この道は知恵学問の道やない

 更新日/2026(平成31.5.1改元/栄和8)年5.5日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「この道は知恵学問の道やない」を確認しておくことにする。

 2011.5.26日 れんだいこ拝


【この道は知恵学問の道やない】
 明治19年夏、松村吉太郎がお屋敷へ帰らせていただいたときのこと。多少学問の素養などもあった松村の目には、当時、お屋敷へ寄り集う人々の中に見受けられる無学さや、余りにも粗野な振る舞いなどが、異様に思われ、軽侮の念すら感じていた。ある時、教祖にお目通りすると、教祖は次のように仰せられた。
 この道は知恵学問の道やない。来る者に来なとは言わん。来ぬ者に来いとは云わんのや。あんた、富士山を知っていますか。(その冨士を登るのに)頂上は一つやけれども、登る道は幾筋もありますで。どの道通って来るのも同じやで。(逸話篇190)





(私論.私見)