ホツマツタヱ1、アのヒマキ(天の巻)7



 (最新見直し2009.3.7日)

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【ホツマツタヱ1、アのヒマキ(天の巻)7、遺し文さかおたつ文】
 アマテル神の岩戸隠れとソサノオの流浪
のこしふみさかおたつあや      遺し文清汚(さか)を立つ文
もろかみの さかおたつとき     諸守の 清汚を立つ時
さほこより つはものぬしか  サホコより ツハモノ主が 
かくみやに ききすとはせて   橘(かく)宮に 雉飛ばせて 
ますひとか たみのさしみめ つまとなす    マスヒトが 民のサシミメ 妻となす
くらひめうめは いつくしみ     クラ姫生めば 慈しみ
あにのこくみお このことく     兄のコクミを 子の如く
さほこちたるの ますひとや    サホコチタルの マスヒトや
いまはそえなり くらきねか      今は副なり クラキネが
まかれるときに しらひとお      罷れる時に シラヒトを
ねのますひとに くらこひめ    根のマスヒトに クラコ姫
みおたてやまに おさむのち     身を立山に 納む後 
ははこおすてて つにおくる    母子を捨てて 西に送る
こくみははこお  おかすつみ    コクミ母子を 犯す罪 
かんさひこれお たたさねは    カンサヒこれを 正さねば
とみこれおこふ みはたより    臣これを請ふ 御端より
さおしかにめす かんさひと     直御使(さおしか)に召す カンサヒと
こくみははこと たかまにて    コクミ母子と タカマにて
かなさきとわく こくみいふ    カナサキ問わく コクミ言ふ
さしめはまこと わかつまよ   「サシメは真(まこと) 我が妻よ 
きみさりますの おしてあり    君離りますの オシテあり
またとふなんち なにひとそ     また問ふ汝 何人ぞ
たみといふにそ  おたけひて   民と言ふにぞ お猛びて
けものにおとる つみひとそ    獣に劣る 罪人ぞ
さしめささくる ゆかりにて    サシメ 捧ぐる 縁(ゆかり)にて 
ますひととなる みめくみの    マスヒトとなる 御恵みの
きみなりははよ さかみれは   君なり母よ 清汚(さか)見れば
きみおわするる ももくらと    君を忘るる 百座と 
ははもふそくら おかするも     母も二十座 犯するも
おしてのはちも ももともも    オシテの辱(恥)も 百と百
ひめないかしろ ゐそくらと     姫蔑(ないがし)ろ 五十座と
すへてみもなそ  あまめくり   総て三百七十 天回り
みもむそたひお とほこのり    三百六十度を 経矛法(とほこのり) 
ところおさると さすらふと    所を去ると 流離ふ(さすらう) と
ましはりさると いのちさる     交り去ると 命去る
よつわりすきて ほころひと   四つ割過ぎて 綻(ほころ)びと
つつかにいれて ねのくにの   ツツガに入れて 根の国の
しらひとおめす たかまにて    シラヒトを召す タカマにて 
かなさきとわく ははおすて      カナサキ問わく 母を捨て 
つまさるいかん こたえいふ   妻避(さ)る如何 答え言ふ
おのれはさらす ははよりそ     己は避らず 母よりぞ
ゐゑすていつる ひめもまま    家捨て出づる 姫もまま
またもとおとふ こたえいふ    また本を問ふ 答え言ふ
よよのとみゆえ ことなせり    代々の臣ゆえ 事成せり
はははたみのめ すすめてそ きみのつまなり    母は民の女 進めてぞ 君の妻なり
をんめくみ なにわすれんと ゐゐなかす    御恵み 何忘れんと  唯唯(いい)流す
かんみむすひの しかりてそ    カンミムスビの 叱りてぞ
なんちかさりて まとわすや     汝飾りて 惑わすや
われよくしれ ともおこゑ  我よく知れり 朋を越え 
ちからおかして ははかあけ    力を貸して 母が上げ
まつりさつけて  ことなすお   政(まつ)り授けて 殊(こと)成すを  
ははにしたえは  ひめかうむ   母に親(した)えば 姫が倦む
かくさんために なかしやり  隠さんために 流し遣り
たみのめうはひ  ちからかす   民の目奪ひ 力貸す 
めくみわするる ふももくら    恵み忘るる  二百座
さるもももくら  ふむかゐそ   避るも百座  踏むが五十
つかむのむそて  よもそくら    掴むの六十で 四百十座  
これのかるるや こたえは    これ逃るるや」 答えねば 
つつかにいれて ををんかみ    ツツガに入れて 大御神
もろとはかりて やそきねお     諸と議りて ヤソキネを 
のくにかみと いさなきの    根の国守と イサナギの
うふやにおちと おはなれは    産野に叔父と 叔母なれば
まつりたゑと みことのり       政り絶えずと 御言宣(みことのり) 
もちてたみたす おちとおは   以ちて民治(た)す 叔父と叔母 
しらやまかみそ いさなきは    シラヤマ神ぞ  イサナギは
まつれとおとの くらきねは     祭れど弟(おと)の クラキネは
まつらもちか くらひめお    祭らずモチが クラ姫を
かんさひのこの あめおしひ    カンサヒの子の アメオシヒ
めあわせすけか あにとなし    妻(めあ)わせスケが 兄となし
ちちますひとの まつりつく    父マスヒトの 政り継ぐ
しらひとこくみ  このいわひ    シラヒト・コクミ この祝い
なかはて  さすらひの   半ば清(さ)を得て 流離の
ひかわにやるお ますひとの     ヒカワに遣るを マスヒトの
わかとみとなす そさのをは    我が臣となす ソサノヲは
これととのひて まなゐなる    これ調ひて マナヰなる
かみにまふてる そのなかに     神に詣でる その中に
たおやめあれは これおとふ     嫋女(たおやめ)あれば これを問ふ
まかたちこたふ  あかつちか   侍女(まかたち)答ふ アカツチが
はやすふひめと きこしめし    ハヤスフ姫と 聞し召し 
きしおとはせて ちちにこふ    雉を飛ばせて 父に乞ふ
あかつちみやに とつかんと   アカツチ宮に 婚がんと 
いえとみやなく ををうちの   言えど和(みや)無く 大内の
おりおりやとる ねのつほね    折々宿る 北の局
ゑとやすめとて うちみやの    姉妹(えと)休めとて 内宮の
とよひめめせは ねのつほね    トヨ姫召せば 北の局(つぼね) 
さかりなけけは そさのをか 退がり嘆けば  ソサノヲが
たたゑかねてそ つるきもち    湛えかねてぞ 剣持ち
ゆくおはやこか おしととめ  行くをハヤコが 押し止め
いさおしならは あめかした    功成らば 天が下 
はなこきたれは ほこかくす    ハナコ来たれば 矛隠す
かほすれと うちにつけ     見ぬ顔すれど 内に告げ
あるひたかまの みゆきあと              ある日タカマの 御幸後
もちこはやこお うちにめす    モチコ・ハヤコを 内(宮)に召す
にむかつひめ  のたまふは   日に向つ姫 宣給ふは
なんちらゑとか みけひえて    汝等姉妹が 御気冷えて
つくしにやれは つくみおれ  ツクシに遣れば 噤(つぐ)み下れ
たなきねはとる をはちちに    タナキネは取る 男は父に
はははにつく みひめこも    女は母に付く 三姫子も
ともにくたりて   ひたしませ  共に下りて 養(ひた)しませ
かならすまてよ ときありと    必ず待てよ 時ありと  
むへねんころに  さとされて    宣べ懇(ねんごろ)に 諭されて
つくしあかつち  これおうけ ツクシアカツチ これを承け
うさのみやゐお あらためて    ウサの宮居を 改めて 
もちこはやこは  あらつほね   モチコ・ハヤコは 新局
おけはいかりて  ひたしせす   置けば怒りて 養しせず
うちつくれは とよひめに    内(宮)に告ぐれば トヨ姫に
ひたしまつら さすらなす     養し奉らし 流離(さすら)なす
ふたさすらひめ いきとほり    二流離姫 憤り
ひかはにいかり なるおろち    ヒカハに怒り 成るオロチ
にわたかまり こくみらも     弥にわだかまり コクミ等も
つかえてしむお うはひはむ       仕えてシムを 奪ひ食む
そさのをしわさ あちきなく              ソサノヲ仕業 あぢきなく
なしろしきまき あおはなち    詰(な)じろ頻捲(しきま)き 穢(あお)放ち
みのらすみその にいなめの     みのらす御衣(みそ)の 新嘗の 
かんみはおれは とのけかす     神御衣織(かんみはお)れば 殿汚す
これたたされて そさのをか     これ正されて ソサノヲが
ひとりかふむる  ゐんはとの    一人被る 斎衣(いんは)殿
とつれはいかる  ふちこまお   閉づれば怒る 太駒(ふちこま)を
ゐらかうかちて  なけいるる   甍(いらか)穿(うが)ちて 投げ入るる 
はなこおとろき にやふれ    ハナコ驚き 杼(ひ)に破れ
かみさりますと なくこえに    神去りますと 泣く声に
きみいかりまし そさのをに 君怒りまし ソサノヲに
なんちきたなく くにのそむ     「汝汚なく 国望む」
みちなすうたに あめかした    道現(な)す歌に 天が下
やわしてめくる  ひつきこそ   和して廻る 日月こそ 
はれてあかるき  たみのたらなり      晴れて明るき 民の父母(たら)なり
そさのをは いわおけちらし     ソサノヲは 穢(いわ)を蹴散らし
なおいかる きみおそれまし     なお怒る 君恐れまし
いわむろに いりてとさせは     結室(いわむろ)に 入りて閉ざせば
あめかした かかもあやなし     天が下 明暗(かか)も紋(あや)無し 
やすかわの やみにおとろく     ヤスカワの 闇に驚く 
おもいかね たひまつにはせ     オモイカネ 灯燃(たいまつ)に馳せ
にとひて たかまにはかり ゐのらんや    子に訪ひて 「タカマに議り 祈らんや」
つはものぬしか まさかきの    ツハモノ主が 「真榊の 
かんゑはにたま なかつゑに まふつのかかみ      上枝は熟玉(にたま) 中つ枝に マフツの鏡 
しもにきて かけゐのらんと    下和幣(しもにきて) 掛け祈らんと 
うすめらに ひかけおたすき     ウスメ等に ヒカケを襷(たすき) 
ちまきほこ おけらおにはひ ささゆはな    茅巻矛(ちまきほこ) 朮(おけら)を匂ひ 笹湯花(ささゆばな) 
かんくらのとの かんかかり    神座(かんくら)の外(と)の 神篝(かんがかり) 
ふかくはかりて おもいかね     深く謀りて オモイカネ
とこよのおとり なかさきや   トコヨの踊り 長咲や
わさおきうたふ      俳優(わさおき)歌ふ 
かくの かれてもにほゆ しほれてもよや    「橘の木 枯れても匂ゆ 萎れても好や 
あかつまあわ  あかつまあわや    吾が妻合わ 吾が妻合わや
しほれてもよや あかつまあわ    萎れても好や 吾が妻合わ」
もろかみは いはとのまえに かしまとり   諸神は 岩戸の前に 姦踊(かしまとり) 
これそとこよの なかさきや                これぞトコヨの 長咲や
きみゑみほそく うかかえは                君笑み細く 窺えば
いはとおなくる たちからを  岩戸を投ぐる タチカラヲ
てとりいたし  たてまつる   御手取り出し 奉る
つはものぬしか  しめなわに    ツハモノ主が 締め縄に
かえりまし しかるのち    「な返りましそ」 然る後
たかまにはかり そさのをの    タカマに議り ソサノヲの 
とかはちくらの  みきたかれ   咎(とが)は千座の  三段枯れ
かみぬきひとつ つめもぬき   髪抜き一つ 爪も抜き
またととかは ころすとき    まだ届かねば 殺す時 
むかつひめより さをしかに    ムカツ姫より 直御使(さおしか)に
うけものいのり よみかえす    「活モノ祈り 蘇す 
はなこのよも  つくのゑは さかおあかせよ    ハナコの四百逆 償のえば 清汚(さか)を明せよ 
そさのをか しわさはしむの むしなれと      ソサノヲが 仕業はシムの 虫なれど
さかなくつつか なからんやわや       逆(罪) 無く 恙(処罰、つつが) 無からんやわや」
ことのりお もろかはかりて あめもとる    言宣(ことのり)を 諸が議りて 天戻る
おもきもしむの なかはへり    重きもシムの 半ば減り
ましわりさると すかさあを やゑはゐもとむ     交り去る と 空(す)かさ天男  八方這い回む
したたみの さすらやらひき     下民の 流離遣らひき
ををんかみ しろしめされは     大御神 知ろし召されば
あまてらす ひとのおもても     天照らす 人の面も
たのしむに みちすけのうた     楽しむに 満ち清けの歌
あはれ あなおもしろ     「天晴れ あな面白
あなたのし あなさやけ      あな楽し あな清やけ
おけ さやけ おけ         可笑 清やけ 可笑
あはれ おもしろ          天晴れ 面白
さやけ おけ あなたのし      清やけ 可笑 あな楽し」
あひともに ておうちのへて     合共に 手を打ち伸べて
うたひまふ ちわやふるとそ     歌ひ舞ふ  幸やふるとぞ
たのしめは これかんくらに     楽しめば これ上位(かんくら)に
あまてらす ををんかみなり     天照らす 大御神なり
さすらをは みことおうけて ねにゆかん    「流離男は 御言を承けて 根に行かん
あねにまみゆる しはしとて    姉にまみゆる 暫しとて
ゆるせはのほる やすかはへ    許せば上る ヤスカワへ
ふみととろきて なりうこく     踏み轟(とどろ)きて 鳴り動く
あねはもとより さすらをか   姉は本より(生まれ付き) 流離男が
あるるおしれは  おとろきて    荒るるを知れば 驚きて
おととのくるは はあら くにうはふらん  弟の来るは 清はあらじ 国奪ふらん
かそいろの よさしのくにお すておけは     父母(かそいろ)の 任しの国を 棄て置けば
あゑうかかふと あけまき     敢え窺ふと 揚げ巻きし 
もすそおつかね  はかまと   裳裾を束ね 袴とし
ゐもみすまる からまきて    五百瓊ミスマル 絡(から)巻きて 
のりゐものり  ひちにつけ    千乗五百乗 肱に付け
ゆはすおふりて つるきもち    弓を振りて 剣持ち
かたにわふんて けちらして     朽厭(かたにわ)踏んで 蹴散らして
いつのおたけに なしりとふ     逸のお猛に 詰(なじ)り訪ふ 
そさのをいわく  おそれ  ソサノヲ曰く 「な怖れそ
むかしねのくに  ゆけとあり   昔根の国 行けとあり
あねとまみゑて のちゆかん    姉とまみえて 後行かん 
はるかにくれは うたかわて いつかゑしませ     遥かに来れば 疑わで 稜威(いつ)返しませ」
あねとわく さこころはなに     姉問わく 「素心は何」
そのこたえ ねにいたるのち おうまん    その答え 「根に至る後 子を生まん
ならはけかれ はきよく これちかひなり    女ならば穢れ 男は清く これ誓ひなり
むかしきみ まなゐにありて みすまるの    昔君  マナヰにありて ミスマル[御皇]の
たまおそそきて  たなきねお    珠を濯ぎて[魂を注ぎて] タナキネを
もちにうまて  とこみきに   モチに生ませて 床酒に 
はやこおめせは そのゆめに    ハヤコを召せば その夢に
つかのつるき おれみきた    十握の剣  折れ三割(きた)  
さかみにかんて みたとなる   ' 栄みに醸んで 三瓊(みた)となる 
たりひめうむ たのいみな    三人姫(タケコ・タキコ・タナコ)生む タの斎名
われけかれなは ひめおゑて     我汚れなば 姫を得て
ともはちみんと  ちかいさる     共恥見ん」と 誓い去る
ひめひとなりて おきつしま              姫人成りて  オキツ島 
さかむゑのしま いつくしま    サカムヱノ島 イツク島 
みからさすらふ さすらをの    自ら流離ふ 流離男の
かけのみやひの あやまちお    陰のミヤビの 誤ちを
はらしてのちに かえります      掃らして後に 帰ります
むかしふたかみ のこしふみ              昔二神 遺し文
あめのめくりの むしはみお     「陽陰の巡りの 蝕みを
みるまさかにの なかこりて     見る真栄瓊の 中濁りて
うむそさのをは たまみたれ  生むソサノヲは  魂乱れ
くにのくまなす あやまちそ    地の隈成す 誤ちぞ
はちちにて はおいたけ     男は父に得て 地を抱け 
はははにゑて あとゐねよ    女は母に得て 天と寝よ
うきはしおゑて とつくへし  うきはしを得て 婚ぐべし
めはつきしほの のちに    女は月潮の 後三日に
きよくあさひお おかみうけ  よきうむなり      清く朝日を 拝み受け 良き子生むなり
あやまりて けかるるときに はらむこは      誤りて 穢るる時に 孕む子は
かならすあるる まえうしろ    必ず粗るる 前後 
みたれてなかる わかはちお     乱れて流る 我が恥を 
のちのおきての うらかたそ     後の掟の 占形ぞ 
かならすこれお わすれそこれ   必ずこれを な忘れそこれ

 アマテル神は、サホコチタル国(山陰地方)を治めていた祖父のトヨケ(現・伊勢外宮祭神、豊受神)亡き後、トヨケの御霊にアサヒ神の贈り名をして磐境(いわさか)を築き盛大な神送りを執り行いました。その後、富士の裾野のヤスクニ宮(現・富士浅間神社)にお帰りになり、今は新たに宮移しされてここ志摩のイサワノ宮(現・伊雑宮、三重県志摩郡磯部町)に御座(おわ)します。

 とかく問題の多かったサホコチタル国を何とか安定させるために、トヨケの後を継いで同族のカンサヒをマスヒト(益人・代官)に任命して、ソエマスヒト(副益人)には弟のツワモノヌシ(現・穴師坐兵主神社祭神、アナシニマスヒョウズ)と現地出身者のコクミを据えて万全の体制を敷き、民の暮らし豊かなれと常に願って政事(まつりごと)と執っていました。

 ある日の事です。高天(タカマ・宮中)に諸神(モロカミ)が集って刑罰のおきてを立(法)てようと、神議(カミハカリ)が盛んに行われていました。すでに大筋は合意をみて、天の運行(アマノメグリ)の三百六十度(ミオムソタビ)を基本にトホコノリ(瓊矛法)とし、まず四分割(ヨツワリ・四方)して刑法を定め、細分化して条項を作っていきました。

 その作業の真っ最中です。サホコ(山陰地方)から、ツワモノヌシが飛ばせた急使がカグ宮(香久宮)に着き緊急事態を告げました。文面にいわく、「先にネ(北陸)の国のマスヒト(益人)だったクラキネの二度目の妻は、民間から差し出した絶世の美女タミノサシミメです。君との間に生まれた一女をクラコ姫といい、君は姫を儲けてから母と娘を溺愛するあまり、こともあろうに出自も怪しいサシミメの兄コクミまでも、我が子(嫡子)同然に取り立てて、ついにはサホコチタル国のマスヒト(益人・代官)に任じて気ままに民を治める始末です。クラキネが老齢の為に死期を悟ると、今度は愛するサシミメを君に勧めたシラヒトを娘クラコ姫と結婚させて、ネ(北陸)のマスヒト(益人)にしました。この者は元々素養の無い所をもってきて人一倍の悪(わる)で領民は皆、悪政に苦しんでいます。

 やがてクラキネが御罷(みまか)ると、シラヒト、コクミはいよいよ本性を表わし、大切な君の葬送すら放置したままです。思い余ったクラコ姫が一人父クラキネの亡骸(なきがら)を立山(タテヤマ、現・雄山神社祭神・富山県)に移して涙ながらに埋葬を終えました。クラコ姫がやっとの思いで家に帰ってみると、しばらく留守にしている間に夫のシラヒトは、事もあろうに母に恋慕して言い寄り夫婦気取りでクラコ姫をないがしろにしました。母と夫の浮気に悩んで夫を避けるクラコ姫の気持ちを無視して、今度はクラキネの血を引くクラコ姫が扱いにくいのと、情事が外に漏れるのを恐れてついには暴力を振るって母娘(ははこ)一緒に家から追い出し、ミヤズノ宮(現・籠神社、コノ、京都府宮津市)にいる悪友コクミに送り届けました。

 コクミは事前にシラヒトと示し合わせて貴族の血を引くクラコ姫とその母の扱いにくさに腹を立て、二人共お互い顔向けできないように目前で同時に犯して辱(はずかし)めました。事ここに至ってもマスヒト(益人)のカンサヒは、両人の悪事を糺(ただ)せずにいます。臣(トミ)としての義憤から私ツワモノヌシが謹んで御聖断(ごせいだん)を要請いたします。」

 このいまわしい事件はただちにアマテル神のお耳に達し、朝廷の命により緊急に勅使をネとサホコチタル国に派遣してマスヒト(益人)のカンサヒ及びコクミと母娘(ははこ)が出頭を命じられました。高天(タカマ・宮中)の殿に参集した諸神(もろかみ)の前で、カナサキ(住吉神)はまずコクミを呼び、尊厳を持って趣(おもむき)を聞きました。コクミはほとんど一方的に口火を切り話し出しました。「実はサシメは昔、我が妻だったのです。その証拠に君が死ぬ前に書いたクラキネの証文があります。自分の死後は妻との縁は消滅して汝に帰すと記されています」。カナサキは今度は厳しく問い正しました。「いったいお前は何者の子孫なのか、答えなさい」。これに対してコクミは悪びれた様子も無くしゃあしゃあと言ってのけました。「ネ(北陸)の国民(クニタミ)です。何が問題ですか」。このふてぶてしい開き直りに、カナサキの忍耐もついに切れて、激怒して言いました。「おまえは獣(けもの)にも劣る罪人(つみびと)だ。サシメを君に奉げた縁(ゆかり)にて、おまえの様な名も無い者が益人(マスヒト)になれたその御恵(みめぐ)みとご厚恩を忘れたのか。「汝の裏切り行為は当然極刑に値いする。今改めて祥禍(サガ・善悪)を数え上げれば1.君の恩を忘れ葬送の祭を怠った罪、百科(モモクラ)、2.母の厚情(こうじょう)による支援を裏切った罪、二十科(フソクラ)、3.母を犯する罪、百科(モモクラ)、4.証文(オシデ)に対する偽証の罪、百科(モモクラ)、5.姫を蔑(ないがし)ろにした罪、五十科(イソクラ)。全て三百七十科(ミオナソクラ)。ここにトホコノリ(瓊矛法)を申し渡す」。

 九十科(コソクラ)、所払い(トコロヲサル)、百八十科(モモヤソクラ)、流離(サスラウ)、二百七十科(フオナソクラ)、人中交去(マジワリサル)、三百六十科(ミオムソクラ)、命去る(イノチサル)。「罪科は四割(よつわり)過ぎたので、矛刑人(ホコロビト・死刑)の制裁を加える。牢獄に入れよ」。

 次にネ(北陸)のシラヒトを召し出し、高天(タカマ・宮中)でのお裁きが開かれました。再びカナサキが問い質(ただ)しました。「シラヒト、汝は母を捨て、妻を追い出したのは何故か」。シラヒトはすぐに言い逃れを始めました。「追い出したなんてとんでもない。母の方から家出したんです。姫も勝手に一緒について行ったまでです」。カナサキは今度はシラヒトの出自を聞きました。「汝の先祖は何者ぞ。家系を述べよ」。シラヒトは答えて言い放ちました。「もともと我が家はネの国の臣(トミ)だったので(実は補佐)、クラキネの娘のクラコ姫と当然結婚して臣(トミ)の嫡子となりました。しかし母は賎(いや)しい民間の女で私が君にお勧めしたからこそ君の妻に納まったのです。君の御恵(おんめぐみ)をどうして忘れられましょうや」と、しゃあしゃあと言い流しました。この時、カナサキのかたわらで辛抱強くこの釈明を聞いていたカンミムスビがおごそかに口を開き、シラヒトを強い口調で叱りました。

 「汝、口先で己に都合の良い話を並びたてて、朝廷をたぶらかすつもりか。我はそちの悪業をことごとく聞き知っているぞ。だいたい汝が、居並ぶ朋友(トモ)を飛び越えて出世できたのも、元はといえば母の力添えで引き上げ、政事(まつりごと)を授けたからであろう。又、クラキネが慈(いつく)しんだ愛娘(まなむすめ)と、そちを結婚させて我が子としたからこそマスヒト(益人)になれたのを忘れたのか。この恩知らずの親不幸者が。それを何と愚かにも母に横恋慕して言い寄り、妻の目を盗んで情事を重ね、クラコ姫の切ない思いを踏みにじったあげく、秘め事が見つかり扱いにくい母娘をツ(宮津宮)に流しやるとは何事ぞ。それでも人かや」 カンミムスビはまだ腹の虫がおさまらず、続けてシラヒトの悪業を公(おおやけ)にしていきました。「まだある。民の模範となるべき益人の立場もわきまえず民(たみ)の女を漁っては奪い我が物とする。賄賂はつかむ。税(ちから)はかすめるわ。。。」。

 罪状が落ちる所まで落ちたのを悟ったカナサキは、そっとカンミムスビを見やり同意を求めると判決を読み上げました。1.君および母の恩を忘れた罪、二百科(フモモクラ)。2.妻を追い出し流浪させた罪、百科(モモクラ)。3.母娘両人に狼藉(ろうぜき)の罪、五十科(イソクラ)。4.賄賂を掴(つか)むの罪、六十科(ムソクラ)。「全て四百十科(ヨオソクラ)。これ逃るるや」。シラヒトは返答に詰まってだんまりを決め込んでいます。「牢獄に入れよ」。

 この裁定がくだると、アマテル神は諸神(もろかみ)と評議して後、詔(みこと)のりをされました。「今度(このたび)ヤソキネをネ(北陸)の国神に任命する。この決定は、イサナギの産屋(うぶや・生家)を中心にヤソキネは私の伯父で、イサナギの妹シラヤマ姫は私の叔母にあたり、二人の結婚により先祖から受け継いだ国政も安泰、民の暮らしも落ち着きを取り戻し豊かになるだろう。この様なわけで、ネの民を治める伯父と叔母にシラヤマ神の神名を授けよう。これから先イサナギは祭れど、失政により国を乱した弟(オト)のクラキネは祭らず」。アマテル神の決断は明解でした。

 (後記)

 このアマテル神の詔のりは3千年の時を経て、今日まで生き続けています。娘のクラコ姫の手によって父の遺体を埋葬した霊峰立山の名祠・雄山(おやま)神社の御祭神もイサナギ神とタジカラ神の二柱とされ、本来の立山神クラキネの名は伏されています。おそらく、雄山神の名も本来は立山神だったはずが、禁忌(きんき)を恐れて未だに呪縛(じゅばく)が解かれずにいるのでしょう。いつの日にか、クラキネの愛した美しい妻サシミメと慈(いつく)しの娘クラコ姫が立山神として親子三人一緒に祭られんことを願ってやみません。

 シラヒト、コクミの御裁きが一段落すると、ネの国、サホコチタル国の民情も落ち着きを取り戻して、民も豊かに平和が続くようになりました。そんなある時、アマテル神のネ(北)の局(つぼね)スケ后(きさき)モチコが、クラキネの娘クラコ姫とマスヒト(益人)のカンサヒの子アメオシヒ(天忍日)と妻合(めあわ)せ結婚させて、クラコ姫の夫となったアメオシヒをモチコの義兄とし父マスヒトの地盤北陸地方の国政を継がせました。シラヒト、コクミも、スケ后モチコの計らいで、この祝言(しゅうげん)に恩赦を得て罪が半減され、ヒカワ(現・斐伊川、島根県)に流刑となりました。後に新マスヒトのアメオシヒが家臣として二人を再登用したので、今は皆ヒカワでしばし静かな時を送っています。

 ソサノオは今度アメオシヒとクラコ姫の結婚の儀一切を取り仕切る事となり、すべて準備が整った所で、マナイガ原に祭られるトヨケのアサヒ宮にご報告を兼ね君の名代(みょうだい)として詣でました。大勢の参詣の人込みの中にとりわけ敬虔(けいけん)な祈りを奉げる一人の美しい手弱女(たおやめ)に目を止められたソサノオは、姫の侍者(マカダチ)にどこの誰かを尋ねました。「月隅国速見県(ツキスミハヤミアガタ)のアカヅチのハヤスウ姫(早吸日女神社・大分県佐賀関町)」との答えを聞かれたソサノオは、しきたりに従ってツキスミ(月隅)のアカツチ宮に特別の勅使を飛ばして姫との結婚を申し込みました。

 アカツチはソサノオの申し出を快く承諾して、姫はソサ宮に嫁ぐことになりました。が、日頃の悪ふざけが過ぎて、とかく問題児扱いされていたソサノオは、いまだに熊野大臣の早玉雄(ハヤタマノオ)と事解雄(コトサカノオ)の元で保護観察の身で、長い神議(カミバカリ)の末に結局新しい宮を許されませんでした。貴族社会では、この一件は人格を認められない重大事で、この結婚話はまとまりませんでした。ソサノオは失望と身の置きどころの無い悲痛な日々に、同情を求めてネ(北)の局(つぼね)モチコ、ハヤコ姉妹の元に通いつめ、ついには折々姉妹の元に宿るようになり、陰の愛(かげのみやび・密通)に明け暮れる様になりました。中宮セオリツ姫はソサノオと姉妹の関係を薄々感じていましたが、アマテル神のお立場や心中をお察しして、この事を長い間胸のうちに納めておきました。

 ある日の事です。中宮は密かに二人を内宮(うちみや)にお呼びになりのたまいました。「姉妹(エト)共に今日から暇を出すからしばらく休みなさい。後任にはツ(西)のオシモのトヨ姫(宗像の娘、宗像神社、福岡県)が君の御前に侍るので心配には及ばない。ゆっくり休むが良い」と、ネ(北)の局を解任してほとぼりの冷めるのを待つことにしました。

 大内宮(オオウチ)に下って激しく嘆き悲しむモチコとハヤコ、ソサノオは義憤と同情から我が事の様に怒りだし、ついに湛(たた)えかねて中宮に対する怒りもあらわに血相を変え剣をわしづかみに駆け出そうとするのを、何とかその場を押し止めたのは妹のハヤコでした。若く血気盛んな偉丈夫(いじょうふ)ソサノオの前に立ち塞がったハヤコは、毅然として静かに言い放ちました。「功(いさおし)ならば天(あめ)が下(した)」(手柄を立てたいなら、天下を取れ)。この一言は、単に中宮への恨みつらみを飛び越えて、アマテル神殺害をも暗にほのめかす大蛇(おろち)と化した女の執念と嫉妬が、牙(きば)をむき出し炎を吐いて君と中宮に襲いかかる悪魔の叫びでした。

 丁度この時、この緊迫したやりとりを何も知らない中宮の妹ハナコ(若桜神社、奈良県桜井市大字谷)が来合わせ、一同慌てふためいて一旦は矛(剣)を隠し、その場を何とか繕いました。が、このただならぬ空気はすぐにハナコの悟るところとなりました。ハナコもその場は何くわぬ顔で見ぬふりをしたものの、隠し置くにはあまりにも事は重大で切迫しており、ハナコはついに姉の中宮セオリツ姫に一部始終を告げました。日頃から聡明で心優しいセオリツ姫は、何とかこの難局を良い方向に解決しようと思い巡らして、今度も一旦は事を胸の内に納め置いて時のくるのを静かに待ちました。

 ある日の事です。中宮はアマテル神がヒタカミのタカマガハラ(地上の高天原、現・仙台多賀城市付近)に御幸された機会に、モチコ、ハヤコ両姉妹を内宮(うちみや)にお呼びになり心を込めて切々と諭されました。「二人共既に解っていると思うが、君と汝ら姉妹(エト)の関係は冷え切った食事(冷飯の語源)も同然、二人の居場所はもうここに無い。この場は私に任せ、これから言うことをとくと聞くがよい。実はツクシ(月隅国)のアカヅチの老翁(おじ)に良く頼んであるので、ウサ宮(現・宇佐神宮、大分県宇佐市)に下って時の来るのをおとなしく待ちなさい。くれぐれも真面目に反省して罪を償えば、私が必ず局に復帰できるように計らうから、どうか素直に私の指示に従って欲しい」。「又、モチコの生んだタナキネ(出雲大社初代祭主、天穂日命・アマノホヒノミコト)は、古来から男子は父親の元に置くのが習わしなので、私が預かって我が子同様愛情を持って育てるから心配しないで良い。ハヤコの生んだ三つ児の三女(タケコ・沖津島姫、タキコ・江津の島姫、タナコ・市杵島姫、現・宗像三女神)は母に任せるから自分で育てなさい。必ず心静かに待つのですよ」と、親切丁寧に諭されて、一旦は不承不承ながら身に覚えのあること故、やむなくウサ宮に下ることになりました。

 ウサ宮では、アカツチの老翁(おじ)が姉妹(エト)と三女を新后(アラキサキ・改心した新しい后)としてお迎えするため、宮を新改築して何不自由ない様に万端整えて心から歓迎しました。とはいえ、何と言っても宮中の華やかな暮らし振りとは格段の差があるここツクシ(月隅国)の風土は、何かと質素で淋しい鄙(ひな)びた暮らし振り、わがままに育った姉妹に馴染むべくもありませんでした。三女の養育も放ったらかしにし、不満を相手かまわずぶちまけて近頃は怒りもあらわにセオリツ姫への怨みつらみを募らせていきました。「ムカツ(中宮)め、殺してやる」と、口走り大蛇(オロチ)の様な怒りの炎を吐き、日増しに荒れすさんでいきました。

 アカツチはもうなす術(すべ)もなく困り果てたあげくに、使者を出して中宮に一部始終を告げます。中宮は直ちにトヨ姫をウサに派遣して養育係とし、姉妹局(エトツボネ)を解任(左遷)しました。憤(いきどお)った二人は、さまよえるサスラ姫(流浪姫)となり、ヒカワ(現・島根県斐伊川付近)へと怒りに急(せ)かされて出弄(しゅっぽん)していきました。「我等が領地ヒカワに辿り着けば、強力な助っ人が大勢待っているわな。特にシラヒト、コクミ両人は先に命を救ってもらった覚えがあろう。我等が一族郎等と組んで必ずやムカツを殺してやる。蛇(じゃ)の道は蛇(へび)、皆我等に従い地獄の果てまで行くんじゃ。怖いものは何もないわあ」。

 ヒカワの渓谷に身を隠したサスラ姫等は、益々憤(いきどお)り怒り狂ってついに大蛇(オロチ)と化して世にわだかまりとぐろを巻いていました。コクミ配下の郎等が数を増すにつれ日に日にオロチは大きくなり、総勢はすでに八重谷(ヤエダニ)を埋めつくして八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に大きく変身しました。

 実に前々からシラヒト、コクミ等はクラキネ直系の血を引くモチコ、ハヤコを我等が国神と信奉してヒカワに勢力を結集し、モチコ、ハヤコの帰国を今か今かとてぐすねひいて待ち望んでいました。コクミ等は、手始めに手柄を見せようと、モチコ、ハヤコの憎む身内の姫を次々と奪い去り、犯しては殺していきました。不幸にして真っ先に犠牲になったのがアカツチの娘のハヤスウ姫でした。その動機はソサノオがハヤスウ姫を見初めて求婚したばっかりに、モチコ、ハヤコからは恋敵(こいがたき)と見なされ許せなかったのです。次に狙われたのが、近場に住むアカツチの弟サダのアレオサ(荘園主又は村長)のアシナヅチ(佐太神社・島根県八束郡)の八人の娘達で、不幸にも七姫までが生贄(いけにえ)となりました。

 事がこれでおさまらないのは、ソサノオです。生来がわがままで乱暴な上、唯一無二の理解者だった親しいモチコ、ハヤコも自分が犯した罪が原因で左遷されて今は甘える術もありません。ソサノオは日増しに荒れ狂い、年中行事の新嘗祭(にいなめさい)の為の苗代に重播(しきまき)して神田をだめにしたり、田に駒を放って暴れさせ、溝を壊して稔りを台無しにしたりの悪事の数々を繰り返し、ある時は神聖な新嘗祭で君がお召しになる神御衣(かんみは)を織る斎衣殿(いんはどの)の戸に糞尿を撒き悪事は益々悪化してゆきました。織姫達に無用な恐怖心を抱かせないように、織殿(はたどの)の戸を閉ざしたところ、ソサノオはついに切れ、屋根を破って班駒(ぶちこま)をハナコの上に投げ込むという暴挙をしでかしました。何とあろうことか、真下で一心に機(はた)を織っていたハナコの頭上に馬が落下して、驚き動転したハナコの手に持つ梭(ひ)が身を突き不幸にも御罷(みまか)ってしまいました。「ハナコが神去りました」と泣きわめく姫達の悲痛な声を聞きつけ馳せ参じたアマテル神もついに語気を荒げてソサノオをしかりつけました。「お前は国を乗っ取ろうとする汚い奴だ」、「天成る道を教えるこの歌を学んで良く反省せよ」と言って歌をお与えになりました。

 天(あめ)が下 やわして巡る日月(ひつき)こそ 晴れて明るき 民(たみ)の両親(たら)なり

 ソサノオはこの頃はまだ不幸にして、たとえ過失だったにしろハナコ殺人の罪を自覚できず、益々凶暴になり剣を抜いて振り回し、岩を蹴散らしてもなお怒りが納まらずついにアマテル神に向かって来ました。「おれが汚く国望(くにのぞ)むだと。いったい何を根拠に因縁をつけるんだ。ハッキリ言え。偉そうな歌なんぞ知らん。さあ出会え、出会え」。

 アマテル神はソサノオの乱心に恐れをなして、急ぎ岩窟(イワムロ)にお隠れになり岩戸を閉ざしました。この時天の下は突然暗闇が襲い、昼夜が混乱してしまいました。 その頃ヤス川辺(現・滋賀県守山市野洲川、御上神社か)に居たオモイカネは、この暗黒の闇に驚いて松明(タビマツ)を掲げ、急ぎイサワの宮に馳せ参じて子のタジカラオに国の実状を聞き、神々を集めて緊急会議を開いて知恵を問いました。「祈祷法(いのらんや)」皆口々に「祈らんや」を繰り返しました。ここでツワモノヌシが祈祷法を発案して諸神に賛成を求めました。「真榊木(まさかき)の上枝(カンエ)に勾玉(ニタマ)を掛け、中枝(ナカツエ)には真経津(マフツ)の鏡を下げ、下枝(シモエ)には和弊(ニギテ)を付けて祈ろうじゃないか」 「そうだ、そうしよう、そうしよう」。

 皆、一斉に答えました。ウズメ(天鈿女)等女性陣は、それぞれヒカゲ(日陰草・ヒカゲノカズラ)を襷(たすき)にして魅力的に体に巻きつけて、次に重たい矛を引き出してきて茅(かや)を巻いて茅巻矛(チマキホコ)と名付けて大はしゃぎ、薬草のオケラ(キク科の多年草)を庭火に焚いて笹湯花(ささゆばな・湯立神楽)の用意も上々、さあいよいよ世にも名高い三千年神楽の始まり始まりい。「祝詞(のりと)をあげろ、篝火(かがりび)をもっと焚け、どんどん燃やせ、たきぎをくべろ。さあお祭だあ、お祭だあ」。

 まわりの闇とは対称的に人の心を明るく照らすこのざわめきは、どこから沸き上がるのだろう。オモイカネは深く謀った後に、常世の踊り「長幸(ナガサキ)」を皆の前で初公演しました。俳優達は一斉に面白おかしく歌い始めました。

 香久(かぐ)の木  枯れても匂(にお)ゆ  萎(しお)れても良(よ)や 我(あ)が妻  天地(アワ・神)  我(あ)が妻  天地(アワ・神)
(みかんの木 枯れても良い匂い 萎れても良い匂い 我が妻は 神(かみ)さん 我が妻は 神様や 年取って萎れてもいい女 我が妻は 神様や)
 諸神達は岩戸の前に暁鶏(かしまどり)を放って長鳴を競わせて、これこそ常世(とこよ)の長(鳴)幸(ナガサキ)と手を打ち鳴らし、踊りました。
 君は外界が真暗なはずなのに笑い声が絶えず、明るく面白い歌や踊りを聞いておもわず微笑み、そおっと岩戸を開けて外を覗き窺(うかが)いました。その時です。岩の陰に隠れていたタジカラオが岩戸をつかんで投げ捨てて、急ぎアマテル神の御手を取り出して奉りました。今度はツワモノヌシが注連縄(しめなわ)を窟(いわや)の入口に張り廻らして閉め、君に向かって一言、「な、帰りましぞ」(再び窟にお帰りにならないように)と、申し上げました。

 ハナコ姫を傷つけて死なせた決定的な悪事を最後に、高天(タカマ・宮中)では諸神による神議(カミバカリ)が召集され、ソサノオの罪状が言い渡されました。罪科はかつてない厳しいもので天の巡りは三百六十科が死罪ですが、ソサノオにはその三倍の千科(チクラ)の刑死が科せられました。この三段死(ミキダガレ)とは、三回死ぬほどのむごい死を言います。刑が順順に執行され、髪も抜かれ、爪も剥ぎ取られつつある時です。突然、セオリツ姫の勅使から急な知らせが告げられました。「ハナコの御霊(みたま)は、ウケモノ(倉稲神・うけみたま)に祈り、死の苦しみからすくい上げて無事天国へお送りしました。ソサノオのハナコ殺しの四百科はすでに償われました。ソサノオの性格は生まれつきの遺伝です。罪の無い人をいつまでも投獄しておかないで、出してやれないものでしょうか」。

 なんと高貴で優しい御心でしょう。健気で一途に生きた姉思いの妹ハナコ姫を失った悲しみを乗り越え、憎んでも憎み足りない罪人の減刑を真剣に乞う慈悲こそが、若きアマテル神をして自ら階段(キザハシ)を降りて、手を取り迎え入れたセオリツ姫の雅(みやび・愛情)にあったのです。
 セオリツ姫の情状酌量を願う減刑要請を諸神が神議した結果が伝えられました。「本来は天の理にそむく重罪ではあるが、身内の好(よしみ)により罪状を半減し追放刑に処する」。

 罪人として流浪の刑を受け追放されたソサノオの哀れな今の御姿は、頭に深々と菅笠(すげがさ)を被り、身にはまだ青さの残る麻蓑(みの)をまとっていました。 これから先もう誰に頼るあてもなく、来る日も来る日も唯々生きるため食物(くいもの)を求めて徘徊する人生、前途に広がる無情な山々と行く手を阻(はば)む川、下民(シタタミ)に落とされて流浪(さすら)う罪人を遠巻に迎える閉ざされた里、待つのは冷えた人の目、誰もが無口で死者の様に音も無く走り去る風。貧しい茅葺きの室屋(ムロヤ・立穴住居)から洩れ聞こえる嘲(あざけ)る子等の声。大人は皆、石になってしまったのか。誰でもいい、食べ残しの飯を。何でもいい、口に入る物を投げ与えてよ。一度でいい乙女の優しい野の花を一輪添えてくれ。私は哀れで愚かな夢を食べる流浪雄(さすらお)です。

 大御神(オオンカミ)は岩窟(いわや)を出て再び民の前にお立ちになり政事(まつりごと)をしろしめました。君の御威光により再び日は昇り、天下くまなく照り通って諸民の顔も皆明るく楽しそうです。ここに天道晴明(ミチスケ)の歌を捧げます。

 天晴(アワ)れ  あな顔(オモ・面)白(シロ)  あな楽し あな清(サヤ)け  汚穢(オケ)  清(サヤ)け汚穢(オケ) 天晴(アワ)れ  顔白(オモシロ)  清け汚穢(サヤケオケ) あな楽し
 (天下再び晴れ人々の顔も光に輝く、ああ何と楽しいことか、心は清まりいやな(汚穢・オケ)事飛んでけ、清まれ汚い物、天下晴れて、誰の顔も明るい、消え去れいやな事、ああなんて幸せ)

 さあ皆一緒に手を叩こう。手を打ち延べて手踊りや。千岩谷(チワヤ)震るえ、大地が揺れ動くまで歌って踊ろう。これが本当のお神楽だ。お神楽の始まりだ。これよりぞ天照大御神(アマテラスオオンカミ)とぞ名乗らせよ。(この踊りをもって初めて天照大御神と自ら名乗らせたまう)

 サスラオ(ソサノオ)は未だ下民(シタタミ)の身でありましたが、この度はアマテル神の許可を得てネ(北陸)の国に旅立つことになりました。旅立ちに先だってアマテル神はサスラオの願いを入れて正殿(せいでん)にお出ましになりました。この時のソサノオの様子は、お白砂(おしらす)に伏して居並ぶ群臣を前に深く額(ぬか)ずいたまま願い事を申し上げました。「出発に先立ち、ヤスカワベ宮に居られる姉ワカ姫に一目お目にかかってからネに向いとうございます。決して長居はいたしません。ほんのしばしの間で結構です。何とぞお許しのほどを」。

 ソサノオはモチコ、ハヤコと遠く離れ離れになった今、唯一自分の心を理解してもらえるのは姉ワカ姫だけだと一人信じ込んで、苦しい旅の空ではいつも女神の様に夢に表われては、ソサノオを慰めてくれました。やっとソサノオの念願が叶い、夢にまで見たヤスカワ宮に登場です。この時、大地は踏轟(ふみとどろ)き鳴動し、驚いた姉は以前から弟の狂暴な振舞を伝え聞いていただけに、恐れをなして宮の戸を半ば開けただけで言いました。「弟(オト)が来るのは良い事などない。きっと国を奪いに来たのでしょう。こんなに長い間、父母(イサナギ、イサナミ)がお前に任せたネ(北陸)とサホコ(山陰、任命された国・ヨザシノ国)を放ったらかしにしておいて、まさか今さら返せとも言えないはず。何を窺(うかが)いに来たのですか」。

 ソサノオは髪を総角(あげまき)に結い、裳裾(もすそ)を束ねて袴(はかま)の代用にして、五百連曲玉(イモニまがたま)の御統(みすまる)を全身に巻き着け、腕には千本入り、五百本入りの靫(ゆき)をくくりつけ、弓弾(ゆはず)をぶんぶんと振り回して、手には八柄剣(ヤツカノツルギ)をひっさげ、堅庭(カタニワ)を踏んで岩を蹴散らし、稜威(いず)の雄叫びを上げて怒鳴りました。「何を恐れるんだ。古い証文におれがネの国に行けとあるではないか。姉と対面して後に行くつもりで遠路はるばる訪ねて来たのに。人を疑っていないで誠意を見せてくれ」。姉は又聞きました。「本心(サゴコロ)はいったい何ですか」。その答えは、「ええい、もういい。ネ(北陸)に行ったら必ず結婚して子供をつくって見せる。もしも先に女子が生まれたら、おれの心が汚れていたと素直に認めよう。もし男子だったら、その時はおれの勝ち。おれは悪くない。これを誓いとしよう」。

 ソサノオは続けました。「アマテル神が昔、マナイガハラ(真奈井原、現・比沼麻奈為神社、京都府中郡峰山町)に御座(おわ)しました時、自ら胸の御統(みすまる)の玉を解いて、マナイ(真奈井)の水で濯(そそ)いだ所、モチコ(ネの局)がタナキネを生み、床神酒(トコミキ)を飲んでハヤコと性交したその夜の夢に、十握剣(トツカノツルギ)を三段(ミキダ)に折りて清噛(サガ)み(相模の語源)に噛むと三宝(ミタ)となり、その後ハヤコが三女を生んだので、三女の真名(イミナ)の頭にそれぞれタ(宝)の字を付けたという。もしも我が汚れて姫が生まれたら、その時は素直に過ちを認めて姫と共に生涯恥をかいて生きよう」と一人誓い去って行きました。

 三人の姫が成人してからの神名はそれぞれ、

 タケコ  沖つ島姫(現・竹生島神社)、
 タキコ  相模江の島(サガムエノシマ)姫
 タナコ  厳島(イツクシマ)姫、です。

 両神(イサナギ、イサナミ)は後世の人のために遺言状(ノコシフミ)をされました。 天の運行(メグリ)も時に狂って日食、月食があるように、八尺瓊(ヤサカニのまがたま・曲玉)の中心が濁った時に交わってできたソサノオは、霊の緒(タマノオ)が乱れて国に隈(クマ・災)をなす過ちをしました。

 男(オ)は父(天)の心を持って、大地(ハ・女性)を抱き、女(メ)は母(地)の心を持って天(ア・男)と寝(いね)よ。必ず浮橋(ウキハシ・仲人)を立て、結婚すべし。又、女(メ)は月経(ツキシオ)の後の三日目に、身を清めて朝日を拝み、日霊(ヒル)を受ければ良い子が生まれます。誤って生理中(ケガレルルトキ)に性交して出来た子は必ず乱暴な子になるので注意しなさい。先に犯した失敗は、未熟児のヒヨルコを葦舟(アシフネ)に乗せて我が恥と流したこと(アワジ・淡路の語源)。又、後の失敗は、ソサノオの悪業の数々。このことを教訓として後の日の占いのもととしなさい。必ずこれをな忘れそこれ。












(私論.私見)

7-7~10 「こくみ」に三百七十科(三百六十科で死刑)の刑が言い渡される

7-5 「こくみ」に三百七十科(三百六十科で死刑)の刑が言い渡される(7-7~10)

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さがみれは(7-7)

汝の行なってきた祥禍(さが・善悪、兆し)を申し渡す。


 きみをわするゝ(7-7)
もゝくらと(7-8)



1.君(くらきね)の恩を忘れ、葬送の祭りを怠った罪、百科(ももくら)


 はゝもふそくら(7-8)


2.母の厚情による支援を裏切った罪、二十科(ふそくら)


おかするも おしてのはちも(7-8)
もゝともゝ



3.母を犯す罪も、4.「おしで」(証文)に対する偽証の罪も、それぞれ百科と百科


 ひめないがしろ(7-8)
ゐそくらと



5.姫をないがしろにした罪、五十科(いそくら)と


 すへてみもなそ(7-8)


罪状全てで、三百七十科を申し渡す。


あまめくり みもむそたびを(7-9)
とほこのり



全天、三百六十度を三百六十科とした「とほこ」に則った判決を申し渡す。
「とほこ」とは、「と」の導き、「と」の教えのことで両大神が天神から授かったもの、そして、「ほこ」は「さかほこ」(栄桙)を示しています。


 ところをさると(7-9)
さすらふと ましはりさると
いのちさる よつわりすぎて



「とほこ」の法とは

三百六十度を四つに割って、
最初の四つ割の一つ、三百六十度の四分の一、すなわち 九十科で「所を去る」
次に四分の二、百八十度(科)で「流離う」(島流し)
次に四分の三、二百七十度(科)で「人との交わり去る」(追放刑)
四つ割の全て、三百六十度(科)で「命去る」(死刑)と罰則が決められていました。
今回の罪は三百七十科もあり、四つ割(三百六十科:死刑)を越えている。


ほころびと つゝがにいれて(7-10)


よって、「ほころびと」(死刑)の制裁を加える。「つつが」(牢獄)に入れよと申し渡されました。

紀元前の日本に、この「とほこ」の法という、公平で分かり易い立派な司法制度があったことに驚きます。
自分の認識では、今の交通違反の反則点数のように、罰則規定が、何点になったらどうなる、というのが、この時既に、公けになっていたということを意味しています。
何と素晴らしい文明国であったかと誇らしく思います。

ジョンレノ・ホツマ

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7-5~7 直ちに「かんさひ」、「こくみ」、母「たみのさしみめ」、娘「くらこ姫」に出頭を命じる

7-4 直ちに「かんさひ」、「こくみ」、母「たみのさしみめ」、娘「くらこ姫」に出頭を命じる(7-5~7)


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みはたより さをしかにめす(7-5)
かんさひと こくみはゝこと
たかまにて



このいまわしい出来事は直ちに伝えられ、朝廷の命により勅使が派遣され、「かんさひ」と「こくみ」(代官、ますひと)と母(たみのさしみめ)と娘(くらこ姫)が「たかま」へ出頭を命じられました。

此処での「たかま」が何処を示しているかについて、
宮中まで三人をしょっ引いて連れ歩いたとは考えにくく、ここでは出先の裁判所に相当する所と思われる:月刊ほつま松本善之助氏より


 かなさきとわく(7-5)
こくみいふ



裁判所で、「かなさき」(住吉の神)が問いただしました。すると、「こくみ」が一方的に話し始めました。



 さしめはまこと(7-5)
わがつまよ きみさりますの(7-6)
おしてあり


「こくみ」が言うには、「さしめ」(たみのさしみめ)は、実の所、私の妻でありました。きみ(くらきね)が亡くなる前に書かれた証文があります。



 またとふなんぢ(7-6)
なにひとぞ



「かなさき」(住吉の神)が、汝は何者だ(誰の子孫なのだ)。と厳しく問いただしました。



 たみといふにそ(7-6)


すると、「こくみ」が答えるには、国民です。(「ね」の国の国民です)。何が問題なのですか、と開き直りました。



おたけびて けものにおとる(7-6)
つみひとよ(つみひとぞ)(7-7)



「かなさき」(住吉の神)が激怒して、お前は、けものにも劣る罪人だ。



さしめさゝくる(7-7)
ゆかりにて ますひととなる
みめくみの きみなりはゝよ



「さしめ」(たみのさしみめ)を君(くらきね)に奉げた縁で、お前のようなものが「ますひと」(代官)になれた御恵という恩を忘れたのかと叱りつけました。

ジョンレノ・ホツマ
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7-3~4 「ね」(北陸)の国では「くらきね」亡き後、勝手な行動が目に余る

7-3 「ね」(北陸)の国では「くらきね」亡き後、勝手な行動が目に余る(7-3~4)


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くらぎねが まかれるときに(7-3)
しらひとを ねのますひとに


「くらきね」(いさなぎの弟)が亡くなられたとき、「しらひと」を北陸の代官(ますひと)にしました。それまでは、「くらきね」が「ね」(北陸)の代官(ますひと)でした。

ここで、「しらひと」の出目が分からないようなので、渡来系(新羅)の人であった可能性があると思います。



くらこひめ みをたてやまに(7-3)
おさむのち(7-3)


「くらこ姫」は父「くらきね」の亡きがらを立山(雄山神社)に移して埋葬を終えました。

「くらこ姫」は「くらきね」の二度目の妻「たみのさしみめ」(民間から差し出された絶世の美女)との間に生まれた子供。

 
はゝこをすてゝ(7-4)
つにおくる




「しらひと」は、母「たみのさしみめ」と、その子ども(自分の結婚相手)「くらこ姫」を捨てて「つ」(西)に追い出しました。
「こくみ」にとっては妹に当たる二人になります。

後に出てきますが、「しらひと」は母「たみのさしみめ」に横恋慕して言い寄っていたことがわかります。「くらこ姫」が扱いにくかったのと情事が外に漏れることを恐れた結果のようです。
ここで「つ」とは「こくみ」の居る所


 こくみはゝこを(7-4)
おかすつみ



「こくみ」は、母(たみのさしみめ)と娘(くらこ姫)を同時に犯して辱めました。



 かんさひこれを(7-4)
たゞさねば とみこれをこふ



代官の「かんさひ」はこの悪事を正せずにいます。臣としての義憤から私「つわものぬし」が御聖断を要請いたします。

ジョンレノ・ホツマ
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7-2~3 書簡には「ますひと」(代官)が悪事を取り締まれないと訴え

7-2 書簡には「ますひと」(代官)が悪事を取り締まれないと訴え(7-2~3)

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ますひとが たみのさしみめ(7-2)
つまとなす


届けられた書簡の内容です。
代官の「ますひと」(かんさひ)は「たみのさしみめ」(民間の絶世の美女)を妻にしました。


 くらひめうめば(7-2)
いつくしみ


この「たみのさしみめ」が「くら姫」を生み、君(くらきね)は母も子も可愛がって大事にしました。


 あにのこくみを(7-2)
このことく


妻「たみのさしみめ」の兄の「こくみ」迄を、君(くらきね)は我が子同然に取り立てました。


 さほこちたるの(7-2)
ますひとや いまはそえなり(7-3)


ついには、山陰地方の代官に取り立てて(代官の補佐をして)勝手気ままに民を治める始末です。


ジョンレノ・ホツマ
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7綾 遺し文、刑罰(さが)を立法(たつ)綾、 7-1 刑罰の取決め中に山陰より急使が来る

7綾 遺し文、刑罰(さが)を立法(たつ)綾

紀元前の日本で、既に法治国家の形態をとっていたことに驚きます。



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7-1  刑罰の取決め中に山陰より急使が来る(7-1)

もろかみの さがをたつとき(7-1)


諸神が集まって刑罰の罰則を取り決めようとしていました。


さほこより つはものぬしが(7-1)
かぐみやに きゝすとばせて



 そのとき、「さほこ」(山陰地方)の「つわものぬし」(やそきねの下の弟)が、香久宮に緊急を知らせる急使が飛んできました。


「つはものぬし」について:月刊ほつま百三十号、昭和五十九年十一月より

六代たかみむすび(やそきね)の上の弟は「かんさひ」、下の弟が「つわものぬし」です。
「つわものぬし」が漢字化された時、「兵主」の字が当てはめられ、「ひょうず」と呼ばれています。「つはものぬし」は、兵主神社、穴師座(あなしにます)兵主神社に鎮座しています。



「きぎす」=雉(きじ)

雉は時速32kmという測定結果があり、非常に速い走りから、飛脚という役目にイメージがぴったりだったのでしょう。

国鳥になったのは別の理由のようです。


ジョンレノ・ホツマ
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7-14~15 「しらひと」に四百十科(三百六十科で死刑)の刑が言い渡される

7-7 「しらひと」に四百十科(三百六十科で死刑)の刑が言い渡される(7-14~15)

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 めくみわするゝ(7-14)
ふもゝくら(7-15)


罪状は、君・母からの恩を忘れた罪、二百科(くら)


 さるももゝくら(7-15)

妻を追い出し流浪させた罪、百科


ふむがゐそ(7-15)

母娘を踏み荒らす(狼藉)罪、五十科


 つかむのむそと(むそて)(7-15)

賄賂(わいろ)を掴(つか)む罪、六十科


よもそくら これのかるゝや
こたゑねば つゝがにいれて


罪状全てで、四百十科になる。この罪に逃れることができるか!
「しらひと」は返答できずにいました。「牢獄」に入れよ。という裁定がくだりました。

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7-10~14 次に「しらひと」を裁判にかける

7-6 次に「しらひと」を裁判にかける(7-10~14) 

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ねのくにの しらひとをめす(7-10)

引き続いて、「ねの国」(北陸)の「しらひと」を召し上げました。

たかまにて かなさきとわく(7-10)

宮中で(今風に言えば法廷で)、「かなさき」(住吉の神)が問いただしました。

はゝをすて つまさるいかん(7-10)

「しらひと」よ、汝は母を捨て、妻を追い出したのはどういうことなのだ。

こたえいふ おのれはさらず(7-11)
はゝよりぞ ゐゑすていづる
ひめもまゝ


すると、「しらひと」は言い逃れを始めました。自分が追い出したのではありません。母の方から家を出て行ったんです。姫(妻)も一緒について行ったまでのことです。

 またもとをとふ(7-11)

再び「かなさき」(住吉の神)は、「しらひと」に「もと」(生まれ、先祖、家系)を問いただしました。

こたえいふ よゝのとみゆえ(7-11)
ことなせり(7-12)


「しらひと」は、開き直って答えました。我が家系は元々、臣(「ねの国」の)であったから、「くらこ姫」と結婚したのは当然の成り行きです。

「くらこ姫」は「くらきね」(「いさなぎ」の弟)と「たみのさしみめ」(民間からの二番目のお妃)との間に生まれた娘。

 はゝはたみのめ(7-12)
すゝめてぞ きみのつまなり


母は、民間の女で、私が君(くらきね)にお勧めしたからこそ、君の妻に納まったのです。

おんめぐみ なにわすれんと(7-12)
ゐゝながす


君(くらきね)の御恵(おんめぐみ)をどうして忘れられましょうか。と、ずけずけと言い流しました。

 かんみむすびの(7-12)
しかりてぞ(7-13)


そのとき、「かんみむすび」(やそきね、六代たかみむすび)が、強い口調で叱りました。

 なんぢかざりて(7-13)
まどわすや


汝は自分に都合の良いように並び立てて騙すつもりか!

 われよくしれり(7-13

我はそち(しらひと)の悪業をことごとく聞きおよんでいるぞ。

ともをこゑ(7-13)

汝(しらひと)が居並ぶ盟友(とも)を飛び越えて出世できたのも、

 ちからをかして(7-13)
はゝがあげ まつりさづけて
ことなすを(7-14)


母(たみのさしみめ)の力添えで抜擢され、すなわち、「くらきね」が慈しんだ愛娘とそち(しらひと)が結婚して、我が子にしたからこそ、そちは代官になれて政事を授かることができたからであろう。

 はゝにしたえは(7-14)
ひめがうむ かくさんために
ながしやり


それを何と愚かにも娘(妻)の母(たみのさしみめ)に横恋慕して言い寄り、妻(くらこ姫)の眼を盗んで情事を重ね、くらこ姫の思いを踏みにじったあげく、秘め事が見つかり扱いにくくなったので、母娘とも「つ」(西、ここでは宮津宮)に流しやるとは何事ぞ。

 たみのめうばひ(7-14)
ちからかす


そのうえ、民の女を漁っては奪い、税(ちから)はかすめとるとは、民の模範ともなるべき益人(代官)が悪事を働いているのはけしからん。

ジョンレノ・ホツマ

7-14~15 「しらひと」に四百十科(三百六十科で死刑)の刑が言い渡される

7-7 「しらひと」に四百十科(三百六十科で死刑)の刑が言い渡される(7-14~15)

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 めくみわするゝ(7-14)
ふもゝくら(7-15)


罪状は、君・母からの恩を忘れた罪、二百科(くら)


 さるももゝくら(7-15)

妻を追い出し流浪させた罪、百科


ふむがゐそ(7-15)

母娘を踏み荒らす(狼藉)罪、五十科


 つかむのむそと(むそて)(7-15)

賄賂(わいろ)を掴(つか)む罪、六十科


よもそくら これのかるゝや
こたゑねば つゝがにいれて


罪状全てで、四百十科になる。この罪に逃れることができるか!
「しらひと」は返答できずにいました。「牢獄」に入れよ。という裁定がくだりました。

ジョンレノ・ホツマ
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7-10~14 次に「しらひと」を裁判にかける

7-6 次に「しらひと」を裁判にかける(7-10~14) 

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ねのくにの しらひとをめす(7-10)

引き続いて、「ねの国」(北陸)の「しらひと」を召し上げました。

たかまにて かなさきとわく(7-10)

宮中で(今風に言えば法廷で)、「かなさき」(住吉の神)が問いただしました。

はゝをすて つまさるいかん(7-10)

「しらひと」よ、汝は母を捨て、妻を追い出したのはどういうことなのだ。

こたえいふ おのれはさらず(7-11)
はゝよりぞ ゐゑすていづる
ひめもまゝ


すると、「しらひと」は言い逃れを始めました。自分が追い出したのではありません。母の方から家を出て行ったんです。姫(妻)も一緒について行ったまでのことです。

 またもとをとふ(7-11)

再び「かなさき」(住吉の神)は、「しらひと」に「もと」(生まれ、先祖、家系)を問いただしました。

こたえいふ よゝのとみゆえ(7-11)
ことなせり(7-12)


「しらひと」は、開き直って答えました。我が家系は元々、臣(「ねの国」の)であったから、「くらこ姫」と結婚したのは当然の成り行きです。

「くらこ姫」は「くらきね」(「いさなぎ」の弟)と「たみのさしみめ」(民間からの二番目のお妃)との間に生まれた娘。

 はゝはたみのめ(7-12)
すゝめてぞ きみのつまなり


母は、民間の女で、私が君(くらきね)にお勧めしたからこそ、君の妻に納まったのです。

おんめぐみ なにわすれんと(7-12)
ゐゝながす


君(くらきね)の御恵(おんめぐみ)をどうして忘れられましょうか。と、ずけずけと言い流しました。

 かんみむすびの(7-12)
しかりてぞ(7-13)


そのとき、「かんみむすび」(やそきね、六代たかみむすび)が、強い口調で叱りました。

 なんぢかざりて(7-13)
まどわすや


汝は自分に都合の良いように並び立てて騙すつもりか!

 われよくしれり(7-13

我はそち(しらひと)の悪業をことごとく聞きおよんでいるぞ。

ともをこゑ(7-13)

汝(しらひと)が居並ぶ盟友(とも)を飛び越えて出世できたのも、

 ちからをかして(7-13)
はゝがあげ まつりさづけて
ことなすを(7-14)


母(たみのさしみめ)の力添えで抜擢され、すなわち、「くらきね」が慈しんだ愛娘とそち(しらひと)が結婚して、我が子にしたからこそ、そちは代官になれて政事を授かることができたからであろう。

 はゝにしたえは(7-14)
ひめがうむ かくさんために
ながしやり


それを何と愚かにも娘(妻)の母(たみのさしみめ)に横恋慕して言い寄り、妻(くらこ姫)の眼を盗んで情事を重ね、くらこ姫の思いを踏みにじったあげく、秘め事が見つかり扱いにくくなったので、母娘とも「つ」(西、ここでは宮津宮)に流しやるとは何事ぞ。

 たみのめうばひ(7-14)
ちからかす


そのうえ、民の女を漁っては奪い、税(ちから)はかすめとるとは、民の模範ともなるべき益人(代官)が悪事を働いているのはけしからん。

ジョンレノ・ホツマ



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7-7~10 「こくみ」に三百七十科(三百六十科で死刑)の刑が言い渡される

7-5 「こくみ」に三百七十科(三百六十科で死刑)の刑が言い渡される(7-7~10)

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さがみれは(7-7)

汝の行なってきた祥禍(さが・善悪、兆し)を申し渡す。


 きみをわするゝ(7-7)
もゝくらと(7-8)



1.君(くらきね)の恩を忘れ、葬送の祭りを怠った罪、百科(ももくら)


 はゝもふそくら(7-8)


2.母の厚情による支援を裏切った罪、二十科(ふそくら)


おかするも おしてのはちも(7-8)
もゝともゝ



3.母を犯す罪も、4.「おしで」(証文)に対する偽証の罪も、それぞれ百科と百科


 ひめないがしろ(7-8)
ゐそくらと



5.姫をないがしろにした罪、五十科(いそくら)と


 すへてみもなそ(7-8)


罪状全てで、三百七十科を申し渡す。


あまめくり みもむそたびを(7-9)
とほこのり



全天、三百六十度を三百六十科とした「とほこ」に則った判決を申し渡す。
「とほこ」とは、「と」の導き、「と」の教えのことで両大神が天神から授かったもの、そして、「ほこ」は「さかほこ」(栄桙)を示しています。


 ところをさると(7-9)
さすらふと ましはりさると
いのちさる よつわりすぎて



「とほこ」の法とは

三百六十度を四つに割って、
最初の四つ割の一つ、三百六十度の四分の一、すなわち 九十科で「所を去る」
次に四分の二、百八十度(科)で「流離う」(島流し)
次に四分の三、二百七十度(科)で「人との交わり去る」(追放刑)
四つ割の全て、三百六十度(科)で「命去る」(死刑)と罰則が決められていました。
今回の罪は三百七十科もあり、四つ割(三百六十科:死刑)を越えている。


ほころびと つゝがにいれて(7-10)


よって、「ほころびと」(死刑)の制裁を加える。「つつが」(牢獄)に入れよと申し渡されました。

紀元前の日本に、この「とほこ」の法という、公平で分かり易い立派な司法制度があったことに驚きます。
自分の認識では、今の交通違反の反則点数のように、罰則規定が、何点になったらどうなる、というのが、この時既に、公けになっていたということを意味しています。
何と素晴らしい文明国であったかと誇らしく思います。

ジョンレノ・ホツマ

7-5~7 直ちに「かんさひ」、「こくみ」、母「たみのさしみめ」、娘「くらこ姫」に出頭を命じる

7-4 直ちに「かんさひ」、「こくみ」、母「たみのさしみめ」、娘「くらこ姫」に出頭を命じる(7-5~7)


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みはたより さをしかにめす(7-5)
かんさひと こくみはゝこと
たかまにて



このいまわしい出来事は直ちに伝えられ、朝廷の命により勅使が派遣され、「かんさひ」と「こくみ」(代官、ますひと)と母(たみのさしみめ)と娘(くらこ姫)が「たかま」へ出頭を命じられました。

此処での「たかま」が何処を示しているかについて、
宮中まで三人をしょっ引いて連れ歩いたとは考えにくく、ここでは出先の裁判所に相当する所と思われる:月刊ほつま松本善之助氏より


 かなさきとわく(7-5)
こくみいふ



裁判所で、「かなさき」(住吉の神)が問いただしました。すると、「こくみ」が一方的に話し始めました。



 さしめはまこと(7-5)
わがつまよ きみさりますの(7-6)
おしてあり


「こくみ」が言うには、「さしめ」(たみのさしみめ)は、実の所、私の妻でありました。きみ(くらきね)が亡くなる前に書かれた証文があります。



 またとふなんぢ(7-6)
なにひとぞ



「かなさき」(住吉の神)が、汝は何者だ(誰の子孫なのだ)。と厳しく問いただしました。



 たみといふにそ(7-6)


すると、「こくみ」が答えるには、国民です。(「ね」の国の国民です)。何が問題なのですか、と開き直りました。



おたけびて けものにおとる(7-6)
つみひとよ(つみひとぞ)(7-7)



「かなさき」(住吉の神)が激怒して、お前は、けものにも劣る罪人だ。



さしめさゝくる(7-7)
ゆかりにて ますひととなる
みめくみの きみなりはゝよ



「さしめ」(たみのさしみめ)を君(くらきね)に奉げた縁で、お前のようなものが「ますひと」(代官)になれた御恵という恩を忘れたのかと叱りつけました。

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7-3~4 「ね」(北陸)の国では「くらきね」亡き後、勝手な行動が目に余る

7-3 「ね」(北陸)の国では「くらきね」亡き後、勝手な行動が目に余る(7-3~4)


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くらぎねが まかれるときに(7-3)
しらひとを ねのますひとに


「くらきね」(いさなぎの弟)が亡くなられたとき、「しらひと」を北陸の代官(ますひと)にしました。それまでは、「くらきね」が「ね」(北陸)の代官(ますひと)でした。

ここで、「しらひと」の出目が分からないようなので、渡来系(新羅)の人であった可能性があると思います。



くらこひめ みをたてやまに(7-3)
おさむのち(7-3)


「くらこ姫」は父「くらきね」の亡きがらを立山(雄山神社)に移して埋葬を終えました。

「くらこ姫」は「くらきね」の二度目の妻「たみのさしみめ」(民間から差し出された絶世の美女)との間に生まれた子供。

 
はゝこをすてゝ(7-4)
つにおくる




「しらひと」は、母「たみのさしみめ」と、その子ども(自分の結婚相手)「くらこ姫」を捨てて「つ」(西)に追い出しました。
「こくみ」にとっては妹に当たる二人になります。

後に出てきますが、「しらひと」は母「たみのさしみめ」に横恋慕して言い寄っていたことがわかります。「くらこ姫」が扱いにくかったのと情事が外に漏れることを恐れた結果のようです。
ここで「つ」とは「こくみ」の居る所


 こくみはゝこを(7-4)
おかすつみ



「こくみ」は、母(たみのさしみめ)と娘(くらこ姫)を同時に犯して辱めました。



 かんさひこれを(7-4)
たゞさねば とみこれをこふ



代官の「かんさひ」はこの悪事を正せずにいます。臣としての義憤から私「つわものぬし」が御聖断を要請いたします。

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