芹沢光治良の天理教とキリスト教教学の比較考

 更新日/2025(平成31.5.1栄和改元/栄和7)年2.11日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「芹沢光治良(こうじろう)考」をものしておく。

 2019(平成31→5.1栄和改元)年.9.26日 れんだいこ拝


【芹沢 光治良/神の微笑(ほほえみ)】
 「芹沢 光治良 『神の微笑(ほほえみ)』 (1986/07 新潮社)」。
 前半は作者の半生記のような感じで、主人公の父親が天理教の信仰にのめりこんで財産を教団に捧げたために親族ともども味わった幼少期の貧苦から始まり、やがて学を成しフランスに留学するものの、肺炎で入院、結核とわかり、現地で送ることになった療養生活のことなどが書かれていています。高原の療養所で知り合った患者仲間との宗教観をめぐる触れ合いと思索がメインだと思いますが、患者仲間の1人が、天才物理学者であるにも関わらず、イエスに降り立った神というものを信じていて、幼少の頃に天理教と決別した主人公には、それが最初は意外でならない、その辺りが、主人公自身は経済を学ぶために留学しており、"文学者"が描く宗教観というより、自然科学者と社会科学者、つまり外国と日本の"科学者"同士の宗教対話のように読めて、論理感覚が身近で、面白くて読みやすく、それでいて奥深いです。

 後半は、その科学者に感化されて文学を志した主人公が、その後、天理教の教祖やその媒介者を通じて体験する特異体験が書かれていて、「世にも不思議な物語」的・通俗スピリチュアリズム的な面白さになってしまっているような気配もありましたが、主人公(=作者ですね)は、それらに驚嘆しながらも実証主義的立場を崩さず、最後まで信仰を待たないし、一時はイエスとのアナロジーで教祖に神が降りたかのような見解に傾きますが、最後にはそれを否定している、一方で、人生における様々な邂逅に運命的なものを感じ、神の世界は不思議ですばらしいと...。

 一応フィクションの体裁をとっていますが(『人間の運命』の主人公が時々顔を出す)、作者が以前に「文学は物言わぬ神の意思に言葉を与えることである」と書いたことに自ら回答をしようとした真摯な試みであり、それでいて深刻ぶらず、沼津中(沼津東高)後輩の大岡信氏が文庫版解説で述べているように、苦労人なのに本質的に明るいです(でも、よく文庫化されたなあ。通俗スピリチュアリズムの参考書となる怖れもある本ですよ)。

 要するに、神というのは、教団や教義の枠組みに収まるようなものではないし、信仰をもたなくとも、神を信じることは可能であるということでしょうか。とするならば、現代人にとって非常に身近なテーマであり、1つの導きであるというふうに思えました(作中の天才物理学者の考え方は老子の思想に近いと思った)。

 作者が89歳のときから書き始めた所謂「神シリーズ」の第1作で、以降96歳で亡くなるまで毎年1作、通算8作を上梓していて、この驚嘆すべき生命力・思考力は、"森林浴"のお陰(作者は樹木と対話できるようになったと書いている)ならぬ"創作意欲"の賜物ではなかったかと、個人的には思うのですが...。


【黄耀儀/芹沢光治良文学にあらわれた神の観念 -天理教とキリスト教教学の比較を通して- 】
 1. はじめに

 芹沢光治良にとって神や宗教の問題が生涯を貫くテーマである。芹沢の文学作品には、神や信仰を追求する主人公の姿、「神様」の登場などの描写が度々見られる。それから、天理教に帰依した家庭で生まれた芹沢の宗教を扱った作品では、よく天理教教祖中山みきとイエスの生涯と教説を比べた上で神を語っている。勝呂奏は、芹沢の作家精神には、親の信仰である天理教とフランスへの留学時に学んだキリスト教を中心に西欧文明が独特の融合を遂げた特徴があると言っている。芹沢の信仰観を扱う先行研究の多くは、彼の文学作品に現れた天理教やキリスト教を、彼の天理教出身、留仏背景によるキリスト教への関心、また宗教団体の相関人物との関係などに結び付けて、彼の神観を論じている。著者は、芹沢における天理教の思想と西欧文明との融合には、その原因の一つとして、芹沢の作品に現れた天理教とキリスト教のある部分、例えば、『神の慈愛』に描かれている、神の世界創造、人間創造、また神と人間の関係など、これらと同じ表現を、現実の天理教とキリスト教教学の中に探ると、両者の類似 性が発見できるからだと考えている。それゆえ、天理教の教義とキリスト教思想との比較作業をすることで、彼の神概念がより明確になると思われる。

 本稿においては、まず、後述する芹沢作品の『神の慈愛』に描かれている神の世界創造、人間創造、また神と人間の関係など、同じ表現を天理教とキリスト教の教学から見て、そして両者を比較分析し、次にそこから見出される両者の類似性を、芹沢文学作品に現れた神概念と対照して、芹沢の神観を検討していきたい。

 2. 天理教とキリスト教における神概念の比較

  「創世神話の比較」、「神と自然世界の関係について」、「神と人間について」、 「イエスと中山みきの位置」にわけて、天理教とキリスト教における神観を比較分析する。

 2.1 創世神話の比較(「元初まりの話」と「創世記」)

 (1) 天理教の「元初まりの話」
 天理教教典の第三章「元の理」において、教祖中山みきの直筆した『おふでさき』、また「元初まりの話」或いは泥海古記」どと呼ばれた筆録資料に基づいて、神の世界創造、人間創造は現代文で以下のように表されている。 (以下略)

 (2) 旧約聖書・創世記
 創世記は、神が六日間(七日目は休日)で世界のすべてを創造したことを伝えている。簡単に記してみると次のようである。一日目、神は天と地を創られた。また、光を創られ、夜と昼を生み出された。二日目、神は空を創り、空の下の水と上の水を分けられた。三日目、神は陸と海を分け、植物を作られた。四日目、神は月日と星々を創られた。五日目、神は水中の生き物と空飛ぶ生き物を創られた。六日目、神は陸上の動物を創られ、最後に自分の似姿をした人間を創られて、この世のすべての創造を終えられた。

 天理教の「元初まりの話」によれば、元の世界は混沌とした泥海のような状態であり、親神がこの泥海のような世界において人間創造を思案するのは、「この混沌たる様を味気なく思召し」たからであり、「人間を造り、その陽気ぐらしするのを見て、ともに楽しもう」と考えたのである。親神は「いざなぎのみこと」と「いざなみのみこと」を男、女の原型にし、そして男女両者の生殖の相互的作用によって子を産み下ろさせる。創世記において、神は、混沌とした世界に秩序をもたらすため世界を創造する。神は人間を神自身の像に合わせ似せて創造し、創造した全てのものをみて、「極めて良かった」と言い下ろした。この「極めて良かった」とは、いわゆる神の祝福である。神は、祝福の気持ちで男女に、「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ」と言い付けた。そして、神にかたどって創造された人間は、男と女という互いに向き合い、相互に補完し合う存在形式を持つ思考有機体なった。神の人間創造の動機、世界の元の様子などについて、天理教の「元初りの話」の見方がキリスト教の創世記とよく似ている。

 ただし、キリスト教では神が世界と人間を創ったのがわずか六日であったという点に対して、天理教では親神の人間創造には長い歳月と複雑な手間をかける。親神は人間創造を三回もやり直したのであり、また、「九億九万年は水中の住居、六千年は智慧の仕込み、三千九百九十九年は文字の仕込み」と言うよう に、人は水中で生まれ暮したのが九億九万年、陸上に生活し知恵を身に付けてゆく期間が六千年、文字を覚えてゆく期間が三千九百九十九年、合わせて九億九百九十九年の月日をかけて、ようやく完成されたのである。この点はキリスト教と天理教の相違点であるが、元の混沌した世界で神が創造主として、全能主として人間を創ったとする点は両方一致していると思われる。

 芹沢光治良文学にあらわれた神の観念

 神と自然世界の秩序

 まず、神と自然の関係については、天理教教典によれば、世界が神の身体であり、世界の隅々にいたるまで、火、水、風、また目に見えるもの、見えないものなどの万物に、神の働き、守護が行き渡っていることが説かれている。それから、天理教の自然秩序観について、松本滋は「この宇宙、世界、自然の全体が親神の「からだ」である以上、そのなかに示されている宇宙の秩序、法則というものはみな、人間もそれに基づくべきルールに他ならない。人間以外の存在は、知らないうちに、無意識のままに、天然自然にその親神のルールに従っ ているのである。そのルールが「天の理」と言われるものである。人間以外のものは、動物も植物も、天の理に沿って生き、そして天の理のままに死んで行くのである」と語った。キリスト教における神と自然世界の秩序については、天理教のそれと類似する点がある。佐藤敏夫の『キリスト教神学概論』を参照すると次のようにまと めることができる。

 聖書では「あなたは天の法則を知っているか、そのおきてを地に施すことができるか」(ヨブ 38・33)、「これら(天、日、月、星)は主が命じられると造られたからである。主はこれらをとこしえに定め、越えること のできないその境を定められた」(詩 148、5b-6)という記載がある。こうした記載によれば、神は自然的秩序を定め、被造物そのものの存続、保存さらにそれらの保護をしなければならない。また被造世界が混沌、無秩序に陥らないように、神による秩序の保持、存続、保護が必要である。従って、被造物である人間、動物、植物などすべてが、神の定めた秩序に従うほかないというキリスト教の自然秩序観がわかる。

 2.3 神と人間について (

 1) 人間活動の自由さ
 天理教では、人間と神の身体の貸借関係を表す「かしもの・かりもの」という教説、また人体の各機能の働きの維持が、親神の統括する「十柱の神」(上述した「元初まりの話」に登場した神々)によって守護されるという独特な観念がある。それを簡単に言えば次のようである。人間の身体は神からの借り物であり、「心」がただひとつ人間自身のものであり、人間はその心一つによって自由に身体を使って考え、行動することができるが、自由自在に身体を使うのも親神の守護による。しかし、本来人間の身体は親神の完全無欠の創造と守護によるもののはずであったが、人間が心に「ほこり」がたまったような誤った心の使い方によって、身体を自由に使うことができなくなり、病を招くことになるのである。それゆえ、心に積もった「ほこり」を掃除して、心の「入れ替え」をすれば、病は完治するようになる。なお、神が無自覚のうちに心の「ほこり」を積み重ねている人間に、警告として病、争い、災いなどを生活のうえに現わすこともあるという教えがある。この「かしもの・かりもの」によって、神の側からみれば、神が被造物である人間に身体を貸したが、人間の活動に無限な自由を与えるのではなく、ほこりを積もらせず清らかな心を持つものだけが自由に身体を動かせるようになる、というのである。

 この教義によれば、神が被造物に対する自由な活動を制約、許す能力をもつことがわかる。また、人間の側からみれば、自己反省して誤ったことを改善するという「心のほこりの除」の行動をするからこそ、親神の完全無欠の創造と守護による人体の本来の状態に戻ることができ、それを自由に使用できる。このように、人間は絶対的に自由でなく、ある意味で神に依存し、神の望みに沿うからこそ、自由に活動できるという、神に制約される被造物であると言えよう。

 キリスト教にはこのような身体の貸借関係や神の人体に対する守護などの観念がないが、神が人間の活動に対する制約、許可を行う類似する点がある。キリスト教では、神は主なる神としてすべてを支配する存在であるが、被造物である人間の自由な活動を許す存在でもある。人間は有限な自由の所有者として、一方では神のごとく絶対的に自由でなく、神に依存し、神に制約されているが、同時に相対的な意味で、被造物としての活動の自由はゆるされている。それゆえに神は人間の自由と制約の両面を通じて世界史を支配し、さらにそれを媒介として救済史を貫徹するのである、というような教えがある。

 (2) 人間の罪について
 キリスト教では、人の罪については次のようにまとめている。創世記において、神によって創られた世界は祝福されたすばらしい世界であった。しかし、 このような繁栄と幸福に満ちて命あふれる世界は、最初の人間であるアダムとエバが引き起こした神からの離反によって、祝福された世界に罪が入り込み、これが人類最初の根源的な罪すなわち原罪となってしまう。この罪とは神によ って創造された人間が、神の旨に従わず、自分の意志に従ったこと、つまり、神中心的な生き方から自己中心的なあり方へ転換したことを意味する。すなわち、罪とは自己中心である。人間が自己中心である罪を持つから、祝福された 世界は呪われた世界へ変わる。苦しみと悩み、争いと高慢、病と死が渦巻く世界に変わった。

 天理教においては、罪とか罰、業、宿業というような宿命論的な言葉はないが、「いんねん」、「一寸のほこり」という言葉がある。『おふでさき』には「一 れつにあしきとゆうてないけれど 一寸のほこりがついたゆへなり」(一 53)という歌がある。この歌は『おふでさき通訳』の解釈によれば、あしき(悪)と言っているが、どこにもあしきなどない、ただ「一寸のほこり」がついた故にあしきとなるのである。このあしきはいわゆる心の「ほこり」である。この人間の「一寸のほこり」は、簡単にとりのぞくことができるように思われるが、最初は「一寸のほこり」でも、何回も生まれかわりするうちに、掃除を怠ると、かなりの量の埃、「いんねん」となり、払うことが難しくなり、益々埃を積み重ねていくことになる。ここでの「いんねん」は、前世で掃除を怠って積み重ねた大量の「一寸のほこり」が現世についてきた悪運であり、つまり、前世における自己中心的なあり方、自己中心である罪が現世に生まれたついていたものになる。輪廻転生観などはさて置き、「罪の起源」のみに焦点を当てれば、このような天理教の考え方は、人類の始祖が自己中心的な考えで罪を犯した事件、後代子孫の生まれつきの原罪になってしまうというキリスト教の原罪の概念にある程度近いのではないかと思われる。

 また、人間の原罪と神の国の関わりについても触れておきたい。まず、神の国については、マルコによる福音書によると、イエスが人々に宣べたメッセー ジは次のようなことだった。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(1:15)。「時は満ち、神の国は近づいた」という言葉は、「神の国」という最終的理想世界の前で、「今・ここ」で決断しなければならないという決断の瞬間を意味する。「今・ここ」に迫っている「神の国」に向けて決断することが「悔い改め」である。「悔い改め」とは、自分を「無にすること」としての自己中心的態度の否定であり、つまり「罪」を「無にする」のである。また、「目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません。神を愛する人は、兄弟も愛すべきです」(ヨハネの手紙一4:20-21)という言葉によれば、神の前での自己反省としての「悔い改め」は、単に自己を自分自身の中に閉じ込めることではなく、神の前で他者を肯定することによって、他人を愛する行動として顕されなければならないのである。だから、原罪と神の国の関係からみれば、人類の目標は自己中心の罪を無くし、他愛へと行動し、神中心性へ戻ることであり、神は近い将来、悪の心をもつ人間を永遠に抹消するために最後の審判を下すのである。そして最後の審判で生き残った善なる心の持ち主はこの世に永遠の楽園である神の国を築くとされている。

 天理教では、人類の理想世界を「陽気ぐらし」と呼ぶ。天理教教典においては、「親神は陽気ぐらしを見て、共に楽しみたいと思惑から、人間を創められた。されば、その思召を実現するのが人生の意義であり、人類究極の目的で ある」と説かれている。ただし、「陽気ぐらし」という人間楽園の一方、「神の残念」、「神のかやし」という教説もある。中山みきの『おふでさき』の中、
 せかいにハ このしんぢつを しらんから みなどこまでも いつむはかりで (十四 26) (世界ではこの真実を知らぬから、皆どこまでもいずむばかりである)
 月日より よふきづくめと ゆうのをな これとめたなら さねんゑろなる (十四 27) (月日が特に陽気づくめと言っているのを、これをとめたなら月日の残念は大変なことになる)

 という歌によれば、人間は誤った心遣いで神が人間と共に陽気ぐらしをするという真実の「親の心」を知らなくなる。陽気遊山、陽気づくめ、つまり陽気ぐらしを疎外するさまざまな心のほこりの満ちた人間を見て、月日親神は残念を感じる。そして、神の残念の一方、「かやし」という言葉がある。『おふでさき』 の17号の中で、神の「ざんねん」の次に、「かやし」の言葉が出ている。
 月日にハ どんなざんねんが あるとても いまゝでぢいと みゆるしていた (十七 64) (月日にはどんな残念があっても、今まではじっと見許していた。)
 さあけふハ 日もぢうふんに つんできた なんてもかやし せずにいられん (十七 65) (さあ今日は、日も十分に詰んで来た、何でもかやしをせずにはおられない。)
 このかやし なにの事やと をもている 神のさんねん ばかりなるぞや (十七 66) (このかやしを何のことかと思っているが、神の残念ということだけである。)

 この「かやし」の意味について、『おふでさき』の六号には
 「このはなし なん とをもふて きいている てんび火のあめ うみわつなみや」(六 116)
 という歌が ある。その意味は、「このかやしの話を何と思って聞いているか。“天火・火の雨・海は津波”がかやし」である。天理教事典によれば、「かやし」は主に親神の残念、立腹を晴らすための手だての意味である。だが、『おふでさき』には、 親神が「かやし」を天変地異や身上・事情等として現わすという記載があり、こうした内容によれば親神からの報復と考えるむきもある。しかし、これはあくまでも親神が可愛い我が子である人間に神の話を分からせ、また人間を助ける契機として、「残念」、「かやし」は位置づけられている。

 また、キリスト教の「悔い改め」の言葉に対して、天理教では「さんげ」という言葉がある。天理教事典によれば、「さんげ」は元来、仏教用語で罪の許しを請うことであり、キリスト教でも同じ意味に用いられて懺悔と記し、「ざんげ」と言う。古くは一般に「さんげ」と発音し、天理教では単に過去の罪を悔いることをいうのではなく、過去の反省と同時に将来への心の治め方や、さらに心の決断に止まらず、実際行動に表わすことまでもさして「さんげ」という。つまり、積極的な信仰的実践の契機をつくる教語となっているのである。また、過去の罪は今生にとどまらず、前生における心遣い、埃、いんねんの自覚、反省が求められることも説かれている。

 「さんげ」概念を用い、先に述べた「陽気ぐらし」、「神の残念」、「神のかやし」の教理から、キリスト教のような人間の原罪と神の国の関係を語ろう。人間は人間と陽気ぐらしを共に楽しみたいという人類創造の親の心を知らない、また世間中の人間が一列同胞、兄弟姉妹であることも気づかず、自己中心的な生き方をしている。この自己中心性は心にほこりが積もっているからである。神は人間のわがままの生き方をみて残念と思い、人間に何かの警告を現す。これは人間を一刻も早く陽気ぐらし世界に導く神からの「せきこみ」(天理教用語:切迫的な望み)である。たとえば、人間の体は親神からの完全無欠の守護 を受けているはずだが、時に病気を罹って思うとおりに体を動かせない。それは、親神が人間に心のほこりがあることを気付かせるためなのだ。生活に不調や不幸なことが起こることは、前世で掃除を怠って積み重ねた大量の「ほこり」が今生についてきた「前世のいんねん」だということを親神が人間自身に自覚させるためである。人間はそれぞれ自分の「ほこり」、「前世のいんねん」を「さんげ」して、神によって創られた本来の澄み切った人間の心に戻り、積極的に他者を救済する道を辿れば、神によって陽気ぐらし世界へと導いてもらえる。こうした「ほこり」、「いんねん」、「さんげ」、「陽気ぐらし」などの天理教の教説は、キリスト教の語った原罪と神の国の関係と類似していると考えられる。

 2.4 イエスと中山みきの位置

 イエスと中山みきの宗教史における共通点はまず、治癒の神として登場したことであり、二人はそれぞれ天啓を受けてから、病気直しの手段で宗教活動を始めたのであり、また、教団における位置づけは、イエスと中山みきともに神と同じ位格である。キリスト教では、三位一体という神像がある。三位一体は「父なる神」と「子なる神」(イエス・キリスト)と「聖霊」の三つが、皆な尊さが等しく、神は固有の三つのペルソナでありがなら、実体は同一であるという意味である。アウグスティヌス(353-430)の『三位一体論』によれば三位格の関係を、「言葉を出 すもの」である父、「言葉」である子、「言葉によって伝えられる愛」すなわち聖霊という類比によって捉えた。三者はそれぞれ独立の相をなしつつ、一体として働き、本質において同一である。つまり、三位一体の神においては、父と子は聖霊の媒介において愛の交わりを結ぶ。聖書によれば、父なる神は子をこの世に派遣する。それは子が人間となったということである。子が十字架にかかり、その後復活し昇天した上で、父は子を通じて聖霊を派遣する。こうした三位一体論によれば、人間となったイエスが神の内部の三位格の一つであるため、イエスは神と同一視されている。

 天理教では、中山みきは神のやしろであると説かれている。「神のやしろ」の説とは、教祖の体が神に入り込まれたため、その体は神の容れ物のような神聖な社である。さらに神がかり以来の教祖の位置づけに対しては、天理教教典において、「教祖の姿は世の常の人々と異なるところはないが、その心は親神の心である」と記している。また、天理教教典講義において、教祖中山みきと本席と呼ばれる飯降伊蔵の比較を通して、教祖と本席が同じく啓示を受ける (神意を取り次ぐ)能力を持つが、教祖は生き神であり、本席は人間であると示している。さらに天理教教典では、「実に天理王命、教祖、ぢばは、そ の理一つであって、陽気ぐらしへのたすけ一条の道は、この理をうけて初めて成就される」という記載がある。これについて天理教教典講義では、「天理王命、教祖、ぢば(人類の発祥地)は三位一体であり、これが信仰の中心であること」と述べている。これらの教説からみれば、天理教では教祖は人間の体を持ったが、神と同じ位格であるとみられる。

 以上のように、天理教とキリスト教の教えを比較することによって、天理教の親神はキリスト教のような人類の創造主、主宰主の至上地位を持つのであり、また天理教の神概念にはキリスト教と同じような一神教的思想があらわれていることがわかる。天理教の神観がキリスト教のと類似性を持つ理由に少し触れておこう。まず、天理教の神名からみれば、高木宏夫は、親神の全名である「天理王命」(読み方は「てんりおうのみこと」)が、あきらかに仏教の「転輪王」からの発想であると指摘している。それから、村上重良は十柱の神の神名が当時の中山みきの教義の「神道化」を反映して大半が記紀神話の神であると論じている。ただし、こうした神道、仏教の要素を取り込んでいる中山みきの神観は、後に独自の骨格を有し、新しい信仰体系を成した。それにもかかわらず、教祖中山みき時代の思想は後の教団の近代化した教理と比べれば、神秘的で素朴な土俗性に満ちている。大谷渡によれば、教祖は地元で祈祷による病気の治癒や家庭の内紛などの解決をして信者を獲得していった。その祈祷の背後には、神秘的な土俗信仰の世界が広がっていた。そして、土俗信仰の世界を表現した素朴な教義の中に現世的幸福を求める民衆の願望が、とりわけ濃厚に反映されていた。

 また、天理教は教祖時代の民間に伝わる土俗信仰の伝統を受け継ぎつつ、日本国家の近代化とともに自身の近代化を果たした。大谷渡は天理教教義の近代化に大きな役割を果した人物である宇田川文海の生涯を取り上げ、中山みきが神がかりという呪術の世界を通して筆にし、口にしたさまざまな言葉を、取捨 選択しこれを意味づけて教理とし、さらに社会の情勢と結び付けて表現するためには、仏教、キリスト教、儒教に関する知識と広い教養を持った宇田川文海のような人材が必要だったと指摘している。そして、世界宗教になることを目 指す天理教の近代化過程における天理教とキリスト教の教義の関連性について、大谷渡は、教団の機関誌である『みちのとも 111号』(1901.3.28)に載せてある宇田川文海の文章を取り上げて次のように語っている。「『 仏教固有の特性たる厭世悲観の精神の如きは』、もはや今日の社会に適合するものではないとして 退けられ、これからの時代を支えかつ社会を発展させる宗教は、天理教教祖がはじめたような『陽気発生の宗教』でなければならぬ」。こうして宇田川は過去の宗教としてにべもなく仏教を退けたが、他方で彼は、天理教はキリスト教と同様に天啓によって成立した救済教であることを強調し、これを博愛的、世界的宗教として意味づけようとしたのであった。

 以上のことからみると、彼は明らかに、西欧近代文明の背景にキリスト教の存在を意識しつつ、国家の発展と 文明の進歩に合致する新しい日本の宗教として、天理教を考えていこうとしていたものと思われるのである。大谷渡の論述によれば、天理教教義にキリス ト教思想と類似する部分があるその理由の一つが、天理教の近代化過程にあったことは明らかである。次にここで検討した天理教とキリスト教の類似性を、芹沢の作品に現れた天理教とキリスト教の思想要素と対照させて、彼の神観を検討しよう。

 3. 芹沢光治良の神観にみられる天理教とキリスト教の思想要素

 ここにおいては、芹沢の作品内容を取り上げて、上述の天理教とキリスト教の比較分析を用いて、「神と人間創造について」、「人の慾」、「イエスと中山みきの位置」にわけて、彼の神観を検討する。

 3.1 神と人間創造について

 まず、神と自然世界について、芹沢は次のように語っている。 あらゆる物質の秩序の整然たる形成も、少しの狂いもなく自然の法則通り動いている天体、太陽、月、地球も、考えて見給え、偶然ではなくて、 何か偉大なものの力によるとしか、僕には考えられないんだ。その力を、僕は神だと信ずるんだよ。(『神の微笑』24 p.66) また、神の人間創造については、芹沢は「親様」(中山みき)の霊を取り次ぐ人との交流する際、「親様はすぐに話題をかえて、『泥海古記』(天理教の「元初まりの話」:筆者)について説かれた」(『神の慈愛』25p.31)として、「親様」 が芹沢に語った「人間創造の真実」の話の一部内容を次のように書いている。 ここでは「人間創造の真実」の全文内容(『神の慈愛』pp.31-33)は後述の便宜を計る上から、「神と人間創造について」(pp.31-32)、「人の慾」(p.32)、「イエスと中山みきの位置」(p.33)の三つに分けて引用する。

 九億九千九百九十年前(想像を絶するほどの昔)、地球がまだ泥海におおわれていた時、親神は人間を創ろうと苦心して、幾度も失敗した後、ようやく男女二柱が生れた。日本流にいざなぎの尊、いざなみの尊と呼んでもよし、聖書ではアダムとイヴと呼んでいる。親神は子供等の陽気暮らしを見て楽しもうとして、この世に人間を創造しようとしたのだが、その後無限の年月をかけて、その男女二柱をかたどり、無数の人間を創った。その間、先ず人間に音を教えた。次に言葉を与 えた。健全な肉体を貸し与えた。知恵の芽を授けた。そうして、人間がめ いめい抱く心に注視した…… こんな風に、『泥海古記』によって、親様は親神の人間創造から説かれたようだった。それ故、人間は人種や国籍の如何を問わず、みな兄弟であり、みな親神のいとしい子供である。親が言葉を知恵の芽を授けたのは、言葉によって人間同士愛を語りあい、知恵によって、おたがいの幸福をつくれ るようにとの、厚い親心であった。その二つを授かったことで、人間は他の動物とちがい、親神の希望をかけた、理想的な生物だった。 (『神の慈愛』「神と人間創造について」部分、pp.31-32) 芹沢が書いた「人間創造の真実」によれば、「宇宙を動かす力」である神が、 「子供等の陽気暮らしを見て楽しもうとしてこの世に人間を創造しようとした」のである。それから、神は日本では「いざなぎの尊、いざなみの尊」、「聖書ではアダムとイヴ」という「男女二柱をかたどり、無数の人間を創った」。そして、世界における、「天体、太陽、月、地球」など「あらゆる物質の秩序の整然たる形成」はこの「一つしかない」、「偉大なものの力」である神によるものである。こうした描写で、芹沢の神概念においては、天理教とキリスト教の教えがある程度融合された形になって現れてきたと思われる。

 3.2 人の慾

 芹沢は、キリスト教の自己中心的「原罪」、天理教の「心のほこり」に類似するような内容を次のように書いている。天国や地獄は、人間さんの世界にあって、あの世のことではないことが、なあ。しいて言えば、あの世もこの世も極楽、天国だったのに、人間さんが、心の慾で、地獄をこの世につくってしまったのや。そのことを、親神さんが、いとしい、わが子供である人間さんのために、どんなに悲しまれたか。神さんは、地上で人間さんの陽気暮し、極楽暮しをみたさに、地球上に人間をつくったのに、その人間さんが、その極楽暮しの有難さも気付かずに、自らの地獄の苦しみに落ちるのやからなあ……(『神の計画』26 p.208) 本来極楽・天国であったのに、人間は「心の慾」で自らの地獄に落ちるという表現は、人間が自己中心である罪を持つから、神に祝福された世界が苦しみと悩み、争い、病と死が渦巻く世界に変わったというキリスト教の教え、あるいは人間が「心のほこり」を積み重ねたため、神に求められる「陽気ぐらし世界」に遠くなるという天理教の教えに近いと思われる。ただし、芹沢のいう「人の慾」は、キリスト教のような原罪観念と天理教のような「いんねん」観念の色彩が薄い、要するに生まれる「以前」からついてきた「原罪」、「悪いんねん」の意味合いよりは、「現在」の人間の自己中心的な「慾」を意味するのである。また、次の内容は、上に取り上げた「親様」が芹沢に語った『泥海神話』の 「人間創造の真実」の内容の続きであるが、芹沢は「親様」との霊的交流を通して、人間の慾に対して神からの対応の厳しさと残念さを読者に語っている。無限の年月が流れる間に、人間は愛を語るべき言葉を、不平や愚痴を表わすのに使うばかりか、他人を敵とするような悪い使い方をした。折角与えられた知恵を、人間みんなの幸福をつくるために使わずに、私慾と己の権力のために使った。そして、心ばかりを人間の物として与えたのに、その人間各自の心が、清らかで広いものと、親神の期待に反して、ほこりをかぶって邪悪なものになった。そのために、人間共が手に負えない動物になりさがってしまった。そのことを、親神がどんなに悲しみ、子供達のために歎いたか。子供達に反省させるために病気にしてみたり、洪水や地震や火山の爆発等、天災を起して、悟らせようとした。しかし、その都度、 多くのいとしい子供が生命を失って、親神は悲哀を重ねるばかりだった ……(『神の慈愛』「人の慾」部分、p.32)

 以上の内容は、天理教において「人間の心のほこり」と「陽気ぐらし」に関する説き方、キリスト教において「人の罪」と「神」に関する説き方に非常に近いと思われる。「親神」が、人間を「病気にしてみたり、洪水や地震や火山の 爆発等、天災を起して、悟らせようとした」のは、「私慾と己の権力」ばかりを考えている人間にそれが自分の罪だと認識させ、反省させるための、やむを得ないやり方である。こうした神の対応は人間からみれば、冷厳で厳しそうに見えるが、芹沢は、人の罪や人の業による人生の苦難について、自身の生涯の経験を振り返って、神の「恩寵」という新しい人生解釈を持ち出している。勝呂奏の研究においては、芹沢の「人生の門出で聞いた「業」を背負って」(1989.8『新潮』)という作品の中の、神の「恩寵」に関する部分が次のように引用されている。人間は誰しも大自然から、使命をうけて生れたのだが、その使命を果すために、成長期の各段階で、節を越えなければならぬ。節を越える努力によって成長する。孟宗竹を見給え。節の多い竹ほどみごとだ。節の少い竹は弱くて用をなさない。人間も同じだ。節こそ「恩寵」なのに、それを越える努力や苦労のために「業」のように考えがちだが、恩寵として喜んで励めば、真に新しい世界が展けて来るのだ。こうして使命を果した人間は、どんな職業であれ、みな幸福な晩年を迎えて、大自然から輝かしい来生を保証されている。業とは、封建時代の人間が、卑しく萎縮した意識で、大自然の恩寵をも、己の罪をざんげして受けようと、卑屈にも考えて、業ということを観念的に創ったので、実際には業は実在しない。あるのはただ「恩寵」だけで。このように、人生の苦難が、人の原罪でもなく、神からの処罰でもなく、神の「恩寵」であるという明るい捉え方は、ユマニスムに立つ芹沢光治良文学の特徴であると言える。

 3.3 イエスと中山みきの位置

 イエスと中山みきがそれぞれキリスト教と天理教の神と同一視されることに関連して、芹沢にとっては、二人はどのような存在であるか、また二人は神と如何なる関係であるかということについては、『神の慈愛』の中の「イエスと中山みきの位置」の中の以下の内容を通して明らかになる。親神は子供可愛さのあまり考慮の末に、子供のなかに、心の広く、よごれない者を選んで、その者に天降って、親神の愛と思惑を、子供達に伝えさせようと決意した。長い歴史の間、親神はその役に、人間のなかの男性のなかから選ばれた。親神にとって、男性は水と土の理を授けたものであるから、父の如く冷静に且つ厳格に役を果すであろうと期待できたからだが、選ばれた男性は立派に役目を果して、親神の意思を人類に伝え、人間の生くべき道を説いて、知者とか、預言者とか、聖者とか、教祖とか、人々に呼ばれて尊敬された。(略)その最後の聖者が仏陀であり、イエスであった。イエスが身をかくしてから二千年近くたって、親神は人間の知恵も進んだので、わが子人類が皆な幸福であるべきなのにと、悲しみを新たにして、今度は親神の意思をつたえて世界助けをする役に、男性ではなくて、女性を初めて選ぶことにした。女性は火と天の理を授けたものであるから、その言葉も冷厳でなく、母の如く暖かに包んで、人間の心を天へのぼらせて、人類を幸福にみちびくであろうと期待した。それに適した女性に誰を選ぶべきか、考察の結果、天保9年(1838年)10月26日、大和の庄屋敷の主婦、中山みきに天降ったのだった。――(『神の慈愛』「イエスと中山 みきの位置」部分、p.33)

 この内容によれば、神は人間を愛するため、真実の教えを我が子に伝える使者を選ぶ。この使者の役は初め「人間のなかの男性のなかから選ばれた」のであったが、「イエスが身を隠して(昇天して:筆者註)から二千年近くたって」、「大和の庄屋敷の主婦、中山みき」という適切な女性が選ばれた。この内容によれば、イエスと中山みきの位置は芹沢にとって、キリスト教や天理教教団内で神の存在に等しいという立場と異なって、歴史上に生きた人間であったとみられる。

 4. むすび

 以上を総括すると、芹沢においては中山みきとイエスは神というより、神にどこまでも近い人間として捉えられている。また、天理教とキリスト教的要素を包含して、ある程度融合を遂げていることがわかる。その原因は芹沢の作品にあらわれている神の世界創造、神と人間との関係、理想世界実現のために神の出現をただちに期待するなどの神概念に関する表現は、同じく現実の天理教とキリスト教教学(例えば両者の創世神話など)から検討しても、両者の類似性を見出すことができるからだと考えられる。もちろん、現在に至る天理教の教義発展は、すでにキリスト教、仏教、神道などの既成宗教と異なる、独特な教義系統をなしているのである。教内学者も、天理教教義をキリスト教、仏教と比較する際に、さまざまな解釈を用い、天理教思想の独特さを表すことに努力している。要するに、本稿においては、天理教、キリスト教の全般的教学の類似性の検討ではなく、本稿で取り上げた芹沢の作品にあらわれる天理教とキリスト教との類似する部分のみ、現実の両者の教学にも通用していると強調したいのである。それから、芹沢の神概念には天理教とキリスト教との融合の傾向があるとはいえ、以上取り上げている神概念に関する芹沢の描いた内容からみれば、「親神」、「陽気暮らし」、「健全な肉体を貸し与え」などは天理教用語を用いること、『泥海神話』の「人間創造の真実」の話は明らかに天理教から借りたことがみられる。このような芹沢の神概念には、キリスト教より天理教思想が大きく、不可欠な存在であることがわかる。こうした彼の神概念について、勝呂奏は、芹沢の神の世界がある意味で独創性に欠けるが、それが天理教が彼にとって最も身 近に知る、乳のように吸った母の言葉としての宗教であったことを意味していると指摘した。こうした芹沢の神観には天理教からの影響がみられるが、ある立場が最初から晩年まで貫かれている。それは神への信仰には宗教組織が混在しないことである。芹沢にとって、教団とは「神の教にも、人間の信仰にも、さして関係がない」(『教祖様』28p.160)のであったが、教団ができると「信仰がそれに結び付けられて、神の教を曲げることが、しばしばおきる」(『教祖様』p.160)のである。芹沢にとって教団は世俗的権威と同様なものにすぎない。また、イエスと中山みきが神と同一視されたことは、教団が自身の利益を計るための説き方であると考えているのである。さらに天理教の教義書について、芹沢は教祖中山みきの著した『おふでさき』の和歌を現代文である天理教教典などとして作製した天理教教団のやり方を、人間の思想の自由発展を抑える行為として認めない。芹沢はみきの直筆した『おふでさき』が散文でなく歌であることが、読む者にさとりの余地を残したものであるとみる。つまり、同じ歌を受け取っても、受け取り手の智慧と信仰の深浅によって、感じるもの、心に響いてくるものが異なるのである。芹沢の『教祖様』において、この天理教教 典は「天理教を最も明瞭に示すもので散文で書かれてあるが、書かれた瞬間に、信仰の面では死文」(『教祖様』p.120)になり、「教えの発展の妨げ」(『教祖様』p.120)にもなると述べている。こうして、宗教団体の批判、イエスと中山みきを人間視することという立場からみれば、芹沢の神概念は、宗教組織の介入がなく「神」と「人間」の二つの範疇しかないと言えよう。 実際、中山みきが『おふでさき』で示した彼女の神観には、また『おふでさ き』に基づいた天理教教団の天理教教典に現れた神観にも、「神」と「人間」 のこの二つの範疇しかなく、他の第三の主体は存在しないことがみられる。も っとも中山みきを神と見なすか人間と見なすかという大きな違いはあるのではあるが、それにも関わらず、こうした天理教の世界観は、芹沢にとって親しい存在として、知らず知らずのうちに、フランスにいた時、身に付けた西欧キリスト教文明とある程度融合して、彼の作品に持ち込まれたのではないかと思われる。
(私論.私見)
 芹沢光治良氏は親が熱心な天理教教徒の子で、若くして渡仏し、かの地でキリスト教に触れ、奇しくも天理教とキリスト教を同じ土俵で図る栄誉に与った。その際の批評として、天理教とキリスト教の相似性(類似 性)に着目して論ずるものが多い。しかし、れんだいこは逆に異質性に脚光を浴びせようと思う。その前に、キリスト教論を開陳して、イエス教、キリスト教、ユダヤ教の識別をしておこうと思う。世上のキリスト教論はこの三者関係がからきしできていない又はデタラメな気がするからである。なおイスラム教を入れれば四者関係になる。




(私論.私見)