| (個々履歴) |
| 2000(平成12)年以降の備忘録 |
| (「左往来人生学院」立ち上げ) |
| 2000(平成12)年頃、パソコンと知り合って以来はまりにはまっている。特に投稿に精出しの味を覚えているが、自前のホームページも欲しくなり、【左往来人生学院】を立ち上げたところである。わがサイトをこれからどのように変革していくか、世界の変革と同じように難しいかも。
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| (「れんだいこ掲示板」設置) |
| 2000.8.8日、掲示板も追加。2001.8.1日頃、論文集にそれぞれ掲示板を設置。同じ頃アンケート板も設置。未だ他サイトのリンク集に登場すること少なく不遇の観が強いが、必ずれんだいこが認められる日が来るという予感を覚えつつある。
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| (れんだいこ党) |
2002(平成14)年のいつの頃だったか「れんだいこ党(別名たすけあい党)」を立ち上げた。未だれんだいこ党首一人だが、それはそれで良いし、党員が増えればなお良い。れんだいこはよほどおめでたいのか馬鹿なのかはたまた傑物なのか、それは歴史が自ずと語る。
おほん、ここに厳かに告知する。れんだいこ党は遂に入党者を獲得し2名になった。三人寄れば文殊の知恵と云う。四人揃えば家が建つ。有能有益な大黒柱を据えてこの馬車を走らそう。皆の衆続け。メール入れてくだされば良い。
2002.12.24日 党首れんだいこ拝
おほん、ここに厳かに告知する。れんだいこ党は遂に入党者3名になった。せめて侍7名、使徒12名を募り、後は核爆発して行きたいと思うのこころ。おほん、目下党員6名(2010.10月現在)。その後が続いていないよぉ。 |
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| 2002.11.23日現在、相互リンクも次第に増えてきている。しかし、まだまだ無視されており、この饒舌狭量主義をこじ開けていくのを楽しみにしている。しかしなんだな、見えて来るもんがあるなとつくづく一人合点している。 |
| 2004(平成16).2.25日現在、マルクス主義の英訳からのれんだいこ和訳本三冊をサイトアップした。出来映えには自信持っているが特段評価されていない(見直しすればするほど首尾よくなるだろう)。孤高にして阿ねず、引き合いの来るのを楽しみにしておこうと思う。しかしなんだな、れんだいこは我が史観と観点の偉業を確信しているが、恐らく外国辺りから評価を得る時がやってきそうな。それまで我がサイトを掘って彫って刻み続けておこうっと。 |
| (出版決意) |
やはりネット文と出版物では訴求力が違う。そろそろれんだいこ見解を意図的に世に問うてみたい。本屋にれんだいこ図書が並ぶのを意欲しつつある。既成出版社のどこからも声がかからないので自費出版しようと思い始めている。さて、何で出すかだ。
2006.11.29日 れんだいこ拝 |
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| (将来) |
| 将来のことは分からない。しかし、まだ夢も希望も捨ててないとしたら、たいしたものだろうと同窓会に顔を出して以来思った。つい最近幼少の友に再会した際に彼曰く、何でもいいからお前は何かしろ、おとなしいお前は似合わない。以来、肝を舐め舐め薪に臥している。 |
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| (再生経緯) |
2007(平成19).8.26日、数え年58歳になるれんだいこは、日頃の不摂生と長年の蓄積疲労でか急遽病院送りの身になり、初めて体内にメスが入るという経験をした。結果的に1週間病床についただけでたいしたことがなかったことは僥倖であり、神に感謝する。と書いたが、その後病状悪化し再度手術する羽目になった。結果的に1ヶ月の入院となった。これを奇果として何らかの人生転換の契機とせねばなるまいと思う。今後は、それまでの行け行けスタイルから養生をも取り入れた健康管理に留意せねばならない。
痛みを覚えた時真底思ったことは、「病むほど辛いことはない」。今後はタバコも止め、飲むのもほどほどにしますのでどうかお助けくださいと自制を誓った。愚かなるかなれんだいこ、無事退院するや「のど元過ぎれば熱さ忘れる」。れんだいこはよほど意志が強いのだとほほ。とはいえ、何がしか自己改造せねばなるまい。れんだいこよ男振りを挙げよ。
2007.9.3日 れんだいこ拝 |
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| (いよいよ出版) |
2008(平成20).1.1日、学生運動論を処女作としようと思い、目下推敲清書中。
2009.2.20日、社会批評社(代表取締役社長・小西誠)より「検証 学生運動
戦後史のなかの学生反乱」と題して処女作出版(目下予定)。遂にその日が来た。読めば為になるのだが、読んでくれるだろうか。否、そんな弱気ではない。書店から品切れコールで社会批評社が重刷に向かう日を楽しみにしている。二冊目三冊目十冊目が目白押しで控えているんだ、れんだいこの頭の中では。
2009.1.28日 れんだいこ拝 |
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| (上巻まずまず好評、只今下巻推敲中) |
2009(平成21).4.26日現在、上巻の好評を得て下巻を推敲中です。一応の原稿はできているのですが、もっと要点を伝え、ダブりを少なくしようとしております。早く出せ、いつ出るのかとの催促もあり、夏頃原稿をお渡しする予定を早めようかと思っているところです。
2009.4.26日 れんだいこ拝 |
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| (ウェブテレビ運動開始する) |
2010(平成22)年頃、ウェブテレビを創ろうと決意する。コメンテーターれんだいこが登場する日を自分で待ち受けることにするふふふ。これについて、2015.7.29日、市民メディア「ツイートテレビ」を知った。この企画、この発信がゼツ面白い。これからはこれだな。このツールが世の中変えるかもの予感ありだな。(「めざまし政治ブログ」、「和順庭」)
2010.5.15日、2015.8.20日臥薪嘗胆 れんだいこ拝 |
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| (カンパ第一号現れる) |
2010(平成22)年頃、そうだ、これを書いておかなければ。「れんだいこサイト非常に為になっております。ついては拝読料としてお供えします」と云うメール通知でカンパを頂いた。改めて感謝いたします。報告が遅くなりました。これを読まれた方も頼むよ。何せ有り難いものは有り難いんだ。浄財として大事に使わせていただきますから頼むよ。。ちなみにカンパ先はここですよ。「カンパ」。
2010.5.15日 れんだいこ拝 |
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| (在家歴史学者を自称し始める) |
2010(平成22)年5月頃、投稿文を書いているうちに何気なく自称在家歴史学者と自己規定した。これが気に云ったので以降これを使用することにする。従来の「左派運動研究家」に加え「在家歴史学者」を加える。
2010.5.27日 れんだいこ拝 |
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| (ブログ、ツイッター始める) |
2011(平成23)年、正月明け、ひなたぼっこ&雑談日記管理人のSOBAさんの助言によりブログとツイッターに参加することにした。れんだいこは、車と同様に中の仕掛けは知らないが、乗り回すのは苦ではないと云うか好きな方で、新しい世界が開けた気がする。SOBAさんに感謝申し上げる。
れんだいこブログ(http://08120715.cocolog-nifty.com/blog/)(短縮:http://bit.ly/rendaico)
れんだいこツイッター(http://twitter.com/replies)
2010.2.8日 れんだいこ拝 |
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| (「検証学生運動下巻」出版) |
2011.8.8日、「検証学生運動下巻」が8.15日に出版されるとの通知あり。これで「検証学生運動上下巻」となった。三部作目として「学生運動に対するれんだいこ提言」があるが、これはネット公開で終わるかも知れない。さて次に何を出すかだ。角栄で行くか、中山みきで行くか、はたまた別バージョンで行くか、暫し腕を組む。
2011.8.9日 れんだいこ拝 |
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| (「天理教教祖中山みき考究」出版予定) |
2012(平成24)年.11.4日、「検証学生運動上下巻」に続いて「天理教教祖中山みき考究」を世に出そうと執筆中。本書で、世の有益な思想をひとまとめにし、中山みき思想との絡みでアンサンブルしてみたい。出版社からのアファーがなければ自費出版するつもりである。(未だないので書き直し続けている)
2012.11.4日 れんだいこ拝 |
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| (作詞家デビュー予定) |
| 2013(平成25)年、現代音楽の作詞の余りにもなお粗末さに反発し作詞家デビューも考え始めている。既に数作詞できている。作曲家、音楽事務所からのオファーを待っているが何も云って来ないなぁ。ままよそのうち何かご縁が生まれるだろうと達観してそのままにしている。作詞家デビューの話しは本当なんだがオファーがないなぁ。こうなったら勝手にブログで発表し、それから作曲家の現れるのを待つとするかな。(やっぱり依頼がないと力入らないなぁ。2016年から自主公開して打って出ようと思う) |
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| (川柳の会入会) |
| 2013.10月初旬、誘われて川柳の会に出向いた。お題が二つ与えられ、その場でも一つ与えられ、選ばれた。まずまずの発進となった。当然のように誘われ入会した。勢いがつきそうな気がする。2015年12月現在、続いておりますよ。会員の方から新聞投稿するように云われておりますが、そのうちするかな。 |
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| (温泉ソムリエ(温泉効能講釈師)を目指す) |
| 2013.10.23日、「温泉ソムリエ」(温泉効能講釈師)を目指そうと改めて思った。たまの休みは極力、温泉に行く。それが嵩じている訳である。コンビプレーで「健康ソムリエ」(健康効能講釈師)も立ち上げようかと思ったりしている。残された人生に対して意欲満々と云うところが、れんだいこらしいや。 |
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| (禁煙突入) |
| 2014(平成26)年、5月連休前の4月30日より禁煙街道を驀進している。これまで何度も挑戦し、もうそろそろ一本ぐらい良いだろうの甘い誘惑に負け、却って喫煙本数を増やし、ここ十年は1日3箱4箱まで嵩じている。良い意味での事件があり、ちょっとした願掛けで喫煙に向かった。6.19日で禁煙51日目達成中。自分で自分を褒めてやりたい。今日は10.20日、禁煙174日目である。まもなく半年を迎える。こたびの我が断固たる意志に於いては禁煙成功は確定している。2015年12.27日、禁煙続行中。周りの者が「お前は性根がきつい奴やナ、よくやった」と褒めてくれるのが快感なので、もう喫わないと思う。 |
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| (日本酒愛好家になる) |
| 2015(平成27)年、禁煙現象か飲食の好みが変わってきて、日本酒愛好家になり始めている。ついでに県下の酒蔵廻りを始めている。酒蔵には何というか日本文化の香りが芳醇にするんだな。それも酒蔵によって少し違う。この辺りが面白い。血統的に親父系が飲めず逆にお袋系が飲める口なんだな。その子だから飲めない日もあるが、飲める日には酒が強いという人より先に崩れることがない。一日3号ぐらいが適量で5合ぐらいで止めんとあかんな。 |
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| (赤ヘル、下駄ばきライフスタイル確立) |
2016(平成28)年頃、れんだいこのライフスタイルに赤帽が定着した。朝も昼も夜も極力このスタイルで出没し市民権的な認知を受けている。当人の意識は還暦帽であり赤ヘルである。広島カープの赤ヘルのようでもあるし新左翼ブントの赤ヘルのようでもあるし日の丸の赤玉のようでもある。これを被り出してからというもの心なしか縁起がよくなった気がする。だからもうこのスタイルは変わらないと思う。最初の頃のスナックのネェちゃんがお似合いですよと云ってくれたのが良かったのかなぁと思う。
これに加えて今年の夏より下駄履きスタイルにもなった。仕事の絡みの場合は洋靴になるが、下駄で構わないときには極力下駄を履くことにしている。それだけでは物足りなくていわゆる天狗下駄と云われる一枚歯のものも購入した。バランスよく歩くことはできるのだが、段差とか側溝のグレーチング蓋にけつまずくことがあり夜は無理だな。れんだいこの縄文生活嗜好はさらに続く。これからは作務衣、和服にも挑戦しようと思っている。 |
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| (神楽ソムリエ(講釈師)、神社仏閣ソムリエ(講釈師)を目指す) |
| 2018(平成28)年頃、神楽ソムリエ(講釈師)、神社仏閣ソムリエ(講釈師)を自覚し始めた。要するに、日本精神、日本国体の重要性に気づき、これを我が物としようとしている。「神話を失うと、その民族は100年で滅びる」との言がある。これをその通りと思うようになった。 |
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