ホツマツタヱ1、アのヒマキ(天の巻)15



 (最新見直し2009.3.7日)

 「ウィキペディアのホツマツタヱ」その他を参照する。



【ホツマツタヱ1、アのヒマキ(天の巻)15、食万事成り初めの文】
 稲荷信仰とキツネの由来(人糞リサイクル農法の草分け)
みけよろつなりそめあや      食万事成り初めの文
あめつちも のとけきときに あまてらす   天地も 和けき時に 天照(アマテラス) 
かみみゆきの ふたみかた    神の御幸の 二見潟 
みしほあひ みそきなす  潮を浴びて 禊なす
ともくすひか いふかさお     供のクスヒが (ヌカタダ) 訝さを
あめもふさく ちちみかと    天に申さく 父帝
やふさくるまの みゆきなす    八房車の 御幸なす
かみけかれの あるやらん  神も穢れの あるやらん 
ときあまてる みことのり        時に天照(アマテル) 御言宣
なんちぬかたた もろきけ          「汝ヌカタダ 諸も聞け 
わかうまれに あかなく         我が生れ根に 垢もなく  
あをうけうまれ きよく        天陽受け生まれ 根は清く
うくめくたみに けかれ          蠢く民に 目も穢れ
あしきうたゑに みみけかれ         悪しき訴えに 耳穢れ
はなもちならぬ をしゑくさ          放持ならぬ 教え種   
をさめさとせる こころはの        納め諭せる 心端の  
はしそそきて しらけ        六端濯ぎて 身を精らげ  
ひをねかえる かんかたち        日陽根に返る 神形」
けのししはめは しむけかれ              「汚の肉 食めば 血穢れ   
よつなるししは かほすきて       四つなる獣は 汚火過ぎて   
ちちみけかれて かるる      縮み穢れて 身も枯るる」  
たとえにこる みつかわく      「例えば濁る 水乾く
ししもにこれは かわきつく          肉も濁れば 乾き尽く」
きよなはめは きよく        「清菜を食めば 血も清く 
うしほことし よよたもつ        潮の如し 万齢保つ」
あめうむたみ のことく         「陽陰の生む民 子の如く
なかいきんと くいものの          長生き 見んと 食物の
よしあしわくる なりそめお もろたみきけよ          良し悪し分くる 生り初めを 諸民 聞けよ」    
あめつちの ひらけるときの     「天地の 開ける時の
ひといきか めをわかれて     一意気が 陰陽と分れて
あめに つちなる     陽は天に 陰は地となる
をのうつほ かせうみかせも ほとわかれ     陽の空 風生み風も 火と分かれ
うをせむねは ひのわなる          背の宗は 日輪なる  
いめみなもと つきとなる        妹の鄙元 月となる」
つちはにみつ かつはには やまさととなる        「地は埴・水 且つ埴は 山・里となる」  
はにうつほ うけいし すかたま   「埴空 受けて穢は石 清は珠」     
やまにうつほの とほりなる     「山に空の 通り成る      
あらかねあわ すすなまり         粗金のアワ 錫・鉛
すかはきかね ししろかね            清は果黄金 直白金
うひあかかね はくろかね           泥に赤金 果黒金」    
それはきに きりしろ       「それ榛は黄に 桐は白
ひのきあか くりくろ            檜は黄赤 栗は黒」
てるあらかねお たたらなし ふいこねれよ             「出る粗金を タタラ 為し 吹子に錬れよ」
はにうくる うつほあまみつ     「埴 受くる 空・雨水
なるくさ うつほはたすく     成る草木 空は助く
みつひやす けかれする     水冷やす 埴は穢れ直る
はなも あめままなり      花も実も 陽陰の随なり 
みつくふ ふよはくわそ     三つは食ふ 二・四は食わぬぞ」
いしたまの なるつき     「石・珠の  二なるは尽きず」
あらかねの みつねりて いろかわる   「粗金の 水・埴・火錬りて 色変る」
くさきのむしの みつこゑ かせにこゑあり           「草木の虫の 三つの交 風に声あり 
うつほはね はにむしこれ     空跳ね 埴虫もこれ」
うつほかせ みつよつか     「空・風 火・水の四つが
なるとりの ほかつおよく     成る鳥の 火勝つは泳ぐ」
はにみつ かせよつか     「埴と水 火・風の四つが
なるけもの かせみつよるお     成る獣 風・水 熟るを
こゑ きつねたぬきそ     名も三声 狐・狸ぞ」
ほとはにの よるはふたこゑ     「火と埴の 熟るは二声
ゐのましそ よつもこれそ     猪・猿ぞ 四つ名もこれぞ」
つきみつ くたせるつゆは     「月の水 下せる露は
かはみつ うつほうくれは     川の水<と成り> 空受くれば
くもなり ちあゆみのほる     雲と成り ちあゆみ (沸き立ち)昇る
はにいき のほるいかくり     埴の息 昇る毬栗
いゐなり そやとめちつゑ     飯の態 十八トメチ突え
くもなかは ふれつゑに     雲半ば 経れば陰遂に
あひもとめ あめふるなり     合ひ求め 雨と降るなり
さむかせに ゆきこほれと とける   寒風に 雪と凍れど 陽に融ける」
よるなみうけて なるうしほ        「夜潤波 受けて 成る潮   
やくしほすかの うつわもの               焼塩清の 器物  
はめあか まぬかるる     食めば身の垢 免かるる」  
みつはにふくむ なるかゐ      「水・埴 含む 火成る貝」
みつうくうつほ ほなるうお     「水受く空  火成る魚
しはうろこよし ほはくさし         直果鱗 好し 火は臭し」
むかしなかくに うけもちの              「昔中国 ウケモチの  
かみうけなお こゑは       守が食菜を 天に乞えば 
ひようるたねお くたす         日・夜潤種を 地に下す   
ひうるはゆる うるのそは       日潤に生ゆる 潤の繁は  
うるたそなゑ よるなみに        潤田の具え 夜潤波に
はゆるなろなは はたたね          生ゆる和菜は 畑の種」
くにとこたちの あめまつる みけこのみか        「クニトコタチの 天地祭る 御供は木の実か」
くにさつち うむうけもちの     「クニサツチ 生む ウケモチの
まこ いまかたなり     八代の孫 今のカダなり」
うけもちか はつきはつひに なるはつほ    「ウケモチが 八月初日に 成る果穂
とよくんぬしに たてまつる    トヨクンヌシに 奉る」 
かみかしきの ゆふにきて         「神は赤白黄の 斎和幣   
あめなかぬしの かみまつる         天中主の 神祭る
そろほつみの みけもまた           ソロの果実の 御供も又  
うすつきしらけ はつひには かゐしるとそ          臼搗き精げ 初日には 粥と汁とぞ」
うひちには つきことまつる おもたるの   「ウヒヂニは 月毎祭る オモタルの 
すえほほそと なるゆえに        末に穂細と なる故に    
つきよみやりて うるそたね      ツキヨミ遣りて 潤繁種 
んといたれは まるやにて          得んと至れば 丸屋にて
くにむかえは つきおけの          凝泥に向えば 注ぎ桶の
くちよりよねの いゐかしく          口より米の 飯炊ぐ
そのにむかえは こゑかくる            園に向えば 肥掛くる
てこいれて すすなしる          手篭に入れ来て スズ菜汁
ももたくはえて みあえなす          百々たくわえて 御饗なす 
つきよみいかり いやしきの        ツキヨミ 怒り 卑しきの
つははくけかれ かわんやと        唾吐く穢れ 交わんやと
つるきぬきて うちころし        剣を抜きて 打ち殺し     
かえことなせは ををんかみ     返言なせば 大御神   
なんちさかなし あひみと      汝逆なし 合ひ見ずと 
まつりはなれて よるきます       政離れて 蹌踉きます
あめくまやれは すてさり       アメクマ遣れば 既に去り  
かたうるその たねささく    カダが潤繁の 種捧ぐ  
くまとかえれは をさに         クマト返れば 長が田に
うゆるそのあき やつかほの         植ゆる その秋 八掴穂の 
なれくにとみ こころよく         成れば国富み 快く 
またまゆふくみ いとぬきて           また繭ふくみ (茹でる) 糸和きて
こかゐみちも をしゆれは        繭醸の道も 教ゆれば
かたみことは よよたみ まもりつかさそ          カダの尊は 代々の民 守り司ぞ」
もろたみも よくきけつねの     「諸民も 良く聞け常の
くいものは そろさいわひ     食物は ソロは幸ひ
うろこいお つきなりとりは     鱗魚 次なり鳥は
かちて ほとんとまかる     火が勝ちて 殆んど罷る
ともしひの かきたてあふら     灯し火の 掻き立て油
へることく かちいのちの あふらへる    減る如く 火勝ち命の 油減る」   
あやまりみての ししはめは        「誤り三手の 獣食めば
ししこりちちみ そらこえて         肉凝り縮み 空肥えて 
のあふらへり かれて やかてまかるそ        身の油減り 気も枯れて やがて罷るぞ
つきなか すすしろくえよ     二月半 スズシロ食えよ」
ししは くえはいきても  くさりくさ   「二手獣は 食えば生きても 腐り臭
かみなかたゑ いみこやに          神と中絶え 忌籠屋に 
とせすすしろ しらひけも         三年スズシロ  シラヒゲも
はしかみはみて あかそそけ        ハジカミ食みて 垢濯げ」
ややひとなる すわかみ          「やや人となる スワの守 
しなのさむく とりししに         シナノは寒く 鳥獣に
さむさしのくと こふゆえに           寒さ凌ぐと 乞ふ故に
なおあらためて あいものの           なお改めて 間物の 
うおよそあり これ すすなけせよ      魚は四十あり これも三日 スズ菜に消せよ
みつとりお くえふそひか すすなよ    水鳥を 食えば二十一日 スズ菜 得よ
とりけもの いましめと あまねくふれ         万の鳥獣 戒めと 普く布れし
あやまらは たとえいのちは おしまと  誤らば たとえ命は 惜しまねど
けかれゆえに たまのをも    血穢れ故に 魂の緒も
みたれもとに かえらは    乱れて 元に 還らねば
たましゐまよひ くるしみて         魂・魄迷ひ 苦しみて  
けものたね あいもとむ         獣の種を 合い求む」(寄せ合わす)
とりけものも つきひなし           「鳥も獣も 月日無し  
そろはつきひの うるなみそ ゆえこたふる          ソロは月日の 潤波ぞ 故に堪ふる」
ひともと なかここころは ひつきなり     「人は元 ナカゴ・心端  日なり
すくまかれは あひこたえ   直ぐに罷れば 合ひ応え
あめのみやゐ かえさんと            陽陰の宮居に 還さんと   
けものなるお ととむなり       獣になるを 止むなり」   
わかつねみけ ちよみくさ      「我が常の食  千齢見草 
にかなより ももにかし         余の苦菜より 百々苦し 
にかなのみけに なからえて         苦菜の食に 永らえて 
たみゆたかにと くにをさむ         民豊かにと 地治む  
われみるすすき たひ         我見る鈴木  千枝四度
わかことし ふそよよろ        我が身も今年 二十四万(歳)  
いまたさかりの かきつはた        未だ盛りの 杜若
のちももよろお ふるしる             後百万(年)を 経るも知る」
くすひよくきけ  ここりひめ             クスヒよく聞け ココリ姫
かたれることは とこたちの          語れる事は トコタチの  
やもめくりて にしくに       八方を廻りて 西の地
くろそのつみて あたる      クロソノツミテ カ に当る 
あかかた とよくんぬ ど        名も赤県の トヨクンヌ
よよをさむれと として     代々治むれど 年を経て 
みちつきぬるお うけすてめ         道尽きぬるを ウケステメ
ねのくにて たまきねに        根の国に来て タマキネに
よくつかふれは みにこたえ          よく仕ふれば 実に応え  
ここりのいもと  むすはて       ココリの妹と 結ばせて 
やまみちのく さつけます         和の道奥 授けます
よろこひかえる  うけすてめ   喜び帰る ウケステメ  
ころひんきみと ちなみあい    コロヒン君と 因み合い 
くろそのつもる  みこうみて     クロソノツモル 御子生みて
にしのははかみ またきたり        西の母上 また来たり
ころやまもとは  おろかにて        コロ山下は 愚かにて 
ししあちたしみ はやかれ         肉味嗜み 早枯し 
ももふももそ たまゆらに          百や二百(歳)ぞ たまゆらに  
ちよろあれとも ひひのしし       千・万(歳)あれども 弥々の肉   
しなきみいてて ちよみくさ  たつぬなけく    シナ君出でて 千齢見草 尋ぬと嘆く」
わかみみも けかるるあかお     「我が耳も '穢るる垢を
みそきせし なからふみちお よろこへは    禊せし 永らふ道'を 喜べば
かれおなけきて みちさつく          枯を嘆きて 道授く  
おもえいのちは たから ことわさもせな 「思え命は 実の宝 殊業もせな   
よろきみも ひとりいのちの かわりなし     「万君も ひとり命の 代り無し
ときかれは くるしみて         時来ぬ枯は 苦しみて
たまのをみたれ あえ          魂の緒 乱れ 天に和えず」  
よあひたもちて あにあかる      「齢保ちて 天に上がる   
ときたのしみ まかるなり      時は楽しみ 罷るなり」
これここなしの  ときまちて かるるにほひも         「これ 菊の 時全ちて 枯るる匂も」
ひとも すかかてはみて     「人の身も 清糧食みて
よろほて かるるにほいも ここなしそ    万穂 得て 枯るる匂も 菊ぞ」 
おもむろすくに かんかたち           「骸直ぐに 神形」    
かししくさく みたれ       「汚肉は臭く 緒も乱れ  
とくあらひみ うるとなも        解くは散斎 潤留菜も」
ここなひつきの みたねゆえ         「菊日月の 霊種ゆえ  
くえたま あきらかに        食えば目の玉 明らかに
あひもとむなり あめのみち          合ひ求むなり 陽陰の道     
なすひとかみに あひもとむ      為す人神に 合ひ求む」 
ゆえにここなし めつむこれかな             「故に菊 愛つむ これかな」


(ウケミタマ)
 ソサノオの人となりは、いつも乱暴を働き泣きわめくかと思えば突然大声で怒鳴り散らして皆を困らせていました。ある時は新嘗祭用の神田に籾を重播(しきまき・重ねて種を播く)して稲の生長を妨げ全滅させてしまったり、又田畑に馬を放って踏みにじり畔(あぜ)を決壊させて収穫前の稲を台無しにしたりと悪質ないたずらが絶えませんでした。
 母イサナミはソサノオの悪事は全て自分の犯した罪であると責任を深く感じて、善良な人々にこれ以上の迷惑はかけまいと、我が子のオエ・クマ(汚穢・熊、けがれ・わざわい)を除こうと熊野宮を建てて息子の罪を我が身に受けて祈る毎日でした。

 そんなある日の事です。ソサノオは母の苦しみを無視するかのようにミクマノ(熊野三山)に火を放ち、ついに熊野宮にも火の手が迫ってきました。母イサナミは燃え盛る火を鎮めようと宮に籠って身を焦がしながら神々を招いて一心に祈っていました。この時イサナミが最初に勧請したのは火の神カグツチでした。しかし祈りの甲斐もなくついに炎につつまれて焼け死ぬその一瞬に、生まれ出た次の神が土の神ハニヤスで、最後が水の神ミズハメでした。この火の神カグツチが土の神ハニヤス姫を娶って生んだ子の首から桑と蚕があふれ出てきて、へそからは稲が生え出てきました。その子の名をワカムスビ(稚産霊)と呼びました。ワカムスビは人々に衣・食を授けてくれた尊い稲荷神(いなりかみ)として別名ウケミタマ(宇迦御魂神)とも呼びました。

 不肖の子ソサノオの行末を案じつつ、心ならずも三神を生み焼死したイサナミの死骸は御心を慕う村人によって熊野の有馬(三重県熊野市有馬町)に手厚く葬られ、春の花の頃と秋の実りの頃に魂鎮(たましず)めのお祭りが数千年の時を経てなお今日まで続いています。


(ウケモチとカダ)
 太古の時代にクニトコタチが天の神アメミオヤ(天御祖)の祭に供した御食(みけ)は、まだ稲作が本格的に始まる前の事でたぶん栗やクルミといった木の実だったでしょう。天神二代目クニサッチ(国狭槌)の御子の一人からウケモチ(保食神)の一族が起こり、アマテル時代に活躍したカダマロ(荷田麿)は、ウケモチの八代目孫にあたります。
 
 その昔、葦原中国(あしはらなかくに、近畿・中国地方)を治めていたウケモチが天におられるアメミナカヌシ(天御中主)に民の為に良い食糧の種を授け給えと祈った所、その願いが天に届き太陽と月の精霊をいっぱいに含んだヒヨウル種が天から頭上に落ちてきました。ウケモチが早速恵みの種を播いたところ、太陽(ヒウル)の気を受けて水辺に生え出た穀物が水田の稲(ウルタのゾ苗)となり、月の霊気(ヨルナミ)を含んで生え育った食物は畑の作物となりました。 この時ウケモチが最初に播いた種が、八月一日(ハツキハツヒ)に実もたわわな稲穂と成って収穫の秋を迎え、刈り取った初穂を先ず三代目天神トヨクンヌシ(豊斟渟)に奉って収穫を共に祝いました。君は赤、白、黄色の木綿和幣(ゆふにぎて)をアメナカフシ(天中節)の神に捧げて感謝の祭りをし、早速精(しら)げた米(よね)を炊(かし)いだ神饌を供えました。この故事により旧暦八月朔日に友人、知人間で贈答をして祝う習慣が生まれハッサクの祝いとして江戸時代まで伝えられてきました。後に、臼と杵でついて作った餅と汁とを一月元旦に神にお供えするようになり、特に敬虔な四代目天神のウビチニは毎月一日に御食を神に奉げてお仕えしました。

 ところがどうしたわけか六代目天神のオモタル・カシコネ(面足・惶根)の時代になると、徐々に稲の実のりが落ちてきて不作の年が続くようになりました。民の暮しを大層心配されたアマテル神(天照大御神)は、かねてから良い種を育てていると評判の高いウケモチの国に行き、強い種(ウルゾタネ)を分けてもらおうとお考えになり弟のツキヨミ(月読)を勅使として派遣しました。
 実はウケモチの神一族は、天から稲の種を最初に授かって以来営々と品種改良に努めてきました。特に肥料として人糞をかけると実のりが良いことをいち早く知り、風水害や害虫にも強く実り多い品種を育ててきました。

 今回のツキヨミの派遣は、出発に先立ち事前にアマテル神の勅命をウケモチにも伝えてあり、訪問の日取りの打ち合わせも万端整ったうえでの出発でした。ツキヨミは当然のことながら貴人(きにん)の御幸(みゆき)に際して先例に慣って国境まで出迎えがあるものとあてにしていたところ、今度は迎えもなく不慣れな道をやっとの思いで七代目ウケモチの国にたどり着きました。
 ウケモチの館(タチ)に着いて用向を告げるとなんとその返事は素っ気無く、
 「今、丸屋(便所)で用をたしているので国懸(クニカケ・略してクニ・現県庁)に先に行って待っていて欲しい。」との事。殿上人を迎えるには余りにも失礼な応対で、ツキヨミはむかつく思いを何とか堪えて農園の彼方に見える国に向かって歩き出しました。土地柄や、あちこちの風景に注意を払いながら近づくと、村人達がこやし桶の口より研いだ米を出して炊(かし)いでいるのを見てしまいました。君がさらに農作業中の畑を進んでいくと、今度は汲み取りびしゃくで過って糞尿をかけられてしまい、悪いことに途中で農夫達が臭い汚穢桶(おわいおけ)にすずな(蕪、かぶ)を詰め込み、天秤棒を担いで同じ国に向かうのに出会いました。

 国に着きなんとか身体の汚れを洗い落としてからも長々と待たされた後、主のウケモチがやっと現れると君の長旅をねぎらう言葉も無く挨拶もそこそこに粗野な御饗(みあえ)が初まり、わら筵(むしろ)の上にはすず菜汁と飯だけという質素な食事が山盛りに出されていました。
 優雅な宮中の美食に慣れたツキヨミにとって、歓迎されるどころかこれでは侮辱されたと写っても無理からぬことでした。ましてや肥料に人糞を播いて作物を育てるなど前代未聞のこと、雲の上人のツキヨミが施肥の必要性など知る良しもありませんでした。全てはウケモチの素朴な性格が誤解されたとは故、ついにツキヨミは数々の無礼な仕打ちに怒りが爆発し切れてしまいました。
 「無礼者!こんなつばはきかける穢れたものが食えるか!」と言うや食事を蹴散らして立ち上がると剣を抜いてウケモチを打ち殺してしまいました。
 ツキヨミは急ぎ宮中にとって返してこの無礼者の一部始終をアマテル神に報告しました。黙って聞いていたアマテル神は驚きかつ困惑し弟をキッと見据えると、
 「なんじは、善悪の見境もない非情なやつだ。取り返しのつかない罪を犯してくれた。もう二度と顔を見たくない。下れ。」と、いつになく強い口調で叱りつけました。
 このことがあってアマテル神は一時期朝政(あさまつりごと)を離れて夜になって宮に昇る様になりました。

 アマテル神は、先の弟ツキヨミの犯した不祥事を詫びるために新たにアメクマド(天能人)を勅使に立て再度ウケモチの国に派遣しました。
 着いてみるとウケモチはすでに死亡してこの世になく、今度はウケモチの子のカダ(カダマロ、荷田麿)が失礼の無いよう宮中の風習に習って丁重にお迎えしました。すっかり打ち解けた両人は再会を誓い合い、特にアマテル神へのみやげには注意深く選別した強い種籾(たねもみ)を奉げました。アメクマドが種を持ち帰ると早速アマテル神は詔(みこと)のりを発して全国の村長(むらおさ)を集めその種を各々に配って国に持ち帰らせそれぞれ水田に播かせた所、その秋には八握穂(ヤツカボ・八握りもある大きな稲穂)が重くたれ下がり国中大豊作となりました。
 国は再び富み、民の暮しも豊かになり平和がよみがえりました。

 又、カダは一度煮た繭を口に含んで湿らせながら絹糸を引き出して紡ぐ技術を初めて考案し、民にこの製糸法を教え広めて蚕飼(こかい)の技術を普及させました。これまで諸民は麻と木綿の衣服だけ着ていたので、新たに美しい絹織物を得たことで民の生活に楽しみが増し、カダは正に民の田守り司(たもりつかさ)と後々までもあがめられました。


(ムツノハタレの戦い)
 暗くつらい不作の時代に、実りの多い強い稲を献上して国の危機を救ったカダは、今は有力な臣(トミ)として宮中で政りごとに参画する様になりました。しかしアマテラスの御世が静かで平和な年月ばかりではありませんでした。

 全国から六種類(ムツ)のハタレ(悪魔)が一斉に蜂起し、アマテラス朝の転覆を計って進撃してきました。ハタレの中でも特に手ごわい相手は、九州から海を渡ってここ中国(なかくに)の花山野(京都伏見、山科地区)に攻め上ってきた三兄弟供です。彼等の名をキクミチと言い、三人は花山野で仲間を集めて益々勢力を強め都へと進撃を初めました。
 キジ(急使)が飛び交い、敵の様子が刻々と宮中に伝えられてきました。又被害にあった諸民の訴えが後から後から続き、宮中はその対応にてんやわんやの大騒ぎになりました。

 ついに、アマテル神はウケモチの子孫カダマロに自国の敵情を視察してくるようにとの詔のりを下しました。今を盛りの若きカダマロは命を受けると直ちに神軍(すめらみいくさ)を引きい花山の野に至りました。沢に分け入り軍を進めるとハタレ共は、”乱れ菊”の術を使い野山を花いっぱいに埋めつくして咲き乱れ、かと思うと花の色を次々に変えて惑わしてきました。余りの怪しさに皆唯々茫然としていると、いつの間にか何万何十万というキクミチの軍団に取り囲まれて身動き一つできなくなっていました。と、どこからともなく急に妙(たえ)なる音色に合わせて美しい乙女の姫舞踊(ひめおどり)があちこちでくり広げられ、しばし幻想の世界へと引きずり込まれてもう為すすべもありません。
 この時、突然むら雲がわき起こりあたりを覆ったかと思う間も無く真闇(やみ)が襲い行く手をはばみました。何千何万というダビ(松明)が野や山に立ち上ったかと思うと、ホタル火が夜空に飛び交い、かと思うと笑いあざける声とともにイカリ火が次々と立ち昇り、消える間もなく青タマの炎が頭上から降り注いできました。進退窮まった神軍はジリジリと後ずさりして引くと、カダマロ一人宮中に馳せ帰り一部始終をアマテル神に報告しました。 報告を聞いていたアマテル神はしばし考えて詔のりしました。
 「これはキクツネの術に違いない。」
 「暦(ホツマ暦)の上でキツネ(狐)とは、キ(木・東)はネ(根・北)より成る(木は根から生ずる)。ツ(西)からサ(南)を経てネ(根・北)に来て住めるネスミ(根住・鼠)おば捕らえて油に揚げてご馳走してやるがよい。」
 「又、クツネ(狸)はキツネと同じ獣(けもの)の様でちょっと違い、キツネの尾の火(陰火)が嫌いなのだ。」
 「この術に打ち勝つには、やつらの嫌いなオガ(生姜)とメガ(茗荷)を燻(いぶ)してやっつけるがよい。」と、詔のりがありました。

 詔のりを受けたカダマロは、諸神にキクツネの本性を教え、再び隊を整え花山野に進軍しました。
 今回もハタレ三兄弟引きいる悪魔共が花と咲き乱れておどろかし、幾重にも色や形を変える妖術で化かしにかかってきました。
 カダマロは、アマテル神から授かった秘密兵器の”揚げねずみ”をキツネ魔軍の中に次々と投げ入れました。するとキクツネ共は先を競って貪り食らいつき術が乱れた所を神軍が勇敢に戦いを挑み、すきをつかれて化けの皮がはげたキツネ共は我先にと逃げ出しました。そこをここぞとばかり追いつめて先ず千人を捕らえたところで斬り殺そうとしたところ、捕虜共が一斉に嘆きわめいて命乞いを初めました。
 「我らは全員、アマテル神の良民として帰順します。君のために尽くしますから命ばかりはお助け下さい。」
 これを聞いたカダマロは、素直に彼らのことばを信じて縄を解き許してやりました。早速服従したキツネ共に命じて多くの藁縄(わらなわ)をなわせて、三つの里に渡る程の広大な網を作って次なる戦いに備えました。
 残るキツネ軍団に向けて、風上よりハジカミとメガを燻して煙で覆いつくすと、敵の術が乱れてひるんだ所に再度戦いをいどみ巨大網に追い込みました。徹底的にたたいて捕虜となし、先の戦法と同じ方法でついにキツネ三兄弟のハタレ頭(カミ)も捕らえて強力なわらび縄でひっくくりました。
 逃げ惑う残党共は再度先に造らせたミサト(三里)の網を野に張って、皆追い込んで一網打尽にし玉繋ぎにしたその捕虜の数は何と三十三万匹にも及び、三人のハタレ頭(カミ)を牢屋に入れ国神に預けて神軍(かみいくさ)は大勝利の内に本宮へと凱旋しました。

 戦いすんで後に、捕虜としてお白州(しらす)に引きすえられたキクの三人を鏡の前に打ち据えて写して見ると、パッとすぐにキツネの影が表われたので、名前を”ミツギツネ”と付けました。捕えられた三十三万のキツネ共は神議(かみばかり)の決議により、全員死罪と決まりタマダチ(死刑)することになりました。
 その時カダの神が突然思いつめた面持ちでキツネを助けて欲しいと命乞いを初めました。
 「皆、今では罪を悔いて、スメラギの民(オオミタカラ)となることを願っています。何とか許してやって下さい。私が責任を持って良き民となします。」
 が、こんなことでは諸神は同じません。カダの神はキツネ共を何とか救おうと、七度にも及ぶ誓いを立てて必死に頼み続けました。
 物につかれたように夢中で嘆願(たんがん)するカダの一途な姿を見て、諸神達もやっとキツネ共を許す気になりました。

 先程からその一部始終を見ていたアマテル神から、ここで詔のりがありました。
 「カダの神の温情に免じてミツヒコ(三彦)と配下のキツネ共の事、今回は特別に許そう。そのかわりキツネ共に全員ウケノミタマ(宇迦御魂神)を末長く守らせよ。もしも約束をたがえる事あらば、直ちに死刑にせよ。」
 「カダの神!なんじにこの者共を今日より部下としてつけるにより、良き民となすべく指導せよ。」
 カダの神は、アマテル神からキツネ共の恩赦を受けると、その課せられた条件をミツギツネに告げました。
 「兄彦はここ宮中に残って御食(みけ)を守れよ。中彦は山城の花山野に行き、又弟彦は東国のアスカ野に下り、それぞれ三方に分かれて田畑の鳥やねずみを追う仕事をせよ。まめなせ。」

 今回の天照神の詔のりにより、キツネ共はウケノミタマとウケモチと、カダの三神(稲生・稲荷神)の守護役として後世までも付き従い、民の御食をお守りすることとなりました。












(私論.私見)