| ホツマツタヱ1、アのヒマキ(天の巻)2 |

| 【ホツマツタヱ1、アのヒマキ(天の巻)2、天七代、床御酒の紋 】 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 酒の云われ。アヤヒナ祭りと桃の花。男雛・女雛の実名(いみな)は? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ホツマツタヱ 2綾 目次 2-1 「おしひと」(天照大神の皇子)がお神酒のいわれを聞く(2-1)2-2 天地創造のときに遡って話される(2-1~3) 2-3 やがて、天神初代となる「くにとこたち」が誕生しました(2-3) 2-4 八人の皇子が誕生、天神2代「くにさづち」(と・お・か・み・え・ひ・た・め、の八神)になります(2-3~5) 2-5 天神2代目の神は「くにさづち」と言いました。(2-4~5) 2-6 八皇子を継いだのが天神3代「とよくんぬ」神になります(2-5~6) 2-7 天神4代「うびちに」「すびちに」は夫婦に(2-6~7) 2-8 天神4代「うびちに」「すびちに」は「ももひなぎ」「ももひなみ」と名付く 2-9 「ひな」と「ひと」、「き」は男、「み」は女を(2-9~10) 2-10 成人された「ももひなぎ」「ももひなみ」は床神酒を(2-10~11) 2-11 愛し合った二人は「うび」が煮えたぎっているように熱く「うびちに」「すびちに」の神名に(2-12~13) 2-12 このお二人(うびちに、すびちに)がひな形となり、一夫一婦制が始まる(2-13~14) 2-13 天神五代の神は、「おおとのち」神と「おおとまえ」神です(2-15~16) 2-14 天神六代「おもたる」神、「かしこね」神のときは近江が国の中心でした(2-16~17) 2-15 天神六代「おもたる」神、「かしこね」神は全国を治めるが、後継ぎがなく(2-17~19) 2-16 両神は混乱していた世の中を鎮めました(2-19~21) 2-17 天神七代の候補に「たかみむすび家」(日高見・仙台)から(2-19~21) 2-18 同じく天神七代の候補に、二代遡って「うびちに・すびちに」の子孫から「あわなぎ」(金沢)が(2-23~25) 2-19 豊受神は仲人を立て二人を結ばせる(2-25~27) 2-20 床神酒(とこみき)の始まり(2-27~30) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
| 【(れんだいこ訳)天七代 床酒の文】 |
| 「ホツマツタヱ、アのヒマキ(天の巻)2、天七代(あめななよ) 床酒(とこみき)の文」を説き分ける。ここでは天地開闢の神々と神酒の話をする。現在でも行なわれている新郎新婦が神前で交す三三九度のお神酒の始まりが説き明かされている。 |
| 天照大神の御子オシヒト(おしほみみ)の婚ぎ前のこと。ある時、オシヒトが、タカギ(すずか姫の兄で仙台ひたかみの神、たかみむすび神)に、結婚の儀の前の「神酒の云われ」の講義を要望した。タカギ曰く、「神が伝えてきた教えによると、この世の始まりの往古は天地泥が定まらなかった。長い時間が経って、「あめみおや神」(天祖神)がお生まれになり、兆しが見えてきました。この時、アウ(アは軽いもの、ウは重いもの)の陰陽が渦を巻き始め、陽(お)の作用から天と日輪(太陽)が生まれた。陰(め)の作用から地と月が生まれた。神がその中に現れた。これをクニトコタチの神と云う。クニトコタチの神が常世(とこよ)国を形づくった。これが最初の神であり国となる。世に云う天地創造であります。 クニトコタチの神は八人の御子を生み、各々を八方八下りに天下らせて、その国を治めさせました。この八人を「やもやくだり」(八面八降)の皇子と云います。これが地(国)君の始めとなりました。 世嗣の神をクニサツチと云います。サキリの道を受けざれば、サツチ(分割、分け与える、授け与える)に治む八御子神、各々御子を五人生みました。この八方(八面、やも)の世嗣のだ三代目の神をトヨクンヌと云います。トヨクンヌは天より三つの治める業を分け、君、臣、民の三層をそれぞれに役割分担させて治めました。 トヨクンヌ神には百二十(もふそ)の御子がおりました。しかし、この段階の陽陰なる道には夫婦の道が定まっておらず、一人身で暮らされたいました。三代まではこのようにして納まっていました。真榊(まさかき)の植え継ぎが五百(いも)に満つる頃、四代目の天神になる男神ウヒチニが世嗣しました。ウビチニは、スビチニを后として宮に入れました。その本在を越国のヒナルノ岳(日野山、越前富士)の上宮に置きました。木の実を持ちて現れました。庭に植えおいて三年後の三月の三日に花も実も百(もも)成る故に桃の木と名付けました。二神の名も桃にちなんで桃ヒナキ、桃ヒナミと名付けられました。これにより男神の名前には「き」、女神には「み」と名付けることになりました。「ヒナ」は「ひよこ」の「ひよ」を意味しており、まだ子供だと云う意味です。「ひな」から「ひと」になります。「ひと」は一人前の大人と云う意味です。「ひこ」(彦)は高位の人を指します。「きみ」(君)は皇家の方を云います。 お二人が立派に成人しました。これにより三月三日より酒造りを初めました。これが酒造りの始まりとなります。神酒(みき)ができあがり、二人(両神)に奉りました。酒ができると儀式の作法が定まり、桃の花の満開の下(宵祭り)でお酒を酌み交わしました。その時、酒を注いだ盃に月が逆さまに映っていました。これにより盃を「さかづき」と云います。まず、男神が女神にその盃をすすめ、女神が先に飲み、その後、女神が男神に勧め、男神が飲みました。お二人がお酒を飲んだところで、むつまじく交わられ一緒に床入りしました。これにより床入りする)前に飲むお酒を「床の神酒」(とこのみき)というようになりました。 新婚初夜のお二人の愛の交わりは身も心も熱いものでした。二人は三日目の朝になって、ようやく姿を現わし、新婚初夜を過ごした二人の身体は火照り、寒川で身を清めました。袖を浸したのがきっかけで抱き合ったまま一体になりました。お二人に新たにウヒチニの神、スヒチ神の神の名が付けられました。このお二人が雛祭りの「ひな形」(雛型)となりました。お二人が夫婦(めおと)になられた慶事(よろこびごと)を記念して、男は冠を付け大袖袴をはき、女は小袖に上被衣(うはかつき)を着ることになりました。 この時より、皇家の他の人たちも妻を入れるようになり、八十神(臣)もこれに続き、諸民に至るまで妻を定めるようになりました。これで陽陰なる道が完成しました。結婚制度が法律として備わり、一夫一婦制(たぐい)が始まりました。遡って年を数えると、ちょうど五百本目にあたる天の真榊(まさかき、すずきのき)を新しく植える年でした。 五代の神はオオトノチ(大殿内)、オオトマエ (大門前)の二神です。ツノクイは大殿に居て、イククイを門前に会ひ見て妻としました。男神は戸(廊下)の奥に座っておられ、女神は戸の手前でお見合いをされましたので、男は戸の前が訛(なま)って殿、女は戸の前が訛(なま)って御前と云うようになりました。お二人の御代は八百続き、人々が詣でるようになりました。 六代目を世嗣したのはオモタルの神。カシコネと全国津々浦々八方(やも)を廻り、民を治めました。近江のアツミ(滋賀の安曇川)を本拠地として、東はハラミ山(富士山)の麓から日高見と言われる東北地方全域まで、西は月隅(つきすみ)と呼ばれるツキスミ九州南部から葦原と呼ばれる山陽地方まで、南はアワと呼ばれる四国東部からソサと呼ばれる紀伊半島まで、ネ州の内シラヤマト(白山の麓)からホソホコ(近畿地方の日本海側)・チタル(山陰地方)まで治めた。百万年(もよほ)続いたが、嗣子なく 道も衰えて次第に筋道がわからなくなってしまったのです。 そんな状況になっていた時、天より二(両)神に、「ツボは葦原 (イサナギ・イサナミ)千五百秋、汝用いて領せ」とて、経(法)と矛(警察権)を賜われた。二神は、浮橋(橋渡し、仲人を意味する)に登り、そのの上から授かった矛で下界を探り、したたり落ちた滴で「おのころ」島を生み、そこに宮殿をつくりました。ヤマト中央に万物を生み、人々の食料も、養蚕、衣服の作り方を教え広めました。「弁別(わいだめ)定む功(いさおしや)や」。物事の決まりを定め、功績(いさおし)が称えられました。 天(中央政権)の守世の七代目を継ぐ糸口はトコヨ神で、木の実を東の国に植えて育てました。その地で生まれた子供の名前をハゴク二の神と云います。ハゴク二の神がヒタカミ(日高見)のタカマに御中主(ミナカヌシ)を祀ります。この日高見の「たかま」(高天原)に橘(たちばな)の木を植えました。そこで、生まれた皇子の名前を「たかみむすび」と云い、諸人(もろびと)が皇子の誕生を心から喜びました。この御方が東のトコタチになりました。その御子はアメカガミ神と云われ、ツクシ(筑紫)を治めました。 天神四代目のウヒチ二とスヒチ二の間にできた皇子は、アメヨロズ神と言い、「そあさ」(南紀、阿波 四国地方)を治めていました。このアメヨロズ神は、アワナギとサクナギの二人の子供を生みました。アワナギは根の白ヤマト国のチタル(さほこちたる、山陰)までを法を以って治めました。アワナギの生む御子の斎名(真名、いみな)をタカヒトカミロキと云いました。 タカミムスビの五代目の神の斎名をタマキネトヨウケ(豊受神、後に伊勢外宮の御祭神となる)と云います。このタマキネトヨウケの神の姫をイサコ姫と云います。この姫のうきはし(仲人)を、ハヤタマノヲが渡そうとしましたが、「融けぬ趣き」でうまくいきませんでした。コトサカノヲが橋渡しを果たし、二人を結びつけることができました。ケタツボ(仙台多賀城付近)から西の方向のツクバ(筑波山)のイサ宮(筑波神社)に睦まじく一緒に住まわれましたので、イサ宮に因んでイサナギと、イサナミと名付けられました。この二人が七代目になります。二神が床入りして愛の交わりの前に床神酒(とこみき)を召されました。「とこ」(床、神聖な場所)には経矛(とほこ)を置いて、子づくりに励まれました。 お酒の名前のことを「ささけ」と呼びます。「ささけ」、トコヨヰノクチ(山陰)のスクナミ神の竹株に雀が籾を入れるのを見たのがヒントとなり、酒造りが始まりました。これがモモヒナギとモモヒナミの婚礼の祝いとして献上され、モモヒナギより捧げたのでササナミという称名を賜り、名も酒(ササケ、笹笥、捧げ)と呼ばれるようになりました。その神は今に ササケ山に祀られています。三三九度の儀式(しきたり)の酌度は三月三日、盃は逆さに写った月から名付けられました。名も「ひなが岳」(雛が岳、日野山)とぞ名付けて称えております。 |
参考として、「ホツマツタヱ御機の二(ツ) 天七代床神酒のアヤ」を転載しておく。
|
参考として、「ホツマツタエ 天の巻 2アヤ、ヒナ祭りと桃の花 男雛・女雛の実名(いみな)は?」を転載しておく。
|