山本利八

 更新日/2025(平成31.5.1改元/栄和7)年2.12日

 (れんだいこのショートメッセージ)
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 2007.11.30日 れんだいこ拝


【山本利八(やまもと りはち)】
 1819(文政2)年11.3日、河内国志紀郡柏原村(現・大阪府柏原市)生まれ。
 1904(明治37)年5.4日、出直し(享年86歳)。

 1819(文政2).11.3日、河内国志紀郡柏原村(現・大阪府柏原市)生まれ。利三郎の父。
 1873(明治6)年、長男・利三郎の三年越しの病を教祖に助けられた機縁で入信。
 1904(明治37)年5.4日、出直し(享年86歳)。

【山本利八逸話】
 教祖伝逸話篇158「女の月のものはな、花やで」。
 或る時、教祖の御前に山本利八が控えていると、教祖が、『利八さん、外の方を見ておいで』と仰せになられた。警察の取り締まりの厳しいときのことゆえ、それについての仰せと思い、気をつけて辺りを見廻りましたが誰も居なかった。戻って来て、神さん、何にも変わりありゃしません。向うのあの畑には南瓜(かぼちゃ)がなっています。この畑には茄子(なす)が沢山でけました、と申し上げると、教祖は、膝を打って、次のようにお諭し下された。『それそれ、あの南瓜や茄子を見たかえ。大きい実がなっているが、あれは、花が咲くで実ができるのやで。花が咲かずに実のなるものは、一つもありゃせんで。そこで、よう思案してみいや。女は不浄やと、世上で云うけれども、何も不浄なことありやせんで。男も女も、寸分違わぬ神の子や。女と云うものは、子を宿さにゃならん。一つの骨折りがあるで。女の月のものはな、花やで。花がのうて実がのろうか。悟ってみいや。南瓜でも、大きな花が散れば、それぎりのものやで。むだ花というものは、何にでもあるけれどな、花なしに実のるという事はないで。よう思案してみいや。何も不浄やないで』」。
 ある時、教祖の御前に、山本利八が侍っていると、「利八さん、外の方を見ておいで」と仰せになった。その頃は、警察の取締まりの厳しい時であったから、それについての仰せと思い、気を付けて辺りを見廻わったが誰も居ない。それで、もどって来て、「神さん、何んにも変わりはありゃしません。向こうのあの畑には南瓜がなっています。この畑には茄子が沢山出けました」と申し上げると、教祖は膝を打って、「それそれ、あの南瓜や茄子を見たかえ。大きい実がなっているが、あれは花が咲くで実が出来るのやで。花が咲かずに実のなるものは一つもありゃせんで。そこでよう思案してみいや。女は不浄やと世上で言うけれども、何も不浄なことありゃせんで。男も女も寸分違わぬ神の子や。女というものは、子を宿さにゃならん、一つの骨折りがあるで。女の月のものはな花やで。花がのうて実がのろうか。よう悟ってみいや。南瓜でも、大きな花が散れば、それぎりのものやで。むだ花というものは、何んにでもあるけれどな、花なしに実のるという事はないで。よう思案してみいや。何も不浄やないで」と、お教え下された。
 教祖の「左善右悪」諭しを耳にしていた山本利八が、河内の田舎にお出でた頃の或る時、左の足に腫れ物ができた事がある。山本は内心大変お喜び、「これは有難い、今に何か結構が見えて来るかもしれぬ。教祖がそう仰った事があったが…」と、かつて教祖から伺った話しを思い出し、心待ちにジッと待っていた。すると暫くして一晩のうちにその腫れ物が取れて、右の方にポッツリ一つできていた。再び前のお話を思い出して、今度は驚かれた。「ハテナー、どんな怖ろしい因縁積んだんだったんか知らん」。その足で御地場へ懸け付けて来て、教祖に事の顛末を申上げられると御教祖は、「お前をな、お地場へ引き寄せようと思うてジッと神が待っていたが、どない待っても出て来んもんやよって、左の足から右の足へ換えたんやと神が仰る」と仰ったという云々。
 
(昭和ニ年十月五日号みちのとも田代壽村「お助けと懺悔」より)




(私論.私見)