| 【ヤマタノオロチ譚】 |
スサノウは、出雲の国の肥の川(現在の斐伊川)上流の鳥髪の船通山(1143m)にやってきた。古事記は「故、避追はえて、出雲国の肥の河上、名は鳥髪といふ地に降りましき」と記す。この地は、大砂鉄地帯で且つ原出雲の西域に位置する。つまり、東部の原出雲ではなく、西部に降り立ったことになる。次のように語られている。
この時、川上より箸が流れてきた。スサノオは、誰か住んでいることを知り訪ねると、オオヤマツミの神の子のアシナヅチ、その妻テナヅチの神が娘のクシナダ姫を抱いて泣いていた。スサノオが訳を尋ねると、老夫婦には元々8人の娘が居たが、山奥にいるヤマタノオロチ(八俣大蛇=、岐大蛇、八俣遠呂智)という大蛇が一年に一度出てきて娘を食べ、今ではクシナダ姫一人になっており、この娘もまもなく食べられてしまうとの話を聞かされた。古事記は次のように記している。「是の高志の八俣のをろち年毎に来て喫へり。今、其の来べき時なるが故泣く」。
オロチの姿形は、体が八つの谷、八つの丘にまたがっており、頭がハつ尻尾が八本あって体には苔(こけ)が一杯で、その上に桧や杉が生い茂っており、目はほうずきの実のように赤く恐ろしい姿をしているということであった。「彼の目は赤かがちの如くして、身一つに八頭・八尾有り。亦其の身に蘿及檜・椙生ひ、其の長谿八谷・峡八尾に度りて、其の腹を見れば悉に常に血爛れたり」と記す。スサノオは、自分がアマテラスの弟で高天原から降りて来たばかりであることを告げ、退治することを約束した。見事オロチを退治した暁には、この娘を妻にくれないかと願うと、そういう立派な方ならよろこんで差し上げませうと頷いた。
スサノオは一計を案じ、クシナダ姫を櫛に変え髪に刺し、家の周りに垣根をつくり、その入り口を八箇所とし、強い酒桶を置くことにした。アシナヅチとテナヅチは指示された通りにして待ち受けた。いよいよオロチがやってきた。八つの頭の目は真っ赤でギラギラしていた。オロチは酒桶を見るや勢いよく飲みだした。酒をすっかり飲みほしたオロチは酔ってしまい眠り込んだ。
スサノオは、ここぞとばかり十拳剣(とつかのつるぎ)を振り下ろし襲い掛かった。オロチは酔いながら反撃したが、スサノオは次々と首を刎ねていった。肥の川はオロチの血で紅く染まった。尻尾を切った時、硬いものに当り刃こぼれした。見ると立派な剣が出てきた。これを天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)と云う。この剣はその後アマテラスに献上され、後にヤマトタケルが使うことになり、草薙剣(くさなぎのつるぎ)と云われ、三種の神器の一つとなる。 |
出雲の肥の河上の鳥髪に降ったスサノヲ命は、斐伊川を流れる箸をみて、上流に人がいると知り尋ねてみると、そこには国つ神・大山津見神の子でアシナズチ(足名椎・脚摩乳)、テナズチ(手名椎・手摩乳)の老いた夫婦とその娘のクシナダヒメ命(櫛名田比売・奇稲田姫命)が嘆き悲しんでいた。そこで、スサノヲ命はヤマタノオロチ(八俣大蛇=八岐大蛇=八俣遠呂智)の生贄にされようとしていたクシナダヒメ命を助けようとする。スサノヲ命はヤマタノオロチを酒に酔わせ、眠らせておいて十拳剣で斬り殺し、肥の川は血に変わったという。大蛇の尾を切り裂いたところ、霊剣・草薙剣(草那芸の大刀・都牟刈の大刀)が出てきたので、姉神であるアマテラス(天照大御神)に献上し、これが後の三種の神器の一つになったという。
記紀神話のなかで、これほど大きく取り上げているヤマタノオロチ(八俣大蛇)退治の説話であるが、出雲国風土記には一行も記されていない。記紀神話に記載されているのに出雲国風土記にないという説話は、他にもオホナムヂ命の根の国訪問など結構たくさんある。これをどう理解するのか興味深い。
ヤマタノオロチの異様な形容記述の解釈につき諸説ある。斐伊川が鉄穴(かんな)流しによって水が赤く濁ったとする説、斐伊川の姿(蛇体の水の精霊)を表しているとする説(竜神に人柱として生贄を捧げていたが、治水開拓にすぐれた英雄神が河川を治めた)、出雲での蛇祭を表しているとする説、大和政権からみた出雲のイメージとする説、高志(北陸地方)人の首長であるとする説、中国山脈の鉄山と鍛冶部(かぬちべ=タタラと呼ばれる漂泊的採鉱冶金鍛冶集団)であるとする説、あるいは、シベリアのオロチ族であるとする説等々。他にも、もともとは「怪物と人身御供」の説話ではなく、蛇体の水神と稲田の女神との神婚説話に、新たに人間的英雄神説話「ペルセウス・アンドロメダ型説話」が包摂したとする説もある。 |
| オオヤマツミの神=大山津見神。アシナヅチ=足名椎。テナヅチ=手名椎。クシナダ姫=櫛名田比売、櫛稲田姫。ヤマタノオロチ=八俣の大蛇。クサナギの剣=草薙剣。 |
(私論.私見) |
| 「ヤマタノオロチ譚」は、スサノウが渡来してきた事、手始めにヤマタノオロチを退治し、出雲西域の斐伊川一帯を支配したことを明らかにしている。且つ、奇しくもクサナギの剣の由来を伝えている。出雲の国の肥の川上流の鳥髪の船通山とは、いわゆる奥出雲のことであり砂鉄の産地であった。恐らく、オロチ退治は、スサノオが同所の製鉄技能を掌握した事を暗喩している。このことは、スサノウが鉄剣その他鉄器の産地を手に入れた事を意味する。ヤマタとは、八に象徴されるたくさんのという意味であり、オロチとは先住民豪族のことを指しているように思われる。ヤマタノオロチを退治したスサノウは、先に大ゲツ姫神から生まれた蚕(かいこ)と稲、粟、小豆、麦、大豆の五穀に加えて新たに鉄を手に入れたことになる。 |
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日本書紀一書には、安芸の可愛(え)の河上に降ったとしたり、新羅のソシモリ(曾尸茂利)に降り、そこから船で日本の紀伊に渡るとし、また別の一書では、クマナリ(熊成)峯から根の国に渡ったとする異説を収録している。日本書紀一書は、スサノヲ命は、長雨の降る中を蓑笠姿で彷徨い歩いたが、どこの家も留めてくれるところがなく、スサノヲ命の辛苦難渋の流浪の様子を描いている。備後国風土記逸文では、蘇民将来の説話として登場する。沖縄にも類似の説話がある。
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