ホツマ伝え原文はホツマ文字で書かれている。ヲシテ文字とも云う。ホツマ文字は、 ひらがな・カタカナでもない。ひらがな・カタカナの原語とも云うべき図象古文字である。漢字が伝来する前、日本には固有の文字として日本古来の大和言葉とも云うべきホツマ文字が存在していた。この文字を使用して記された三大書として、「ホツマツタヱ」、「ミカサノフミ」、「フトマニ」がある。成立した年代は紀元前約7世紀、縄文時代〜古墳時代にかけて記されたとも、西暦126年に作成されたと云われる。この三大書は700年代(奈良時代)に完成された「古事記」や「日本書紀」などの漢字文献と比較研究された結果、「ホツマツタヱ」がこれらの原本だということがわかってきた。
現代日本語のひらがな、カタカナは「あいうえお」などの50音で構成されているが、ホツマ文字では48音である。欠けている2音は「やいゆえよ」の「い」「え」である。ホツマ文字は言葉を霊的な存在としてみなしており、ホツマ文字の48音に一つ一つに神的な意味が込められている。これは、宇宙天地の五元素としてのウツホ(空)、カゼ(風)、ホ(火、日)、ミヅ(水)、ハ二(土、埴)を五母音のアイウエオに形採(象、かたど)って一方の列とし、子音(アカサタナハマヤラワ)を他方の列として組み合わせることによって成り立っている。ホツマ文字48音のそれぞれが宇宙天地の作用の一つづつを音韻化しており、それを図象化している。始まり「ア」は父・天の意であり、終わりの「ワ」は母・地の意であり、その間に46音字が格納されている。ここにホツマ文字48音の言霊性が宿っている。これにより、ホツマ文字48音は非常に規則正しく構成された表意文字になっている。これを言霊思想と云う。これを五七調の和歌文体で表現している。この日本母語が日本文化の基底を為している。
「ホツマツタヱ」の「アワの国」章の一説に次の歌がある。
| 二神(ふたかみ)の おき局(つぼ)に居て 国生めど 民(たみ)の言葉の 悉(ふつ)曇(くも)り これ直さんと 考えて 五音(いね)七道(ななみち)の アワ歌を 上(かみ)二十四(ふそよ)声 いざなぎと 下(しも)二十四(ふそよ)声 いざなみと 歌い連ねて
教ゆれば 歌に音声(ねこえ)の 道開け 民の言葉の 整えば 中国(なかくに)の名も |
これによれば、いざなぎといざなみが政事をしようとしたときに、人心の乱れが言葉の乱れを招いていると考え、これを正そうとして「アワの歌」が作られたということになる。これにより国が治まり、それにちなんで国の名前も淡(あわ)の国とし、彼らの功績を讃えた。これ転じて「近江」となった云々。実際、この地にホツマ三書は保存されていた。
今なぜホツマ文字なのか。永らく一般には認知されることのなかった「ホツマツタヱ」ですが、近年それに関する関心が高まりつつある。さまざまな場面で日本らしさの再評価が進む現在、「ホツマツタヱ」が語る古代日本の豊穣な「あめなるみち(天成る道)」、「やのきまり」哲理、世界観が、真逆に発達した文明の閉塞を照射しつつある。 |