| ふとまに考 |

| フトマニは、和歌体の31文字のウタ128首を本文とする。全宇宙の構成を表した“モトアケ”に準拠して、アメツチ(天地)の動向を察知するために編纂された。アマテルカミの最晩年のころの成立と、前文のある。今日にいう‘占い’、の原初に相当するものである。ホツマツタヱ、ミカサフミの解読において、フトマニの寄与するところは大きい。 |
| フトマニ図 |
トヨケ神(伊勢外宮祭神)が初めてイサナギとイサナミの両神(フタカミ)に天上モトモトアケ(元元明)のサゴクシロ宮に坐す四十九(ヨソコ)神の座席図を五十一文字で表わし授けた。後にアマテル神(伊勢内宮祭神)は、このフトマニ図で吉凶を占おうと考え自ら編集長となり、八百万(ヤオヨロズ)の神に命じ万葉の情を歌に作らせて添削し、その中から百二十八歌を選んで大占(フトマニ)の紀(フミ)を著して占いの元とした。
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| ふとまに解析 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
81. ヲヤマ をやま ヲヤマトノ ミチハスナオニ をやまとの みちはすなおに 大ヤマトの 道は素直に イツワラテ ヒトノコトノハ いつわらて ひとのことのは 偽らで 人の言の葉 ニヱニユクナリ にゑにゆくなり 熟に行くなり 拙訳:大調和の道は、まっすぐで曲りやねじけのないこと。それは人の話す言葉さえ洗練するものである。 『治まる世は 名の聞こえ 人の心端 およそ肥し 表に努め 裏 安む』17文 『"曲松を 退き植え 新木 培えば 直木となるぞ" 親心 細々篤き 調の教え』17文 『兼ねて思えば マス鏡 青人草も 直ぐとなる 人に於けらば 限り無し』17文 『直からざれば 人ならず』13文 『生れ素直に ヤマト道の教えに叶ふ スベラギの八重垣の翁 賜ふ名も ヤマトヲヲコの御魂神』23文 82. ヲハラ をはら ヲノハラハ ミチモツルキモ をのはらは みちもつるきも 大の祓は 道も連ぎも カケサシト モトメサイワウ かけさしと もとめさいわう 欠けさじと 回め 幸う (輪となり) ヲハラサシカミ をはらさしかみ 穢わらさじ神 拙訳:大祓は、家業も世継も損なわせまいと、茅の輪となって幸いをもたらす、穢えさせぬ神。 『セミの小川に 禊して 茅の輪に立たす 六月や 民 長らふる 祓なりけり』10文 『フツヌシの カトリの道を 悉く コヤネに授け 隠れます カシマの道の 奥も皆 コヤネに授く』16文 『皇 罷る 八十四歳 若宮 その夜 喪罷に入り 四十八夜 至り 率川に 禊の輪 抜け 宮に出づ』31文 『(六月)末は尚 暑く乾けば 桃祭 競い 止むれば 一陰 開く 熟瓜・茅の輪に 抜け尽くる 穢の祓ぞ』ミ7文 『六月末は いよ乾き 桃に繁まつる 茅の輪 抜け ヰソラを祓う 六月や』ミ9文 83. ヲキニ をきに ヲノキニノ イサオシオトニ をのきにの いさおしおとに 兄の貴の 功 弟に アルナレハ ヰヱモサカイモ あるなれは ゐゑもさかいも あるなれば 敬も栄も サニソキニケル さにそきにける 下にぞ来にける 不詳。 テルヒコとキヨヒコ兄弟のことを言うか。 『何事も 老民を立てて 新民の 欠けはハラより 償わす 故に万の内 睦じき 兄弟を名づけて "ハラカラ"と 言う本在ぞ』24文 84. ヲチリ をちり ヲノチリノ タミハヒオケス をのちりの たみはひおけす 勢の繁りの 民栄を消す アラソヒノ オトカミタレハ あらそひの おとかみたれは 争ひの 乙が乱れば (副・臣) ヲモヤチルラン をもやちるらん 主や散るらん (君) 拙訳:民の繁栄を損なう臣同士の勢力伸張の争い。副が乱れば主も衰えるだろうに。 『勢の抗の 東・西・南に臣の 争ひも 西・南 長は病めて 抗や和ぐらん』フ19 『勢の鋭りの 争う 充つの 地の殊 君が平へに 引きや散るらん』フ20 『経の抗の 争う臣の 理を 和せば民の 映ぞ来にける』フ35 『繁の抗の 経矛に充つの 争ひも 上が疎かに 肝や潰むらん』フ115 85. ヲヌウ をぬう ヲヌウナル ミハハモスソモ をぬうなる みははもすそも 央 和うなる 御衣は裳裾も (君) (政) (末端までも) ホコロヒス ツウシヨコヘノ ほころひす つうしよこへの 綻びず ツウシ ヨコヘの イトモカシコシ いともかしこし いとも賢し 拙訳:央君の召す御衣は裳裾さえも綻びず。また央君の執る政は末端までも綻びず。 ツウシ・ヨコヘの何とも優れたることよ。 『フトマニ 見れば 方を知る ツウジ・ヨコベを 遣わして 民を乱らば その司 改め代えて 枯れを解く』21文 『描き 真延に 当て写し ツウヂ ヨコヘに 連り分けて 織姫 替さり 踏む時に ヨコヘに分けて ツウヂ 引く』23文 『八十侍の国に ツウヂ 置き モノノベ 経を 教えしむ』23文 『このクニツコに ヨコベ 十人 添えて遍く 道 分きて 清汚臣 アタヒ ツウヂ 経て 直ちに告ぐる』23文 『紋 繁ければ 味 見えず 錦の紋を 織る如く ヨコベ・ツウヂに 経を分け 闇ちの床は 明り 成す』27文 86. ヲムク をむく ヲノムクハ ホコトカカミオ をのむくは ほことかかみお 穢の向くば 矛と鏡を アラカシメ ムカウアタナク あらかしめ むかうあたなく 新かしめ 向う仇なく タタニヲサマル たたにをさまる 直に治まる 拙訳:穢が襲って来たならば、矛と鏡を新たにせよ。 されば向かう仇なく直に治まる。 この解釈が妥当しているとすれば、この歌は崇神天皇の治世以降に作られた可能性が高い。 崇神天皇の時代にはアマテル神は既に世を去っているので、この歌もアマテル神が選したものではなく、 後に入れ替えられた歌ということになろう。 『鏡は民の 心 入る 入れ物なれば ヤタ鏡 ツルギは仇を 近付けず』23文 『イシコリトメの 孫 鏡 アメヒト神の 孫 剣 新に造らせ』33文 『治せざるは 我が心あり 我が裔 オオタタネコに 祭らさば ひとしく平れて 遠つ地も 真に服ふ』33文 『この君は 神を崇めて 穢病 治し 三種宝を 新むる その言宣は 大いなるかな』34文 87. ヲエテ をえて ヲサメエテ トニウルホセハ をさめえて とにうるほせは 治め合て 調に潤せば カモシタウ マシテタミオヤ かもしたう ましてたみおや 上も慕う 増して民をや (臣) ヲエテナツラン をえてなつらん 敬えて懐つらん 拙訳:治め束ねて調和の恩恵を授ければ、臣も心寄せる。まして民は敬って懐いてくるだろう。 『万の政を 聞く時は 神も下りて 敬えば 神の御祖ぞ この道に 国 治むれば 百司 その道 慕ふ 子の如く これも御祖ぞ この子末 民を恵みて わが子ぞと 撫づれば還る 人草の 御祖の心』27文 88. ヲネセ をねせ ヲノネセハ メノマツリコト をのねせは めのまつりこと 男の伸せは 女の政事 オキフシモ ワカヌマヨヒノ おきふしも わかぬまよひの 起き臥しも 分かぬ 迷ひの ヲハネセニケリ をはねせにけり 男は除せにけり 拙訳:男を向上させる(立たせる)のは女の政事。起きてるのか寝てるのかも判らぬ迷男は、棄てるに然るべし。 89. ヲコケ をこけ ヲノコケハ ミチニサマヨウ をのこけは みちにさまよう 央の痩けば 道にさまよう (心) ミノスミカ ワサモヤマイモ みのすみか わさもやまいも 実の澄みが 禍も病も (心) コケヤタスラン こけやたすらん 痩けや治すらん 拙訳:心が衰えば道にさまよう。したがってまた、心を清めることが禍も病も、衰えを治すことになるだろう。 『これ 身の鏡 曇り錆び 奪わるナカゴ 磨かんと ヤタの鏡に 向かわせて 磨く器は 元の守』17文 『央の上れば 曇る鏡も 明からさま 上れずば鼠 猫や噛むらん』フ90 『直の復れば 穢れを咎む 身の病みも 'ほつまに上ぐる 和' や恐れん』フ106 参照:ミヤビ・モトモリ 90. ヲオレ をおれ ヲノオレハ クモルカカミモ をのおれは くもるかかみも 央の上れば 曇る鏡も (心) (魂中心) アカラサマ オレスハネスミ あからさま おれすはねすみ 明からさま 上れずば鼠 (下位者:肉体) ナコヤカムラン なこやかむらん 猫や噛むらん (上位者:精神) 拙訳:心が清まれば、曇る魂中心も明らかになる。 清められなければ肉体の穢れが精神にも及ぶことになろう。 「ヲコケ」とほぼ同じ内容。 『これ 身の鏡 曇り錆び 奪わるナカゴ 磨かんと ヤタの鏡に 向かわせて 磨く器は 元の守』17文 『ナカゴの形 鏡ぞよ 人 見ぬとても 盗むなよ およその人は 知らねども 穢 現るる 元の守』17文 『央の痩けば 道にさまよう 実の澄みが 禍も病も 痩けや治すらん』フ89 『直の復れば 穢れを咎む 身の病みも 'ほつまに上ぐる 和' や恐れん』フ106 参照:ミヤビ・モトモリ 91. ヲヨロ をよろ ヲニヨロノ ココロハウチノ をによろの こころはうちの 大に慶の 心は内の (大いに優れた) (人の内にある) サコクシロ ウツヒトハカミ さこくしろ うつひとはかみ サククシロ 現つ人は神 <その心を> カミハヒトナリ かみはひとなり 神は人なり 拙訳:大いに優れた心は、人の内なるサコクシロ(神の園・天国)である。 よってその心境を実現する人は神である。神は人なり。 『昔 曰くは 人は神 神は人なり 名も褒まれ 満ち逹つ典の 神は人 人 素直にて ほつま 行く 真 神なり』40文 92. ヲソノ をその ヲノソノハ ヤケテアワタノ をのそのは やけてあわたの 峰の園は 焼けて粟田の (高地) (渇いて) トリエアリ ミツトリエネハ とりえあり みつとりえねは 取得 あり 水 取り得ねば [鳥餌] ソノノモエクサ そののもえくさ 繁の萌草 拙訳:高地の耕地は、渇いても粟(鳥餌)の畑にする取得はある。 でも全く水が取り得なければ、鬱蒼たる草叢に帰す。 93. ヲユン をゆん ヲノユンノ マツリヤニワニ をのゆんの まつりやにわに 央の斎の 政社庭に (騎射の節) オソルレト ウマヨリコトノ おそるれと うまよりことの 畏るれど 馬より琴の タミオヒクナリ たみおひくなり 民を惹くなり 拙訳:天の祝の一つである騎射の節は、政殿の庭で開催され、その時には琴の演奏会も行われる。 大きな声では言えないが、主役の馬よりも脇役の琴の方が民を惹きつけるようである。 94. ヲツル をつる ヲニツルノ マツリハハナノ をにつるの まつりははなの 央に連るの 政は端の カニノコリ ヤムマツシサモ かにのこり やむまつしさも 香に残り 病む 貧しさも ヲニヤツクラン をにやつくらん 央にや継ぐらん 拙訳:政というものは中心に端が連られるものであるから、端にも中心の香りが残る。 病む・貧しさ、といった香りもやはり中心のものを受け継いでしまうのだろう。 だから端を見れば中が見えるのである。 95. ヲヰサ をゐさ ヲノヰサノ ミチスミヤカニ をのゐさの みちすみやかに 央の潔の 道 速やかに [心の祓い] ヰサムルハ アクタノチカラ ゐさむるは あくたのちから 諌むるは 散くたの力 (不執着) ヰサハヤノカミ ゐさはやのかみ 諌早の守 拙訳:心を祓い清める道。速やかに心を直し調えるのは、何事にも執着しない "棄てず集めず" の能力。 これを"諫早の守"という。 『欲 離るは 棄てず集めず 技を知れ 宝 集めて 蔵に満つ 塵や芥の 如くなり』13文 96. ヲナワ をなわ ヲノナワノ ユウハサルタノ をのなわの ゆうはさるたの 表の縄の 結うは去る多の (注連縄) ツツマヤカ トリヰニホトオ つつまやか とりゐにほとお 慎まやか 取往に程を (締め) カクルカサナワ かくるかさなわ 掛くる枷縄 拙訳:門の表に縄を結うのは、過剰を除く慎まやか。出入に制限を設ける枷縄。 『撓わなる 万の疑ひ 汚和合して 願ひも満つる 神の注連縄』フ128 97. スヤマ すやま スノヤマハ ムヘモトミケリ すのやまは むへもとみけり 直の熟まば むべも富みけり サチクサハ ミツハヨツハノ さちくさは みつはよつはの 幸草は 三つ花 四つ花の トノツクリセン とのつくりせん 殿造りせん 拙訳:直ぐなる者が直ぐに成長すれば、自然当然に栄えるのである。 幸草(不明)は三つ花・四つ花の殿堂を造るじゃないか。 『心 素直の 人 あらば 我が子の如く 取り立てて 満な足す時は 欲も無し』13文 98. スハラ すはら スノハラノ マツリユタカニ すのはらの まつりゆたかに 清の治の 政 豊かに コトフケハ ハラトウルワウ ことふけは はらとうるわう 寿けば 晴らと潤う [蓬莱] タミソイタケリ たみそいたけり 民ぞ 至けり 拙訳:清の治(キヨヒトの治)の、政が豊かに満ちて実れば "晴ら(蓬莱)と潤う民 (=ほつまの民)" と至り極まるのである。 『二の孕の 宮は宝を 孕ませて 慕うホツマの 民ぞ生みける』フ34 99. スキニ すきに スキニフキ アニカヒサコハ すきにふき あにかひさこは 鋭き 鈍き 兄が瓢は ヨノウツワ オトカナスヒハ よのうつわ おとかなすひは 万の器 弟が茄子は スキニナルナリ すきになるなり 杉に成るなり 拙訳:鋭き(早き)と鈍き(遅き)。 兄(早)の瓢は万の器物。 弟(遅)の小さな茄子は、遂には杉(直ぐな大木)になるのであった。 「痩せ馬の先走り・痩せ馬の道急ぎ」「大器晩成」。 瓢と茄子は形が似る。瓢は大きいが中を繰り抜いて器物とするしか取得がない。茄子は小さいが美味い。 テルヒコとキヨヒト兄弟を暗示しているのかもしれない。 『鈍・均・鋭の 民 現るも 例えば 数の 器物 屑を捨てなで 鈍・鋭を 均し用いん 天の心ぞ』17文 『暗き子も 細かに教え 日を積みて 少しは通る 月を経て 篤く教えば 鈍 去るる』17文 『培えば 十年に直る 萌しを得 三十年 弥々に 伸び栄え 百の旁木 三百の梁 五百は棟木ぞ』17文 『篤き恵みの 緩法を 必ず倦むな 早るなよ 早きハタレに 赴かで』17文 『南の馬は 小さくて 達し熟れ 早く 根が薄く 功 成らず』19-2文 100. スチリ すちり スノチリノ スラレノミツノ すのちりの すられのみつの 下の精りの 擦られの瑞の (地) (騒) (幸) コトフキニ ナテオサマリシ ことふきに なておさまりし 寿に 平で収まりし スチリカミナリ すちりかみなり 捩り神なり 拙訳:地の騒ぎ(地震)の擦られ(往復・揺れ・振動)にも幸いに永らえを得る。 今はおとなしく収まっている "捩り神" である。 101. スヌウ すぬう スニヌウハ ソロマナミツノ すにぬうは そろまなみつの 親に祝うは ソロ 胞衣 見つの (親類) ( 飯 蓮 ) タママツリ メカニウスラク たままつり めかにうすらく 魂祭 隔に薄らぐ カタチヌウナリ かたちぬうなり 形 和うなり (姿形) 拙訳:親族で祝うは、ソロ(飯・子)と胞衣(蓮葉・祖)が再会する魂祭。久しさに薄らぐ面影を思い出すなり。 『(七月) 十五日は上祖と 生魂に 胞衣の蓮食の 陰・陽 合えば 仰ぎ踊りて 気を受くる』ミ7文 『シムの十五日祝 生霊魂 上くる 蓮飯 胞衣が法 仰ぎ踊れば 天気 受くる』ミ9文 『親の寄の 睦みは繁ろの 一回り 胞衣・ソロ 合みて 万の神座』フ123 102. スムク すむく スニムクハ キミハナヤカニ すにむくは きみはなやかに 繁に向くば 君 華やかに タミオコル ノチノワサワヒ たみおこる のちのわさわひ 民 驕る 後の災ひ ステニムクナリ すてにむくなり 既に迎くなり 『木綿・布・絹を 染め飾る これ 為す人は 耕さで 暇 欠く故に 田も粗れて たとひ実れど 乏しくて』23文 『飾りより 驕りになりて 鋭き 図る 果てはハタレの 地 乱れ 民 安からず』23文 『故 汚起りを 容易くに 許せば民も 皆 驕る これよりハタレ 現るる』23文 『十万万年の 寿も ウヒヂニの代は 厳かに 飾る心の 寿も 百万年ぞ』23文 103. スエテ すえて スオエテハ キリヒニサムル すおえては きりひにさむる 垂を得ては 鑽火に侍る (下げ) ヒエアレト ナカレノフネニ ひえあれと なかれのふねに 冷えあれど 流れの船に サオソヱニケル さおそゑにける 棹ぞ得にける 拙訳:"下げ" を得るは、熾し火から離れられない冷えの "下げ" もあれど、 船魂のシマツヒコが得た筏の棹差しもまた "下げ" である。 『船は往にし方 シマツヒコ 朽木に乗れる 鵜の鳥の アヅミ川 行く 筏 乗り 棹差し 覚え 船と成す 』27文 104. スネセ すねせ スノネセハ スヘヤマスミノ すのねせは すへやますみの 添の捩せば 総ヤマスミの (妻) (水埴の源を治める) カミマツレ ツマノミサホモ かみまつれ つまのみさほも 神 祭れ 妻の操も ネタミネセレハ ねたみねせれは 妬み ねせれば (操は伸す) (妬みは寝す) 拙訳:妻がねじけたならば、陰の源を治める総ヤマスミの神を祭るべし。 妻の操は伸し、妬みは寝せれば。 『七名は水埴の 本 領ける スベヤマズミの 神となる』22文 『妹の捩せは 法に溢るる 青侍らや 若女の斜も 燻りなすらん』フ24 105. スコケ すこけ スノコケノ トカメハアルシ すのこけの とかめはあるし 住の痩けの 咎めは主 (生活) メノコケハ ヲコロマツリテ めのこけは をころまつりて 陰の痩けば ヲコロ 祭りて (地) ヰオヤカエラン ゐおやかえらん 庵や返らん [庵屋] 拙訳:生活の低下は主に責がある。 土地が穢れたならばヲコロ神を祭れ。されば居住は元に戻るだろう。 『中つ柱の 根を抱え また四所の 守りも兼ね 共に守れよ』21文 『腹・背・頭 足に従ふ 礎に 敷き座す床を いかすれと オコロの守と 名を賜ふ』21文 『住み寄ろし 兄オコロ 守らば 弟オコロ 片身に代り ひめもすに 宮の高殿の 暗所 中つ柱の 根に住みて』22文 『トシノリタマメ ヤマサ守 オコロの守も 地に纏り 年月日々の 守はこれ』ミ8文 106. スオレ すおれ スノオレハ ケカレオトカム すのおれは けかれおとかむ 直の復れば 穢れを咎む <心の> ミノヤミモ ホツマニアクル みのやみも ほつまにあくる 身の病みも 'ほつまに上ぐる ニケヤオソレン にけやおそれん 和' や恐れん 拙訳:素直さが戻れば、心の穢れを警告する身の病みも、ほつまに高まる調和を恐れて逃げ出すだろう。 「ヲコケ」「ヲオレ」とほぼ同じ内容。 『これ 身の鏡 曇り錆び 奪わるナカゴ 磨かんと ヤタの鏡に 向かわせて 磨く器は 元の守』17文 『ナカゴの形 鏡ぞよ 人 見ぬとても 盗むなよ およその人は 知らねども 穢 現るる 元の守』17文 『央の痩けば 道にさまよう 実の澄みが 禍も病も 痩けや治すらん』フ89 『央の上れば 曇る鏡も 明からさま 上れずば鼠 猫や噛むらん』フ90 参照:ミヤビ・モトモリ 107. スヨロ すよろ スノヨロハ ヲケノトントノ すのよろは をけのとんとの 下の慶は 朮のどんどの [住] カユウラニ ノリユミハシラ かゆうらに のりゆみはしら 粥占に 乗弓奔 ウタウヨロコヒ うたうよろこひ 歌う喜び 拙訳:下界に生きる楽しみは、一月十五日の朮、どんどの粥占、二月の馬祭での乗弓、そしてまた歌う喜び。 『十五日の朝は 霊守食の 小豆の粥に 穢病 除け 笹・朮・とんど 餅 焼きて 粥柱 なす 神現りの 粥フトマニや』ミ7文 『十五日の朝祝ぎ 小豆粥 寒さに破る 腑穢病 清掛 朮に どんど餅 穢 去る 神現り』ミ9文 『二月は 陰陽 ほぼ和し 萌し 生う 種 浸し 祭る 稲荷神 乗弓 開き』ミ7文 『二月や 駆射 試み 馬祭』ミ9文 108. スソノ すその スノソノノ モモオタマワル すのそのの ももおたまわる 精の園の 桃を賜る (日本) ニシノハハ コヱタノシミノ にしのはは こゑたのしみの 西の母 交 楽しみの [越] フカキコトホキ ふかきことほき 深き寿 拙訳:精の園(日本)の桃を賜る西の母。越国に交わす楽しみ(姉妹の契り・教えの授受・贈品の交換・国交)の深き慶び。 『ウケステメ 根の国に来て タマキネに よく仕ふれば 実に応え ココリの妹と 結ばせて 和の道奥 授けます』15文 『喜び帰る ウケステメ コロヒン君と 因み合い クロソノツモル 御子 生みて 西の母上 また来たり』15文 『その返えに 三千実の桃を 賜われば "花見の桃は 稀なり" と 国苞になす』24文 『ココリ姫 紋に織り和す 鳥たすき 天に捧げて また西の 母が土産と 世に残る』24文 109. スユン すゆん スノユンハ キノウツタマト すのゆんは きのうつたまと 清の斎は 貴の現魂と (陽・男) ミノハコト カハイヨコマオ みのはこと かはいよこまお 卑の地心と 庇い 汚曲を (陰・女) キワムホキナリ きわむほきなり 清む祝なり 不詳。 110. スツル すつる スノツルノ ヒトヲハシモニ すのつるの ひとをはしもに 垂の尽るの 一陽は十一月に (冬の至り) メクリキテ ミツノネカヒノ めくりきて みつのねかひの 巡り来て 充つの願ひの (地) ハルヤキヌラン はるやきぬらん 春や来ぬらん 『"ヱ" の嘗は北に 十一月の中 一陽を招けば 傾神 舵を北に率き 日を迎ふ この初嘗は 今の宣 九星 祭りて 陽回りに 黒豆飯の 力 添ふ』ミ7文 『"ヱ" は陰の三つの 一陽神 日の充ち 繁々げ 北に返す 一陽 伏せても 天地 地幸 "ト" の神をして 初嘗会』ミ9文 『垂に祝うは 陽回り 備う 御祭 栄ゆりの胞衣の 神ぞ斎みける』フ117 111. スヰサ すゐさ スノヰサハ キリソメノキオ すのゐさは きりそめのきお 住の潔は 伐り初めの木を (住いの祓) ナカハシラ カミハカシキノ なかはしら かみはかしきの 中柱 神は赤白黄の <バサラの> ユウニヰサメテ ゆうにゐさめて 木綿に斎めて 『木を伐るは キヤヱの日 好し 手斧初め ネシヱ 礎 柱立て 中・隅柱 南 向き 北・東・西 回り立つ』21文 『先ず掃法は 地を平らし 赤白黄の木綿を 中に立て』21文 112. スナワ すなわ スノナワノ ウムタマノヲノ すのなわの うむたまのをの 垂の縄の 膿む魂の緒の (貧の連続) ホシナレハ アメノマツリモ ほしなれは あめのまつりも 欲なれば 天の政も ホシヤウムラン ほしやうむらん 欲や生むらん 拙訳:貧の連続によって、膿んだ魂の緒が起こす欲であるのだから、 天の政(中央の政治)の良し悪しも当然、欲の原因と成り得る。 113. シヤマ しやま シノヤマハ タオウケモチノ しのやまは たおうけもちの 繁の山は 饒ウケモチの (ソロ) (稲荷神) ヤツミミモ カセウホツミモ やつみみも かせうほつみも ヤツミミも カセウ ホツミも (敬い・祭) チカラモルナリ ちからもるなり 力 守るなり 拙訳:二月と四月の稲荷神の祭、六月十六日の嘉祥の祭、八月一日の穂積の祭、いずれも豊饒の力を守る祝なり。 『二月は 陰陽 ほぼ和し 萌し 生う 種 浸し 祭る 稲荷神 乗弓 開き』ミ7文 『(四月)半ば 早開き 祭る 稲荷神 末は葵の 夫婦祭』ミ7文 『先に五月雨 六十日 降り 稲苗 みもちに 傷む故 告ぐる ヲシカ人 穢直りの祓ひ "カセフの祭" なす』31文 『十一年 叢雲 蝕虫を 付くれば 君の 自らに祓 "カセフの祭" なす 故 甦り 瑞穂 充つ よりて "果実の祭" なす』31文 114. シハラ しはら シノハラハ カミノフシミノ しのはらは かみのふしみの 繁の原は 神の伏しみの (葦原) (二神) タマクシオ アミノメクミノ たまくしお あみのめくみの 魂奇を 編みの恵みの (織り込む) ミヤコタツナリ みやこたつなり 都 建つなり 拙訳:葦原は、二神の籠める尊き真心を編み入れて、天地を恵む中軸(都)が建つのである。 『"豊葦原の 千五百秋 瑞穂の田 あり 汝 行き 領すべし" とて 経と矛と 授け賜る』23文 『経はヲシテ 矛は逆矛 二神は これを用ひて 葦原に オノコロを得て ここに下り 八紘の殿と 中柱 立てて恵れば 央州 徹る 真の 調の教え』23文 『かくぞ実心 尽し 以て 民も気安く 成す国を オノコロ州と 名付くなり』18文 『千五百の葦も 皆 抜きて 田となし 民も 賑えば ヰヤマト 徹る ヤマト国』23文 『八一の謂は 中の "ヤ" となる "シのハラ" は 母と孕める "ヤ" の局 内侍は中の 位なり』27文 115. シキニ しきに シノキニノ トホコニミツノ しのきにの とほこにみつの 繁の抗の 経矛に充つの (「くに」 を導く枕詞) アラソヒモ アニカオロカニ あらそひも あにかおろかに 争ひも 上が疎かに (君) キモヤツムラン きもやつむらん 肝や潰むらん (臣) 拙訳:国守(臣)同士による勢力抗争も、君が疎かに放置するならば、 政の要(臣)は、潰し合いによって失われてしまうだろう。 『経はヲシテ 矛は逆矛 二神は これを用ひて 葦原に オノコロを得て』23文 『五腑六臓も 地の道 中臓は君ぞ 肝は臣 脾は民よ 肺 垣 腎は平らす 腑 副手』17文 『勢の抗の 東・西・南に臣の 争ひも 西・南 長は病めて 抗や和ぐらん』フ19 『勢の鋭りの 争う 充つの 地の殊 君が平へに 引きや散るらん』フ20 『経の抗の 争う臣の 理を 和せば民の 映ぞ来にける』フ35 『勢の繁りの 民栄を消す 争ひの 乙が乱れば 主や散るらん』フ84 116. シチリ しちり シノチリノ ソシリモウソト しのちりの そしりもうそと 繁の塵の 謗りも嘘と オモヒクサ モノヌシナラテ おもひくさ ものぬしならて 思ひくさ モノヌシならで [カ] (オオナムチ) モノヤチルラン ものやちるらん モノや散るらん (モノノベ) 拙訳:"我が繁栄など塵の如きなり" という自己卑下も嘘とは思うが、 くやしいけれども、実際オオナムチの他にモノノベを束ねられる者はないだろう。 『出雲八重垣 オホナムチ 満つれば欠くる 道理か 額を 玉垣 内宮と これ 九重に 比ぶなり』10文 『築く九重 玉垣の 内つの宮に 比べ越し』ミ逸文 『卑の連の 末々に潤す ヲウナムチ 宮も肺も 噤みしの華』フ62 『またミカツチは かしま 直ち '稜威を現す モノノベ'の 灘 和らに 戻すより 賜ふ守部は カシマ守』10文 117. シヌウ しぬう シニヌウハ モマワリソナウ しにぬうは もまわりそなう 垂に祝うは 陽回り 備う [霜月] ヲンマツリ サユリノヱナノ をんまつり さゆりのゑなの 御祭 栄ゆりの胞衣の (新嘗祭) カミソウミケル かみそうみける 神ぞ斎みける 拙訳:霜月に祝うは、陽の巡り(一陽来復)が備わる新嘗祭。 栄えの基の神を尊ぶのであるぞよ。 『十一月の中 一陽を招けば 傾神 舵を北に率き 日を迎ふ この初嘗は 今の宣 九星 祭りて 陽回りに 黒豆飯の 力 添ふ』ミ7文 『"ヱ" は陰の三つの 一陽神 日の充ち 繁々げ 北に返す 一陽 伏せても 天地 地幸 "ト" の神をして 初嘗会』ミ9文 『垂の尽るの 一陽は十一月に 巡り来て 充つの願ひの 春や来ぬらん』フ110 118. シムク しむく シノムクハ カメモヒツキモ しのむくは かめもひつきも 繁の向くは 亀も日月も チヨニメノ カカヤクハナノ ちよにめの かかやくはなの 千齢に見の 輝く華の (千年に一度見る) コロヤムクラン ころやむくらん 頃や向くらん 拙訳:運が回って来るというのは、長命の亀でも永遠なる日月でも、千年に一度という輝きの華を言うのであり、 倦まず弛まず地道な努力を連ねる中に、忘れた頃に回って来るものである。 『人法も 十年 ほぼ均る 三十の梁 五十は棟木の 功も 篤き恵みの 緩法を 必ず倦むな 早るなよ』17文 『例ひ落ちても な恨めそ 陰の忠 なせ この芽 出る 故はアスカを 落ちた時 忠を忘れず この故に 御孫に召され 忠 なせば 遂に鏡の 臣となる』28文 『繁の連るは 仕え尽くして 一日の 月 満つ頃の 栄ゆに会うなり』フ126 「シツル」とほぼ同義。 (※ 亀や日月が千年に一度見るという華に関しての記述は他所には見出せていない。) 119. シエテ しえて シオエテハ ヲキナカアミニ しおえては をきなかあみに 親を得ては 翁が網に (縁) (シホツツ) ケヰノカミ アニシラヒケモ けゐのかみ あにしらひけも 契の神 兄 シラヒゲも チヱテヤワナリ ちゑてやわなり 鉤 得て 和 成り 拙訳:シホツツの翁に縁を得て、その堅網に運が開けて "契の神"。 その兄も鉤を取り戻して親睦が成る。縁とは奇なるものよ。 『骸をイササワケ宮 "契の神" 故は翁に 契を得て 恵り 開ける 鉤を得たり 門出の契ぞ 膳は』27文 『"我 長く 弟の駒して 糧 受けん" ここに許して 迎ひ船 宮に帰りて 睦みてぞ去る』25文 120. シネセ しねせ シノネセハ ムシハムハハカ しのねせは むしはむははか 繁の萎せは 蝕む病が (ソロ) ハヤカレカ ミツヤウラミテ はやかれか みつやうらみて 早枯か 瑞や恨みて シネセアムラン しねせあむらん 垂稲 編むらん (束ぬ) 拙訳:稲の衰弱は、ミモチ病による早枯れだろうか。 瑞穂を恨みながら倒れた稲を刈り束ねることだろう。 121. シコケ しこけ シノコケノ ハトノマハケテ しのこけの はとのまはけて 直の倒けの 曲の捩化けて (曲りの捩れ化けて) ノトヤトツ ユヒネツノフム のとやとつ ゆひねつのふむ 和や絶つ 忌ひ・祈づの踏む (調和) アミリタオシレ あみりたおしれ 炙り・養を知れ 拙訳:直の喪失である曲りが、拗じ化けると心身の調和を絶つ。 こんな時は "忌"と"祈" の持つ効能を知りなさい。 『ハタレとは 天にも居らず 神ならず 人の拗けの 研ぎ優れ 凝り熟て 六つの ハタレ 成る』8文 122. シオレ しおれ シノオレハ メクミアラワシ しのおれは めくみあらわし 父の在れは 恵み 現し カノオレハ メカオツクシテ かのおれは めかおつくして 母の在れは 冥加を仕して (=恵) アノクタラナリ あのくたらなり 老退く父母なり 拙訳:父の存在は恵みを現し、母の存在はその恵みを子に尽くす。 そして老いては去って行く父母なり。 『天より慈き 地に編みて 連なり育つ 子の例 父の恵みは 頂く天 母の慈し 和する埴』16文 123. シヨロ しよろ シノヨロノ モスミハソロノ しのよろの もすみはそろの 親の寄の 睦みは繁ろの (親の十五日祝) (年) ヒトメクリ マナソロアミテ ひとめくり まなそろあみて 一回り 胞衣・ソロ 合みて ( 蓮 飯 ) ヨロノカンクラ よろのかんくら 万の神座 拙訳:生けるも罷るも親族が集まる盂蘭盆の親睦は年の一周り。 蓮の葉と飯を合せて各家に神座が設けられる。(蓮の葉が神座となる) 『(七月)十五日は御祖と 生霊に 胞衣の蓮食の 陰陽合えば 仰ぎ踊りて 気を受くる』ミ7文 『シムの十五日祝 生霊魂 上くる 蓮飯 胞衣が法 仰ぎ踊れば 天気 受くる』ミ9文 『親に祝うは ソロ 胞衣 見つの 魂祭 隔に薄らぐ 形 和うなり』フ101 124. シソノ しその シノソノハ ツキノコマヒク しのそのは つきのこまひく 聳の園は 月の駒 引く (シナノ) マメヤカモ ヰモカメクミノ まめやかも ゐもかめくみの 豆夜明も 陰が恵みの (月の夜霊波) カテヤアツラン かてやあつらん 糧や充つらん (芋) 拙訳:信濃の国からは、八月十五日の望月が馬を牽いてくる。 九月十四日の豆名月にも、月の夜霊波に実る芋(坂井芋?)を持って来てくれるだろう。 参照: 名所・旧跡を訪ねて ― 駒の里・望月 ― 『日潤に生ゆる 潤の繁は 潤田の具え 夜潤波に 生ゆる和菜は 畑の種』15文 『八月 中 三陰に磨ぐ月 芋の子の 多を祝いて 九月は 大年 告げる 菊の御衣 襲 菊・栗 一夜御酒 小望月には 豆を供ふ』ミ7文 『八月 中より 三陰の磨ぐ 熟小望月 芋果月 九月 満きの 菊 咲き 大年 菊の 散 綿子 ささげて祭る 栗見酒 十五日前 祭る 朗月 豆夜明宴 香味踊り』ミ9文 125. シユン しゆん シノユンハ アラヤウフヤノ しのゆんは あらやうふやの 垂の斎は 新屋・産屋の オソワレモ ヒキメカフラノ おそわれも ひきめかふらの 襲われも 蟇目鏑の シユンナスナリ しゆんなすなり 清弓なすなり 拙訳:垂の斎(衰の勇め)は、新屋・産屋での物の怪の障りも、蟇目鏑の清弓を放ちて祓うなり。 『"渡座を 民も祝ふに 情けな" と ハハ矢を射れば シナトベに 吹き払ふ時 道を向ひ 共に入ります』21文 『ホタカミは 臍の緒 切るも ハラの法 モノヌシ 鳴らす 桑の弓 ハハ矢 蟇目ぞ』26文 参照:桑の弓 126. シツル しつる シノツルハ ツカエツクシテ しのつるは つかえつくして 繁の連るは 仕え尽くして (成果) ツイタチノ ツキミツコロノ ついたちの つきみつころの 一日の 月 満つ頃の フユニアウナリ ふゆにあうなり 栄ゆに会うなり 拙訳:結果というものは、仕え尽くした末についてくる。 月の初めの尽力は、月の末頃に成果となって現れる。そういうものである。 『人法も 十年 ほぼ均る 三十の梁 五十は棟木の 功も 篤き恵みの 緩法を 必ず倦むな 早るなよ』17文 『例ひ落ちても な恨めそ 陰の忠 なせ この芽 出る 故はアスカを 落ちた時 忠を忘れず この故に 御孫に召され 忠 なせば 遂に鏡の 臣となる』28文 『繁の向くは 亀も日・月も 千齢に見の 輝く華の 頃や向くらん』フ118 127. シヰサ しゐさ シノヰサハ ツマノモカリオ しのゐさは つまのもかりお 垂の勇は 妻の殯を (死の諌) ミクマノノ カミノヰサメノ みくまのの かみのゐさめの 穢隈野の 神の諫めの アシソヒキケル あしそひきける 足ぞ退きける 拙訳:弱気の勇め... 妻との別れに耐えられず追って行くイサナギ。 しかしクマノ神の死して尚の諌めに、足を退くのである。 『イサナギは 追ひ行き 見まく ココリ姫 "君 これ な見そ" なお聞かず』5文 『その夜また 神行き見れば "要真 容れず 恥 見す 我が恨み 鬼霊 八人に 追わしむる"』5文 『黄泉辺境 言立す イサナミ 曰く "麗しや かく為さざらば 千頭を 日々に縊らん" イサナギも "麗しや 我 その千五百 生みて誤ち 無き事を 守る"』5文 『別れ惜しくど 妻送る 夫は行かず 行けば恥 鬼霊に追わす 善し悪しを 知れば足引く ヨモツ坂』5文 『イサナミ 曰く 誤たば 日々に千頭 殺すべし イサナギ 曰く 麗はしや 千五百の頭 生まん とて 生みて教える トの道を 受けて治むる 千五百村 トの道 徹り 大年の 瑞穂 得るなり」』23文 参照:言立ち 128. シナワ しなわ シナワナル ヨロノウタカヒ しなわなる よろのうたかひ 撓わなる 万の疑ひ (曲り) カニナシテ ネカヒモミツル かになして ねかひもみつる 汚和合して 願ひも満つる (他動詞) カミノシメナワ かみのしめなわ 神の注連縄 (締め縄) 拙訳:曲り・惑いである疑いの心で神に祈っても願いは決して叶わない。 祈る者の心を勘案し取捨選択するのが締め縄である。 『表の縄の 結うは去る多の 慎まやか 取往に程を 掛くる枷縄』フ96 |