| 天理教教祖中山みきの研究新版のお知らせ |
更新日/2023(平成31→5.1改元/栄和5)年12.15日
| (れんだいこのショートメッセージ) |
| ここで、「天理教教祖中山みきの研究新版のお知らせ」を記す。 2012.03.13日 れんだいこ拝 |
| 【天理教教祖中山みきの研究新版のお知らせ】 | |
2007.11.29日付けブログ「れんだいこのカンテラ時評348、天理教教祖中山みきの研究新版のお知らせ」を転載しておく。
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| 2012年6月30日、れんだいこの保田與重郎論その2 |
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| 「教義原形=元の理」 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/rironco /motonorico/motonorico.htm) 他にも、明治政府の欧米化に伴う資本主義的経済政策の導入に対しては、「病は気から」、「欲得の執着が諸病の元」、「貧に落ち切れ」等々で教義形成される「財物共産共有思想」(私有財産制否定思想とも読める)で批判している。文明開化と共に始まりつつあった競争原理の称揚に対しては「人を助けて我が身助かる」に象徴される「神人和楽の助け合い思想」で批判した。身分差別政策に対しても然りで一列平等論を対置した。男女差別制に対しても、男女の差は機能が違うだけで本質的に平等で助け合う関係とした。戦争政策に対しては「親の目には皆可愛い我が子」として反戦的な平和思想を説いた。その他その他然りであった。 これらのみき教理は政治思想ではなく宗教的に表現されているので政治思想学的に評されることはない。しかし、みき教理を政治思想的に評することは十分可能と考える。むしろ生き方を主にしており、知行合一の陽明学的教えからすればむしろ進んでいるのではなかろうかとさえ思える。学問は未だこの域に達していないと解するべきで、狭い学問界の方が宗教的倫理的教説を卑下するのはおこがましいと云うべきではなかろうか。これは日本特有の知識人の偏狭さであって世界に誇れば恥をかくのが落ちだろう。 もとへ。みき教理は、明治政府が押し進める文明開化と云う名の欧米主義的近代化と皇国史観の押し付けに対して激しく原理的に争い、それ故にというべきか信者が急速に増えていきつつあった。その様は、幕末維新が政治の面で明治維新によって捻じ曲げられたのに対し、もう一つの流れとして捻じ曲げられない幕末維新を継続革命していたとさえ考えられる。いわば幕末創始宗教とは民衆側の幕末維新の流れだったのではなかろうか。 明治政府はこのことを恐怖して、断固として非合法化し弾圧を開始した。学問の世界では専ら政治運動に対する弾圧の様子のみ説くが、明治政府の弾圧は宗教運動に対する弾圧の方もひけを取らなかった。してみれば両面から考察する学問が望まれていると云うことになりはすまいか。 教祖みきが拘引されること、78歳の時の収監を「最初のご苦労」として17、8回に及ぶ。最後の拘引は何と御年89歳にして、しかも厳寒の冬であった。みきはこの時、15日間収監され、息絶え絶えで帰還する身となった。その晩節での教弟との問答も興味深い。みきが神人和楽思想の極致として教えていた「神楽づとめ」を励行するよう促し続けたのに対し、主流派の教弟達は政府から禁止されている、既に何人かの高弟が逮捕虐待され死に目に遭っており、必死で模索しつつある公認化の道が遠ざかるとして聞き入れなかった。 これに対して次のように諭している。「さあさあ月日がありてこの世界あり。世界ありてそれぞれあり。それぞれありて身のうちあり。身のうちありて律あり。律ありても心定めが第一やで。さあさあ実があれば実があるで。実といえば知ろうまい。真実というは、火、水、風。さあさあ実を買うのやで。価を以って実を買うのやで」。そうこうするうちにみきの余命が危ぶまれ、筆頭後継者の真柱が「もはや猶予ならない。逮捕され命を落としてもかまわないと決意する者のみ覚悟して神楽づとめに向かえ」との心定めが伝えられ、一同が応じ、そのつとめの最中にみきは逝去した。 簡略ながらこういう経緯を持つみき思想を何の違和感もなく身近で接してきたのが保田與重郎であり、その思想的バックボーンに三輪思想とみき思想が宿されていると窺うべきではなかろうか。しかして共に護持しているのは日本の古き心、本物の日本精神である。それはどうやら、三輪の地に古くから伝承されている「この地こそ日本のまほろば」として当時の政体、風俗、精神を懐旧する元の国思想であったように思われる。明治維新以降今日まで、「この古き良き日本」が壊され続けている。保田與重郎に何がしかの反骨が認められるとすれば、こう訴える系譜の者であることによると悟らせていただく。 とりあえず云いたいことは以上である。次に、保田與重郎の人となりを確認しておく。 2012.6.30日 れんだいこ拝 |
| 【天理教教祖中山みきの研究新版のお知らせ】如往 2007/11/30 |
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| れんだいこさん、こんにちは。 遅ればせながら、病の快癒を御祝い申し上げます。 私はれんだいこさんと年格好は殆ど違いのない世代に属していますが、自身や伴侶が脳梗塞や心臓麻痺等に襲われたどうしたらよいのだろうかと、世情にも鑑みながらそんなことを考えるようになった今日この頃です。 ところで、『ほんみち不敬罪』(村上重良1974年)は卒論のためかおそらくその後の文献研究で目にしてはいたものの、天皇史観と根本的に対立しているのはどの部分なのかがはっきりしないまま、否、自身では解明ができぬまま今日に至っています。その間にも天理教学の重鎮の一人でもある宗教心理学者松本滋氏の著作(『父性的宗教 母性的宗教』等)を読むなどして推察したところでは、どうやら皇祖=アマテラスとした場合の正統性の問題にも絡む対立ではなかったかと記憶しているのですが、この問題の顛末や戦後の天理教会がどう総括しているのかについては今も尚判然としてはいません。れんだいこさんによる今後の『天理教教祖中山みき研究』に期待したいと考えております。また、会いましょう。 |
| 【天理教教祖中山みきの研究新版のお知らせ】 れんだいこ 2007/11/30 |
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| 如往さんちわぁ。久しぶりです。我々の世代も養生のいる年頃になりました。何とか全快していますが、なりわい上のストレスが多くゆっくりできません。今年は越年が厳しいほど特に強い。ほかの方はどうなんだろうね。 私の「天理教教祖中山みき研究」へのエール有難うございます。今日も暇を見つけては書き直しており、これ後も取りかかります。結構面白いんです。全体の構成とストーリーを確定してから読み易く表現し直そうと思っております。れんだいこの世に送る初版本にしたいと少し色気を出しております。 中山みき思想を理解するには、れんだいこがしたように、或る時期に修養科へ行き三ヶ月ほどひたらないと無理かもしれませんね。もっとも、本部教材の稿本天理教教祖伝をそのままに受け取るとみきの実像に迫れなくなりますが。れんだいこは、かの教祖伝でみきに興味を覚えたので、それぐらいの価値はあるかも知れません。 今れんだいこは、中山みき思想を21世紀に通用する指針として注目し始めております。その他のあらゆる思想が色あせつつある中で、みきのそれは逆に生彩を放ちつつあるとみなしております。それをどう言葉にするのか、そこが問われております。れんだいこの畢生の仕事となりそうです。しかしなんだな、天理教の教会長さん辺りが取り組んでも良い仕事なんだけどね。 |
(私論.私見)