| 健康寿命考その2 |
更新日/2023(平成31.5.1栄和改元/栄和5)年.4.17日
| (れんだいこのショートメッセージ) |
| ここで、「別章【健康法の研究】」をものしておく。ここに記すのはお道教理に導かれながら、れんだいこ責任で記す気づきである。極力、体験に基づいた裏づけを得るようにして、これを生涯、書き直し続けることにする。「中外製薬 体の仕組み」その他を参照する。 2016.05.15日 れんだいこ拝 |
| 小坂恵理/翻訳家「健康寿命は30年伸ばせる!?100歳超の長寿者が示す、病気にならない体づくりの新常識」。 |
| 100歳を超えてもなお大病にかからず、自立した生活を送る人がいる。彼らは特別な健康法を実践しているわけでも、節制した生活をしているわけでもない。それでも健康寿命を長く保てるのはなぜか?最新の研究で明らかになった、その逆転の発想とは? ※本稿は、医師のピーター・アッティア著、ジャーナリストのビル・ギフォード著、小坂恵理訳『OUTLIVE(アウトリブ)人はどこまで生きられるのか:健康長寿の限界を超える科学的戦略』(NHK出版)の一部を抜粋・編集したものです。 |
| 100歳を超える長寿者の健康意識はむしろ低い |
| 私たちは、少しでも健康で幸せに長生きできる何らかの「秘密」があってほしいと願う。そのため、とんでもなく長生きした人たちの特別な習慣や儀式を知ることに強く執着し、マダム・カルマン(編集部注/1999年に119歳で没。生涯を通して喫煙していた)のような人たちに魅了される。 すごい長寿を実現するには「健康な」行動が必要だと言われるが、私は素直に信じられない。実際、センテナリアン(編集部注/100歳を超える長寿者)の大きな集団をさらに厳密に調べてみると、この概念への疑いは(さらに)強まる。ブロンクスのアルバート・アインシュタイン・カレッジに所属するニル・バルジライは、アシュケナージ系〔ドイツ東欧系〕ユダヤ人のセンテナリアンを対象に大がかりな調査を実施したが、その結果からは、センテナリアンが他の人たちと同様、健康意識が高くないことがわかった。実際、他の人たちよりも意識が低いかもしれない。アインシュタイン・カレッジの調査に参加した500人近くの被験者の大部分には酒とタバコの習慣があり、なかには何十年も継続しているケースもあった。さらに調査対象になったセンテナリアンの男性は、70歳で定期的に運動している可能性がその年代の対照群に比べて低く、太りすぎの人も多かった。これは健康なライフスタイルとは言えない。なぜ一部の人たちは、80歳の大台を軽々超えることができるのだろう。ほとんどの人たちにとって80歳は、むしろゴールである。並外れた長寿――そして並外れた健康寿命――は、主に遺伝子のおかげなのだろうか。 長生きするかどうかは遺伝子によるところが大きい スカンジナビアでの双子の研究からは、人間の寿命の全体的な多様性のなかで、遺伝子の影響は20~30パーセントにすぎない可能性が明らかになった。だがここでは、年を取るほど遺伝子は重要になるという点に注目してほしい。センテナリアンにとって、遺伝子は大いに重要だと考えられる。センテナリアンの姉妹がいれば、あなたがその年齢まで生きられる可能性は8倍に増える。そしてセンテナリアンの兄弟がいれば、100歳の誕生日を迎えられる可能性は17倍に増える。これは、ニューイングランド・センテナリアン研究に参加した1000人の被験者から集めたデータによるもので、きわめて長生きした人たちを1995年から追跡調査した(ただし被験者は同じ家族のなかで成長し、おそらくライフスタイルや習慣を共有している。したがって、この結果には環境的な要因も反映されている可能性がある)。残念ながらセンテナリアンの兄弟姉妹がいなくても、両親が長生きならば期待は持てる。 そんなわけで私は、患者の家族歴を詳しく知ることを非常に重視する。親戚がいつ、どんな理由で死んだのか知る必要がある。たとえば、あなたにとっては何が「大きな障害」だろうか。もしもあなたの家系にセンテナリアンがいたら、おめでとうと言いたい。こうした遺伝子を受け継いだのは幸運でしかない。しかし私の家族ならば、リタイアする年齢まで生きられたら上出来だろう。私や本稿を読んでいるほとんどの人とあなたが同じならば、遺伝子のおかげでうんと長生きできる可能性は低い。 がんの発症が30年も遅いセンテナリアンの特異体質 ではなぜ、センテナリアンについて詳しく知る必要があるのか。なぜなら、これは自分たちに関わる問題だからだ。センテナリアンは遺伝子を通じて「ただで」恩恵を受けているが、私たちも行動を通じて同じ恩恵を受けられるだろうか。あるいは専門用語を使うなら、たとえ遺伝子型が異なってもセンテナリアンの表現型を再現し、病気に抗って同じように長生きできるだろうか。もしもこの質問への答えがイエスならば――私はそう確信している――保険統計的に宝くじ当選者のように幸運な人たちの体内の働きに注目し、これほどの長寿がどのように達成されたのか理解する努力を続けるべきだ。そうすれば、私たちの戦略に貴重な情報が提供される。 センテナリアンと私たちとのあいだには、決定的な違い、あるいは本質的な違いが存在する。センテナリアンは私たちと同じ病気にかかるとしても、発病する時期がきわめて遅い。2年や3年ではなく、何十年も遅い。ニューイングランドでセンテナリアンの調査を実施しているボストン大学のトーマス・パールズらによれば、一般集団の5人にひとりが、72歳までに何らかの種類のがんだと診断される。しかしセンテナリアンの場合、5人にひとりという閾値を迎える時期は100歳、すなわち30年ちかく遅い。同様に、一般集団の4人にひとりは、心血管疾患の症状が臨床的に顕著に見られると72歳までに診断されるが、センテナリアンは、92歳になるまでそのレベルに達しない。 男女の比較で浮かび上がる寿命を決める決定的な要素 同じパターンは、骨強度が低下する骨粗しょう症にも当てはまり、センテナリアンは平均よりも16年遅い。脳卒中、認知症、高血圧にも同様の傾向が見られる。センテナリアンはこうした症状が現れるとしても、その時期がかなり遅いのだ。ただし並外れた長寿をまっとうする人は、病気になる時期が遅いだけではない。高齢者は心身が衰えて惨めな時期を経験すると言われるが、そんなステレオタイプが当てはまらない人も多い。パールズやバルジライをはじめとする研究者によれば、センテナリアンは全般的な健康状態がかなり良い。これもまた、ほとんどの人は期待できない。だからと言って、センテナリアンがゴルフをするとか、飛行機からパラシュート降下するわけではない。それでもパールズの研究の被験者になった95歳の高齢者は、認知機能の評価で優秀な成績を上げた。そして、日常生活の動作も難なくこなす。食事を作ったり、足の指の爪を切ったりするのは簡単な作業に思えるが、年を取ると非常に困難になるものだ。 ひとつ興味深いことがある。センテナリアンは男性よりも女性のほうが多く、女性の数は男性の少なくとも4倍にのぼるが、認知テストと機能テストのどちらでも、概して男性のほうが高得点を挙げる。これは一見、矛盾しているように感じられるかもしれない。女性のほうが平均寿命は確実に長い。しかしパールズは、ここでは一種の選別プロセスが働いていると確信している。男性は中年になると心臓発作や脳卒中を起こしやすくなるが、女性はその時期が10年から20年遅れるので、こうした病気で早いうちに死なず、生きながらえるケースが多い。 要するに、体の弱い人は男性の集団から排除されてしまう。その結果、かなり壮健な男性だけが100歳まで生き残る。一方で女性は、加齢に伴う病気や障害を抱えたまま長生きする傾向が強い。パールズはこれを「諸刃の剣」と呼んでいる。 センテナリアンは若いまま生きている? 長生きできるのはプラスでも、健康状態の悪化はマイナスになる(具体的に計測したわけではないが、平均すると男性のほうが、筋肉量が多いことは何らかの関係があると私は直感している。筋肉量は、長寿や体の機能の良好さとの関連性が高い)。ただし、110歳であまり体調が良くなくても、他の人たちに比べれば、健康だった時期がずっと長いのは事実だ。寿命も健康寿命も、どちらも驚くほど長い。そしてパールズのグループは、さらに驚くべき事実を発見した。スーパーセンテナリアンやセミ・スーパーセンテナリアン(105歳から109歳まで)は、普通のセンテナリアンと比べて、実際に健康状態が良い傾向が見られるのだ。彼らはスーパーサバイバーであり、これほど高齢になると、寿命と健康寿命はほぼ同じになる。パールズらは論文に、こんなタイトルを付けた。「年を取るほど健康になる」。数学の用語を使うなら、センテナリアンの遺伝子は時間に関する位相シフトをもたらしてくれた。寿命や健康寿命の曲線全体が、10年から20年(場合によっては30年!)、グラフの右側に移動している。 こうしたセンテナリアンは単に長生きするだけではない。生涯を通じて同年代の人たちよりも健康で、生物学的に若い。60歳のときの冠動脈は、35歳並みだった。85歳のときには、外見も感性も体の機能もまるで60代のようだった。運転免許証に記載される年齢よりも30年は若く見える。こうした効果にぜひあやかりたいものだ。 数千人のセンテナリアンのゲノム解析の結果は? センテナリアンと私たちは同じではない。センテナリアンは遺伝子と(または)幸運に恵まれ、長寿も健康もほぼ偶然に手に入れているようだ。しかしその他大勢の私たちは、意識的に努力して手に入れなければならない。そうなると、つぎのふたつの疑問について考える必要がある。センテナリアンはどのようにして慢性病にかかる時期を遅らせ、慢性病を回避するのだろう。そして私たちは、どうすれば同じようにできるのだろうか。ここでは遺伝子に注目したい。ほとんどの人は長寿の遺伝子を持つ両親に恵まれなかったため、受け継ぐ機会を逸した。それでも、センテナリアンを優位に立たせている遺伝子を特定することができれば、表現型にリバースエンジニアリング〔表現型という「結果」から遡って、それをもたらす遺伝子型や、その発現のプロセスと構造を分析すること〕を施すことができるかもしれない。これは比較的単純なタスクのように思える。数千人のセンテナリアンのゲノム配列を解析したうえで、一般集団と比べてこの集団で広く共有される特定の遺伝子や遺伝子変異を突き止めればよい。それがあなたにとっての候補遺伝子になる。そこで研究者は実際にこれに取り組み、数千人を対象にゲノムワイド関連解析〔特定の疾患や体質に関連する遺伝的な特徴を網羅的に調べるために用いられる手法〕を行なったが、ほとんど成果は得られなかった。遺伝子に関して、センテナリアンのあいだに共通点はほとんどなさそうだった。そうなると結局、類まれな長寿は偶然以外の何物でもなかったとしか考えられない。ひとつの遺伝子だけが、いや数十種類の遺伝子だけが、センテナリアンの長寿と健康寿命の理由である可能性は低い。広範囲にわたる遺伝子の研究からは、何千とまではいかないが、何百もの遺伝子が長寿には関わっており、それぞれの遺伝子が独自の形でささやかに貢献していること、さらには「完璧な」センテナリアンの遺伝子など存在しないことが暗示される。これは実際のところ、家系にセンテナリアンが存在しない人たちには朗報だ。なぜなら、遺伝子レベルにも特効薬など存在しない可能性があるからだ。センテナリアンでさえ、ささやかな分岐が大きな違いにつながっている。だから私たちも小さな介入を積み重ねていけば効果が現れ、センテナリアンと同じようにいつまでも健康に長生きできるかもしれない。あるいはこう言ってもよい。平均寿命を上回り、健康で長生きしたければ、手に入れるための努力を惜しまず、少しずつ徐々に自分を変えていかなければならない。 |
| 高橋 亮(りょう)医師、医学博士「健康寿命が長い人は圧倒的にここが強い…90歳でイキイキな人と、60歳でヨボヨボな人で決定的に違う体の部位」。 |
| 健康で長生きする秘訣はあるか。医師の高橋亮さんは「90代になっても元気な人が共通することがある。それは“体のある部位”を動かし続けていることだ。血管を守り、ひいては人生の質を高めることにつながっている」という――。 ※本稿は、高橋亮『血管の名医が薬よりも頼りにしている 狭くなった血管を広げるずぼらストレッチ』(サンマーク出版)の一部を抜粋・再編集したものです。 90代になっても元気な人の共通点 私の外来に通われていた最高齢の患者さんは、なんと105歳でした。最後まで自分の足で歩いて来院され、駐車場から100メートルほどの距離もゆっくりと自力で歩かれていました。転倒による外傷で亡くなられましたが、それまでずっと、家事や身の回りのことも自分でこなされていたのです。多くの患者さんを診てきて感じることがあります。それは、90代になっても元気に通われる方々に共通するのは、「自分の足で歩ける」ということ。足腰の強さが、そのまま心臓の強さと寿命につながっているのを実感します。では、なぜ足腰の筋肉がそこまで生命力に直結するのでしょう。それは、人体の多くの筋肉が下半身に集中しているからです。人間の体には、約600の筋肉があります。そのうち、実に6~7割が下半身に集中しているのをご存知でしょうか。なぜ下半身にこれほど多くの筋肉が集中しているのかというと、人間が二足歩行をする動物だからです。四足歩行の動物は、体重を4本の足で支えます。でも、人間は2本の足だけで、全身の重さを支えなければなりません。しかも、ただ立っているだけでなく、走ったり、ジャンプしたり、階段を上ったりと様々な動きをこなします。そのためには、強力な筋肉が必要です。だから、下半身には大きな筋肉が集中しているのです。 上半身を動かすより2倍以上効率的 そして、この事実が血管の健康にとって非常に重要な意味を持ちます。筋肉を動かすと、その筋肉の中を通っている血管が引き伸ばされ、NO(※)の分泌が促進されます。 ※筆者註:NOは一酸化窒素。血管の内側から分泌される「血管やわらか物質」。『血管の名医が薬よりも頼りにしている 狭くなった血管を広げるずぼらストレッチ』(サンマーク)で詳しく説明していますが、以下4つの働きがあります。①血管を広げる②血管をやわらかく、しなやかに保つ③血栓ができるのを防ぐ④動脈硬化を防ぐ 大きな筋肉を動かせば、それだけ多くのNOが分泌されます。つまり下半身を動かすことが、最も効率的にNOを生み出す方法なのです。計算してみましょう。体全体の筋肉の70%が下半身にあるとします。腕や肩、胸など、上半身の筋肉は30%です。つまり、下半身を動かすほうが、2倍以上効率的なのです。しかも、下半身の筋肉はひとつひとつが大きい。その中には“四天王”とも呼べる筋肉たちがいます。太ももの大腿四頭筋とハムストリング。お尻の大臀筋。ふくらはぎの腓腹筋&ヒラメ筋。これら4つの筋肉は、体の中でも特に大きく、強力です。「大腿四頭筋」は、体の中で最も大きな筋肉です。太ももの前側にある、太くて長い筋肉。動かすだけで、大量のNOが分泌されます。太ももの裏側にある筋肉「ハムストリング」も同様です。歩く、走る、立ち上がるなど多くの動作に関わっています。この筋肉をストレッチすると、効率よくNOが発生します。 “四天王”ストレッチで体全体を刺激できる お尻の筋肉、「大臀筋」も重要です。これもかなり大きな筋肉のひとつ。階段を上る時、立ち上がる時、この筋肉が活躍します。ここを刺激すると大量のNOを生み出せることでしょう。「ふくらはぎ」も忘れてはいけません。ふくらはぎは「第二の心臓」とも呼ばれます。なぜなら、ふくらはぎの筋肉が収縮することで、足の血液を心臓に押し戻すポンプの役割を果たすからです。ふくらはぎをよく動かせば、血液循環がよくなります。NOも効率よく分泌され、全身の血流も改善される一石二鳥の筋肉ほぐしなのです。私が「下半身ほぐし」を強調する理由は、ここにあります。上半身だけ鍛えても、効率が悪い。腕立て伏せや腹筋運動も悪くはありませんが、使っている筋肉量が少ないのです。一方、“四天王”をはじめとした下半身の筋肉をストレッチすれば、体全体の筋肉の大部分を一気に刺激できます。しかも、下半身の筋肉は大きいので、NOの分泌量の多さも期待できます。つまり、時間対効果が抜群にいいのです。 ストレッチは“ずぼら”でいい 「ストレッチ」と聞くと、ヨガマットやバスタオルを敷いて、時間を取って、真面目にやらなければいけない――そう思っていませんか? でも、実際に血流を良くする動きは、もっと“ゆるくていい”のです。私は外来で、こう話すことがあります。「ずぼらストレッチは、頑張ろうとしないほど結果がよくなります。座ったまま何となくストレッチすれば十分。いつしかドラマやスマホに夢中になって、ストレッチしていることを忘れているくらいが理想の状況です」。そんなふうにできるだけ気楽に行えたほうが、長く習慣化することが可能となります。そのために考えたのが、『血管の名医が薬よりも頼りにしている 狭くなった血管を広げるずぼらストレッチ』(サンマーク出版)で紹介している「ずぼらストレッチ」です。「ずぼらストレッチ」の良いところは、たくさんあります。まず、いつどこでも、始められること。次に、テレビやスマホを見ながらできること。また、ほとんどの動作は「座るだけ」でいいこと。さらには「結果を求めなくていい」こと。5分やれたから合格、3分しかできなかったから失格――そんなことはありません。大切なのは、「気づいた瞬間にやる」こと。それが血管にとっての最高のプレゼントです。おすすめは、テレビ番組のCM中や、スマホの動画を見ている時。あるいは仕事をしている人なら、オンライン会議の最中にやってもバレません。 ちょっと足を動かすだけで、血流が動き出す 「椅子に座りながら」の場合、床がツルツルと滑りやすいフローリングならば、「靴下をかかとまで脱ぐ」とかかとがブレーキ代わりになって行いやすくなります。あるいは、足の甲を床につけるストレッチの場合は、直接床につけると痛いので、「履いているスリッパ」に足の甲を乗せると、痛くなくなります。こんなふうに「ずぼら」でいいのです。中には椅子代わりにソファやテーブルを使うストレッチ、エクササイズもあります。それらを試しながら、下半身の筋肉がじわ~っと伸びたら、そのまま呼吸を止めずに5秒キープ。この“気持ちいい”感覚こそ、NOが分泌されて、血管がやわらかくなるサインです。椅子にず~っと座る。それだけで、じつは血流は止まりがちです。下半身の血液は重力で足にたまり、心臓に戻りにくくなります。でも、「ずぼらストレッチ」のように、ちょっと足を動かすだけで、血管の中はたちまち活性化します。ストレッチでなくても、たとえば、朝のニュースを見ながら足首をくるくると回してみる。パソコンを打つ手を止めて、肩を回す。打ち合わせの合間に、ふくらはぎを少し持ち上げてストンと落とす。通勤中の電車でもできます。座っている時に、足の指を少し動かす。床を押すように、かかとを軽く上下させる。誰にも気づかれませんが、それだけでふくらはぎの筋肉が働き、血管が動き始めます。この数秒の“血管のゆらぎ”で、血液の流れは確実に変わります。私も診察室で、無意識にふくらはぎを動かしています。患者さんがカルテを書いている私を見て「先生、足が動いてますよ」と笑われることもあります。けれどそれが、1日中診察室で座りっぱなしになっている私なりの血管健康法なのです。血管は、“一瞬の努力”よりも“長年の習慣”で変わります。だからこそ、ストレッチは「ずぼら」でいい。「ながら」でもいいんです。 |
(私論.私見)