補足教理 立教の意義及び組織

 更新日/2021(平成31.5.1栄和改元/栄和3)年.12.27日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「増野鼓雪教理/立教の意義及び組織」をものしておく。

 2007.11.30日 れんだいこ拝


増野鼓雪教理/立教の意義及び組織
 
 立教の意義及び組織(一)
 本教のその立教の目的に於て、一は世の立替を標榜し、一は地場の理を現す、即ち親里の理を表現しているのである。この二つの目的は、神意の上に於ては、同一の性質を有しているものであって、道はこの二つの目的を如実に実現し、完成せんがために開かれたものである。こゝに本教立教の真意義が含まれ示されているのである。ところが、翻って遠き本教の過去を顧みたらんば、教祖在世中は、種々なる事情のめに布教が不可能になり、ひいて教祖御帰幽と共に、本教は神道本局に隷属して、教会制度と云うものを形造ったのである。そしてそれは現在にまで及んでいるのであるから、この制度は実に研究すべき重大なる問題であって、現在の教会制度そのものが、果して教祖立教の精神を、社会に実現するために最も当を得たものであや否やと云うことは、吾々の斉しく省察しなければならぬ緊急な問題である。しかし当時を考えて見れば、それ以外には布教を容易ならしむる道はなかったので、この教会制度なるものを、採用するになったのである。

 かくの如く本教は神道本局に隷属して、逐次今日の如く発達をして来たのであるが、本教が神道本局より分離する際に、教内の制度はその内容に於て、大体従前に制度をその儘踏襲して、今日に及んでいるのである。けれども独立と同時に、新たに政府より本教管長に対して、教内に於ける一切の統治権を委任することになったので、その結果として、従来の教区取締から、教会組合の制度に変わっていった、教会管治制度なども多少変更さられて、本部所在地に天理教々庁というものを置かれ、延いて各教会組合のあった所へは、教務支庁と云うものを設けられる様になったのである。
 立教の意義及び組織(二)
 けれども信仰の中心制度になるべき教会組織に至っては、以前の元のまゝに制度と踏襲して、大教会、教会、分教会の如き外形的要素には多少の変遷はあったとはいへ、その根本的組織に於ては、全然如如等の変革をも見ず、そのまゝ今日まで推進して来たのである。かくの如く、本教の発達と共に、漸次その制度に幾多の変遷を重ねて来たのであるが、翻って考えれば、この制度なるものは、果たして何時まで固定せしめねばならぬものであるか否かは、大いに考うべき問題である。

 制度と云うものは、丁度人間の着ている衣服の様なものであって、衣服は何時も同じ物ばかり着けて居らねばならぬと云うことはないのでる。時に応じて季節に適ったいろに変へねばならぬ様に、制度そのものを、亦その時代に変化に応じて変えて行かねば、却ってその制度のために、活発な精神の運動を遮られて沈滞を来す虞があるのである。この意味から見て、現在の時代もと本教現在の制度とは果たして調和しているのであろうか、これ実に研究を要すべき問題なのである。


 前にも述べた様に、本教現在の制度は内から創造せられ発達して来たのではないのであって、当時の時代に余儀なくされて制定されたものなのである。
ところがその制度に制定さられた明治23年頃の時代と、大正10年の今日の時代とは、社会の情勢に於て大いなる相違がある。第一その当時於ては、貴族的に、封建的、官僚的な思想が充満していたに対して、今日の時代は民主的、平民的、平和的な思想が横溢しいたのである。故に現在本教以外から本教を観る時、それらの人は本教々義乃至信仰に於ては、共鳴する多くのものを見出すであろうが、しかしその制度に対しては、甚だ不愉快に感じを抱くことには、拒むことのできない事実なのである。これによって観れば即ち制度が精神を抑圧している点の、少ないのを感ずるのである。従ってこの際、制度の調査を、行うことは本教として緊要なことであるのである。しかしながら、制度は常にその精神より表はれねばならぬものである。故に新制度は新精神より表はれ、新しい施設は、新しい信仰から生まれのである。

 従ってこの際、制度の改善改革に先立ちて、まづ吾人の精神を教祖立教の大精神に立返らすべき必要があるのである。第一その一つである地場の理を現すには、各人の心に本部をして尚一段の深義を闡明せしむると共に、また本部に関する一切のことを、より以上に重要視せしむる様に涵養しなければならぬ。第二としては、助一条の目的を達成せんが為めに、受訓をして一層有意義ならしむべく、その方法を講ぜなければならぬのである。かくして、真の信仰が復活し、新時代と新社会に共鳴する様な新精神の上に立って、制度が表現して来るのである。ここに於て始めて本教立教の精神を宇内に宣揚することができるのである。





(私論.私見)