し留む) オオヱキミ ココロナイタメ おおゑきみ こころないため 「太上君 心 な傷め タマヒソヨ キミトヒメトハ たまひそよ きみとひめとは 給ひそよ 君と姫とは ヒトツキト ムツマシナサン ひとつきと むつましなさん 日と月と 睦まじ 為さん」 <と> モフストキ ヲヲキミヱミテ もふすとき ををきみゑみて 申す時 太君 笑みて タケスミニ トヨタマタセト たけすみに とよたまたせと タケスミに 「トヨタマ 養せ」と カワアイノ クニタマワリテ かわあいの くにたまわりて 川間の 地 賜わりて (河合) タニオイテ ムロツニカメノ たにおいて むろつにかめの 谷を出で ムロツにカメの (貴船の宮は貴船山と (室津) 鞍馬山の谷間にある) ムカイマツ カトイテオクリ むかいまつ かといておくり 迎い待つ 門出 送り ミユキナス キミエヲヲキミ みゆきなす きみえををきみ 御幸なす 君へ太君 (ホオテミ) ノコシコト アニヒツキテル のこしこと あにひつきてる 遺言 「天に日月 照る ヒトクサモ カニハヒヤスソ ひとくさも かにはひやすそ 人草も 暗には冷やすぞ (自動詞) ワノキミモ カニタミカルソ わのきみも かにたみかるそ 地の君も 暗に民 枯るぞ マツリコト コヤネモノヌシ まつりこと こやねものぬし 政事 コヤネ・モノヌシ (コモリ) トモニタセ ミヤウチノタハ ともにたせ みやうちのたは 共に治せ 宮内の治は ミホヒメト カメニノリユク みほひめと かめにのりゆく ミホ姫」と カメに乗り行く カコシマヤ ソヲタカチホノ かこしまや そをたかちほの カゴシマや ソヲ 高千穂の ヒニイナム アサハアサマノ ひにいなむ あさはあさまの 日に辞む 朝はアサマの ヒニムカフ ヒムカフクニト ひにむかふ ひむかふくにと 日に向ふ 日向ふ国と ホツマクニ ヒメハアサマニ ほつまくに ひめはあさまに ホツマ国 姫はアサマに (アシツ姫) イナムツキ タカチネニイリ いなむつき たかちねにいり 辞む月 タカチネに入り (隠れる月) (アサマ峰) カミトナル アサマノカミヤ かみとなる あさまのかみや 神となる "アサマの神"や コヤスカミ カネテアウヒノ こやすかみ かねてあうひの "コヤス神" 兼ねて合う 日の <月と> イツノカミ タカチホノネノ いつのかみ たかちほのねの "逸の守" 高千穂の峰の カミトナル ナルカミワケテ かみとなる なるかみわけて 神となる 鳴神 別けて ツチイカス ワケイカツチノ つちいかす わけいかつちの 土 活かす ワケイカツチの (別雷・別活土) スヘラカミ キミニツクレハ すへらかみ きみにつくれは 皇守 君に告ぐれば (ホホデミ) モニイリテ イセニツケマス もにいりて いせにつけます 喪に入りて イセに告げます ヲヲンカミ カミコトノリハ ををんかみ かみことのりは 大御神 神言宣は アワノカス ヘテモオヌキテ あわのかす へてもおぬきて 「陽陰の数 経て 喪を脱ぎて (アワ歌の数:48) マツリキク トシメクルヒハ まつりきく としめくるひは 政 聞く 年 回る日は (命日) モニヒトヒ ソノミハシラニ もにひとひ そのみはしらに 喪に一日 その身柱に (身丈柱) マツルヘシ ウケヱテノチノ まつるへし うけゑてのちの 祭るべし」 承け得て 後の (承けて行い) ミユキナル アマテラスカミ みゆきなる あまてらすかみ 御幸 成る 天地照らす神 ヨロコヒテ ミヲヤニツカフ よろこひて みをやにつかふ 喜びて "御祖に継がふ アマキミト ヲシテタマワル あまきみと をしてたまわる 天君"と ヲシテ 賜わる トヨタマハ ワケツチヤマニ とよたまは わけつちやまに トヨタマは ワケツチ山に モハヨソヤ トシノマツリモ もはよそや としのまつりも 喪罷 四十八 年の祭も ミアエナス アマキミヒメオ みあえなす あまきみひめお 敬えなす 天君 姫を (ホホデミ) タツヌレハ コヤネコタエテ たつぬれは こやねこたえて 訪ぬれば コヤネ 応えて タメシアリ ミホツニトエハ ためしあり みほつにとえは 「例あり」 ミホツに問えば ウタナセト カレウタヨミテ うたなせと かれうたよみて 「歌なせ」と 故 歌 詠みて →24文 ミホツメカ マコイソヨリオ みほつめか まこいそよりお ミホツ姫が 孫 イソヨリを ツカワセハ ヒメムカユルオ つかわせは ひめむかゆるお 遣わせば 姫 迎ゆるを (トヨタマ姫) イソヨリハ タチテヨムウタ いそよりは たちてよむうた イソヨリは 直ちて詠む歌 (謹みて) オキツトリ カモツクシマニ おきつとり かもつくしまに 『沖つ鳥 カモ 着く島に (青島) ワカイネシ イモハワスラシ わかいねし いもはわすらし 我が寝ねし 妹は忘らじ ヨノコトコトモ よのことことも 夜の事々も』 ミウタウケ ミホツハイカン みうたうけ みほつはいかん 御歌 承け 「ミホツは如何ん」 イソヨリカ ミホツノウタニ いそよりか みほつのうたに イソヨリが ミホツの歌に イミトイヒ ケカレオタツル いみといひ けかれおたつる 『斎と忌 穢れを立つる (付く・離る) (暗) (直す) ヒノモトノ カミノココロオ ひのもとの かみのこころお 日の本の 上の心を (明の源) (治者) シルヒトソカミ しるひとそかみ 知る人ぞ 神』 (「付く離る 三生き 悟りて 神となる」) トキニヒメ カエシハアオヒ ときにひめ かえしはあおひ 時に姫 返しは葵 キミカツラ カミニツツミテ きみかつら かみにつつみて 君 桂 紙に包みて ミヒキクサ フハコニオサメ みひきくさ ふはこにおさめ 水引草 文箱に収め タテマツル キミミツカラニ たてまつる きみみつからに 奉る 君 自らに ユヒオトキ ソノウタヨメハ ゆひおとき そのうたよめは 結ひを解き その歌 詠めば オキツトリ カモオヲサムル おきつとり かもおをさむる 『沖つ鳥 上下を治むる (天地) キミナラテ ヨノコトコトオ きみならて よのことことお 君ならで 世の事々を ヱヤハフセカン ゑやはふせかん えやは防がん』 コノウタオ ミタヒニナンタ このうたお みたひになんた この歌を 三度に涙 オチカカル ヒサノアオヒハ おちかかる ひさのあおひは 落ち掛かる 膝の葵葉 モニシミテ ムカヒノコシニ もにしみて むかひのこしに 裳に染みて 迎ひの輿に トヨタマノ アヰミヤイリト とよたまの あゐみやいりと トヨタマの あい宮入と ヨロコヒテ アヤニウツサセ よろこひて あやにうつさせ 喜びて 紋に写させ オルニシキ コアオヒノミハ おるにしき こあおひのみは 織る錦 小葵の御衣 ココチリト ヤマハトイロノ ここちりと やまはといろの 菊散と 熟果留彩の ミツノアヤ カミノヨソヒノ みつのあや かみのよそひの 三つの紋 神の装ひの (祭) ミハモナルカナ みはもなるかな 御衣裳なるかな |
| ヒコホホデミ(山幸彦)が、兄から返却を迫られている釣針を見つけられずに途方にくれ、気比(けひ)の浜をさまよっていました。 偶然にも、罠に掛かった雁を見つけ、今の自分の身の上を写し見る思いがして助け放ってあげました。 その始終を見ていたシオツツの翁が、 「君よ心配なさるな。私に名案があります。お任せ下さい」と言い、一艘の帆掛け舟と魚を獲る網を用意して、謎めいた歌札を結び、ツクシのハデの神の宮殿へと船出させました。 やがてウドの浜(ウマシにある)に着いたホホデミは、大歓迎を受けハデの神に迎え入れられます。ハデの神の尽力により無事、釣針も見つけられ、兄に返すことができました。 一段落しましたヒコホホデミは、ツクシの諸神を集めると、 「私は結婚しようと思うが、皆の意見を聞きたい」と申されます。 ホタカミが申すには、 「あなた様は既に、父ニニキネからツクシの治君(おきみ)という名を賜わっている九州を治めるべき立派な天君です。昔あなたの母上は天君と一夜を共にしたことにより、色々あって後に結婚されましたが、君はこのように事前に皆に相談されたのは大変良いことだと思います」 早速神議(かみばかり)が開かれ、ハデズミの娘のトヨタマ姫がお妃に選ばれます。後に鹿児島宮に戻り婚礼の儀が盛大に執り行われました。 スケ、ウチメ、オシモモ2人ずつ6人の局も整った3日目の朝、トヨタマ姫の兄のトヨズミが、6人の局に揃いの玉笠をかぶらせ、川の水を入れた木の椀をそれぞれに持たせます。3日目にやっと現われた君に向かって、一斉にはやし立て歌いながら水を振りかけ祝います。 モモヒナギ 馬具合(まぐばい)のちの 三日の日の 川水浴びて ウビチニの 上(かみ)から下(しも)へ 花婿に水 参らせう 参らせう ツクシの三十二県(あがた)の神々も、ご一緒に歌い万歳(よろとし)を祝い皆と楽しみました。 その後、先帝(さきみかど)ニニキネが九州一円を巡守した時に築いた井堰や堤が活かされ、新田が開かれているのを、筑紫32県全部を一々見回って改善を加えてその成果を確認し終えて、鹿児島宮にご滞在になっておられます。 年毎に稔りも増え、国々も大変豊かになりました。が、阿蘇国だけは未だ肥えず地がやせていました。 君は、阿蘇に宮を造り移り住み土地改良に努めます。地質を考え魚粉を肥料として鋤き込み地味を養い、遂に良田を作り上げました。 又、長年努力したにもかかわらず志賀の神田は今もって収穫量が少ないので、本格的に土地改良に取り組むため再び宮を筑紫の宮に移し腰をすえます。やはり地質を考え、今度は油糟を大量に使用することにし、お陰でカスヤの土地は豊かに肥え大収穫を上げるまでになります。 その他30県より土地改良の要請が相次ぎ、君は一つ一つ見回り細かい指示を出し、米の収穫量は飛躍的に向上し民の生活も安定し平和な環境も整いました。 君は国民の生活向上、農業開発に心血をそそがれ休む暇もなくお尽くしになられました。 唯、何とも残念なことには、お妃様のトヨタマ姫も、他の局達も御子に恵まれません。悩み抜いた君は、今まで信じて進めてきた自らの生き方、考え方を修正します。 突然、筑紫の宮に局達を残したまま、トヨタマ姫唯一人を連れ、九州に最初に上陸した思い出の鵜戸(うと)に舞い戻り、自分と姫との二人だけの静かで、誰にも邪魔されない愛を育む生活に入られたのです。 鹿児島のハデ神は心配され、是非に鹿児島宮に来て休むようにと親切なお招きをされましたが、トヨタマ姫から丁重にお断りされると、遂に、君の真意を悟ったハデ神は鵜戸の君におっしゃるには、 「君に必要なのは、ゆっくりくつろいで楽しむことだけです」 とのお言葉が返ってきます。 人々の為に、根つめ働きずめたために、さすがの君も心の余裕を失い精神的なストレスから本来あるべき夫婦生活にも影響をきたしていました。このまま世嗣子に恵まれなければ、国政に乱れを生じ、結果的に民を苦しめることになりかねないとの、君の国民への深いお考えから、この度の二人だけの生活を望まれたのでした。 三月十五日のことです。ワケイカズチの天君(父君)は詔を発します。 「私は、ツクバニハリの宮の建設を手始めに、水田開発のため豊かな水を求めてハラ山に移り、ついにシワカミのホツマの国を完成させました。しかし年老いたので、天の日嗣(あめのひつぎ)を今、ウツキネに譲ろうと思います」 このオシカの伝言を九州にいて受けたホホデミは、九州32県の神の慕い惜しむ情をひしひしと感じながらも、32県の諸神を迎えて万才(よろとし)を祝って後、父ミカドのニニキネの座すミズホの宮へ上洛することに決定します。 シガの神が船司(ふねつかさ)に、君の旅の日程を相談しますと、ワニ船の司が答えるには、 「大カメ船で一ヵ月以上、カモ船ならば約一ヵ月、大ワニ船ならすぐ着きます」 ホホデミ申して、 「父が召集する時はいつも急を要します。我は先ず大ワニ船で先に北の津に向かうから、トヨタマ姫は揺れの少ないカモ船で後からゆっくり来るが良い」 と、博多湾(志賀の浦)から帆を上げ疾風(はやて)の如く進み、北の津(ツルガ港)に着くとすぐイササワケ宮からミズホの宮にご帰還なられました。天君も郡臣も待ちに待った誉高きホホデミのお帰りを大層喜び迎えました。 実は先に、二人だけの愛ある生活を大切にされたウド宮での月日が実り、めでたく姫は子供を孕みもうすぐ臨月を向かえようとしていたのです。姫は、君の船出に際して、 「私は、君のお言葉に従い、何があってもこの子を守って君の後からカモ船で参りますから、どうか私のために産屋を先に建ててお待ちください」 と申し上げました。 北の津に着いたホホデミは供の者達に命じ早速産屋造りに取り掛かりました。が、どうでしょう。一ヵ月遅れでゆっくりと来るはずのカモ船が早々に着いてしまいます。まだ棟木の組立も終わらぬまま、屋根も葺いてない造りかけの産屋に、姫は転がり込むと無事皇子を産み落とされたのです。予てこの日もあらんかと、お産の準備のために、重臣等は揃って北の津に控えております。 宮中の家事一切を司る勝手(かって)神は、姫の産後の体調を考え、姫のために椅子を用意され、皇子(みこ)のための産湯を捧げます。 この時の湯を、うがやの湯と言い、ウツ木(ぎ)を煎じた汁に白いウノハナを浮かせたもので、それはとても良い香りを漂わせて、玉のような皇子のお肌に優しい産湯でございました。 ホホデミの兄上であるスセリの宮(ホノススミ・サクラギ)も、産湯を捧げます。まくり(海人草)を混ぜた湯で薬効があり、カニクサ(カニツバ・カニババ)も治まりました。 皇子は生後初めて出す古い唾や便も排出され順調にお育ちです。ホタカミがへその緒を切る時の流儀は、ニニキネのお妃コノハナサクヤ姫が身の潔白を表わそうと自殺を図ったウツムロの跡に生え出たとされる、焼け跡の残るまだら竹を使います。又、大物主(子守神)は悪魔拔いの儀式を行い桑の弓を鳴らし羽羽矢をつけて放ちました。 アメノコヤネは皇子の実名(いみな)を考えられ、カモヒトという名前を捧げました。トヨタマ姫がカモ船で、この北の津に来られ、めでたく出産されたことを記念して名付けたものです。 母トヨタマ姫は、少々長くはありますが、ナギサ・タケ・ウガヤフキアワセズという立派な御名を皇子のためささげました。この名こそは、御自身がお腹の子を守ろうとの一心から勇気を出し泳ぎ抜いた思いを込めた尊い御名なのです。姫がカモ船に乗っている時のこと、運悪く岩にぶつかり難破してしまいます。姫は同船していたタケズミやホタカミと一緒に海に放り出されて、あわや溺れかかった時のことです。波間で苦しみもがく姫の心に突如として、 「そうだ。私はお腹の子を守り抜くためには、何としても生きて助かろう。私は君のために無事この子を産まなければならない」 という熱い思いと勇気が沸き起こり、それはもう無我夢中で泳ぎ回ってやっと釣船に助けられ、荒波打ち寄せる磯にたどり着くことができました。休む間もなく美穂崎(みほざき)から、今度は大ワニ船を調達して無事ここに着くことができたのです。それは母が子を思う愛情と、君への責任を果たそうという、固い固い決意と情熱を込めた立派な名前なのです。 予がね勝手神が君に申し上げていたことがありました。それは、 「君よ、今日から75日間は、男は決して産屋を覗いてはなりません。皇子に毎日うがやの産湯をつかわせ、姫は産後の身体を休めるのです。これは昔からの重要な慣わしです」 と、ご忠告申し上げていたのです。しかし、間の悪い事もあるもので、君は妻や子に会えない寂しさをまぎらわすため、ケヒの松原をご散歩されるのを日課としておられました。 時には、妻のいる産屋のお近くまで歩を延ばすこともしばしばでした。ある日そっと近ずいて見ると、戸が半ば開いているのに気ずき、何かあってはとの心配りから、何気なく覗いてみると、姫は女だけの一人身の気安さから一糸まとわぬお姿で、しとねの上で腹ばいになってまどろんでおられました。 君は、うっかり覗き見してしまったとたんに、勝手神の忠告にハッと気付き、しまったと思い、そっと戸を閉めると徐々に足を速めて遠ざかりました。 その物音に目覚めた姫は、君にあられもない姿を見せてしまった恥ずかしさで、心は千々に乱れて、もう二度と君に合わす顔はないと思い悩んだ末に、弟のタケズミと共、六月(みなつき)の禊ぎを済ませ身を清めると、産屋をそっと二人で抜け出し遠敷(おにふ)の仮宮に移ります。 今日はいよいよ我が慈しの子とも別れる決心を固める時がきました。 我が子をしっかりと抱きかかえ、愛らしいお顔や、可愛らしい小さな手を、優しくいつまでもなぜておられます。そして、思いつめたように語りかけます。 「今、お母さんは大変な恥じをさらしてしまい、二度と君に会うことはなりません。愛しいお前と一緒に過ごすのも今日限り。私は国に帰ります。いつの日か再び会える日のくることを願ってます。達者で良い子に育っておくれ」 涙ながらに言い含めると、我が子を供の乳母や女官にくれぐれも頼み、うしろ髪を引かれる思いで、朽木川を目指し旅立ちます。たとい我が子と言えども君の宝、これから乗り越えていく険しい山や谷、自らの人生を予期して思い悩んだ末の我が子との離別でした。 トヨタマ姫と弟のタケズミは朽木川の上流へと山を登り谷をたどり、歩くこと三日目にして山背(やましろ)に出、ワケツチ山(キブネ山)の北にあるミズハメのお社に着き、やっと体を休めました。 事態を早速ニニキネとホホデミの座すミズホの宮に伝えます。 二人は大層驚いて、国の一大事となったものの、姫を宮に帰らせる名案も出ず、ホタカミを使わせて弟のタケズミにその場を動かぬよう頼むのがやっとでした。 遠敷(おにふ)の宮からもトヨタマ姫の動向を刻一刻と雉子(おぎす)を飛ばし連絡してくるのですが解決策が見つかりません。 残された最後の切り札としては、筑紫におられるトヨタマ姫の父親のハデスミと妹のオトタマ姫の説得です。連絡を受けた二人がワニ船で西宮に到着すると、早速、山背(京都)に出向き、姫に戻るよう話し合いをしますが、姫は、 「いったん宮中を去ったからには、二度と上がることはありません」 との固い決意の言葉が返ってくるのみです。 「私を忘れて妹のオトタマ姫を宮に捧げて下さい」 との伝言を二人はミズホの宮に上がってお伝えすると、トヨタマ姫のお言葉が入れられ妹をお召しになることになりました。 実は、ニニキネは期するところあり、姫の帰りを待たずに皇位をヒコホホデミに授けます。ミズホ宮では即位の礼が盛大に行われ、ニハリの宮の例に倣いユキの宮、スキの宮でオオナメエの祭を行い、国民の平和と繁栄を願う八幡がたなびき、三種の神器が飾られ、あくる日君は、一般参賀で国民の前にお立ちになられ、人々の拝謁をお受けになりました。 その後もしばしば君からの労いのお言葉が、勅使を通じ姫の元に届けられますが、トヨタマ姫はミズ社(やしろ)を出ようとはしません。 今は皇位をヒコホホデミに譲り太上天皇(オオエキミ)となられ肩の荷をおろしたニニキネは、あくる年になると気軽にワケズチ山に向かわれ、山で二葉アオイとカツラの葉を採って袖に掛けミズハの宮にお着きになります。 トヨタマ姫は丁重にお出迎えいたしました。 時に、ニニキネは姫に向かって葉を持ってご質問になりました。 「これは何の葉ですか」 姫は、 「桂葉です」 「どちらも双葉、夫婦も二人どちらが欠けても良いのですか」 「いいえ、まだ欠けたわけではありません」 「しかし、貴女は世を捨てて、人の道を欠いているでしょう」 このお言葉に、姫はハッと我が身の我がままに気付き、年老いた太上天皇(オオエキミ)を煩わせている自分が恥ずかしく怖れ多く感じ始めていました。 「欠くつもりはありません。唯、女だてらに命惜しさに渚を泳ぎ、助けられ、又、はしたなくも裸で腹ばいになっているところを、君に見られてしまい、どうして宮に上がることなどできましょう」 「これは恥じでも何でもないのじゃ、ようく聞きなされ。子を産んだ後75日間夫婦の関係を慎まねば母体は完全に元の健康体には戻らないのだ。勝手神が申すのは貴女に向かってではない。覗いた君が悪いのだ」 「では、この話をしてあげよう」 昔から、竜(たつ)の子は千年海に住み、海の心を知り、千年山に住み山の心を悟り、千年里に住みツクバ(ツク・ハナス)の術を得、この三息(みいき)を知って始めて竜君(たつきみ)となるという 「姫も渚に溺れて、君のことを思えばこそ猛き心で泳ぎ助かり、これが一つ。宮に戻れば久方ぶりのお姿を皆喜んで迎え、嘲り(あざちり)も免れるので、二つ。そしてもう一つ、夫婦和解し伊勢(いせ)の道を得れば、人の心を悟ることになり、この三つを知れば竜君の如く人も神となることができるのじゃ」 「どうじゃな、竜君は偉いと思わんかね」 姫は、年老いた大上君(オオエキミ)にこうまで心配させてしまった自分を、心から恥じ言葉もありませんでした。 ニニキネは御幸に同行してきた美穂津(ミホツ)姫に向かって、同意を求めるかの如く 「貴女はどう思うかな」 と、問いかけられます。ミホツ姫は大きくうなずくと、 「大上君(オオエキミ)、どうかご心配なきよう。元々ホホデミの君と、トヨタマ姫は太陽と月のような切っても切れない関係です。いずれ睦まじくなられますよ」 と明るくお答えになります。 この一言を聞いて大変安心された君は、大きく微笑むとタケズミに向かって、トヨタマ姫をくれぐれも守ってやりなさいとおっしゃり、タケズミに河合(かわい)の国を賜わって後、谷を出て室津(ムロツ)に下り、出迎えたカメ船にお乗りになりました。 ニニキネの門出を送るために御幸されてこられたホホデミに大上君は遺言をされます。「天に日と月が照るように、人の世も明るく照らさなければなりません。闇は人の心を冷まします。又、国政も闇は人心が離れ国を滅ぼす元です。政事はコヤネと大物主(おおものぬし)と共に協力して務めよ。宮中の治めはミホツ姫に任せよ」 と言い残すと、カモ船で鹿児島に出航しました。 その後間もなく大上君は、高千穂峰で神となられました。 四十九日の喪が明け、天君は姫のことを再びコヤネにお尋ねになりました。姫はワケズチ山で48日の喪をつとめました。 「君よ。良い先例があります。歌を作って送るのはいかがでしょうか」 と、答えました。早速君は、歌を詠んでミホツ姫の孫のイソヨリ姫を遣わせ歌を届けさせます。トヨタマ姫は大喜びでお迎えに出ると、イソヨリ姫はきちんと姫の前に直立不動のまま、君から姫への歌を詠みあげるのでした。 沖つ鳥 鴨着く島に わが寝(いね)し 妹(いも)は 忘らじ 夜のことごとも 歌を静かにお聞きになったトヨタマ姫は、 「ミホツ姫は何とおっしゃっていますか」 と、尋ねます。イソヨリ姫は今度はミホツ姫の歌を詠みました。 斎(いみ)といい けがれを断つる 日の本の 神の心を 知る人ぞ 神 姫はこの二つの歌を受け、皆が自分を許してくれたことを悟り、葵を女性である自分にたとえ、君を桂にたとえ、一緒に丁寧に紙に包んで、水引草で結び文箱に納めで奉りました。 君は自ら結びを解いて、トヨタマ姫からの返歌をお詠みになりました。 沖つ鳥 上下(かも)を治むる 君ならで 世の事ごとを 吉家は防がん この歌を三度詠まれた君は涙を押さえることができず、膝に落ちかかる滴は葵葉をぬらし裳(も)に染まりました。 間もなく、お迎えの御輿に乗って、トヨタマ姫はついに宮入りされ、この時はもうミズホの宮あげての大歓迎ぶりで、上から下まで万歳、万歳の声が沸き立ちました。 この感動的な出来事を後世までも末永く伝えおくために、葵葉を図案化して織った錦が小葵の御衣(みは)となり、菊散(ココチリ)と山葉留彩(ヤマハトイロ)、この三つの綾錦となりました。 後々までも、宮中の装いの御衣裳(みはも)として伝えられております。 |