| れんだいこの徳球論 |
更新日/2024(平成31.5.1栄和改元/栄和6)年1.28日
| (れんだいこのショートメッセージ) |
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| 【長谷川浩/氏の徳球論】 | ||
長谷川浩・氏は次のように述べている。
徳球の履歴が次のように紹介されている。
れんだいこは、次のように思っている。戦前の党活動に功績大なるものがあるとすれば、福本和夫、田中清玄であろう。戦後の党活動に同じ者を見出そうとするならば、徳田球一だろう。あぁだがしかし、この三者がいずれも不当に落とし込められている。これほどの不義があるだろうか。興味深いことに、代々木日共だろうが新左翼だろうが、この構図は変わらない。今日の日本左派運動の貧困の要因には、この観点のお粗末さが背景にあるように思われてならない。なしてそういう変調史観になっているのか、この辺りから解きほぐさないと左派の再生は覚束ないであろう。道遠いしというより、頭がやられているとの感が深い。 沖縄の名護の町の中心街の一角に、占領期日本共産党の指導者徳田球一の立派な顕彰碑が建っている。徳球は名護出身である。「為人民無期待献身」という徳球の筆跡を刻み、特徴あるマスクも彫られている。宮顕系党中央から抹殺されてしまった「徳球」は、沖縄では「郷土の英雄」である。 2002.7.5日 れんだいこ拝 |
| 【増山太助『戦後期左翼人士群像』によせて(4)かけはし2000.11.13号より】 | ||||
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(私論.私見)