| (一) |
倭国・倭国王・倭王という表記形式がしめすように、これは独立した主権国家だ。その点、この史書中の高句麗王・新羅王・百済王などと同列の表記なのである。 |
| (二) |
新羅本紀によると、新羅国は倭国と高句麗国とに王子らを人質に送っている。いいかえると倭国は高句麗と並んで、新羅国に南から圧迫を加えつづけた国家であった。 |
| (三) |
記・紀の天皇家内伝承と記事がほとんど対応しないことからも判明するように、この倭国王とは、近畿天皇家ではない。 |
| (四) |
倭国側は、たとえば「兵船百余艘(そう)」によって襲来し、新羅の南辺及び東辺の海岸から侵入した。これは朝鮮半島の対岸、つまり日本列島(九州)に本拠をもつ国である。 |
| (五) |
この倭国の倭女王として卑弥乎(呼)の名があげられている。 |