1
東日流邪馬台城跡
(寛政六年五月)
北方新社版 第一巻 古代編
一二三 〜 一二五頁
(昭和五八年一二月二五日発行)
|
日本経済新聞
謎の猪垣 熊野に眠る
|
剽窃の箇所と変容
日本経済新聞の記事がなければ、東日流邪馬台城の虚構を思い付けなかったであろう
|
|
梵珠連峰北に走る山に飛鳥山ありて、その林中に石垣延々たる邪馬台城ありき。
|
熊野の山岳部を縫うような形でつづく長い石の列である。
飛鳥神社を訪ねて・・・後ろの山中
長い石垣
延々と続く
|
(1) 熊野の山岳部を縫う→梵珠連峰北に走る山
(2) 飛鳥神社・・・後ろの山→飛鳥山ありて
(3) 長い石垣・・・延々と続く→石垣延々たる邪馬台城ありき
○注 飛鳥山は、日経の記事の飛鳥に引かれて書いたものと考えられる。
○注 邪馬台城は、列石を邪馬台国時代の城に見たてたい和田氏の立場から来る改ざん。
|
|
長髄彦命等を追いませし、日向の賊に備へし城垣にして、是を今に知る人ぞなし
|
この遺構は、神武軍に相当する勢力と戦って敗れた先住民のものかも知れない
|
(1) 神武軍→長髄彦命等を追いませし、日向の賊に
(2) この遺構・・・戦って敗れた先住民のもの→備へし城垣にして
(3) かも知れない→今に知る人ぞなし
○注 疑問文を確定文に改ざん
|
|
ひる尚暗く、太古を偲ぶ城跡なり
|
昼なお暗い山中で列石
|
(1) 昼なお暗い→ひる尚暗く
(2) 山中で列石→城跡なり
○注 列石を邪馬台国時代の城に見たてたい和田氏の立場から来る改ざん
|
|
望みては・・・見ゆるなり・・・土門ありて・・・望みて易く、要害建固なり
|
石積みの門の遺構がある・・・見渡すのに絶好の位置である。砦の跡という感じが強い。
|
(1) 石積みの門の遺構がある→土門ありて
(2) 見渡すのに絶好の位置→望みては・・・見ゆるなり・・・望みて易く
(3) 砦の跡という感じが強い→要害建固なり
|
|
四辺に歴史あり・・・不可思議なる石塔の築けるありぬ
|
奥へ奥へ・・・延々と続く・・・特異な石の構築物にも出会う
|
(1) 奥へ奥へ・・・延々と続く→四辺に
(2) 特異な石の構築物にも出会う→不可思議なる石塔の築けるありぬ
|
|
山鳩の声聞く
|
鳥の羽音や
|
(1) 鳥の羽音→山鳩の声
|
|
隠れ泉なる処・・・洞穴
|
木の川の奥・・・洞窟
|
(1) 川の奥→泉なる処
|
|
土堤をも連ねたる処多し
|
写真(1)
|
○注 和田氏に写真(1)を送った時、土で構築されたものもあると書いて居ります。
|
|
遺物の土器物ありて
|
土器など考古学的出土品が多い
|
(1) 同一主旨〔考古学的出土品という表現は使えない〕
|
|
千古の歴史を偲ぶ太古に邪馬台国五幾七道の王たる安日彦、長髄彦命
|
大和へはいりナガスネヒコを倒したことになっている。そういう神話に相当する古代
|
(1) 大和へはいりナガスネヒコを倒した→邪馬台国五幾七道の王たる安日彦、長髄彦命
(2) そういう神話に相当する古代→千古の歴史を偲ぶ太古に
○注 安日彦は津軽にもある伝説の人物、立場を逆にして書いている。
|
|
飛鳥山の四方、東に卒止浜、北に大蔵山、南に魔神岳を位なし
|
石は那智山、妙法山、烏帽子山、大雲鳥山の四つの山を囲むような形で築かれている
|
(1) 四つの山を囲む→飛鳥山の四方 (2) 築かれている→位なし
○注 地元の地形、地名に合わせた表記になっている。
|
|
望みては、・・・東日流平野、・・・十三湊〜見ゆるなり。・・・望みて易く、
|
佐野の町を見渡すのに絶好の位置である。
|
(1) 佐野の町→東日流平野・・・十三湊
(2) 見渡すのに絶好→望みては・・・見ゆるなり・・・望みて易く
○注 地元の地名に合わせた表記になっている。
|
|
此の城垣をして濠道あり、
|
自然石を巧みに積み上げた壁のようになっており・・・山側が道になっている
|
(1) 石を巧みに積み上げた壁→城垣 (2) 山側が道になっている。→城垣をして濠道あり、
|
|
一族の秘とせしむ、何れか仔細あり。
|
それにもかかわらず記録がないのはなぜか、秘密裏に構築されたものか、あるいは記録伝承があまり行われていないほど古い時代のものか。
|
(1) 記録がないのはなぜか、秘密裏に構築されたものか→一族の秘とせしむ石垣
(2)それにもかかわらず記録がないのはなぜか、秘密裏に構築されたものか、あるいは記録伝承があまり行われていないほど古い時代のものか。→何れか仔細あり。
|
|
此の秘城遺りしか、たれぞとて知るものなかりき。
|
だれかれの別なく猪垣について聞いてみた・・・「築いた時代はわからない」「どのくらいの長さなのか」・・・記録がないのはなぜか・・・伝承があまり行われていない
|
(1) 猪垣について聞いてみた→此の秘城遺りしか
(2) だれかれの別なく・・・記録がない・・・伝承が・・・ない→たれぞとて知るものなかりき。
○注 猪垣を秘城とするのは、和田氏の立場から来る改ざん。
|
|
|
|
|
|
大和に求めて探せども覚つを叶はず
|
写真(1)
|
○注 写真(1)を送った時、所在場所奈良県生駒市と書いて居ります。
|
|
飯積山庄屋中村殿より・・・聞き及びて得たり
|
当屋から、いろいろの伝承をうかがった。
|
(1) 当屋→庄屋
(2) 伝承をうかがった→聞き及びて得たり
|
|
飛鳥山
|
飛鳥神社をたずねて・・・後ろの山中
|
(1) 飛鳥神社・・・後ろの山→飛鳥山
○注 飛鳥山は、日経の記事の飛鳥に引かれて書いたものと考えられる。
|
|
石垣延々と続くを覚ゆ
|
石垣は・・・延々と続く
|
(1) 同一主旨
|
|
時速く日暮れて
|
日の短い秋、冬になると懐中電灯を使って
|
(1) 同一主旨
|
3
邪馬台城跡図
(寛政六年五月)
第一巻古代編
一二六〜一二七頁
|
|
|
|
邪馬台城に幾多の地底の洞穴ありて
|
写真(6)
|
○注 写真(6)の中央、口部分の凹みを見ての発想と考えられる。・・・実際は、洞穴でない。
○注 図に北の方位記号が描かれているが、江戸時代には使われていない。
|
|
|
|
|
|
〔東日流及び紀州のみに実在して他類なき城址なり・・・瓜ふたつにも似て〕
(傍点筆者 ーーインターネットでは赤色表示)
|
|
○注 和田氏が、何故、こう書いたのか考えて見る必要がある。
(1) 他の剽窃のついでに。
(2) 実在性、現実性を高めるため、熊野の列石を利用しようとした。
(3) 長髄彦側の城によって、邪馬台国の東北移動説を補強しようとした。
|
5
邪馬台国之崇神
寛政五年五月)
第五巻宗教編 四〇〜四一頁
(昭和六〇年七月二五日発行)
|
|
|
|
神に奉納せるものに久遠の供とて神石を築きて国護るものとせるは
邪馬台国神護石大長里石垣 紀州
|
長い石垣を見つけた
山城説か、神域説ないしはその両方をかねたもの
紀伊半島の
|
(1) 長い石垣→大長里石垣
(2) 神域説→久遠の供とて神石を築きて
(3) 紀伊半島→紀州
○注 実体は、自然の石を野面積みにしたもの、この絵は考古学でいう神護石山城の石積みに近い。和歌山県には存在しない。・・・実物をよく見ていない人の絵。
○注 江戸時代に、神護石という名称は使われていないと思われる。
|
6
東日流住古之謎史跡尋抄
(寛政五年四月二日)
第六巻諸項編
三二七〜三三一頁項
(昭和六〇年一二月一〇日発行)
|
|
|
|
手入れ久しくして無路支に迷うこと暫々なりて、史跡を探るも易得ならず・・・草木に分入りては方所を失覚し
|
草、かん木に隠れ、あるところは崩壊し、時には行方がわからなくなることもあった。昼なお暗い山中で列石の続きを捜して迷ったこともある
|
(1) 草、かん木に隠れ・・・崩壊し→手入れ久しくして
(2) 行方がわからなくなる・・・迷ったことも→無路支に迷うこと暫々・・・方所を失覚し
|
|
飛鳥山なる邪馬台城
|
飛鳥神社をたずねて・・・後ろの山中長い石垣
|
(1) 飛鳥神社・・・後ろの山→飛鳥山
(2) 長い石垣→邪馬台城
○注 飛鳥山は、日経の記事の飛鳥に引かれて書いたものと考えられる。
○注 邪馬台城は、列石を邪馬台国時代の城に見たてたい和田氏の立場から来る改ざん。
|
|
延々たり石垣の苔草
|
写真(2)
|
○注 写真(2)を見て書かれたと考えられる。
|
|
出ずる古物の遺品
|
土器など考古学的出土品が多い
|
(1) 同一主旨
|
7
総輯東日流六郡誌
津軽書房版七二頁
紀州熊野宮之由来
(寛政七年八月)
(昭和六二年七月二〇日発行)
|
|
|
|
神城に石垣、土垣を築きめぐらしたるが、この長蛇の如き石垣を
|
山城説か、神城説か
長い石の列
|
(1) 神城説か→神城に石垣
(2) 長い石の列→長だの如き石垣
|
|
熊野山中十五里の石垣
|
六十キロメートルにおよんで
|
(1) 六十キロ→十五里
|