ホツマツタヱ1、アのヒマキ(天の巻)14



 (最新見直し2009.3.7日)

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【ホツマツタヱ1、アのヒマキ(天の巻)14、世嗣祈る宣言の文】
 アマテル神、世嗣(よつぎ)得る祈願の詔のり
よつきのるのとことあや  世嗣祈る宣言の文
あめつちも うちとすか とほるとき  天地も 内外も清に 徹る時 
やもよろみちの みことひこ  八百万三千の ミコトヒコ
みうちはへり みちきく  御内に侍り 道を聞く 
もろよろたみ をしらす むれきくとき 諸万民も 御領州に 群れ聞く時に
くしまとは ひのしまもる   クシマトは 日の州を守る
いわまとは つきのしまもる いくしま イワマトは 月の州守る イクシマと 
たるしまよもの みかきもり タルシマ 四方の 御垣守り 
いかすりうちの をにやらひ  イカスリ内の 鬼遣らひ
かかんのんてん そろふとき カカンノンテン 揃ふ時
ひたりたにの さくらうち  左はタニの 桜ウチ
みよさくら ならしうた 弥の桜の 鳴らし歌
みきををやま かくつみ 右はヲヲヤマ カグツミの
ときしくかく いわひうた  研ぎ優ぐ橘の 祝歌 
こことむすひか かかんなす  ココトムスビが "カカン" なす  
かすかわかひこ みはしら カスガワカヒコ 御柱を
よつきみくらに みむすひ 寄継神座に 御手結び 
あめのみをや まねきこふ アメノミヲヤを 招き交ふ
ををものぬしか のんなし ヲヲモノヌシが ノンなして
よろきみほひこ ゆふはなに  ヨロギミホヒコ 斎ふ餞に
やいろにきての かみすすむ   八色和幣(にきて)の 神進む
ひとことぬしか てんなして  ヒトコトヌシが テンなして
かたきやすひこ ぬさくして  葛城ヤスヒコ 幣串垂(ぬさくして
よそこのはなに このみなる 四十九の花に 木の実成る  
あくりんと もろをかむ  アグリを得んと 諸拝む
ときあまてる ををんかみ 時にアマテル 大御神
よつきあや をらんと 世嗣の文を 織らんとす
よろよわひの みことひこ 万の齢の ミコトヒコ 
ややちよたもつ たみみな やや千齢保つ 民も皆
くにとこたちの こすえなり  クニトコタチの 子末なり
そのもとふつく あめみをや  その本悉く 天御神(アメミヲヤ)
あめつちひと わかさるに  天地人も 分かざるに
ういのひといき うこくとき 初の一息 動く時
ひかしのほり にしくたり 東昇りて 西降り
うつほめくり あわうひ 空洞(うつほ)に回り 天地初発の 
めくれるなかの みはしらに  回れる中の 御柱に
さけめをなる をきよく 裂けて陰陽(めを)成る 陽は清く 
かろくめくりて あまとなり  軽く廻りて 天と成り
なかこり くにとなる 陰は中に凝り 地と成る
みつはにわかれ をうつほ  水土分かれ 陽の空(うつほ)
かせうむかせも おうみて 風生む風も 火を生みて
をはみつとなり めふたつ 陽は三つとなり 陰は二つ
をせむなもと ひまろめ 背のムナモト 日と丸ろめ 
ゐもみなもと つきこり 妹のミナモト 月と凝り 
うつほかせと みつはに 空・風・火と 水・埴(土)の
ゐつましわりて ひととなる 五つ交わりて 人と成る
あめなかぬし かみこれ アメナカヌシの 神はこれ
やもよろくにに  よろうみ  八方(面)万地に 万子生み
みなくはりおく ひとはつ 皆配り置く 人の初
あめかえりて あめみをや 天に還りて 天御神(アメミヲヤ)
あめのかたち いわをやま 天の形は 巌山
ひつきくにも はらこもり  日・月も地も 張ら籠り
やゑにきて もとあけ 外は八重幣 元明の
よそこたねの なかみくら    四十九の種の 中御座 
みをやつけたす けたすみに   ミヲヤ継げ足す 方隅に
やきみとほかみ ゑひためそ    八君トホカミ ヱヒタメぞ 
つきあいふへも をすしかみ    次アイフヘモ ヲスシ神
すえみそふの たみめひこ     末は三十二の[身添ふ] タミメヒコ 
もとなかすえの みくらあり    元・中・末の 三座あり     
そむよろやちの  ものそひて     十六万八千の モノ添(副)ひて
ひとうまるとき  もとつかみ   人生まる時 本つ神 
そのたえもりか たねくたし    そのタエ守が 種下し 
ものとたましゐ  ゆひやわす   モノと魂・魄 結ひ和す
あなれくらわた  しむねこゑ なりわみめかみ      天均臓・腑 血・根隅 成映・見目・髪」
わかかみは ひつきうるお くたすゆゑ       我が上は 日・月の潤を 下す故
よつきうまんと おもふとき    世嗣生まんと 思ふ時 
あかそそき あさひのり       目の垢濯ぎ 朝日祈り
めよりつきひの うるて    目より月・日の 潤を得て
とつけをせの  うるなみか   婚げば背の 潤波が 
たましまかわの いもと    玉島川の 妹が霊と
はらむしらほね  ちちなみ   はらむ白髄(ほね) 父の波
ははあかちと ちなみあひ    母の赤霊(あかち)と 因(ちな)み合ひ
ひるはちのほり はなみの     昼は霊昇り 夜は波の
のほるひつきの ひとめくり    昇る日月の 一回り
あすふためくり めくりと    翌日二回り 三回りと
つきみその  めくりまし   月に三十回の 回り増し 
ややむそよに めくりみつ    やや六十四日に 回り満つ
すへちやそに めくりとけ    総べて千八十に 回り遂げ
ややみとりこの なりそなふ    やや緑り子の 態(なり)備ふ
ちなみあかは おのころの              因みの赤は  オノコロの
ゑなかたちは かわくるま    胞衣(えな)の形は 河車
ほそのをなる みはしら 臍の緒となる 御柱の
ほとよくおもり めくりかけ 程好く重り 廻りかけ
ひとめくり  おくれへり   日に一回り 遅れ経り
やよゐみそこ はなそふ    三月は三十九 端を備ふ
うつきみつれは  みとりつす     四月満つれば  満り達す 
さつきさのころ ひとめくり    五月サの頃(5月7日頃) 一回り
さつさはらをひ ゐわたなす     サツサ腹帯 五腑(いわた)成す
なかくたとほる  あめのほと   中菅通る 天のほと
たらちねのほと  まねき   母(たらちね)のほと 陰(め)を招き
むつちなみの  つゆあふれ   睦の因みの 露溢れ  
みなつきかわき ほそのをえ    六月乾き  臍の緒へ 
ちしるとほれは ひたす    血汁通れば 身を養す
ちしるにられて  ゐついろの   血汁熟られて 五つ色の
はにもてつくる もりかみ    埴(はに)もて付くる  守の神
ふつきくらむら   はつきわた  七月臓(くら)(むな)腎 八月腑(わた)
なかつきみめ  しむそよ    九月はみ目 シム十四経(そよへ)
こゑよそや あわのかみ     声の四十八方 アワの神 
すへこそむあや  そなわりて   総九十六経緯 備わりて
そふゑなぬき うまるなり    十二月(そふ)に胞衣脱ぎ 生まるなり
たとえあれと よつきなく               たとえ女あれど 世嗣なく
んとおもはは あくりしれ    得んと思はば アグリ知れ
あさひうるお うけて    朝日の潤を 身に受けて
こみやあれは よるなみと    子宮に在れば 寄る波と
ともめくれと さきに    共に回れど 陽(を)は先に
つつむゆえ  せはめられ   陰を包む故 狭められ
ついほすゑの はせいてて    遂に穂末の 生せ出でて
みとりしちなる はしめ  満りシヂ成る 陽の始め 
これをのこうむ あくりなり    これ男の子生む アクリなり
めのこさきに つきやとり 女の子は先に 月宿り
のちまねく  はやく         後日を招く  陰は早く
つつまれて しちなら    陽は包まれて シチ成らず
たましまかとに いゑりなす    玉島角に  イヱリなす
これはしめ うむ     これ陰の始め 女の子生む 
をのこほしくは あくりなせ     男の子欲しくば アグリなせ
かみそゑて ゑさしめん    我が身を添えて 得さしめん
あまてるくには わかみたま ありしるへし    天照国は 我が霊魂 在りと知るべし
われむかし ひのわあり てらせとも     我れ昔 日輪に在りて 照らせども
ひとみうけ みちひかす    人身を受けず 導かず
ふたかみために たらちねと   二神ために  父母(たらちね)と
なりまねけは  ひとと    なりて招けば 人の身と
なりてはらめと なかゐて    成りて孕めど 長居して
こそむつきまて くるしむる     九十六月まで 苦しむる」  
ややうまるれと  みひたしに      「やや生るれど 御養(ひた)しに
ひとやすき  こころなし          一日も安き  心無し」 
わかきみと  なるとても      「我が身は君と なるとても    
をやめくみお かえさんと     親の恵みを  返さんと  
ふしをもえは  さつく       伏して思えば 子を授く    
みちはめくみお  かえすなり      道は恵みを 返すなり」 
そのみなもとは とよけかみ        「その源は トヨケ神 
かつらきやまに みそきて         カツラキ山に 禊して       
さわるよこかお のそかんと     障る汚曲(よこか)を 除かんと
やちたひいのる にまぬけて         八千度祈る 熟(に)ま貫けて
あまかみひるお  わけくたし     天神日霊を 分け降し   
わかこころうる  みちなる        我が心得る (我が霊魂を世に現す) 道成るば
あさひみやに かみまつり         アサヒの宮に 神祭り   
あめのみをやに こたふなり              天御神(アメミヲヤ)に  応ふなり」
よつきはたお  をらんとて             「世嗣の機を 織らんとて 
ひなくるかすの  よつきこお       杼(ひ)投ぐる数の 世嗣子を
さつくるいせの  あくりには         授くる妹背の  アグリには  
あさひうけて あたたまる       朝日を受けて  暖まる     
ときとつけは  はらみ    時に婚げば 子を孕み
いきすこえみめ そなえうむ           息す・声・見目 備え生む 
よつきもかもに みことのり         世嗣もがもに 御言宣」
わかこころ まねけとほかみ   ゑひため 「我が心 招けトホカミ  ヱヒタメの
くにみちのふ うつはもの         国は道展ぶ  器物  
まねかはうえに あらはれて          招かば諾に 現れて  
はたれやふれは  さはりなし         ハタレ破れば 障り無し   
すかなれは かみこころ        身の清成れば 神心   
めくみはなに うるそ         恵みて木に  実を得るぞ    
いせをしゑの  あめこたゑて         妹背の教えの 陽陰に応えて」          
のとこれ もろもふせと  ををすとき   宣はこれ 諸に申せ」と 仰す時
かすかわかひこ たちいてて            カスガワカヒコ 立ち出でて 
おかみつつしみ  あるこころ       拝み謹み 有る心 
もふせるうたに  あまいのる         申せる歌に  天地 祈る
このてかしは  おとすく       この手拍ゆ 音を清ぐ 
やとるおなかの  みことなる          宿る央中の 命(みこと)成る
このますく たらちねの            この子は真直ぐ 父母の  
なゑよつきの  みこなりけり           嘗(なえ)の世嗣の 命(みこと)なりけり
かくたひ うたひますれ みほひこも     かく三度 歌ひますれば ミホヒコも     
たちうやまひて おもふこと     立ち敬ひて 思ふこと     
もふせるうたに こふる      申せる歌に 子を乞ふる
いもをせに こもりくの     妹背の交に 隠りくの 
もりそたてん たらちねかみ         子守り育てん タラチネの守
かくたひ うたひますれは  やすひこ かく三度 歌ひますれば ヤスヒコも 
たちうやまひて おもふこと        立ち敬ひて 思ふこと  
もふせるうたに やすやす 申せる歌に 安々と  
さくらのははの みとりこお        桜の母の 満り子を   
かつてかけて  いてやうまん         勝手に掛けて いでや生ません
かくたひ うたひますれは  みことのり  かく三度 歌ひますれば 御言宣 
なんちわかひこ  ひとふるに         「汝ワカヒコ 一奮に  
あまのこやねと   しあゑ        アマノコヤネと 名にし負え
たまふをしては  かすかかみ        賜ふヲシテは カスガ守
またみほひこか みそむお           またミホヒコが 三十六子を
ひたすこころは  みにこたえ        養す心は 実に応え
たまふをしては  こもりかみ         賜ふヲシテは コモリ守
またやすひこは  やすやすと          またヤスヒコは 安々と  
とりあくことお  わさなせ        取り上ぐ事を業となせ  
たまふをしては かつてかみ        賜ふヲシテは カツテ守 
またもろかみに   みことのり       また諸守に 御言宣
つきこいのらは  わかうたと           「嗣子 祈らば 我が歌と  
こやねこもり  かつてみな      コヤネとコモリ カツテ皆  
あめこたふる をしゑなり        陽陰に応ふる 教えなり   
たみかならすも  これわすれ      民 必らずも これな忘れそ」
このときに やもよろかみも  もろたみも   この時に 八百万神も 諸民も  
をしゑききて  やちたひに         教えを聞きて 八千度に  
こたねうること  さたまると       子種得る言 定まると
たひうやまふ のとことこれ          千度敬まふ 宣言ぞ これ 


 天は快晴にして地は静かに鎮まり、アマテル神の坐(いま)すオウチ(大内)宮の内外も清らかに治まり、法(のり)は国中にあまねく行き渡って平和が続きました。

 こんなある日の事、八百万神(やおよろずのかみ)を守護する三千人の司(つかさ)達は、皆イセ(伊勢)に詣でてオウチ宮の侍所に並み居り、アマテル神から世嗣(よつぎ)得る法(のり)を聞きました。何百万の群衆もこの報を伝え聞いて押し寄せ、お白州(しらす)を埋めつくし恐れながら聞き入っていました。

 この時、クシマド(櫛石窓 櫛石窓神社、多紀郡篠山町、兵庫県)は宮の日の門(ひのしま)を警護し、イワマド(豊石窓 同上)は月の門(つきのしま)を守りました。イクシマ(生島 生島足島神社、上田市、長野県)とタルシマ(足島 同上)は四方の瑞垣を守護しました。又、宮地のイカスリ(敷地、座摩(イカスリ)神社、東区渡辺町、大阪市)をオニヤライ(鬼打豆)の儀式で邪鬼を追い払い聖域としました。

 やがてカカンノンデン(篝火、祝詞、太鼓等)の準備ができた頃合を見て、両翼の大臣はそれぞれ太平の歌と祝歌を朗朗と歌い上げて奉納しました。
左(大臣)は 谷のサクラウチ(*桜内) 御世の桜の ならし歌(太平歌)

右(大臣)は オオヤマカグズミ(*大山橘祗)の トキシクカグ(常世敷橘)の祝歌
 
*桜内
(若桜神社、桜井市谷若桜町、奈良県。当神社はサクラウチの二女ワカサクラ姫ハナコの幸い薄き御霊を祭った手向けの社と思われる。)
*大山橘祗
(三島大社祭神 大山祗神、三島市、静岡県)
 ココトムスビ(別名ツワモノヌシ 穴師兵主(あなしひょうず)神社祭神、桜井市、奈良県、春日神社祭神天児屋根の父)が篝火(かがりび)を明明と焚き上げ、息子カスガワカヒコ(春日若彦 天児屋根)は初めて心御柱(しんのみはしら)を造ってヨツギ(世嗣)社に立てると、天上のヨツギミクラ(世嗣神座)にミテムスビ(印を結ぶ)を契って祈祷し、アメノミオヤ神(天御祖神)を招き請いました。

 オオモノヌシ(*大物主二代目事代主 通称 恵比須)は祝詞を上げて、息子のヨロギミホヒコ(大物主三代目子守神 輿呂伎神社、滋賀県安曇川町青柳)は木綿(ゆう 楮 コウゾの繊維、布又は紙の原料)花の様に八色に染めたヤイロニギテ(八色和幣、ぬさ)の神(楮の紙で作ったニギテを神としたところから、神と紙が同音異義語となったと思われる。)を捧げ持って世嗣社に祭り、天上のヨソヤ(四十八)神を勧請(かんじょう)しました。
*大物主二代目
初代大物主オオナムチ(大己貴)の息子事代主は、天孫ニニキネ(瓊瓊杵)からオコヌシカミ(大国主神)の神名を賜り、後にアマテル神からも論功にまだ足らぬとして最上級のオコノミタマカミ(大国御魂神)の神名を賜った。
(大国魂神社、府中市、東京都)
 ヒトコトヌシ(スサノオ・素戔鳴の第七子、カツラギ・ヒコトヌシ 葛城一言主神社、御所市、奈良県)がデン(太鼓等鳴物)を打ち、息子のカダキヤスヒコ(カッテ神 勝手神社、奈良県吉野山)はヌサグテシデ(太麻祓串)を奉納しました。諸神達は四十九神の花に木の果が成りますようにと天恵を願って皆ひたむきに拝みました。

 このように厳かに世嗣を願う人々の神祭りに心を動かされたアマテル神(天照大御神)は、この時世嗣(よつぎ)の紀(ふみ)を編(あむ、編集)まんと深く欲して詔のりしました。

 「何万年の寿命ある御子と彦(臣)達、又何千年生きる万民も皆大元の祖先は同じクニトコタチ(国常立)の子孫である。その元をさらにさかのぼれば大宇宙神のアメミオヤ(天御祖神)が分け降ろした子の種である。

 天も地も人もまだ分かれる以前、渾沌としたアワウビ(カオス・エネルギー)の中にアメミオヤが最初の一息を吹き込むと、天空は静かに動き出し東から昇り西に降(くだ)り丸く回りだしました。やがてアワウビの中心から一本のアメノミハシラ(天の御柱)が立ち昇り、次にミハシラが二本に裂けてメ(女、陰)とヲ(男、陽)に分かれ、ヲ(男)は清く軽く回って天となり、メ(女)は中心が重く濁って地球となりました。
 メ(女)の気は天の波動によりミツ(水)とハニ(土)に別れ水、土の二つとなり、ヲ(男)の気のウツホ(空)はカゼ(風)を生み、そのカゼも又ホ(火)を生んで、空、風、火の三つを構成しました。オセ(陽背・男)のムナモト(宗元)を火と丸めて太陽とし、イモ(陰妹・女)のミナモト(源)は凝り固まって月となりました。

 このウツホ(空)、カゼ(風)、ホ(火)、ミヅ(水)、ハニ(土)の五元素が混じり合ってこの時初めて人体が生まれました。
 アメナカヌシ(天御中主)とはこの神のことです。アメナカヌシは八方の万国を巡ってヨロコを生み(万子生む、喜ぶの語源)方々に配り置いたので、その子孫がそれぞれの国の最初の先祖となりました。大任を果たした後にアメナカヌシは再び天に帰られたので、天に坐す(まします)私達の先祖の親の意を込めてアメミオヤ神(天御祖神)と称えました。

 この天体の形は巌山(いわおやま)に似ていて、日も月も地球も高い天空に腹籠り(たかまのはら、高天原の語源)している胎児の様な存在と言えます。夜空に輝く星屑は胞(えな)の裏の斑文(はんもん)が透いて見える様子で、天体の彼方のトコシナエ(永久)には八色のヤエニギテ(八重和幣)が八方に立っています。

 天上界にはモトアケ(元元明)と称するヨソコ(四十九)の創造神の種ともいえるミクラ(神座)があります。
 中心のナカミクラ(中御座)にアメノミオヤが坐まして、その外側にミオヤ神を継ぎ足す様に八方の隅には最初にトホカミヱヒタメのアモト八神(天元神)が座しています。その次の方隅(けたすみ)には、アイフヘモオスシ八神のアナレ(天並)神が座しています。最後の方隅(けたすみ)には、各座にタミメ(印相)の三十二(ミソフ)神を配しタミメ彦と呼びます。
 この様に、フトマニ四十九本座図(神勅基兆伝太占書紀参照)は、中心のナカミクラ(中御座)を別格として、モト、ナカ、スエ(元、中、末)の三座から構成され、この他に四十九神に従属して仕えるモノ(鬼)の総数は十六万八千にも及びます。

 幸い私達は人として生を受け生まれ出る時、モトツ神(元本四十九神)を助けるタエモリ(当守役)の意志により人の種が降ろされます。この種を使ってモノ(鬼)等を動員しタマ(魂、霊)を創造して後、タマ(霊)とシイ(魄、肉体)をタマノオ(魂の緒)で結(ゆ)い和(やわ)して人命を授けます。アナレ(天並)神はタエモリ(当守役)の造ったクラワタ(臓腑)とシム(血脈)及びネコエ(音声)を司り守護します。又、タミメの神はタエモリの意向を受けて人相と容貌を造り日夜守ります。

 この様に我が神が、日と月のウル(精霊)を天から降ろして人格神を誕生させる事が解れば、人は益々四十九神にあやかり世嗣の子を得たいと欲するもの。それには先ず目と身体の垢(あか)をそそいでから朝日を拝み、目から直接日月のウルを得て身体が温まり潤った後に男女が交わるが良い。
 この様に心身を清くしてから交われば、オセ(陽背・男)のウルナミ(精液)が流れてイモ(陰妹・女)のタマシマガワ(卵管)を通り、イモ(女)のチ(卵子)と交わりシラホネ(骨格)が出来上って孕(はら)むのである。
 父の白いナミ(精子)と母の赤いアカチ(卵子)とが因み合い受精すると、子宮内では赤白両輪の回転が静かに始まり、それは丁度日と月の運動にも似ています。昼は赤きチ(卵子)が左に昇りて、白きナミが右に降(くだ)り、夜は白が上で赤が下の順に初日は1回転を終えます。翌日は2回転、三日目は3回転と毎日一回転ずつ回転が早まり、一月目には一日に30回転まで増し、六十四日目にやっと極限を迎え1080回転で固定します。この頃になるとやっと緑子(みどりこ、胎児)の姿が備わり初めます。

 因(ちなみ、性交)後のアカ(垢、受精卵)はオノコロ(イサナギ、イサナミが天の浮橋の上から矛で海中を探って引き上げた時落ちた潮が凝った物)に似ています。
 又、えな(胞衣、胎児を包んだ膜と胎盤)の形はカワグルマ(河車・水車)の様で、その心柱は臍(へそ)の緒ともなる天御柱にたとえられ、程よい重さが回転機能を助けています。

 六十四日目以降、日に1回転ずつ遅れて減り始め、やよい(三月、三ヶ月目)には39回転となり、ひな祭りに因んで花を飾ります。
 うつき(四月)の満四ヶ月の頃は、本格的に新緑を迎えて胎児も順調に育ち、さつきさの頃(五月上旬)には、再び元の1回転に戻って妊婦はサツサ腹帯(岩田帯・常陸帯)を巻いて身を浄め胎児の保護に努めます。
 この節になると、ナカクダ(中管、天心柱・へその緒)を通る天の火(ホ)と、たらちね(足乳根)の父母の愛の火(ホ)の三陽(男・オ)の心意気が三陰(女・メ)を引き付けて招き、六つ(睦)のちなみ(因み・性交)の露(羊水)が溢れ出して水の無い、みなつき(六月、水無月)を迎えます。
 六ヶ月目(水無月)からは、直接臍の緒を通じてチシル(浮汁、養分)が胎児に供給され初めて幼体を育てます。この浮汁は体内で煮られて熱を生み五色の埴(はに、土)に変わり、この埴をもってモリノ神(当守役)は、フヅキ(ふみづき、文月、七月)に至ればクラムラ(五臓命門)を造り上げ、ハヅキ(葉月、八月)にはムワタ(六腑)を造ります。ナガヅキ(長月、九月)の表は、顔形三十二相を造り上げ、裏は声の四十八音を定めてアワ四十八神とし、ここで統べてコソムアヤ(九十六紋)が備わり、十二月目に胞衣(えな)を脱いで子が誕生します。

 又ある人に女の子が有ったとしても、世嗣の男子が無い時に何とか得たいと思うならアグリ(天恵)を知ることです。
 先ず身を清潔にし、朝日のウル(日精霊、ヒウル)を全身に受け、その霊気が子宮内に達すればやがてヨルナミ(月精霊)を呼び招いて一体となり回転を初めます。オ(陽・男)は先に早く回るので、オ(陽)がメ(陰)を包み込む際に狭まり、遂にオ(陽)の勢いが勝ってホズエ(突起物、男根)が馳せ出(い)でて、これが緑児(みどりこ)のシジ(花茎、陰茎)となる男子の初めで、つまり男子を得るアグリ(天恵)の法である。

 女子は先に月の霊気(ヨルイキ)が宿って、後にヒル(日霊)を招き入れるので、メ(陰)は早く回りオ(陽)は後に、陰が陽を包み込んでしまいシジ(陰茎)にはならず、タマシマガワ(卵管)の入口にイエリ(女の衿、女陰)を造る。これがメ(女)の初めとなり女子が生まれるのである。

 真に男子が欲しければ、アグリを得る教えを実行して天に世嗣を祈りなさい。我が身を添えて得さしめん。天下を照らすこのアマテル国の諸神諸民は、真に我が御霊(みたま)により祈願成就することを知るであろう。

 我昔し、日輪(ひのわ)に在りて国土を照らせども、人体が備わっていなかったので国民に接して教え導き治める事がかなわなかった。この為両神(ふたかみ、イサナギ・イサナミ)は、我が足乳根(たらちね、父母)となってこの世に招いてくれたゆえ人の身を得て孕め(妊娠)ども、なんと母の胎内に長居し過ぎて、コソム(九十六)月まで父母の心身を悩ませてしまった。そしてやっと生まれたものの、我が教育の為に長年に渡り一日たりといえども父母を安心させる事は無かった。今、我が身は君(天皇)となったといえ、親の恵みに感謝して恩返ししたいと伏して思えば、つまる所子種を得る道を教え広め良く守ることこそが親孝行であり、又我に生を授けてこの世に使わされた天(あま)なる四十九(ヨソコ)神えの恩に報いることにもなる。

 我が命のその源は、トヨケ神(豊受、伊勢外宮祭神)が、カツラギ山(葛城山、奈良県)に登りアメミオヤ(天祖神)を招かんと契りして、ヨコガ(邪魔)の障(さわ)りを除くためヤチタビ(八千回)祈った時、突然太陽のニマ(赤心)が抜きん出て、アマカミ(天神)がヒル(日霊)を分け下し我が心を得ることが出来た。お陰で我は成長し天成る道(帝王学)を知り得た今、朝日の宮(豊受神の陵の上にかつて建てたという社。現・比沼麻奈為神社、ヒヌマナイ、祭神 豊受大神、中郡峰山町、京都府)にトヨケ神を祭り、アメノミオヤ(天祖神)に応えるために世嗣の機(はた)をもってアグリ(天恵)の紋(あや)を織ろう(編集)と思う。
 梭(ひ・織機の緯糸を通す道具)を次々と投げる様に多数の世嗣子を授かるアグリを得るには、朝日を受けて温まった時に男女交われば必ずや子を孕み、イキス(呼吸)、声、ミメ(容貌)と皆備わって子は無事生れ安産となる。」

アマテル神の世嗣祈(の)り得る詔のり

 我が心 招けトホカミヱヒタメの 国は道伸ぶ 器(うつわ)物
招かば(頭)上に 現れて ハタレ(魔王)破れば 障害(さわり)無し
身のすが(潔)なれば 神意(かみごころ) 恵みて花に
果(男子)を得るぞ 伊勢の教えの 天(あめ)に応答(こた)えて

(真に世嗣子を願う者は、我が心を常に招きなさい。このトホカミヱヒタメ八神の国は、道を伸べ弘む神器である。神明は常に国民の頭上に現れ悪魔を破るので障害は無くなる。誰、身を潔斎(けっさい)して祈れば神意が下ってアグリ(天恵)を得、花は果(男子)を得るだろう。)
 「子種を祈り得る我が祝詞言(のりとこと)はこれである。諸民にも広く伝えよ。」この時カスガワカヒコ(春日大社祭神 天児屋根)は立ち出でて、アマテル神の坐す高御座(たかみくら)に向って三礼拝を深々とした後に、慎み深く自分の感動を歌に託して唄い上げました。

カスガワカヒコの世嗣祈(の)る歌

天神(アマ)祈る この手拍手(かしわ)ゆ 音を直(す)ぐ
宿(胎児)るお腹(なか)の 御子(男子)となる この子は真直(ますぐ)
足乳根(たらちね)の 苗(なえ)の世嗣の 皇子(みこ)となりけり

(天に祈る我が拍手の音は、凛(りん)と直すぐに響いて天神に感応し、やがて母のお腹に宿る胎児は御子(男子)と生まれる。この子は素直に育ち、父母の恩に答えて世嗣の苗として立派な皇子になるだろう。)
 かく三度、歌い申せばミホヒコ(大物主三代目ヨロギマロ 子守神)も立ち出でアマテル神に三度拝礼して敬い、己の胸の思いを歌にして申し上げました。

ミホヒコの世嗣祈(の)る歌

子を乞うる 妹背(イモオセ)中に 籠(こもり)く(子)の
子守り育てん 足乳根(たらちね)の神

(子を求める男女の仲(お腹の語源)に籠る子を、私は父母の神になって守り育てよう。)
 この様にミホヒコが三度唄い上げると、ヤスヒコ(葛城麿 ヒトコトヌシの子、勝手神)も立ち上がり三度敬って後、自分の思いのたけを唄い上げました。
安々と 桜の馬場の 緑子(みどり子)を かつ(且つ)手に掛けて
出でや生ません

(順調に育った桜の花咲く馬場の緑子(胎児)を私の手で安全に出産させて上げましょう。)
 この様に三度ヤスヒコが唄い終ると、アマテル神の詔のりがありました。

 「汝ワカヒコ(春日麿)よ、未来永久にアマノコヤネ(天児屋根、天から授かる子を守る屋根となれ)と名にしあえ(名として負い持つ、名乗る)。」
 この時に賜った神璽(オシデ)は春日神です。

 「又、ミホヒコは三十六人もの子宝に恵まれ、全員を大切に養育するその心に感服した。」とのたまい賜った神璽(おしで)は子守神です。

 「又、ヤスヒコは、安々と取り上げ事(出産)を業(わざ)となせ。」とのたまい、この時賜った神璽(おしで)は勝手神です。

 又、諸神に向って詔のりがありました。

 「真に継子を祈願する者は、我が歌と共にコヤネとコモリ、カツテの三歌はいずれも天神に威応する尊い教えなり。万民は子々孫々までも、良くこの歌を教え伝えゆめゆめ忘れることの無き様、日行とすべきなり。」

 この詔のりを最後に、教えに聞き入っていた諸神と諸民は感動と感謝の念にこの場を去り難く、子種得る歌をいつまでも唄い続けていました。
 やがて篝火に火が灯る頃、「子種得る事定まりぬ」と言いつつ、百、千回に及ぶ礼拝の後、皆それぞれ夕闇の彼方へと去っていきました。

 以上が、「世嗣得る祝詞言」(ノトコト)であります。












(私論.私見)