上祐史浩のパワ―スポット論その3

 (最新見直し2010.05.19日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「上祐史浩のパワ―スポット論」を確認する。「」その他参照。

 2010.05.22日 れんだいこ拝


【福岡の寺社:宗像大社他】
 「パワースポット・聖地ご紹介第25回/福岡の寺社:宗像大社他 」。
 お勧めのパワースポット・聖地の第25回は「福岡の寺社」です。世界遺産の宗像大社をはじめ、弘法大師ゆかりの鎮国寺、織畑神社などをご紹介します。まず、①文献等からこれらの福岡の寺社・聖地をご紹介し、その後に、②私たちが実際に、これらの福岡の寺社を参拝した時のレポートをご紹介します。そして最後に、③福岡の寺社を含めたひかりの輪のパワースポット・聖地巡りの思想や、聖地巡りの際に行うと心身の健康に良いヨーガ歩行瞑想に関する記事をリンクして、ご紹介します。
●文献からの福岡の寺社ご紹介
●宗像大社(むなかたたいしゃ)について(同社HPより)
◎ご祭神

 宗像大社には天照大神の三柱の御子神を祀っています。三女神の名前は 田心姫神(たごりひめのかみ:大日如来)、湍津姫神(たぎつひめのかみ:釈迦如来)、 市杵島姫神(いちきしまひめのかみ:薬師如来)と申し上げ、田心姫神は 沖津宮(おきつぐう)、湍津姫神は 中津宮(なかつぐう)、市杵島姫神は 辺津宮 (へつぐう)におまつりされており、この三宮を総称して「宗像大社」と言います。
◎由緒とご祭神

 沖ノ島の「沖津宮(おきつぐう)」、筑前大島の「中津宮(なかつぐう)」、宗像市田島の「辺津宮(へつぐう)」の三社を総称して宗像大社と呼ばれています。沖ノ島は本土から約60キロのところにある。三社にはそれぞれ次の女神を祀り、宗像三女神(宗像三神)と総称されています。
沖津宮 おきつぐう 田心姫神(たごりひめのかみ)
中津宮 なかつぐう 湍津姫神(たぎつひめのかみ)
辺津宮 へつぐう 市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)

 宗像の地は、中国大陸や朝鮮半島に最も近く、外国との貿易や進んだ文化を受け入れる窓口として、重要な位置にありました。 日本最古の歴史書といわれる「日本書紀」には、「歴代天皇のまつりごとを助け、丁重な祭祀を受けられよ」との 神勅(しんちょく)(天照大神の言葉)により、三女神がこの宗像の地に降りられ、祀られるようになったことが記されています。
◎三女神は宗像大社の高宮祭場に降臨されたという。沖ノ島と並び最も神聖な場所とされている。

 古代祭祀の姿を今に伝える、全国でもまれな祭場
◎沖ノ島について

 沖津宮が祀られている沖ノ島は、九州と朝鮮半島とを結ぶ玄界灘のほぼ中央にあります。また、女性はこの島には渡れず、今でも古代からの風習をそのまま守り続けている神の島でもあります。この島からは、鏡、勾玉、金製の指輪など、約十万点の貴重な宝物が見つかり、そのうち八万点が国宝に指定されています。これらの宝物は国家の繁栄と海上交通の安全を祈るために、神様にお供えされたものです。その内容や遺跡の規模の大きさなどからも、沖ノ島は「海の正倉院」ともいわれています。この神宝は、辺津宮にある神宝館(しんぽうかん)に所蔵、展示されています。

 近年、沖ノ島を世界遺産にする運動が起こり、2009年に沖津宮・中津宮・辺津宮及び沖津宮遥拝所と沖ノ島全体を含めて宗像・沖ノ島と関連遺産群の構成遺産として世界遺産暫定リストに追加掲載されています。
◎宗像の名前の由来

 名前の由来がたくさんある中で、大きな説は 身体の胸や肩に入墨をしていた海人族だったことからきている説この宗像地区の辺りが沼や干潟だったことから、空潟、沼無潟(むなかた)と呼んだ説。
 ●鎮国寺について(同寺HPより)

 弘法大師(空海)は、第16次遣唐使船で唐に渡航中に大暴風雨に遭遇した際、海の守護神宗像大神をはじめ諸仏菩薩に祈誓を込めたところ、波間に不動明王が現れ、右手に持った般若の利剣で波を左右に振り払い、暴風雨を静め、無事唐土に着くことが出来ました。

 首都長安(西安)において、青龍寺の恵果阿闍梨から真言の秘法を授かり、大同元年(806)に帰国した弘法大師は、まず宗像大社に礼参しました。その時、屏風山に瑞雲(紫色や五色の珍しい雲)がたなびくのを観て、奥の院岩窟において修法を始めたところ、「この地こそは鎮護国家の根本道場たるべき霊地」とのお告げを聞き、一宇を建立し、屏風山鎮国寺と号しました。

 「真言秘密の大法を伝え得たるは、危難をお救い下さった不動明王のお蔭に他ならず」と謹刻し祀られたのが、現在護摩堂に安置されている不動明王立像です。

 また、宗像三柱の御本地仏として、大日如来、釈迦如来、薬師如来の三尊を刻み、本尊と定められました。この本堂に安置されている五仏の残り二つは、阿弥陀如来と如意輪観音菩薩です。

 宗像地区に許斐(このみ)山がある。この神社の神で許斐権現が阿弥陀如来の姿をかえて現れたところから、阿弥陀如来を祭っている。 宗像地区に鐘崎の鐘ノ岬にある織幡神社には如意輪観音様が姿を変えてあらわれた。このようにこれらの五仏は宗像地区を守られている神様なので、鎮国寺ではお祭りしている。
●福岡の寺社の参拝レポート:2011年4月4日

 

 2011年4月4日は、ひかりの輪として、福岡では初めての聖地巡礼です!!玄界灘に面した福岡地方は、遙か昔、中国大陸や朝鮮半島からの文化を取り入れるために国の玄関口とし て要所であった場所ですので、貴重な遺跡や重要な神社仏閣なども多く、それほど足を延ばさなくても見どころがたくさんあることがわかり、今回の巡礼が可能 となったのです。


 まず、福岡連絡所からほど遠くないところに宗像(むなかた)市があり、宗像大神を祀る神社の総本宮である宗像大社があります。 宗像三女神(さんにょしん)の一柱、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)が弁財天と習合しているため、弁財天の総本宮ともいえる神社です。
 
 予報に反して快晴の天気に恵まれ、大社への道のりを運転していると、美しい川と田畑、開けたのどかな風景、桜や菜の花が目に飛び込んできました。そのなんと美しいことか!奈良・明日香地方に似たのどかさと大陸的おおらかさを感じ、すっかりこの地が好きになってしまいました。運転していたので、写真を撮れなかったのが残念でした。なお、巡礼地の解説は、同じ「むなかた」の名をいただく宗形さんです! この神社にはとても興味をもっていたそうです。

 宗像大社は天照大神から生まれた三女神をお祀りしているからでしょうか、今まで回った神社とは違った雰囲気を感じました。なんとも柔らかい、優 しい波動と、天女が天上から人間界をドームに包んで守っているような雰囲気でイメージは白。

 本殿参拝の後には、境内で最も神聖な場所とされている高宮斎場に向かいました。小道を歩きはじめると、「鎮守の杜」という言葉が浮かんできたの ですが、看板に「鎮守の杜の道」と書いてありました。何とも清々しい場所です。※小道から見えた玄界灘 

 この杜全体も、えもいえぬ静けさと包み込まれるような安らぎ、優しさが感じられ、ずっと居続けたい居心地の良さを感じました。祈りと瞑想の空間 のようにも思いました。宗像大神が降臨される場所です。

  宗像大神と水の神といわれる弁財天さまに、このたびの東日本震災での被災地が早く復興されるよう、また、水の神のご加護をお祈りいたしました。なお、mixi をご覧になれる方は、 
http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000016751017&owner_id=10465321
 
でアルバムがご覧いただけます。 

 

  こうして宗像大社を後にして、次は鎮国寺に参りました。唐から帰った弘法大師空海が護国鎮護の啓示を受けて建立したお寺です。

 http://www.joyus.jp/hikarinowa/pilgrimage/20114/003544.html

 この時代に、この地に密教がおろされたのです。本堂には法輪のモチーフがありました。本堂の奥には空海が瞑想された奥の院があります。途中にはいくつもの石仏が配置され、梵字が彫られた石もありました。霊場と位置づけられただけあって、祈りと深い瞑想に適した独特の雰囲気があります。

  ※右の岩窟が空海が瞑想したところ

 空海はこの岩窟の中で瞑想し示唆を受けたといわれます。 水も電気も何でもすぐ手に入る現代ですが、狂ったはかりを正すためにも、時々はこのような孤独な環境を模擬的にでも作り出す必要があるのではな いかと思いました。


 続いて、織幡神社に参りました。
 http://www.joyus.jp/hikarinowa/pilgrimage/20114/003744.html

 今回の巡礼では、天気予報に反して、雲一つないほどの快晴に恵まれたことはたいへん有り難いことでした。織幡神社は玄界灘を見下ろす小山の上に ありますが、ここについた時、真っ青な空と海の青さに皆さん歓声をあげていらっしゃいました。

 

 自然の力に畏敬の念を持ち、海・山、そして岬にも神霊を感じて航海安全を「ちはやぶる神の岬」として祈ったという記述がありました。

 

 鳥居をくぐって本殿までの階段を上っていると眼下に広がる港や青い海が見えて来ました。防潮林もありましたが、東日本大震災での大変な被災地の 光景がちらちらと頭に浮かんできました。自然の織りなす様々な現象には人の手が加えられないものですが、時に猛威となる様をみて、人は天空や自然そのものに偉大なる力を感じて畏怖と祈 りをささげたのでしょうね。

 今回は水の神・弁財天とも習合する宗像女神をお祀りする宗像五社の参拝だけに、水の災厄からのご加護、大震災で亡くなられた方々のご冥福と被災 された方々の一日も早い安らぎをお祈りしながらの巡礼でもありました。 このあまりにも美しい海を見ながら、皆さん、思い思いに散策や瞑想をしていました。

 そして、いよいよフェリーに乗って神湊(こうのみなと)から10㎞離れた大島へと渡ります。雲一つない晴天と書きましたが、強風に雲は吹き飛ばされてしまったようです。海面は大きくうねり、船は激しい上下動を繰り返していました。 私は甲板にいたのですが、横風で傾くと放り出されてしまいそうで怖かったですね。大島遠景は撮っておかねばならないので、何度かシャッターを押しましたが、何度撮っても景色が傾いている。カメラを30度くらい傾けて、やっと まともな写真が撮れました。大島に近づくと、宗像大社の中津宮が見えてきました。この島をあらゆるものから守っているように見えます。このフェリーで島と九州本土を行き来している方々も、この鳥居を見てほっとするのではない でしょうか。女神さまの懐に入っていくような安堵感と来るものすべてを受け入れてくれるような優しさを感じました。この感覚は今日の巡礼を貫いていたよ うに思います。 今まで色々な寺社に赴きましたが、宗像大社には独特の印象を持ちました。優しさ・受容・静けさ・母性・軽さ・明るさ・柔らかさ。男性的な強さを持つ諏訪大社とは対照的に感じました。

 

 さて、いよいよ中津宮に参拝です。大島の玄関口でみんなを迎えてくださっているような宗像大社の中津宮。鳥居をくぐって後ろを振り返ると青い海。鳥居から拝殿に続く長い階段までの吹き抜けがエネルギーの通り道を作り、よどまない清々しさを醸し出しています。こういう作りは寺社に多いですが、神々しいものに向かっていくことを上へ登る階段で表しているのでしょうか。この所作が心理的にも敬虔な意識を作り出すのでしょうね。 

※拝殿※ご神木の大銀杏。拝殿で参拝させていただき、脇にある天の真名井(あめのまない)という霊泉に降りていきます。※天の真名井※天の川。天の川あたりの微細な静けさと優しさは例えようがなく、精気にあふれていてここに浸っていると心身が元からリフレッシュされるように感じました。そして、何かの存在を感じる独特の雰囲気なのです。明るく軽い霊気。

 そうそう、精霊がいるような、天女さまが舞い飛んでいるように感じられました。すると視界に白いものが見えるように感じられ、シャッターを押してみると、羽衣のような白い帯が写ったり、水の流れ出るところにも白っぽいものが写っていました。※白い帯が写った

 個人的には瞑想してみたい空間でした。とにかくここの雰囲気は特別でした。ものすごく好きな空間でした。それから、このお水のまろやかさといったら!他に類をみないものでした。

 続いては、いよいよ神の島・沖ノ島を遙拝する沖津宮遙拝所へ向かいました。沖ノ島は女人禁制で、通常、一人の神官しか入れない神域ですので、ここから遙拝するのです。※ここから遙拝します小高い丘からめを凝らすと・・・。 「見えた! 沖ノ島」 みんなで確認し丘を降りたところで、宗形さんから再度、招集が。 なんと、それは沖をゆくタンカーだったのです。もう一度、目を凝らすと、うっすらと浮かび上がる沖ノ島がありました。 良かった良かった。 やれやれ・・・。※クリックすると拡大します

 それから、大島最高峰の御嶽山(みたけさん)展望台から沖ノ島を拝しました。この海と空と島々が織りなす360度のパノラマは絶景でした。思わず顔もほころびます。

 ここからも沖ノ島が良く見えました。御嶽山の頂上には中津宮の奥宮である御嶽宮があり、島の中でも最も神聖な場所の一つと言われています。

 この美しい海も時には荒々しく、時には災害ももたらします。東北大震災の被災者の方々のご冥福と、水の神・宗像大神へご加護を祈願するとともに、この震災から私たちが学べる智慧を与えていただけるようお祈りしました。
 
 念願の福岡聖地巡礼は、終始何かの存在を感じさせるものでした。宗像地方と大島全体を覆う優しい波動は水の神・宗像女神慈愛の心なのでしょうか。太古から厚く神々を祀り、地理的・歴史的にも国の要所だった土地柄から、この地に培われてきた信仰の重みを感じました。

 この豊かな自然と信仰の伝統が守られますようにお祈りいたします。そして、またこのような機会が得られますように。参加された方々、ご協力くださった方々に感謝いたします。


【上信越の大自然と聖地】
 パワースポット・聖地ご紹介:第26回/上信越の大自然と聖地」。
 お勧めのパワースポット・聖地の第25回は「上信越の霊峰と聖地」です。志賀高原、黒姫山、妙高山、白馬八方尾根などの雄大な自然と周辺の聖地をご紹介します。まず、①文献からこれらの上信越の自然と聖地をご紹介し、その後に、②私たちが実際に、これらの上信越の自然や聖地を訪問した時のレポートをご紹介します。そして最後に、③上信越を含めたひかりの輪のパワースポット・聖地巡りの思想や、聖地巡りの際に行うと心身の健康に良いヨーガ歩行瞑想に関する記事をリンクして、ご紹介します。
●文献からの上信越の自然と聖地のご紹介
 北信濃・上信越高原国立公園の純粋な自然と、戸隠・善光寺の聖地巡り資料。

 このたび、ひかりの輪では、初めて巡る北信濃。北信濃は、とても豊かな自然の宝庫です。清々しく美しい北信五岳の山々。――飯縄山1917m、戸隠山1904m、黒姫山2053m、妙高山2454m、斑尾〈まだらお〉山1382m。山々に広がる美しい高原や湿原。その麓には湖や緑の森が広がり、花々が咲き乱れています。豊かな自然が織りなす絶景の数々。いたるところに湧きいずる温泉。歴史的には、かつて比叡山に並ぶほどの一大修行場であった戸隠神社と、早朝の清々しい生命力あふれる杉並木。こうしたあらゆる自然の魅力を満載した北信濃ですが、この北信濃は、日本で31ある国立公園の中でも2番目に大きな、上信越高原国立公園(群馬、新潟、長野の三県にまたがる)に指定されています。その広さは、なんと大阪府一つ分というから驚きです。
■志賀高原

 志賀高原は、上信越高原国立公園の中心に位置し、2000メートル級の山々に囲まれた標高1000メートル以上の高原です。そして、上信越国立公園の中でも志賀高原は、日本に5カ所しかない「ユネスコエコパーク」に最初に指定された高原でもあり、海外では広く知られた場所です。(他の4カ所は、屋久島、白山、大台ヶ原・大峰山、綾)自然の「保存」を目的とする世界自然遺産と違い、ユネスコエコパークは、生態系の保全と、自然と人間社会の共存、共生、調和を目的としています。この地域には、1000種類にも及ぶ動植物が生息しています。今回は、火山地帯ならではの温泉や、火山活動から形成された多数の池や沼、豊かな森林に恵まれた自然の宝庫ともいうべきエリアを回ります。
◆渋峠(しぶとうげ)

 志賀と草津(群馬県)を結ぶ国道292号線上の最高地点にあり、長野県と群馬県の県境付近に位置する峠。また、日本全国の国道で最も標高が高い地点でもあります(標高2172メートル)。日本国道最高地点の石碑が建立されており、ここからは、はるかに群馬県草津方面を見下ろすことができる広大な光景が広がっています。
◆平床(ひらとこ)大噴泉

 1991年、太古に存在した志賀湖(※次項参照)の湖底にあたる平床に湧出した新しい噴泉です。遠くからでも迫力ある真っ白な湯気が立ち昇っているのがわかり、近づくと硫黄の匂いがします。近くにあるほたる温泉の源泉となっています。
◆木戸池・田ノ原湿原

 今から20万年前ごろ、志賀山などの火山活動により周囲の川が堰き止められ、志賀湖と呼ばれる湖ができました。火山活動はなおも続き、湖がほぼ埋め尽くされた結果、現在の志賀高原の大部分が湿地帯になり、埋め残った所に沼や池があります。志賀高原の各地には、これらの池沼や森林を結ぶ遊歩道が整備されており、今回は、木戸池から田ノ原湿原に至るコースを散策します。早春から秋にかけて美しい花々が咲き誇ります。
■妙高高原

 美しい妙高山のすそ野に広がる、雄大な自然に育まれた妙高。少し前に「日本の宝、妙高へ」という観光のキャッチコピーがありましたが、四季折々の美しい景観、山や森や湖やダイナミックな滝、そして湧き出ずる温泉、豊かな山の幸など、まさに日本の宝といえるでしょう。
◆妙高山

 妙高のシンボルである日本百名山の一つ、妙高山(2454m)は、「越後富士」とも呼ばれ、708年の開山以来、戸隠山などとともに、修験道・山岳密教の霊場として崇められてきた山です。仏教の世界の中心にそびえる果てしなく高い山「須弥山(しゅみせん)」の異名を持ち(須弥山を意訳すると妙高になる)、弘法大師空海や親鸞聖人などが霊山と称えたと伝えられています。妙高山山頂近くの興善寺池には八大竜王が棲むとも伝わります。
◆いもり池

 池ノ平温泉にあり、池から望む妙高山の風景の見事な景勝地。
◆苗名滝

 55メートルの巨大な滝で玄武岩壁から轟音とともに水しぶきを上げて流れるさまは迫力満点で、「地震滝」ともいわれています。日本の滝百選。
■白馬・八方尾根

 スキーの名所として最近では海外にまで広く知られるようになった長野県・北アルプスの白馬連峰。その中の唐松岳(2696m)から東へ延びている八方尾根を歩くルートが、八方尾根自然探究路です。2つのリフトを乗り継いで、地上からの標高差約1000mを一気に登った後、尾根伝いの道を歩きます。 美しい高山植物や、間近に迫る壮大な名峰を眺めながら進んでいくと、神秘的な雲上の池・八方池(2060m)にたどり着きます。八方池は、雪解け水や雨水によってつくり出された池ですが、天気がよければ、白馬連峰の秀麗な姿を水面に鏡のように映し出してくれます。
●上信越訪問レポ:2014年5月31日~6月1日
※以下は同行したスタッフのレポートです
 北信濃・上越高原・戸隠・善光寺聖地巡りの準備巡礼に行って参りました。初めて訪れる上越高原周辺です。長野県と新潟県の県境あたりですので、長野連絡所(小諸市)からですと2時間かからないくらい、東京からは4時間半ほどの近さです。今回は、志賀高原・黒姫山・妙高山あたりを巡りました。
◆志賀高原

 上信越高原国立公園の中心に位置し、原生林や湖沼に恵まれた大自然ご満喫できます。圧巻というしかない景色と澄み切った空気。木戸池。5月初旬ではまだ残雪も多く、雪で歩けない場所もありましたが、下旬頃からはベストシーズンを迎え、新緑も眩しい季節となります。今はまだ春スキーが楽しめます。標高1600m 田ノ原湿原(旧 志賀湖の湖底) 志賀高原の中心地の蓮池近くの展望台からは、北信五岳(飯縄山、戸隠山、黒姫山、妙高山、斑尾〈まだらお〉山)が全て望めます。素晴らしい眺めです。なお、 北信五岳に関しては別の記事がこちらにあります http://ameblo.jp/ainohito1/entry-11820712823.html

 大蛇神社。
道路は雪の壁。国道最高地点からの眺め 山の向こう中央盆地は草津あちこちに温泉が湧き出しています
◆苗名(なえな)滝

 長野県と新潟県の県境にある関川の本流にかかる滝の中で最も大きい滝。日本の滝100選にも選ばれています。高さ55m。ものすごい水量で、流れ落ちる水音は地震のように轟くことから、かつては地震滝と呼ばれていたそうです。この辺りから、この後ご紹介する「いもり池」から燕温泉あたりまで(妙高山のすそ野)は妙高市森林セラピーロードと呼ばれています。 
 
 さて、志賀高原からは妙高高原・黒姫高原に向かいました。苗名滝の最後で急に雨が降り出し、雨足が弱まらず、これからの下見に不安が募ります。妙高山の絶景ポイントである「いもり池」へ。隣接するビジターセンターで資料集めと勉強も。雨に濡れた水芭蕉は美しかった(ここは水芭蕉の群生地でもあります)。雨にも負けず、黒姫高原へ今回気づいたのですが、妙高高原と黒姫高原はというのはお隣なんですね。もっと離れていると思い込んでいました。黒姫山の麓にはリフトや牧場、公園があり、5/17からは芝桜祭りが始まり、ピンクや白の16万株の芝桜で埋め尽くされるのです。ここから少し離れた所にある御鹿(おじか)池まで散策しながら歩いていくと黒姫童話館があります。御鹿池は「癒しの森」と呼ばれています。静かで美しく、独特の雰囲気で、ずっと居たくなりますよ。なんだか日本じゃないみたいですねここからは、黒姫山と妙高山が並んで見える絶景ビューポイントでもあります。クリックすると拡大します(左が黒姫山) 
 
 雨足というより暴風雨が吹き荒れてきて、どうなることかと思いましたが、御鹿池に着いた頃にはすっかり雨が上がり雲も吹き飛んで、晴れ上がりました。童話館からの黒姫山。妙高山。 
 
 18時頃まで雨雲が覆っている予報でしたので、何だか不思議な現象でしたね。。。この童話館近くには別世界。いわさきちひろがアトリエを構え、数々の作品を創作したことで有名ですが、画家、音楽家、作家なども好んで住んだということです。小林一茶も上越で多くの俳句を詠んでいます。人家も少なく、静かで、まさに創作活動には最適地だと感じました。 ストレス多い現代人が癒しを求めてやってくるのは納得ですよね。上祐代表の写真も撮ってみました。
 
 さてさて、雨もあがったので、先ほどのいもり池へ。陽に輝く湖面と妙高山のハーモニーがひときわ美しい。 小川のせせらぎが輝いて水芭蕉のグリーンと白が目に映えます。妙高山です。黒姫山です。

 本日の最後の巡礼地は、長野県の最北端・信濃町にある野尻湖です。ここからは黒姫山と小黒姫山が望め、小島の琵琶島には宇賀弁財天などをお祭りする宇賀神社があります。野尻湖周辺は氷河期時代のナウマン象の化石が多数見つかったところでも有名です。左が小黒姫山、右が黒姫山です。宇賀神社。不思議な雨風には遭遇しましたが、本日の調査巡礼はつつがなく終了することができました。宇賀神様にも感謝し、小諸への帰途につきました。ふと見ると黒姫山のてっぺんに輪っかの雲がかかっていました(車が止まるまでの間に半分山に隠れてしまったのですが)。
●白馬八方尾根訪問レポ:2016年9月19日
※以下は同行したスタッフのレポートです

 

 昨日、八方尾根に行ってまいりましたので、ご紹介いたします。松本インターを降り、まずは仁科三湖の木崎湖、中綱湖、青木湖に。たいへん水が綺麗な美しい湖で、青木湖は「犬神家の一族」の撮影で使われ有名になりました。木崎湖中綱湖。光によって変わる紺碧の色と、清々しい木々。歩いて周りたいところですね。青木湖。続いて白馬の八方尾根へ。ゴンドラを乗り継いで上がるのですが、長野県が誇る絶景No.1 に選ばれている、素晴らしい景観です。個人的にはスキーでしか来たことがなく、夏の風景は初めてですが、白一色より、青々とした山々は格別な美しさでした。リフトを降りたら1時間くらいで、八方池です。 こちらは八方池のポスターですが、なんという美しさでしょうか北尾根高原にて。そして、姫川源流に。幹線道路から10分ほどの場所にこのような源流があるのはとても珍しいそうです。どこからともなく湧き出した水が流れとなって小川になっています。いい雰囲気で涼やかでいい所でした。姫川源流の涌き水は昭和60年に「日本の名水百選」にも指定されています。ひらけた場所からは、日本の原風景のような山と田んぼ。素敵なところでした。この源流の近くに親海(およみ)湿原があります。こちらもとてもいい感じの雰囲気でした。大自然の恵みにひたりながら、日常から離れて自己を見つめ、心身をリフレッシュするよい機会になれば幸いです。


【天川と吉野 水の神と修験道の聖地】
パワースポット・聖地ご紹介第27回/天川・吉野 水の神と修験道の聖地」。
 お勧めのパワースポット・聖地の第27回は「天川と吉野」です。天川と吉野は、古来より、水の神と修験道の聖地で、多くの修験者の修行の地であり、奥奈良にある秘境の聖地と言うことが出来ます。まず、①文献から天川や吉野の自然と聖地をご紹介し、その後に、②私たちが実際に、これらの天川や吉野の自然や聖地を訪問した時のレポートをご紹介します。最後に、③天河・吉野を含めたひかりの輪のパワースポット・聖地巡りの思想や、聖地巡りの際に行うと心身の健康に良いヨーガ歩行瞑想に関する記事をリンクして、ご紹介します。
●文献からの天川と吉野の自然と聖地のご紹介
 奈良の聖域である天川と吉野は、水の神と修験道の聖地であり、古来より、多くの修験者の修行の地でした。『古事記』によると神武天皇は、熊野に上陸した際、ヤタガラスに導かれ、吉野山中から三輪山のある大和に入り大和朝廷を橿原の地に立ち上げたとされ、今回巡る天河・吉野は、神武天皇の国作りのルートでもあります。また、天武天皇が壬申の乱の勝利の前に、この地域に隠棲したため、復活の地ともいわれています。
●天河大弁財天社(吉野郡天川村)

 水の神・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと・弁財天)を祀る神仏習合の社。水の湧く巨大な磐座(神の降りる神聖な岩)の上に社殿が建ち、初代天皇とされる神武天皇がここで祈りを捧げたといわれている。社伝によると、神武天皇が、現在の天河神社の地で、「ヒノモト」という言葉を天から賜り、「ヒノモト」が「日本」の源であると考えられていることから、おそらく「日本」という国名はこの地で生まれたということになる。

 天河大弁財天社のはじまりは、今から1300年余り前の飛鳥時代、修験道の始祖・役行者(えんのぎょうじゃ)が、大峰連峰にて苦行を行い、衆生済度のための本尊を懇願されたとき、金剛蔵王権現に先立って出現された弁財天女を、天河大弁財天社の奥宮である弥山の山頂にお祀りしたときとされる。

 最初の社殿は、天皇神道の思想と国家体制の確立者である、天武天皇の創建と伝わる。吉野をこよなく愛でられた天武天皇が、壬申の乱の際、天武天皇の前に天女が現れ見事勝利し(天皇として即位)したことから、その天女が弁財天であるとして現在の地に「天ノ安河ノ宮」(天河神社)が建立された。天武天皇は、「日本」という国名を授かり、現人神としての天皇の位置づけと呼称を確立し、天皇を天孫として神道思想の経典=古事記・日本書紀の編纂を行った。

 無差別平等・受容融和の精神に富んだ神仏習合の古社であり、現在も神主・僧侶が一体となって、神道の祝詞と仏教の般若心経や真言が唱えられる神仏習合のご神事が行われている。ここは、弘法大師・空海の修行の地でもあり、境内には寺があり、密教の法具や仏像、梵字碑などが残されている。空海は、ここで修行を行った後、高野山で真言宗を築くに至った。

 社には、60年に一度しか公開されないという秘神「日輪天照弁才天」が祭られている。縁あって2008年の御開帳の際、上祐代表らはご尊顔を拝むことができた。その日輪弁財天は、日輪(光の輪)を伴う底抜けに明るい迫力の弁才天像であった。日輪を抱いた弁財天であるから、日と水の結合が想起され、名前からもご縁を感じる秘神である。

 なお、この弁財天は、蛇の神・宇賀神も伴うとし、水の神と龍の神が結合してもいる。神社の近くには、「天の川」という美しい名を持つ川が流れ、銀河・宇宙をも意味し、神話上の川を意味するサラスヴァティー=弁財天の源ともつながっている。

 地理的には、意味深いことに日本の三大霊場である高野、吉野、熊野を結んだ三角形の中心に位置する。なお、2011年9月に起こった台風12号と15号では、熊野と天河を、河川の氾濫と土砂崩れが飲み込み、社のある坪内地区は有史以来の甚大な被害を受け、復興に相当の年数がかかっている。

 また、宮司はその役行者に付き従った鬼神・前鬼の子孫であるという。毎年二月二日の節分祭の夜に行われる「鬼の宿」という特殊な古代的神事では、通常は忌み嫌われる鬼を、祖先神として手厚くお迎えするのである。翌日の節分では「鬼は外、福は内」ではなく、「鬼は内、福は内」とあたたかく唱えられ、豆まきが行われる。このように、歴史的に無差別平等受容の精神に富む希な伝統を持つ社であるといえる。
●金峯山寺(きんぷせんじ)(吉野郡吉野町)

 前記の役行者が、大峰山での修行の際に感得した金剛蔵王権現の像を、桜の木で刻み、堂を建ててお祀りしたのが蔵王堂であり、この寺の創建である。このことから、桜が保護・献木され、吉野山が桜の名所となった。大峰修験の総本山である。2004年に、「紀伊山地の霊場と参詣道」の一つとして、金峯山寺本堂蔵王堂及び仁王門が世界文化遺産に登録されている。

 日本では古くから山岳信仰があり、奈良の吉野・大峯や和歌山県の熊野三山は、山伏や修験者の修行の場であったところ、日本古来の山岳信仰が神道、仏教、道教などと習合し、役行者によって修験道がつくられた。

 なお、金剛蔵王権現は、神仏習合の教説によれば、安閑天皇(あんかんてんのう・第27代の天皇)と同一視されてきた。安閑天皇は、その名(和風諡号〈わふうしごう〉)を広国押武金日尊(ひろくにおしたけかなひのみこと)というが、江戸初期の学者・林羅山の著した『本朝神社考』によれば、吉野山の金峯神社の項に「世伝金峯山権現者、勾大兄広国押武金日天皇也」と記されていて、安閑天皇の御霊は蔵王権現と同じと考えられていたという。

 その後に記された『和漢三才図会』(1713年)には、「然ルニ俗ニ傳ヘテ曰ク 人皇二十八代 安閑天皇崩後 至四年宣化天皇三年 現干金峯山告人曰 吾是広国押武金日◯也 仍知権現乃安閑天皇也牟」と記されており、金峯山に現れた蔵王権現が、自ら吾は広国押武金日命(安閑天皇)なりと名乗ったといわれている(広国神社のHPより)。

 安閑天皇は、器量に優れ、武威にたけ、寛容な性格であったことや、その名に含まれる「金」の文字から、「“金”峯山」の「“金”剛蔵王権現」と同一視されたとの見解もある。そのため、明治時代の神仏分離の際に、本山である金峯山寺以外の蔵王権現を祀っていた神社では、祭神を安閑天皇とした例が全国に見られる。
●丹生川上神社

 丹生川近くに位置する丹生川上神社は、現在、下社・中社・上社の3つの神社があり、今回は、中社を巡る。古来、朝廷・幕府から厚い崇敬を受けてきた社で、平安時代に、国家の重大事や天変地異が起こると、勅使が遣わされ奉幣をたてた神社が、伊勢神宮を始め二十二社あるが、その二十二社に三つの丹生川上神社が含まれる。

 祭神の両親は、イザナギ、イザナミの神で、水を主宰する神とされている。水は万物生育の根源であり、その神徳は、あらゆる物象の上に恩恵を授け、守護することにあるという。下社は闇?神(くらおかみのかみ)、中社は罔象女神(みづはのめのかみ)、上社は高?神(たかおかみのかみ)と、異なる名前の神を祀るが、すべてイザナギ・イザナミから生まれた、日本最古の水の神であり、ご神徳も同じである。

 水一切をつかさどる水の神・雨の神という性質があり、祈雨(雨乞い)、止雨の祈願として、農家や水利業者の崇敬をあつめ、水源地やダムの守護神としても崇敬されている。日照りで雨の降るのを祈る時には黒馬(黒雲)、祈晴時に白馬(晴れの空)が奉納された。

 神武天皇が、天神の教示で天神地祇をまつり戦勝を占った聖地とされ、7世紀に、天武天皇が、くらおかみのかみから『人声の聞こえない深山に我が宮柱を立てて祀れば天下のために必要な雨を降らし大雨を止める』という御託宣をうけ、創立された神社と伝えられている。
◎丹生川上神社・中社(吉野郡東吉野村)

 

 丹生川が目前に流れ、その先には三つの川が合流する「夢淵」という聖域がある。神武天皇の戦勝祈願の碑があり、吉野離宮はこの地であるとの説がある。

 ●天川・吉野参拝レポート:2024年2月13日
 ※以下同行したスタッフのレポートです
 

 まず、天川大弁財天社(吉野郡天川村)を参拝しました。水の神・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと・弁財天)を祀る神仏習合の社です。天川弁財天社の鳥居。神社本殿に登る階段。天河弁財天社の秘仏のご本尊:日輪弁財天。弁財天社で行われる大峰修験道の儀礼。天河弁財天社の隣にある来迎院。弘法大師にゆかりのある石碑や仏塔。

 次に、天河弁財天社を後にして、近くを流れる天川に向かいました。天川の川の流れ。河の向こう側の六角形の石。天川の河原の近くにある高倉山禊殿。天川弁財天社の伝統的な祭祀の鬼の宿。次は、吉野の金峯山寺(きんぷせんじ)です。金峯山寺の本堂。有名な吉野の桜。金峯山寺の本堂に祀られるご本尊の金剛蔵王権現。最後に、丹生川上神社です。丹生川上神社は、現在、下社・中社・上社の3つの神社があり、今回は下社と 中社を巡りました。下社。中社。夢淵三川合流。


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(私論.私見)