健康寿命考その1

 更新日/2023(平成31.5.1栄和改元/栄和5)年.4.17日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「別章【健康法の研究】」をものしておく。ここに記すのはお道教理に導かれながら、れんだいこ責任で記す気づきである。極力、体験に基づいた裏づけを得るようにして、これを生涯、書き直し続けることにする。「中外製薬 体の仕組み」その他を参照する。

 2016.05.15日 れんだいこ拝



 イントロご挨拶
 皆さんはじめまして。年末前のお忙しいとき、こたびのセミナ-にお越し賜りましてありがとうございます。会費が5000円となっております。食事つきではありますが結構な金額です。先に石井さんがとても有益なキャンバ講演をしてくださりました。私も、皆様方が来てよかった、会費に見合う講演だったと言ってくださるよう内容のあるものにしたいと思います。
 題名は、スタッフと相談の上、「私の健康法―寿命について」と致しました。要するに、健康寿命について思うところを語るということです。人前でのこういうスピ-チは、初めてでございます。2回目、3回目に繋がるよう頑張ります。持時間は45分です。そこで、その一を私の自己紹介(要するに履歴)、その二を健康らく座開設経緯、その三として私の考える健康寿命と健康法と致しました。それぞれのテ―マがそれなりのボリュ―ムを持ちますので、本日はその一と二につき要点だけに絞り込み短めに致します。今、原稿を確認しましたら持時間45分ギリギリでございます。そこで、その二から始め、時間がありましたらその一に戻るように致します。
 当初は立ってスピ-チする予定だったのですが、原稿を書いているうちに、これを座って読み上げする方が良く伝わるのではないかと思うようになりました。割合に思うところを書きつけられたと自負しています。ぶっつけ本番ではなく、読み忘れを防ぐため現行読みスピ-チにしたいと思います。
 という訳で、私の自己紹介(要するに履歴)に入ります。私の出自、成長履歴を省き、私がどういう風に自己形成してきたかということだけを結論的に語ります。
 私は、自分を典型的な文系人間と認識しております。これを逆に言えば、理系知識にからきし弱く且つまた関心が薄いということでもあります。パソコンや車の中身についてチンプンカンプンのまま使っています。鉄の船がなぜ浮かぶのか、飛行機がなぜ空を飛べるのか、建築の強度をどう測り間違いがないのか、どうやって大きな橋が掛かるのか、疑問のまま今日に至っています。

 高校生時代、私は数学、物理学、化学が不得手でした。国語、日本史、世界史、倫理社会は得意でした。もし国立大学が私立みたいに3教科(例えば国語、英語、日本史)だけで済んだのなら、東大に入学できていたと思います。3教科では英語はまあまあでしたが、歴史と国語はよくできたからです。

 偶然ですが、私の現役の大学受験時は、先にも後にも例のない東大入試中止の年でした。実際に入試があった場合、成績的に見て受験しなかったと思われるのですが、入試がなかったものですから、東大受験に受かるも落ちるも経験しようがない年度なのです。そういうこともありまして私たちの同期生には東大コンプレックスがないのですふふふ。私の年度の特権としてこういう自慢があります。飲んだ席で、「あれで人生狂ったよなァ」とか面白おかしく語り合うことがあります。
 私は現役受験を失敗して一浪し、早稲田大学法学部に入りました。後に、中学時代の担任から「久保君には一番似合っている大学に入ったなと褒めてくださいました」。大学生活の最初は、図書館で日本古代史上の人気テ-マである邪馬台国の所在地解明に浸っていました。ところが、入学した年度は1970年でした。キャンパスが騒々しいのです。70年安保闘争にどう関わるべきか、あるいはどう背を向けるべきか、の選択が問われていました。この辺りの話をし始めるとキリがなくなりますので割愛します。一浪一留で卒業しました。
 就職試験ではマスコミを目指しました。日経新聞社の試験には合格したのですが、面接の最終選考で落とされました。その時の雰囲気では、会長や社長らから質問があり、私の受け答えも良くて採用ム-ドだったのですが、結局は採用されませんでした。私は当時学生結婚しており子供も一人いました。このことが前例がないと問題になったようです。後知恵になりますが、総社倉敷地盤の橋本龍太郎さんに掛け合い、推薦してもらえればひょっとして受かっていたかなと思ったりします。剣道つながりでたぐれば道筋があったのです。但し、今思うに希望通りにマスコミに入社したとしてそれが良かったかどうか、恐らく私はどこかの時点で記事の筆先が及び過ぎ、飛ばされるか始末されたかもしれません。そう考えると、今ある私が似合っていると考えています。
 それはともかく、結果的にイト-ヨ-カド-に入社しました。1年半ほど勤めた後、事情がありまして天理教の聖地に行き、信者詰所に寝泊まりすることになりました。3か月間の修養科を連続2期過ごしました。その後、半年ほど岡山にある天理教の分教会に住込み勤めしました。その後、実家に戻り、長兄のギフトショップ経営の手助けをしていました。その後、私を天理教に導いた次兄が不動産会社を立ち上げ、事業は軌道に乗ったものの片腕の助さん格さんに示し合わせて辞められ困っている、手伝ってくれないかとエラク神妙に相談され、兄貴の鄭重に誘う姿勢に感応し、入社しました。そのまま今日に至っております。30歳前のことですからもう45年以上前になります。
 私は、いわゆる思春期、青春時代の頃から、私、私たちがどう生きるのが良いのか、どういう国が良いのか、世界は、世の中はどうあるべきなのか等々について考えるのが好きでした。それが今も続いております。
 仕事にもっとのめりこんだら会社も発展していたのだろうと思いますが、後悔はしていません。この間、仕事はそこそこ、趣味として政治的なこと、宗教的、哲学的、思想的なこと、歴史や、神社仏閣巡り、温泉巡り、続いて30半ば過ぎ頃から囲碁に興じて参りました。県下の強豪に仲間入りするのにあと一息です。来年か、さ来年当たりには新聞に名が出るところまでは辿り着きたいと念じ精進しています。有難いことに至って健康です。駆け足で述べましたが、以上がざっと私の人となりの自己紹介です。
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 次に、健康らく座開設経緯についてお話したいと思っております。これがドラマ仕立てなのです。

 おと年の暮れ、私どもの会社の社員、私を含め3人しかいないのですが、賃貸部門を任していたA君が、私が水素セミナ―に呼ばれて帰社した夕刻のまさにその時、「社長、お話があります」と言うのです。聞くと、「実は肺がんのステ-ジ4のBで、来年1月4日に済生会に入院します」というのです。退院予定はと聞くと、「さっぱり分かりません」。

 毎年2、3月は賃貸あっせんの忙しい時です。困ったと思った瞬間に、先ほどの水素セミナ―で買ってきた本を思い出しました。水素が免疫を高めるので病気全般に効く、ガンにも効くと言っていたので、読んでみたらと言いながら渡しました。A君は晩婚で、少し前に結婚し男の子を授かり、その子が1歳を少し越したばかりでした。時に44歳だったと思います。
 A君は貪るように読んだのでせう、翌日、会社で会うと、「水素吸引機の件で話を聞きに行きます。既に電話で話をしています」ということでした。先方で話を聞き、機器の注文をし(150万円)、機器が到着したのが12月25日頃。彼は翌年の1月4日の入院までの約十日、必死に毎日8時間吸ったはずです。1月4日に入院し、その際に、主治医に、断られてもダメ元で、水素吸引機を病室に持ち込みたいと要望しました。主治医が「ああいいよ」と了承しました。これはとても珍しいことです。大概は断られます。

 A君は、入院直後の検査で、既に大幅にガン数値が改善していました。左右の脳に転移していたと思われる白いモヤモヤも薄くなっていました。放射線治療、抗がん剤治療が始まりましたが、水素を吸い続けたお陰で、食欲があり、グッタリ感なく、寝つきも苦しくなかったとのことです。但し、髪の毛が抜け帽子をかぶるようになりました。そうこうしているうちの2週間後、主治医から、「こんなに良くなったので退院して良いでせう。後は通院で様子を見ませう」と言われ、会社に復帰と相成りました。その時の彼の頬の赤み、声の艶が忘れません。

 それから数か月後、行きつけの地元のカラオケスナックで出会ったとき、彼は腹の底から絞り出すような声で熱唱していました。オイオイ直ったと云っても病み上がりなんだから、そんなにがなり声で歌うのはどうかなと心配したところ、「社長、もう大丈夫ですけん」と明るく笑って歌い続けていました。それほど良くなったのです。その後の話をしたいのですが、時間の制約がありますので省きます。
 それから約10か月後、私どもの道路北向かいの1階2区画分を一つにした店舗が一昨年(おとどし)の11月末で空いたまま一年になろうとしていました。私は、けやき通りと云われる中区役所筋のこの店舗は希少価値なのですぐ決まると思っていました。それが、5件ほど問い合わせがあり、案内したものの決まらず空き店舗になっていました。現在の健康らく座のここのことです。この店舗の前の借主は老人介護の整体ジムで、繁盛したため近くの西川原駅前の大きな土地建物を買い今も隆盛しています。そういう意味で出世運があり縁起も良い物件なのです。

 私はこの店舗が決まらないことに不思議を感じていました。当社に余裕の軍資金があれば当社が借りて押さえておきたい希少物件でした。欲しいなあと思いながらも、軍資金がないことと、もう一つ、私は既にもう何十年も前から碁会所を手掛けており、これ以上手を広げるのは如何なものか、さすがにやり過ぎではないかと自問自答し続けていました。そういう風に経過していたところ、その年の10月(去年の10月になります)、結構な不動産取引ができ、それなりの手数料をいただいた勢いで契約しました。A君を元気にした水素吸引機の紹介ビジネスをしたい、この機械なら三方良しで上手く行く、それとここを本日のようなセミナ-、スピ-チ会場、ユ-チュ-ブラジオ発信基地にしたいと思ったからです。
 こうして健康らく座が生まれました。昨年の2014年12月14日に正式開店し、その際、水素吸引機メ-カ-社長に来ていただき講演と実演指導をしていただきました。年が明け、人を雇うほどの余力がないため、ぼちぼち行こうやと思い半開き状態で経過していました。この間、A君の奇跡の回復を知ったことが評判になり月に1台ぐらいはコンスタントに営業できています。
 昨年末、長年の友人で大手建築会社の元社長で広島在住のTさんと電話する機会を得ました。仕事の話を終えた後、Tさんが思いがけなくも大腸がんで手術したことを伝えました。私が、「ならば言わせてもらいますTさん、実は今、会社の事業として水素療法の普及に取り掛かっています。きっかけはA君の奇跡的な生還です」云々と話をしたところ、ごく素直に「A君がそんなに良くなっているのならワシも試す」となり、今年の1月19日に届けました。久しぶりの対面になりました。Tさんは手術後で随分やつれていました。その半年後の7月頃、フィルタ-交換でお邪魔したとき、かっての精悍さが復活していました。Tさんは今やこの水素吸引機の信奉者を公言しています。姉、姪、かっての同僚にと次々と紹介してくれています。
 先日の11月15-16日、第2回目の公開セミナ-をし、水素吸引機メ-カ-社長が再度来訪してくだされました。有難いことです。田村社長は、自社の製品が生成水素の純度、アフタ-ケアの充実等で日本一と力説していました。会社の今後の展望も聞かせてくれました。透析専門の病院と提携し患者さんに水素を吸ってもらう方向の話を進めているとのことでした。これが最新情報です。
 水素には解毒効果があります。普通の場合でも活性酸素がこびりついてできる体内、特に血管内のサビ、シミ、汚れ、老廃物を除去します。結果としてアンチエイジングで若返りさせる働きがあります。コロナ禍のワクチン接種以降は、ワクチン毒を解毒させる作用があります。

 ワクチン解毒にはイベルメクチンの効果が知られています。イベルメクチンは、1970年代に日本の大村智博士とアメリカのウィリアム・キャンベル博士らによって発見されました。土壌中の微生物、特に放線菌ストレプトミセス・アベルミティリスが産生するアベルメクチンという物質から誘導体として開発されたのがイベルメクチンです。線虫などの寄生虫の神経や筋肉に作用し、麻痺させて駆除することで効果を発揮します。肝臓にも腎臓にもいい影響があるようです。特定の寄生虫によって引き起こされる感染症の治療に有効な薬剤として知られています。この発見は、熱帯病として多くの人々を苦しめていた寄生虫疾患の治療に革命をもたらし、両博士は2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 イベルメクチンの発見は医学界に大きな貢献をもたらしました。今後は、イベルメクチンと水素療法でワクチン禍に立ち向かうようになると思います。 
 お話したいことが山ほどありますが、この辺りで健康らく座開設経緯の話を仕舞います。またの機会に述べさせてもらえたらと思っています。
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 さて、いよいよ本題です。その三として私の考える健康寿命についてお話しいたします。どこまで意を尽くして伝えることができるでせうか。
 まづ、寿命というもの、人生というものをどう了解すべきかについてお話したいと思います。有名な謡曲幸若舞/敦盛の一節「人間五十年、下天のうちにくらぶれば、夢幻のごとくなり。ひとたび生を受け、滅せぬ者のあるべきか」が愛好されて参りました。戦国武将の織田信長が、桶狭間の戦いの出陣前に、この舞いを踊ったことで知られています。

 織田信長は、この場合は昔の人はと言うべきでせうか、「人生五十年」を常に意識し、辞世句を懐にしており、人生を有意義なものにしようと自覚しつつ生活していたように思われます。新聞や電波の情報洪水に晒されている今の我々は、そういうことを考える暇(いとま)がなく、その分生き方が薄っぺらになっているのではないでせうか。
 私は、この一節で、昔の人は「人生五十年」と弁えていたのだなと合点していました。しかし、少し考えると、「人生五十年」は短か過ぎます。当時でも長命の者もいたはずです。そもそも紀元3世紀頃の中国の魏の国の歴史書「魏志倭人伝」に、倭人は相対的に長命であると「それ、人は長生き。或いは百年、或いは八九十年」と記述されています。

 古来より日本人の命は長命なのです。日本は長寿国で知られている国なのです。そこで「人生五十年」をどう解するべきかと考えてみました。私の解は、「人生五十年」は分かりやすく語呂を良くした例えに過ぎず、これを今風に捉えると「稼働(自律)人生五十年」という風に捉えるのが適切ではないのか、と了解しています。これによると、人は社会的に生活し始めてからの五十年が自分の自力人生で、その期間がその人の人生パフォ―マンスなのではないでせうか。仮に成人の20歳を起点とすると、70歳までが「稼働人生五十年」になります。

 ここで、孔子の有名な「吾、十有五にして学に志し(志学)、三十にして立ち(而立)、四十にして惑わず(不惑)。五十にして天命を知る(知命)」を参考に「稼働人生五十年」を照合させてみます。どうなるでせうか。稼働人生の起点を仮に社会的に自律する30歳にすると80歳なります。仕事に人生に自信を持ち惑わずになった40歳を起点にすると90歳なります。天命を知る50歳を起点にすると100歳なります。「人生五十年」を「稼働人生五十年」と解することで「人生五十年」の幅が随分広くなり、その人の今の年齢に応じた励ましになります。人生期間をこのように考えられたらどうかと、参考にしていただければと思います。
 平家物語のこれも有名な一節を紹介します。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理(ことわり)をあらわす。驕(おご)れる人は久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。猛(たけ)き者も遂には滅びぬ。ひとへに風の前の塵(ちり)に同じ」とあります。日本人は古来より、人生の無常、有限を承知しながら横柄傲慢でない生き方を愛好していたことが分かると思います。
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 それでは、生物学的な寿命ではどうなるのだろうかという問題の解を求めて参りたいと思います。
 その前に世界の人口について確認しておきます。
 1804年頃、世界の人口は10億人だったと推定されています。世界人口は、産業革命による経済・医療の発展を機に急速に増加し続けています。2022年11.15日、国連が、世界人口が80億人を超えたと発表しました。 ワールド・ポピュレーション・レビューによると、インドの人口は2022年末で14億1700万人。中国国家統計局の調査によると、中国(台湾、香港、マカオを除く)の2022年末人口は14億1200万人とされており、インドが長年人口世界一であった中国を上回る結果となりました。今後も増加傾向にあり、2037年に90億人、2080年代に104億人でピークを迎えると予想されています。発展途上国などで人口が増加する一方で、先進国では人口が減少し、少子高齢化が進んでいます。
 日本の人口は2023年3月時点で1億2449万人で、2011年以降11年連続で減少傾向にあります。
 年次 人口数 前年比増減 2011年以降
2020年 1億2622万7千人 10年連続減
2021年 1億2550万2千人 約64万人減(▲0.51%) 11年連続減
2022年 1億2494万7千人 約55万人減(▲0.44%) 12年連続減
2023年 1億2435万2千人 約59万人減(▲0.48%) 13年連続減
2024年 1億2380万2千人 約55万人減(▲0.44%) 14年連続減
2025年 1億2337万1千人 約60万人減(▲0.49%) 15年連続減

 ここで、出生数を確認しておきます。総務省統計局によると次の通りです。
 年次 出生数 増減
2020年 84万832人
2021年 81万1604人
2022年 77万747人 初めて80万人台を割り込む。
2023年 72万72888人
2024年 68万6061人 過去最少の70万人割れとなり記録を更新しました。
 ちなみに、戦後の出生数は、終戦直後の「第1次ベビーブーム」期(昭和22~24年、ピーク時の昭和24年は270万人)、その時期に生まれた女性の出産による「第2次ベビーブーム」期(昭和46~49年、ピーク時の昭和48年は209万人)の二つの山がみられた後は減少傾向にあります。ちなみに、年間200万人以上の出生数は次の通リです。
総人口 出生数 死亡者数
1947 2 678 792 1 138 238
1948 2 681 624 950 610
1949 2 696 638 945 444
1950 84115 2 337 507 904 876
1951 2 137 689 838 998
1952 2 005 162 765 068
1971 2 000 973 684 521
1972 2 038 682 683 751
1973 2 091 983 709 416
1974 2 029 989 710 510

 これによると、年間200万人以上の出生数は、戦後3年後の1947年から6年間、田中角栄政権の1971年から4年間に現出しているということになります。
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 もとへ。寿命に関する代表的な学説に「プログラム説」というのがあります。それによると、「各生物の寿命は、個体寿命にバラツキがあるもののの、生物ごとに凡そ寿命が決まっており、線虫10日、ハエ4か月、マウス2-3年、猿25年、ゾウ70年、人70年」とされています。

 1961年、米国のL.ヘイフリック博士(カリフォルニア大学やスタンフォ-ド大学の解剖学教授)が、シャ-レの中で細胞の分裂回数を研究し、50-60回分裂するとそれ以上は分裂しなくなったと発表しました。これを「ヘイフリック限界」と言います。要するに、生物の細胞には固有の寿命があって、仕込まれた回数以上は分裂できない、即ち細胞には寿命があり、生物の種類ごとに限界値が違う、ということを知らしめた訳です。
 「染色体のテロメアの短縮」という現象も発見されており、細胞の分裂限界説を補強しています。「テロメアの短縮」とは、細胞の分裂回数は細胞の奥深くの染色体の端にあるテロメアと呼ばれる部分の長さで決まっており、細胞分裂を繰り返すたびに短くなって行き、ある程度短くなると「ヘイフリック限界」に達するという説です。テロメアを補助するのが「テロメラ-ゼ」で、テロメラ-ゼの働き如何でテロメアが短くなるのが遅れたり伸ばしたりすることができます。近年の研究報告で、ガン、心疾患、認知症等にテロメアの減少が関係しているとされています。運動や、食事などの生活習慣の改善、ストレスの軽減によって、テロメアが伸びることが証明されています。
 これらの説によると、人の分裂限界は50で最大寿命約120年とされています。日本の国内最高齢は、1986(昭和61)年、泉重千代さん(鹿児島県徳之島出身)が120歳で死去。泉さんは1865(慶応元)年生まれで、114歳だった1979年にギネスブックに世界最長寿者として認定されています。その後も記録を更新して、還暦を2回迎える「大還暦」を人類史上初めて達成さました。この記録は日本では破られていません。ちなみに、これまでの世界の最長寿命は、1997年に死去したフランス人女性のジャンヌ・カルマン122歳。この記録は破られていません。

 ちなみに、日本の百寿者(センチナリアン。「1世紀以上を生き抜いた」という意味がある)の数は、調査を始めた1963年で153人、1981年に1千人を超え、1998年に1万人を超え、2012年に5万人を超え、2017年に6万7824人、2018年に約7万人、2023年9月時点で約9万2千人、2025年9月時点で過去最高の約9万9763人。昨年から4644人増え55年連続で増加。全体のうち女性が8万7784人と88%を占め、男性は1万1979人。世界の百寿者数は、日本が最多で、次いでアメリカ、中国、フランス、インド、イタリアと続きます。2018年の百歳以上の高齢者の男女比を見てみると、女性が61,454人で全体の約88%となっています。センチナリアンが増加しており、その中でも女性が圧倒的に多いという点は、日本のみならず世界において確認されています。

 110歳以上のス-パ-センチナリアン(supercentenarian、super-centenarian)は、2020年の国勢調査で141人が確認されています。
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 これらはいわゆる理系的統計です。ここで文系的認識による寿命説を紹介したいと思います。私は28歳頃、天理教の修養科に行き、中山ミキ教祖の語録を拝しました。そのミキ教祖が寿命に関して次のような御言葉を遺しています。「それ人の寿命は115歳。病まず弱らずの道が敷かれている。これを115歳の定命(じょうみょう)と云う。この定命をいただけないのは親神様の思いに反する埃をつけているからや。親神様の思いに沿う生き方をすれば50、60洟(はな)垂れ小僧、70、80働き盛り」と仰せになっています。これを、「病まず弱らずの115歳定命説」と云います。

 ミキ教祖は、この言葉通りの手本を示しています。時は明治時代の頃ですが、80歳を越しても病まず弱らず意気盛んに教えを説き、請われるままにあちこちに出かけています。その教えが、時の明治政府の富国強兵政策と合わず、弾圧されるようになります。78歳時の収監を「最初のご苦労」として、以降89歳までの10余年の間に17、8回にも及んで警察署や監獄署へ「ご苦労」(捜査、訊問、科料、拘引、収監、留置)されています。「最後のご苦労」は89歳の身で厳寒の冬を12日間拘留されました。これが為にと思われますが、翌年に逝去されました(亨年90歳)。「最後のご苦労」がなければ本当に115歳まで病まず弱らず生きられたのではないかと思われるほどの元気達者ぶりが記録されています。
 私は、医学の見地からも、私の敬愛するミキ教祖の仰せからも、人の寿命について120歳辺りで一致していることに興味深く思えております。そして、これを信ずるゆえに、病まず弱らずの115歳までの人生設計を心がけています。もし、その途中で命が尽きた場合には不徳の致すところです。会社を経営していますのでストレスにやられるのが最大の敵です。この難敵を退ければ夢ではないと思っております。仮にそうならなくて、そのように思い人生をやりくりすることに意義があると考えていますので悔いはありません。

 私は、親の代、あるいはそれ以前からの天理教徒ではありません。私が培ってきたそれまでの政治、哲学、思想、宗教能力が、ミキ教祖の御教えとハ-モニ-し、ストンと胸に収まった故にその教えを信奉している訳です。ミキ教祖の御教えで興味深いものは他にもたくさんあります。「人類は皆な兄弟姉妹や」、「人を助けて我が身助かる」、「雄松雌松に隔てない」等々。この中山ミキ様の御教えは今後もっと注目されていくだろうと思います。こういう機会がまた与えられましたら、興味深いミキ教祖の御教えをどんどん紹介したいと思います。
 ここで、「最大寿命約120年」を、日、時間、分、秒で確認しておきます。逆算して残りの日々をどう過ごすのかの問いに役立つと思います。次の通リです。
換算 問い数値 日時分秒 換算数値
120歳 1年365日 4万3800日
時間 4万3800日 1日24時間 105万1200時間
105万1200時間 1時間60分 6307万2000分
6307万2000分 1分60秒 37億8432万秒

 凡そ120歳は4万日、100万時間、6千万分、37億秒。人は、この時間枠の中で生きていることになります。そう心得て、実りのある悔いのない人生を切り開くべきではないでせうか。
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 話を戻します。細胞内で、活動エネルギ-を作っているのがミトコンドリアであることが分かっています。ミトコンドリアの働きが弱くなると、活性酸素を除去する酵素の量が減少し、結果的に細胞の健康が損なわれます。こういう関係において、ミトコンドリアの働きを能くするものにどんなものがあるのかということが問われています。いろいろあるのでせうが、私どもは水素療法を勧めています。それも、水素水よりも水素サプリよりも、より直接的な水素吸引です。耳に差し込み鼓膜の向こうに浸透させる方法もあります。水素療法によって細胞を生き生きさせ免疫力を高める効能こそ本物と自負してお勧めしております。ぜひ、当健康らく座でお試しください。
 ところで、一言二言添えておきます。水素療法が如何に素晴らしいものであるにせよ、水素療法さえしていれば十分というものではありません。これについて、私は次のように考えています。これを開陳いたします。
 寿命は永らえているだけの寝たきりでは意味がありません。寿命が真の寿命である為には、生きていることに喜びを抱くことができる健康寿命である必要があると考えています。そこで健康寿命について考えてみたいと思います。健康寿命の全体を仮に円で表せば、どういう分割ができるでせうか。私は4分割で考えています。(図示します) 

 右半分の上半分は、陰気と陽気で、その度合いを測っています。これを説明しますと、健康寿命に良いのは陽気で、健康寿命に良いホルモン、分泌液を出し続け免疫力、自然治癒能力を高めます。逆は陰気です。健康寿命に悪いホルモン、分泌液を出し続け免疫力を損ねます。この差が大きいのです。天理教の教祖中山ミキ様は心の持ち方、在り方をとても重視しており、「陽気つとめ」を称揚しています。後に、信徒が教理化した際に「陽気暮らし」という言葉を生み出し、それが定着しています。

 陽気と何かと説明すると長くなりますので、元気、笑い、笑顔、積極的、明るさ、素直さ等々、細胞が喜ぶ理に適う在り方だと考えれば良いと思います。どんなに名医にかかっても、いくら水素療法が凄いといっても、陰気暮らしをしていれば体を悪くします。

 60兆個(説によっては30兆個)あるとも云われる細胞がそういう風に繋がっているのです。陽気であれば細胞が生き生きし、免疫力、自然治癒力が上がります。人を殺めたり、イジメたり貶(けな)したり、その他良くないことをし続けると細胞内に陰気な種が巣くい、それが諸病の源になります。そういう関係にあると思います。このことを、昔から「病は気から」と諭しています。
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 健康寿命の右半分の下半分は、助け合いです。助け合いと足の引っ張り合いで、その度合いを測ります。先に述べた陽気陰気の延長として繋がっていますが、分けて考えるべきだと思い、下半分にしております。陽気陰気は個人の問題で考えることができますが、助け合いと足の引っ張り合いは他の人との社会的関係です。陽気陰気は心の持ち方で考えることができますが、助け合いと足の引っ張り合いは行い方に関係しています。実際には、人は助け合い一途、足の引っ張り合い一途ではなく、時と所と場合と相手によって助け合ったり無視したりで、いろんな人間模様になると思うのですが、助け合い一途を強めれば陽気に向かい健康、逆に向かえば陰気に向かい病気の種が蓄積されていきます。この差が大きいのです。

 実際に、人の世話を焼いたり、ボランティアをしている人を見てください。快活で、健康な方が多いと思います。逆に病気の方は自分の病気のことで頭の中が一杯の為か、他の人を顧みる余裕がない方が多いように思います。助け合いの方が人生の好循環を呼び込み、足の引っ張り合いの方が悪循環人生になるのではないでせうか。
 次のような寓話があります。地獄と極楽の話です。地獄と極楽はどう違うのでせうか。地獄では、そこに居る人たちが阿鼻糾喚しています。食べようにも長い箸を使わされている為に使い勝手が悪く、不平不満タラタラです。食べ物の一部しか口に入らず、残りのものを落して泥だらけにしています。それを箸で拾っては少し食べまた落としの繰り返しをしています。衛生状態が悪く、みんな痩せ衰えています。それでは極楽ではどうなのでせうか。どういう訳か皆んな和やかに団らんしているのです。飢えで苦しんでいる人はいません。お互いに肩を揉み合ったり歌を歌ったりして楽しんでいます。地獄と極楽の違いはどこにあるのでせう。

 極楽では、食事のとき、お互いが長い箸を相手の口に運んであげています。そうやって助け合って生きているのです。助け合いできるかどうかで地獄にも極楽にでもなるという話です。
 「助け合い」をどのように捉えるべきか。義務とか責任とか道徳で捉えるよりも、もっと本質的なものとして承知しておくべきと考えます。「人を助けて我が身助かる」の理合いを学ぶ上で、身の内の助け合い構造をも知っておく必要があります。と云いますのも、私たちの身の内の諸機関、諸組織が互いに「助け合い」をして機能しているのです。その様は不思議でもあります。恐らく科学が極めようとしても更に奥深くに神秘を見続けることになるでせう。身体、細胞の諸機関の「助け合い」の不具合が病気、異変の原因なのです。

 さらに興味深いことは、「助け合い」で成り立つ身の内が身の外の諸現象と通じ合って相関しているのです。全体として見ればそれなりに助けあっている様を見て取ることができるのです。してみれば、「助け合い」は頭で考えて損得判断でいきるのではなく、もっと本質的内在的本能的なものだということになります。「人を助けて我が身助かる」の御教えは、これを考察すれば次第に奥深く入り込む味わい深い御教えとなります。最近のエコロジー論にも繋がってくるのではないでせうか。このように考えて世の中の絆を結んでいくべく生活されたら如何でせうか。

 この点で、西欧思想は、東洋思想の、中でも日本思想のこの奥深い御教えに対して叡智が不足しているように思われる。即ち、日本人は、自信を持って日本思想を学び、且つ世界の諸思想を咀嚼せよと云うことになる。取り敢えず以上記しておく。
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 健康寿命の左半分を見て参ります。上半分は、健康の養生法で、その度合いを測っています。健康の養生法は、健康時のスキルと病気時のスキル、身体の養生法と脳の養生法に分かれると思います。その第一の健康時のスキルとは、健康である為のスキルで、それこそ日々の適切な食事、適宜の睡眠、適当な運動、日頃の身体の鍛錬を指します。この健康法はいろいろありますが、決め手(キモ)は、小腸大腸の腸内環境を整えること、血行、便通を良くすることです。これを述べ始めるとキリがなくなりますので、ここでは割愛します。
 適宜の睡眠は、私の体感では一日7-8時間が良いと思います。睡眠不足でも元気を自慢していた人が、或る日、ぽっくり逝った例を知っています。睡眠は日中に緊張させた脳を休めさせる意味もあり、寝ないということは脳に休みを与えないので、脳が過重労働になり脳疾患を招くことに繋がると思います。お気をつけください。運動、身体の鍛錬については申すまでもありません。これらを具体的に述べるとキリがなくなりますので、ここでは割愛します。
 病気時のスキルとは、「病むほどつらいことはない」と云われる何かの症状を持ったときの為のスキルで、古来日本式の和方(日本医学)、漢方(中国医学)、西洋医学、他にもインド医学その他があります。問題は、明治維新以来この方、今の日本では西洋医学一辺倒にされているところにあります。最近の臓器移植や遺伝子組換え、コロナ騒動のワクチン接種はその延長上にあります。

 私の考えでは、西洋医学は対症療法としては一番進んでいます。応急措置的には西洋医学に任さざるを得ません。化学薬と手術、それを取り持つ映像診断は西洋医学の独壇場です。但し、現在では薬漬けの薬害、手術し過ぎの欠陥を生んでいます。

 日本医学、中国医学、インド医学等は西洋医学的な応急措置的な医術を持ちませんので、その分西洋医学に負けているように思います。但し、薬漬けにしない分、手術をしない分、その方向で発達させて来た良い面があるように思います。東洋医学(日本医学、中国医学を指す)では、病気の症状を観てその原因を尋ね、元から断つ、元から改善させるノウハウを蓄積しています。悠久の歴史に培われており、卑下するには及ばないのです、むしろ優れているところが一杯あるのです。

 だから本当は、明治維新以来の西洋医学一辺倒は誤りで、併存させるべきだったのです。西洋医学一辺倒ではなく、東洋医学、インド医学、その他世界の医学の良いところを取り入れて総合医学を発達させ治療治癒に当たるべきなのです。これを具体的に述べるとキリがなくなりますので、ここでは割愛します。
 2023-2025年の死因解析によると次のようになる。
悪性新生物 24.3% (単年度221,786人)
心疾患 14.7% (単年度111,425人)
老衰 12.1% (単年度58,793人)
脳血管疾患 6.6% (単年度51,176人)
肺炎 4.8% (単年度46,529人)
誤嚥性肺炎 (単年度37,905人)
不慮の事故 (単年度25,985 人)
新型コロナウイルス感染症 (単年度20,434人)
 身体の養生法は次の通リです。ごく簡単に触れます。
 適宜の睡眠、食事、団らんが必要であるのは申すまでもありません。
 歩くことが体に良いです。それは足腰を鍛えるだけでなく、内臓を揺さぶることにより付きまとう余計な油分、老廃物を溶かす役割があるそうです。

 もう一つ、体を柔らかくすること(ストレッチ)が良いようです。その方法として、私は、暇を見つけては指や足の関節とか、首、肩、腰の曲がるところを曲げて柔らかくするよう心がけるというか意識しています。要するに血の巡り、血行を良くすることが良いことです。
 脳の養生法が案外疎かにされています。脳の養生法を格別に考えて重視する必要があります。次の通リです。適時な睡眠時間、適宜な枕等々は健康養生法として必要なのですが、ここでは指摘だけにしておきます。
 脳の養生には考え方、行い方、生き方が大いに関係しています。但し、現代は情報が交叉する難しい時代で、受け身でも、自分勝手でも判断に迷います。コロナ騒動禍を考えれば納得されると思いますが、相対立する見解が飛び交い、どう対応したらよいのか分からなくなっています。「病は気から」と申しますが、云い得て妙です。「気」の使い方の間違い、脳の養生間違いが「病」をもたらすことが大いにあると心得るべきです。
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 そういう意味で分別が重要なのです。そこでマル秘中の秘伝をお伝えしておきます。ものの考え方、了解の仕方に関わるものです。その一です。
 皆さん、パレ-ト分析をご存じでせうか。19世紀イタリアの経済学者パレートが指摘した「2対8の法則」で、世の事象をこの法則で解析すれば合理的に説明できるというものです。少し説明します。

 パレートは、19世紀英国の所得・資産の分布状態を調査し、2割の富裕層が資産総額の8割を独占していることを指摘しました。「パレートの2対8の法則」として知れ渡ることになりました。この法則はマーケティングの分野でも応用されます。「人で見ると、顧客の上位20%によって売上の80%がもたらされる」、「商品で見ると、20%の売れ筋商品によって売上の80%が賄われており、その他80%の見せ筋、死に筋商品によって売上20%になっている」といった認識を生み出し、この法則を踏まえたマーケティング戦略が生み出されるようになりました。
 私は、私だけではないのですが、パレート分析続編として世の中万事2対6対2の三派法則」を打ち出しています。これの意義は、「パレート分析」の二分法に対して三分法にしてより精緻にしたことにあります。二派に括(くく)るよりも三派の方が実務的により適合するように思っています。

 これを、パレート分析に適用すれば、「所得上位2割の所得累計が社会全体の所得累計8割を占める」にせよ、「所得中下位の8割の貧富差を更に分析すれば、6割の中間層、2割の貧困層に分かれる」となります。この法則はマーケティングの分野でも応用されます。
「売上で見れば、顧客の上位20%の者が80%を売上し、顧客の中間的60%の者と下位20%の者が残りの20%を売上する」、「商品で見れば、売上の80%は20%の売れ筋商品によって賄われており、残りの売上20%はその他60%の見せ筋、20%の死に筋商品の寄与による」と云うことになります。

 この三派原則は鬼に金棒的に何にでも通用します。他にも例えば、賛成か反対かの二問形式よりも、賛成、反対、分からない(あるいは、どちらでもよい)の三問形式の方が適切でせう。政治的な急進派と穏和派の間に中間派(ないしは日和見派)を加えたほうが実際的でせう。それは、絵画に於ける明度で、白と黒の間に灰色ゾーンがあることでも理解できます。三派原則にはそれほどに値打ちがあります。例えば、「幸せカップル20%、普通カップル60%、離婚組20%」、「社内で稼ぐ人20%、給料程度に働く人60%、足手まとい20%」、「器量良し20%、普通60%、不細工20%」、「性格の良い人20%、普通の人60%、悪い人20%」その他等々。どれも、云い得て妙でせう。この思考法、了解法をぜひ活用してくださいませ。
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 もう一つ、秘伝中の秘伝をお伝えしておきます。ものの考え方、了解の仕方に関わるその二です。歴史を観る目線についてです。これも大事なのに正確に理解している人が少ないと考えています。例えば日本史の場合、政権は大和王朝論から始まるとする古事記―日本書紀ラインの筋立てが通説です。しかしこれは役に立ちません。私は間違っていると考えています。だから参考にするまでが良く、その教説を振り回し始めたら有害です。

 正しくは、大和王朝論の前に出雲王朝論を立てるべきで、その前に縄文社会論を立てるべきなのです。出雲王朝の最後が邪馬台国へと結実していると考えております。その邪馬台国は大和王朝に滅亡される訳ですが、それまでの日本政治の質が世にめづらしい善政なのです。世界的にも人類史的にも誇れる平和的交易通商による共栄圏的政治、その経済、その文化、その精神その他諸々を生み出しているのです。この時代を称揚することで日本史を正しく見て取ることができます。日本の財産なのです。この時代を正しく捉えないと歴史観が歪んだものになります。
 これに日本神道が関係しております。縄文から出雲王朝論時代までの神道を古神道、大和王朝以来の神道のうち表をお伊勢神道、裏を出雲神道と云う風に了解すると、日本史の流れが生き生きと見えて参ります。この分別が日本史を理解する際のキモなのですが、案外と疎かにされています。
 愛国、愛民族を云う場合、大和王朝史観と出雲王朝によって異なるものになります。私は、出雲王朝による観点からの愛国、愛民族である必要があると考えています。古事記―日本書紀ラインの筋立ては、出雲王朝を根の国、母の国と捉えつつも、鬼の国、邪の国、黄泉(よみ)の国という表現で悪者にして、その退治を聖戦にしている点で問題があります。明治維新以降の天皇制皇国史観はこの系譜のものです。明治維新以降の日本政治は、この乗りが現代世界を牛耳る国際金融資本奥の院に利用され、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、シベリア出兵、第二次世界大戦(大東亜戦争)へと戦争の道を突き進んで行くことになりました。
 ともあれ、私は、古事記―日本書紀ラインの筋立ては裏筆法記述であって、出雲王朝を否定的に記述することで、出雲王朝を登場させることに成功しているとも見立てております。且つ、かなりの分量の記述をすることにも成功しているとも見立てております。古事記―日本書紀ラインの記述は、そういう筋立てにすることで出雲王朝を歴史に遺したそのことそのものに意味があり、後世の史家にこの筆法を見破るよう高度な記述をしていると見做しています。

 ここを正しく踏まえれば、政治論争上の靖国神社参拝論争、日の丸君が代論争、天皇制論争、日本語活用廃止論争等々に解決の道が開けて参ります。要するに無用の対立が不要になるというか溶ける訳です。
 歴史理論上、明治維新の際、江戸時代までの日本を暗黒未開社会論で、明治維新以来の日本を文明開化論で捉える歴史観が主流ですが、ウソです間違いです。江戸時代までの日本は日本的なスタイルで高度な文明を築いていたのです。そういうことが次第にはっきりしてきております。

 同様に日本古代史の最大政変の国譲りを通しての大和朝廷以降の日本を文明国、それ以前の日本を文字のない野蛮国論で捉える歴史観が教科書記述になっていますが、ウソです間違いです。テスト的にはウソで間違いの方が正しくマルになるのですが、そういう歴史観では実生活に役立たず力が湧いて参りません。

 極論すれば、間違ったテキストの沿って学び鵜呑みにすると、却って分からず屋になり意固地になる分却って阿呆になると思っています。学びにはそういう危険性があると思います。正しい歴史観、歴史の見立てを得れば、身の処し方が楽になり、歴史を前進させる方向に身を置くことができ、社会的に役立つ者になると思います。人生をこの方向に乗せれば自ずと楽しい、幸せな、生活が生き生きしてきます。観点を正しく据えることで脳が正常に作動し、それが健康寿命に大いに貢献するという関係にあると思います。建築に例えれば、地中深くの岩盤に基礎を据えた建築物は安定感があるようなものです。
 神社仏閣参りが健康寿命に良い、運も良くなることを書き添えておきます。神社仏閣参りをしている方には蛇足でせうが、実にすがすがしく気持ちがいいものです。私には、不思議なことに長距離運転で疲れているはずなのに案外そうでない経験があります。墓参りもそうです。する人としない人には陰徳の差が出ます。陰徳を積まないと徳枯れになり健康も運も悪くなるような気がします。こういうことを述べ始めるとキリがなくなります。他にも言いたいことがありますがまたの機会に譲ります。
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 「エエトコドリはない」。これも重要なメッセ-ジです。ものの考え方、了解の仕方、行い方に関わるその三です。人は、自分に利益のある有利な方を選択をする習性があります。が、注意が必要です。場合によって危険が伴います。例えば相反する両方を得たいとか、同時に二カ所に居たいとか無理な願いをしがちです。男であり且つ女であり且つ男女でありたいと願うようなもので、現実に裏切られるというか頭を打つことになります。にも拘わらずそのように願うことがあります。あり得ないのに願うのです。何かを得れば何かを失う、何かであれば他のものではないというのが分別です。であるのに両方を得ようとする、あるいは手当たり次第に得ようとする、これは欲が深すぎるので禍をもたらします。

 似たような例で八方美人と云うのがあります。どちらにも誰にでも良い顔をしようとする。恐らくこれは口がもつれ心が疲れるのです。こういうもつれや心の疲れは癒されなければ鬱々とすることになります。これらの法理を知って弁えませう。
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 健康寿命の左半分の下半分は、財務力です。これは、今まで述べてきた健康法を裏から支えるもので、これもとても大事です。人は霞を食って生きてはいけないのです。「金がないのは首がないのと同じ」とも云われます。但し、健康あっての財務力と位置付けるべきでせう。今の世の中、命よりお金優先の時代ですから気を付けませう。

 財務力は基本は自分で調達するものです。相続で戴く場合もあります。私たちの暮らしの在り方に政治の在り方が繋がっていると思いますので国策の社会保障も含まれると思います。人は皆なそれぞれ財務力に応じて生活しております。健康寿命もまた財務力に支えられています。

 私の場合は、今後を、本業の不動産業と、水素療法の勧めと、ユ―チュ―ブラジオ講演の三本柱で財務力を得て、世の中に貢献しようと思っています。115歳定命を信じて命を輝かして行こうと誓っています。そして、健康の話し医者になろうと思っています。叶うなら足長おじさんになって陰徳を積みたいです。仲間を求めていますのでご遠慮なく申し出ください。情報をください、成就時には謝礼いたします。お互いにこういう環を造りませう。
 以上、健康寿命に対して、私の考えるメッセ-ジをお伝えしてまいりました。円の4分割の、それぞれの分野を上手にこなしてブリッジさせれば、生き方として最高の人生になると思います。助け合いで長所を伸ばし、足らずを補強して鍛えて参りませう。これを人の環(わ)共和国と考えています。この共和国を身近なところから周囲に広げ、次第に世の中に世界に広げて参りませう。今後ともご支援よろしくお願い申し上げます。一緒に人生を切り開いて参りませう。
 最後に。もう年だからはやめませう。恐らくみんな115歳定命までにはまだまだ余力があるはずです。その時間を有意義にしませう。ご清聴ありがとうございました。





(私論.私見)

 更新日/2025(平成31.5.1栄和改元/栄和7)年9.20日

 (東洋志のショートメッセージ)
 ここで、「健康寿命考」をものしておく。

 2025.9.20日 東洋志拝


 イントロご挨拶
 皆さんはじめまして。年末前のお忙しいとき、こたびのセミナ-にお越し賜りましてありがとうございます。会費が5000円となっております。食事つきではありますが結構な金額です。先に石井さんがとても有益なキャンバ講演をしてくださりました。私も、皆様方が来てよかった、会費に見合う講演だったと言ってくださるよう内容のあるものにしたいと思います。
 題名は、スタッフと相談の上、「私の健康法―寿命について」と致しました。要するに、健康寿命について思うところを語るということです。人前でのこういうスピ-チは、初めてでございます。2回目、3回目に繋がるよう頑張ります。持時間は45分です。そこで、その一を私の自己紹介(要するに履歴)、その二を健康らく座開設経緯、その三として私の考える健康寿命と健康法と致しました。それぞれのテ―マがそれなりのボリュ―ムを持ちますので、本日はその一と二につき要点だけに絞り込み短めに致します。今、原稿を確認しましたら持時間45分ギリギリでございます。そこで、その二から始め、時間がありましたらその一に戻るように致します。
 当初は立ってスピ-チする予定だったのですが、原稿を書いているうちに、これを座って読み上げする方が良く伝わるのではないかと思うようになりました。割合に思うところを書きつけられたと自負しています。ぶっつけ本番ではなく、読み忘れを防ぐため現行読みスピ-チにしたいと思います。
 という訳で、私の自己紹介(要するに履歴)に入ります。私の出自、成長履歴を省き、私がどういう風に自己形成してきたかということだけを結論的に語ります。
 私は、自分を典型的な文系人間と認識しております。これを逆に言えば、理系知識にからきし弱く且つまた関心が薄いということでもあります。パソコンや車の中身についてチンプンカンプンのまま使っています。鉄の船がなぜ浮かぶのか、飛行機がなぜ空を飛べるのか、建築の強度をどう測り間違いがないのか、どうやって大きな橋が掛かるのか、疑問のまま今日に至っています。

 高校生時代、私は数学、物理学、化学が不得手でした。国語、日本史、世界史、倫理社会は得意でした。もし国立大学が私立みたいに3教科(例えば国語、英語、日本史)だけで済んだのなら、東大に入学できていたと思います。3教科では英語はまあまあでしたが、歴史と国語はよくできたからです。

 偶然ですが、私の現役の大学受験時は、先にも後にも例のない東大入試中止の年でした。実際に入試があった場合、成績的に見て受験しなかったと思われるのですが、入試がなかったものですから、東大受験に受かるも落ちるも経験しようがない年度なのです。そういうこともありまして私たちの同期生には東大コンプレックスがないのですふふふ。私の年度の特権としてこういう自慢があります。飲んだ席で、「あれで人生狂ったよなァ」とか面白おかしく語り合うことがあります。
 私は現役受験を失敗して一浪し、早稲田大学法学部に入りました。後に、中学時代の担任から「久保君には一番似合っている大学に入ったなと褒めてくださいました」。大学生活の最初は、図書館で日本古代史上の人気テ-マである邪馬台国の所在地解明に浸っていました。ところが、入学した年度は1970年でした。キャンパスが騒々しいのです。70年安保闘争にどう関わるべきか、あるいはどう背を向けるべきか、の選択が問われていました。この辺りの話をし始めるとキリがなくなりますので割愛します。一浪一留で卒業しました。
 就職試験ではマスコミを目指しました。日経新聞社の試験には合格したのですが、面接の最終選考で落とされました。その時の雰囲気では、会長や社長らから質問があり、私の受け答えも良くて採用ム-ドだったのですが、結局は採用されませんでした。私は当時学生結婚しており子供も一人いました。このことが前例がないと問題になったようです。後知恵になりますが、総社倉敷地盤の橋本龍太郎さんに掛け合い、推薦してもらえればひょっとして受かっていたかなと思ったりします。剣道つながりでたぐれば道筋があったのです。但し、今思うに希望通りにマスコミに入社したとしてそれが良かったかどうか、恐らく私はどこかの時点で記事の筆先が及び過ぎ、飛ばされるか始末されたかもしれません。そう考えると、今ある私が似合っていると考えています。
 それはともかく、結果的にイト-ヨ-カド-に入社しました。1年半ほど勤めた後、事情がありまして天理教の聖地に行き、信者詰所に寝泊まりすることになりました。3か月間の修養科を連続2期過ごしました。その後、半年ほど岡山にある天理教の分教会に住込み勤めしました。その後、実家に戻り、長兄のギフトショップ経営の手助けをしていました。その後、私を天理教に導いた次兄が不動産会社を立ち上げ、事業は軌道に乗ったものの片腕の助さん格さんに示し合わせて辞められ困っている、手伝ってくれないかとエラク神妙に相談され、兄貴の鄭重に誘う姿勢に感応し、入社しました。そのまま今日に至っております。30歳前のことですからもう45年以上前になります。
 私は、いわゆる思春期、青春時代の頃から、私、私たちがどう生きるのが良いのか、どういう国が良いのか、世界は、世の中はどうあるべきなのか等々について考えるのが好きでした。それが今も続いております。
 仕事にもっとのめりこんだら会社も発展していたのだろうと思いますが、後悔はしていません。この間、仕事はそこそこ、趣味として政治的なこと、宗教的、哲学的、思想的なこと、歴史や、神社仏閣巡り、温泉巡り、続いて30半ば過ぎ頃から囲碁に興じて参りました。県下の強豪に仲間入りするのにあと一息です。来年か、さ来年当たりには新聞に名が出るところまでは辿り着きたいと念じ精進しています。有難いことに至って健康です。駆け足で述べましたが、以上がざっと私の人となりの自己紹介です。
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 次に、健康らく座開設経緯についてお話したいと思っております。これがドラマ仕立てなのです。

 おと年の暮れ、私どもの会社の社員、私を含め3人しかいないのですが、賃貸部門を任していたA君が、私が水素セミナ―に呼ばれて帰社した夕刻のまさにその時、「社長、お話があります」と言うのです。聞くと、「実は肺がんのステ-ジ4のBで、来年1月4日に済生会に入院します」というのです。退院予定はと聞くと、「さっぱり分かりません」。

 毎年2、3月は賃貸あっせんの忙しい時です。困ったと思った瞬間に、先ほどの水素セミナ―で買ってきた本を思い出しました。水素が免疫を高めるので病気全般に効く、ガンにも効くと言っていたので、読んでみたらと言いながら渡しました。A君は晩婚で、少し前に結婚し男の子を授かり、その子が1歳を少し越したばかりでした。時に44歳だったと思います。
 A君は貪るように読んだのでせう、翌日、会社で会うと、「水素吸引機の件で話を聞きに行きます。既に電話で話をしています」ということでした。先方で話を聞き、機器の注文をし(150万円)、機器が到着したのが12月25日頃。彼は翌年の1月4日の入院までの約十日、必死に毎日8時間吸ったはずです。1月4日に入院し、その際に、主治医に、断られてもダメ元で、水素吸引機を病室に持ち込みたいと要望しました。主治医が「ああいいよ」と了承しました。これはとても珍しいことです。大概は断られます。

 A君は、入院直後の検査で、既に大幅にガン数値が改善していました。左右の脳に転移していたと思われる白いモヤモヤも薄くなっていました。放射線治療、抗がん剤治療が始まりましたが、水素を吸い続けたお陰で、食欲があり、グッタリ感なく、寝つきも苦しくなかったとのことです。但し、髪の毛が抜け帽子をかぶるようになりました。そうこうしているうちの2週間後、主治医から、「こんなに良くなったので退院して良いでせう。後は通院で様子を見ませう」と言われ、会社に復帰と相成りました。その時の彼の頬の赤み、声の艶が忘れません。

 それから数か月後、行きつけの地元のカラオケスナックで出会ったとき、彼は腹の底から絞り出すような声で熱唱していました。オイオイ直ったと云っても病み上がりなんだから、そんなにがなり声で歌うのはどうかなと心配したところ、「社長、もう大丈夫ですけん」と明るく笑って歌い続けていました。それほど良くなったのです。その後の話をしたいのですが、時間の制約がありますので省きます。
 それから約10か月後、私どもの道路北向かいの1階2区画分を一つにした店舗が一昨年(おとどし)の11月末で空いたまま一年になろうとしていました。私は、けやき通りと云われる中区役所筋のこの店舗は希少価値なのですぐ決まると思っていました。それが、5件ほど問い合わせがあり、案内したものの決まらず空き店舗になっていました。現在の健康らく座のここのことです。この店舗の前の借主は老人介護の整体ジムで、繁盛したため近くの西川原駅前の大きな土地建物を買い今も隆盛しています。そういう意味で出世運があり縁起も良い物件なのです。

 私はこの店舗が決まらないことに不思議を感じていました。当社に余裕の軍資金があれば当社が借りて押さえておきたい希少物件でした。欲しいなあと思いながらも、軍資金がないことと、もう一つ、私は既にもう何十年も前から碁会所を手掛けており、これ以上手を広げるのは如何なものか、さすがにやり過ぎではないかと自問自答し続けていました。そういう風に経過していたところ、その年の10月(去年の10月になります)、結構な不動産取引ができ、それなりの手数料をいただいた勢いで契約しました。A君を元気にした水素吸引機の紹介ビジネスをしたい、この機械なら三方良しで上手く行く、それとここを本日のようなセミナ-、スピ-チ会場、ユ-チュ-ブラジオ発信基地にしたいと思ったからです。
 こうして健康らく座が生まれました。昨年の2014年12月14日に正式開店し、その際、水素吸引機メ-カ-社長に来ていただき講演と実演指導をしていただきました。年が明け、人を雇うほどの余力がないため、ぼちぼち行こうやと思い半開き状態で経過していました。この間、A君の奇跡の回復を知ったことが評判になり月に1台ぐらいはコンスタントに営業できています。
 昨年末、長年の友人で大手建築会社の元社長で広島在住のTさんと電話する機会を得ました。仕事の話を終えた後、Tさんが思いがけなくも大腸がんで手術したことを伝えました。私が、「ならば言わせてもらいますTさん、実は今、会社の事業として水素療法の普及に取り掛かっています。きっかけはA君の奇跡的な生還です」云々と話をしたところ、ごく素直に「A君がそんなに良くなっているのならワシも試す」となり、今年の1月19日に届けました。久しぶりの対面になりました。Tさんは手術後で随分やつれていました。その半年後の7月頃、フィルタ-交換でお邪魔したとき、かっての精悍さが復活していました。Tさんは今やこの水素吸引機の信奉者を公言しています。姉、姪、かっての同僚にと次々と紹介してくれています。
 先日の11月15-16日、第2回目の公開セミナ-をし、水素吸引機メ-カ-社長が再度来訪してくだされました。有難いことです。田村社長は、自社の製品が生成水素の純度、アフタ-ケアの充実等で日本一と力説していました。会社の今後の展望も聞かせてくれました。透析専門の病院と提携し患者さんに水素を吸ってもらう方向の話を進めているとのことでした。これが最新情報です。
 水素には解毒効果があります。普通の場合でも活性酸素がこびりついてできる体内、特に血管内のサビ、シミ、汚れ、老廃物を除去します。結果としてアンチエイジングで若返りさせる働きがあります。コロナ禍のワクチン接種以降は、ワクチン毒を解毒させる作用があります。

 ワクチン解毒にはイベルメクチンの効果が知られています。イベルメクチンは、1970年代に日本の大村智博士とアメリカのウィリアム・キャンベル博士らによって発見されました。土壌中の微生物、特に放線菌ストレプトミセス・アベルミティリスが産生するアベルメクチンという物質から誘導体として開発されたのがイベルメクチンです。線虫などの寄生虫の神経や筋肉に作用し、麻痺させて駆除することで効果を発揮します。肝臓にも腎臓にもいい影響があるようです。特定の寄生虫によって引き起こされる感染症の治療に有効な薬剤として知られています。この発見は、熱帯病として多くの人々を苦しめていた寄生虫疾患の治療に革命をもたらし、両博士は2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 イベルメクチンの発見は医学界に大きな貢献をもたらしました。今後は、イベルメクチンと水素療法でワクチン禍に立ち向かうようになると思います。 
 お話したいことが山ほどありますが、この辺りで健康らく座開設経緯の話を仕舞います。またの機会に述べさせてもらえたらと思っています。
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 さて、いよいよ本題です。その三として私の考える健康寿命についてお話しいたします。どこまで意を尽くして伝えることができるでせうか。
 まづ、寿命というもの、人生というものをどう了解すべきかについてお話したいと思います。有名な謡曲幸若舞/敦盛の一節「人間五十年、下天のうちにくらぶれば、夢幻のごとくなり。ひとたび生を受け、滅せぬ者のあるべきか」が愛好されて参りました。戦国武将の織田信長が、桶狭間の戦いの出陣前に、この舞いを踊ったことで知られています。

 織田信長は、この場合は昔の人はと言うべきでせうか、「人生五十年」を常に意識し、辞世句を懐にしており、人生を有意義なものにしようと自覚しつつ生活していたように思われます。新聞や電波の情報洪水に晒されている今の我々は、そういうことを考える暇(いとま)がなく、その分生き方が薄っぺらになっているのではないでせうか。
 私は、この一節で、昔の人は「人生五十年」と弁えていたのだなと合点していました。しかし、少し考えると、「人生五十年」は短か過ぎます。当時でも長命の者もいたはずです。そもそも紀元3世紀頃の中国の魏の国の歴史書「魏志倭人伝」に、倭人は相対的に長命であると「それ、人は長生き。或いは百年、或いは八九十年」と記述されています。

 古来より日本人の命は長命なのです。日本は長寿国で知られている国なのです。そこで「人生五十年」をどう解するべきかと考えてみました。私の解は、「人生五十年」は分かりやすく語呂を良くした例えに過ぎず、これを今風に捉えると「稼働(自律)人生五十年」という風に捉えるのが適切ではないのか、と了解しています。これによると、人は社会的に生活し始めてからの五十年が自分の自力人生で、その期間がその人の人生パフォ―マンスなのではないでせうか。仮に成人の20歳を起点とすると、70歳までが「稼働人生五十年」になります。

 ここで、孔子の有名な「吾、十有五にして学に志し(志学)、三十にして立ち(而立)、四十にして惑わず(不惑)。五十にして天命を知る(知命)」を参考に「稼働人生五十年」を照合させてみます。どうなるでせうか。稼働人生の起点を仮に社会的に自律する30歳にすると80歳なります。仕事に人生に自信を持ち惑わずになった40歳を起点にすると90歳なります。天命を知る50歳を起点にすると100歳なります。「人生五十年」を「稼働人生五十年」と解することで「人生五十年」の幅が随分広くなり、その人の今の年齢に応じた励ましになります。人生期間をこのように考えられたらどうかと、参考にしていただければと思います。
 平家物語のこれも有名な一節を紹介します。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理(ことわり)をあらわす。驕(おご)れる人は久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。猛(たけ)き者も遂には滅びぬ。ひとへに風の前の塵(ちり)に同じ」とあります。日本人は古来より、人生の無常、有限を承知しながら横柄傲慢でない生き方を愛好していたことが分かると思います。
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 それでは、生物学的な寿命ではどうなるのだろうかという問題の解を求めて参りたいと思います。
 その前に世界の人口について確認しておきます。
 1804年頃、世界の人口は10億人だったと推定されています。世界人口は、産業革命による経済・医療の発展を機に急速に増加し続けています。2022年11.15日、国連が、世界人口が80億人を超えたと発表しました。 ワールド・ポピュレーション・レビューによると、インドの人口は2022年末で14億1700万人。中国国家統計局の調査によると、中国(台湾、香港、マカオを除く)の2022年末人口は14億1200万人とされており、インドが長年人口世界一であった中国を上回る結果となりました。今後も増加傾向にあり、2037年に90億人、2080年代に104億人でピークを迎えると予想されています。発展途上国などで人口が増加する一方で、先進国では人口が減少し、少子高齢化が進んでいます。
 日本の人口は2023年3月時点で1億2449万人で、2011年以降11年連続で減少傾向にあります。
 年次 人口数 前年比増減 2011年以降
2020年 1億2622万7千人 10年連続減
2021年 1億2550万2千人 約64万人減(▲0.51%) 11年連続減
2022年 1億2494万7千人 約55万人減(▲0.44%) 12年連続減
2023年 1億2435万2千人 約59万人減(▲0.48%) 13年連続減
2024年 1億2380万2千人 約55万人減(▲0.44%) 14年連続減
2025年 1億2337万1千人 約60万人減(▲0.49%) 15年連続減

 ここで、出生数を確認しておきます。総務省統計局によると次の通りです。
 年次 出生数 増減
2020年 84万832人
2021年 81万1604人
2022年 77万747人 初めて80万人台を割り込む。
2023年 72万72888人
2024年 68万6061人 過去最少の70万人割れとなり記録を更新しました。
 ちなみに、戦後の出生数は、終戦直後の「第1次ベビーブーム」期(昭和22~24年、ピーク時の昭和24年は270万人)、その時期に生まれた女性の出産による「第2次ベビーブーム」期(昭和46~49年、ピーク時の昭和48年は209万人)の二つの山がみられた後は減少傾向にあります。ちなみに、年間200万人以上の出生数は次の通リです。
総人口 出生数 死亡者数
1947 2 678 792 1 138 238
1948 2 681 624 950 610
1949 2 696 638 945 444
1950 84115 2 337 507 904 876
1951 2 137 689 838 998
1952 2 005 162 765 068
1971 2 000 973 684 521
1972 2 038 682 683 751
1973 2 091 983 709 416
1974 2 029 989 710 510

 これによると、年間200万人以上の出生数は、戦後3年後の1947年から6年間、田中角栄政権の1971年から4年間に現出しているということになります。
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 もとへ。寿命に関する代表的な学説に「プログラム説」というのがあります。それによると、「各生物の寿命は、個体寿命にバラツキがあるもののの、生物ごとに凡そ寿命が決まっており、線虫10日、ハエ4か月、マウス2-3年、猿25年、ゾウ70年、人70年」とされています。

 1961年、米国のL.ヘイフリック博士(カリフォルニア大学やスタンフォ-ド大学の解剖学教授)が、シャ-レの中で細胞の分裂回数を研究し、50-60回分裂するとそれ以上は分裂しなくなったと発表しました。これを「ヘイフリック限界」と言います。要するに、生物の細胞には固有の寿命があって、仕込まれた回数以上は分裂できない、即ち細胞には寿命があり、生物の種類ごとに限界値が違う、ということを知らしめた訳です。
 「染色体のテロメアの短縮」という現象も発見されており、細胞の分裂限界説を補強しています。「テロメアの短縮」とは、細胞の分裂回数は細胞の奥深くの染色体の端にあるテロメアと呼ばれる部分の長さで決まっており、細胞分裂を繰り返すたびに短くなって行き、ある程度短くなると「ヘイフリック限界」に達するという説です。テロメアを補助するのが「テロメラ-ゼ」で、テロメラ-ゼの働き如何でテロメアが短くなるのが遅れたり伸ばしたりすることができます。近年の研究報告で、ガン、心疾患、認知症等にテロメアの減少が関係しているとされています。運動や、食事などの生活習慣の改善、ストレスの軽減によって、テロメアが伸びることが証明されています。
 これらの説によると、人の分裂限界は50で最大寿命約120年とされています。日本の国内最高齢は、1986(昭和61)年、泉重千代さん(鹿児島県徳之島出身)が120歳で死去。泉さんは1865(慶応元)年生まれで、114歳だった1979年にギネスブックに世界最長寿者として認定されています。その後も記録を更新して、還暦を2回迎える「大還暦」を人類史上初めて達成さました。この記録は日本では破られていません。ちなみに、これまでの世界の最長寿命は、1997年に死去したフランス人女性のジャンヌ・カルマン122歳。この記録は破られていません。

 ちなみに、日本の百寿者(センチナリアン。「1世紀以上を生き抜いた」という意味がある)の数は、調査を始めた1963年で153人、1981年に1千人を超え、1998年に1万人を超え、2012年に5万人を超え、2017年に6万7824人、2018年に約7万人、2023年9月時点で約9万2千人、2025年9月時点で過去最高の約9万9763人。昨年から4644人増え55年連続で増加。全体のうち女性が8万7784人と88%を占め、男性は1万1979人。世界の百寿者数は、日本が最多で、次いでアメリカ、中国、フランス、インド、イタリアと続きます。2018年の百歳以上の高齢者の男女比を見てみると、女性が61,454人で全体の約88%となっています。センチナリアンが増加しており、その中でも女性が圧倒的に多いという点は、日本のみならず世界において確認されています。

 110歳以上のス-パ-センチナリアン(supercentenarian、super-centenarian)は、2020年の国勢調査で141人が確認されています。
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 これらはいわゆる理系的統計です。ここで文系的認識による寿命説を紹介したいと思います。私は28歳頃、天理教の修養科に行き、中山ミキ教祖の語録を拝しました。そのミキ教祖が寿命に関して次のような御言葉を遺しています。「それ人の寿命は115歳。病まず弱らずの道が敷かれている。これを115歳の定命(じょうみょう)と云う。この定命をいただけないのは親神様の思いに反する埃をつけているからや。親神様の思いに沿う生き方をすれば50、60洟(はな)垂れ小僧、70、80働き盛り」と仰せになっています。これを、「病まず弱らずの115歳定命説」と云います。

 ミキ教祖は、この言葉通りの手本を示しています。時は明治時代の頃ですが、80歳を越しても病まず弱らず意気盛んに教えを説き、請われるままにあちこちに出かけています。その教えが、時の明治政府の富国強兵政策と合わず、弾圧されるようになります。78歳時の収監を「最初のご苦労」として、以降89歳までの10余年の間に17、8回にも及んで警察署や監獄署へ「ご苦労」(捜査、訊問、科料、拘引、収監、留置)されています。「最後のご苦労」は89歳の身で厳寒の冬を12日間拘留されました。これが為にと思われますが、翌年に逝去されました(亨年90歳)。「最後のご苦労」がなければ本当に115歳まで病まず弱らず生きられたのではないかと思われるほどの元気達者ぶりが記録されています。
 私は、医学の見地からも、私の敬愛するミキ教祖の仰せからも、人の寿命について120歳辺りで一致していることに興味深く思えております。そして、これを信ずるゆえに、病まず弱らずの115歳までの人生設計を心がけています。もし、その途中で命が尽きた場合には不徳の致すところです。会社を経営していますのでストレスにやられるのが最大の敵です。この難敵を退ければ夢ではないと思っております。仮にそうならなくて、そのように思い人生をやりくりすることに意義があると考えていますので悔いはありません。

 私は、親の代、あるいはそれ以前からの天理教徒ではありません。私が培ってきたそれまでの政治、哲学、思想、宗教能力が、ミキ教祖の御教えとハ-モニ-し、ストンと胸に収まった故にその教えを信奉している訳です。ミキ教祖の御教えで興味深いものは他にもたくさんあります。「人類は皆な兄弟姉妹や」、「人を助けて我が身助かる」、「雄松雌松に隔てない」等々。この中山ミキ様の御教えは今後もっと注目されていくだろうと思います。こういう機会がまた与えられましたら、興味深いミキ教祖の御教えをどんどん紹介したいと思います。
 ここで、「最大寿命約120年」を、日、時間、分、秒で確認しておきます。逆算して残りの日々をどう過ごすのかの問いに役立つと思います。次の通リです。
換算 問い数値 日時分秒 換算数値
120歳 1年365日 4万3800日
時間 4万3800日 1日24時間 105万1200時間
105万1200時間 1時間60分 6307万2000分
6307万2000分 1分60秒 37億8432万秒

 凡そ120歳は4万日、100万時間、6千万分、37億秒。人は、この時間枠の中で生きていることになります。そう心得て、実りのある悔いのない人生を切り開くべきではないでせうか。
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 話を戻します。細胞内で、活動エネルギ-を作っているのがミトコンドリアであることが分かっています。ミトコンドリアの働きが弱くなると、活性酸素を除去する酵素の量が減少し、結果的に細胞の健康が損なわれます。こういう関係において、ミトコンドリアの働きを能くするものにどんなものがあるのかということが問われています。いろいろあるのでせうが、私どもは水素療法を勧めています。それも、水素水よりも水素サプリよりも、より直接的な水素吸引です。耳に差し込み鼓膜の向こうに浸透させる方法もあります。水素療法によって細胞を生き生きさせ免疫力を高める効能こそ本物と自負してお勧めしております。ぜひ、当健康らく座でお試しください。
 ところで、一言二言添えておきます。水素療法が如何に素晴らしいものであるにせよ、水素療法さえしていれば十分というものではありません。これについて、私は次のように考えています。これを開陳いたします。
 寿命は永らえているだけの寝たきりでは意味がありません。寿命が真の寿命である為には、生きていることに喜びを抱くことができる健康寿命である必要があると考えています。そこで健康寿命について考えてみたいと思います。健康寿命の全体を仮に円で表せば、どういう分割ができるでせうか。私は4分割で考えています。(図示します) 

 右半分の上半分は、陰気と陽気で、その度合いを測っています。これを説明しますと、健康寿命に良いのは陽気で、健康寿命に良いホルモン、分泌液を出し続け免疫力、自然治癒能力を高めます。逆は陰気です。健康寿命に悪いホルモン、分泌液を出し続け免疫力を損ねます。この差が大きいのです。天理教の教祖中山ミキ様は心の持ち方、在り方をとても重視しており、「陽気つとめ」を称揚しています。後に、信徒が教理化した際に「陽気暮らし」という言葉を生み出し、それが定着しています。

 陽気と何かと説明すると長くなりますので、元気、笑い、笑顔、積極的、明るさ、素直さ等々、細胞が喜ぶ理に適う在り方だと考えれば良いと思います。どんなに名医にかかっても、いくら水素療法が凄いといっても、陰気暮らしをしていれば体を悪くします。

 60兆個(説によっては30兆個)あるとも云われる細胞がそういう風に繋がっているのです。陽気であれば細胞が生き生きし、免疫力、自然治癒力が上がります。人を殺めたり、イジメたり貶(けな)したり、その他良くないことをし続けると細胞内に陰気な種が巣くい、それが諸病の源になります。そういう関係にあると思います。このことを、昔から「病は気から」と諭しています。
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 健康寿命の右半分の下半分は、助け合いです。助け合いと足の引っ張り合いで、その度合いを測ります。先に述べた陽気陰気の延長として繋がっていますが、分けて考えるべきだと思い、下半分にしております。陽気陰気は個人の問題で考えることができますが、助け合いと足の引っ張り合いは他の人との社会的関係です。陽気陰気は心の持ち方で考えることができますが、助け合いと足の引っ張り合いは行い方に関係しています。実際には、人は助け合い一途、足の引っ張り合い一途ではなく、時と所と場合と相手によって助け合ったり無視したりで、いろんな人間模様になると思うのですが、助け合い一途を強めれば陽気に向かい健康、逆に向かえば陰気に向かい病気の種が蓄積されていきます。この差が大きいのです。

 実際に、人の世話を焼いたり、ボランティアをしている人を見てください。快活で、健康な方が多いと思います。逆に病気の方は自分の病気のことで頭の中が一杯の為か、他の人を顧みる余裕がない方が多いように思います。助け合いの方が人生の好循環を呼び込み、足の引っ張り合いの方が悪循環人生になるのではないでせうか。
 次のような寓話があります。地獄と極楽の話です。地獄と極楽はどう違うのでせうか。地獄では、そこに居る人たちが阿鼻糾喚しています。食べようにも長い箸を使わされている為に使い勝手が悪く、不平不満タラタラです。食べ物の一部しか口に入らず、残りのものを落して泥だらけにしています。それを箸で拾っては少し食べまた落としの繰り返しをしています。衛生状態が悪く、みんな痩せ衰えています。それでは極楽ではどうなのでせうか。どういう訳か皆んな和やかに団らんしているのです。飢えで苦しんでいる人はいません。お互いに肩を揉み合ったり歌を歌ったりして楽しんでいます。地獄と極楽の違いはどこにあるのでせう。

 極楽では、食事のとき、お互いが長い箸を相手の口に運んであげています。そうやって助け合って生きているのです。助け合いできるかどうかで地獄にも極楽にでもなるという話です。
 「助け合い」をどのように捉えるべきか。義務とか責任とか道徳で捉えるよりも、もっと本質的なものとして承知しておくべきと考えます。と云いますのも、私たちの身体、細胞の諸機関が「助け合い」をして機能しているのです。身体、細胞の諸機関の「助け合い」の不具合が病気、異変の原因なのです。興味深いことは、「助け合い」で成り立つ身の内が身の外の諸現象と通じ合っているのです。してみれば、「助け合い」は頭で考えて損得判断でいきるのではなく、もっと本質的内在的本能的なものだということになります。このように考えて世の中の絆を結んでいくべく生活されたら如何でせうか。
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 健康寿命の左半分を見て参ります。上半分は、健康の養生法で、その度合いを測っています。健康の養生法は、健康時のスキルと病気時のスキル、身体の養生法と脳の養生法に分かれると思います。その第一の健康時のスキルとは、健康である為のスキルで、それこそ日々の適切な食事、適宜の睡眠、適当な運動、日頃の身体の鍛錬を指します。この健康法はいろいろありますが、決め手(キモ)は、小腸大腸の腸内環境を整えること、血行、便通を良くすることです。これを述べ始めるとキリがなくなりますので、ここでは割愛します。
 適宜の睡眠は、私の体感では一日7-8時間が良いと思います。睡眠不足でも元気を自慢していた人が、或る日、ぽっくり逝った例を知っています。睡眠は日中に緊張させた脳を休めさせる意味もあり、寝ないということは脳に休みを与えないので、脳が過重労働になり脳疾患を招くことに繋がると思います。お気をつけください。運動、身体の鍛錬については申すまでもありません。これらを具体的に述べるとキリがなくなりますので、ここでは割愛します。
 病気時のスキルとは、「病むほどつらいことはない」と云われる何かの症状を持ったときの為のスキルで、古来日本式の和方(日本医学)、漢方(中国医学)、西洋医学、他にもインド医学その他があります。問題は、明治維新以来この方、今の日本では西洋医学一辺倒にされているところにあります。最近の臓器移植や遺伝子組換え、コロナ騒動のワクチン接種はその延長上にあります。

 私の考えでは、西洋医学は対症療法としては一番進んでいます。応急措置的には西洋医学に任さざるを得ません。化学薬と手術、それを取り持つ映像診断は西洋医学の独壇場です。但し、現在では薬漬けの薬害、手術し過ぎの欠陥を生んでいます。

 日本医学、中国医学、インド医学等は西洋医学的な応急措置的な医術を持ちませんので、その分西洋医学に負けているように思います。但し、薬漬けにしない分、手術をしない分、その方向で発達させて来た良い面があるように思います。東洋医学(日本医学、中国医学を指す)では、病気の症状を観てその原因を尋ね、元から断つ、元から改善させるノウハウを蓄積しています。悠久の歴史に培われており、卑下するには及ばないのです、むしろ優れているところが一杯あるのです。

 だから本当は、明治維新以来の西洋医学一辺倒は誤りで、併存させるべきだったのです。西洋医学一辺倒ではなく、東洋医学、インド医学、その他世界の医学の良いところを取り入れて総合医学を発達させ治療治癒に当たるべきなのです。これを具体的に述べるとキリがなくなりますので、ここでは割愛します。
 2023-2025年の死因解析によると次のようになる。
悪性新生物 24.3% (単年度221,786人)
心疾患 14.7% (単年度111,425人)
老衰 12.1% (単年度58,793人)
脳血管疾患 6.6% (単年度51,176人)
肺炎 4.8% (単年度46,529人)
誤嚥性肺炎 (単年度37,905人)
不慮の事故 (単年度25,985 人)
新型コロナウイルス感染症 (単年度20,434人)
 身体の養生法は次の通リです。ごく簡単に触れます。
 適宜の睡眠、食事、団らんが必要であるのは申すまでもありません。
 歩くことが体に良いです。それは足腰を鍛えるだけでなく、内臓を揺さぶることにより付きまとう余計な油分、老廃物を溶かす役割があるそうです。

 もう一つ、体を柔らかくすること(ストレッチ)が良いようです。その方法として、私は、暇を見つけては指や足の関節とか、首、肩、腰の曲がるところを曲げて柔らかくするよう心がけるというか意識しています。要するに血の巡り、血行を良くすることが良いことです。
 脳の養生法が案外疎かにされています。脳の養生法を格別に考えて重視する必要があります。次の通リです。適時な睡眠時間、適宜な枕等々は健康養生法として必要なのですが、ここでは指摘だけにしておきます。
 脳の養生には考え方、行い方、生き方が大いに関係しています。但し、現代は情報が交叉する難しい時代で、受け身でも、自分勝手でも判断に迷います。コロナ騒動禍を考えれば納得されると思いますが、相対立する見解が飛び交い、どう対応したらよいのか分からなくなっています。「病は気から」と申しますが、云い得て妙です。「気」の使い方の間違い、脳の養生間違いが「病」をもたらすことが大いにあると心得るべきです。
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 そういう意味で分別が重要なのです。そこでマル秘中の秘伝をお伝えしておきます。ものの考え方、了解の仕方に関わるものです。その一です。
 皆さん、パレ-ト分析をご存じでせうか。19世紀イタリアの経済学者パレートが指摘した「2対8の法則」で、世の事象をこの法則で解析すれば合理的に説明できるというものです。少し説明します。

 パレートは、19世紀英国の所得・資産の分布状態を調査し、2割の富裕層が資産総額の8割を独占していることを指摘しました。「パレートの2対8の法則」として知れ渡ることになりました。この法則はマーケティングの分野でも応用されます。「人で見ると、顧客の上位20%によって売上の80%がもたらされる」、「商品で見ると、20%の売れ筋商品によって売上の80%が賄われており、その他80%の見せ筋、死に筋商品によって売上20%になっている」といった認識を生み出し、この法則を踏まえたマーケティング戦略が生み出されるようになりました。
 私は、私だけではないのですが、パレート分析続編として世の中万事2対6対2の三派法則」を打ち出しています。これの意義は、「パレート分析」の二分法に対して三分法にしてより精緻にしたことにあります。二派に括(くく)るよりも三派の方が実務的により適合するように思っています。

 これを、パレート分析に適用すれば、「所得上位2割の所得累計が社会全体の所得累計8割を占める」にせよ、「所得中下位の8割の貧富差を更に分析すれば、6割の中間層、2割の貧困層に分かれる」となります。この法則はマーケティングの分野でも応用されます。
「売上で見れば、顧客の上位20%の者が80%を売上し、顧客の中間的60%の者と下位20%の者が残りの20%を売上する」、「商品で見れば、売上の80%は20%の売れ筋商品によって賄われており、残りの売上20%はその他60%の見せ筋、20%の死に筋商品の寄与による」と云うことになります。

 この三派原則は鬼に金棒的に何にでも通用します。他にも例えば、賛成か反対かの二問形式よりも、賛成、反対、分からない(あるいは、どちらでもよい)の三問形式の方が適切でせう。政治的な急進派と穏和派の間に中間派(ないしは日和見派)を加えたほうが実際的でせう。それは、絵画に於ける明度で、白と黒の間に灰色ゾーンがあることでも理解できます。三派原則にはそれほどに値打ちがあります。例えば、「幸せカップル20%、普通カップル60%、離婚組20%」、「社内で稼ぐ人20%、給料程度に働く人60%、足手まとい20%」、「器量良し20%、普通60%、不細工20%」、「性格の良い人20%、普通の人60%、悪い人20%」その他等々。どれも、云い得て妙でせう。この思考法、了解法をぜひ活用してくださいませ。
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 もう一つ、秘伝中の秘伝をお伝えしておきます。ものの考え方、了解の仕方に関わるその二です。歴史を観る目線についてです。これも大事なのに正確に理解している人が少ないと考えています。例えば日本史の場合、政権は大和王朝論から始まるとする古事記―日本書紀ラインの筋立てが通説です。しかしこれは役に立ちません。私は間違っていると考えています。だから参考にするまでが良く、その教説を振り回し始めたら有害です。

 正しくは、大和王朝論の前に出雲王朝論を立てるべきで、その前に縄文社会論を立てるべきなのです。出雲王朝の最後が邪馬台国へと結実していると考えております。その邪馬台国は大和王朝に滅亡される訳ですが、それまでの日本政治の質が世にめづらしい善政なのです。世界的にも人類史的にも誇れる平和的交易通商による共栄圏的政治、その経済、その文化、その精神その他諸々を生み出しているのです。この時代を称揚することで日本史を正しく見て取ることができます。日本の財産なのです。この時代を正しく捉えないと歴史観が歪んだものになります。
 これに日本神道が関係しております。縄文から出雲王朝論時代までの神道を古神道、大和王朝以来の神道のうち表をお伊勢神道、裏を出雲神道と云う風に了解すると、日本史の流れが生き生きと見えて参ります。この分別が日本史を理解する際のキモなのですが、案外と疎かにされています。
 愛国、愛民族を云う場合、大和王朝史観と出雲王朝によって異なるものになります。私は、出雲王朝による観点からの愛国、愛民族である必要があると考えています。古事記―日本書紀ラインの筋立ては、出雲王朝を根の国、母の国と捉えつつも、鬼の国、邪の国、黄泉(よみ)の国という表現で悪者にして、その退治を聖戦にしている点で問題があります。明治維新以降の天皇制皇国史観はこの系譜のものです。明治維新以降の日本政治は、この乗りが現代世界を牛耳る国際金融資本奥の院に利用され、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、シベリア出兵、第二次世界大戦(大東亜戦争)へと戦争の道を突き進んで行くことになりました。
 ともあれ、私は、古事記―日本書紀ラインの筋立ては裏筆法記述であって、出雲王朝を否定的に記述することで、出雲王朝を登場させることに成功しているとも見立てております。且つ、かなりの分量の記述をすることにも成功しているとも見立てております。古事記―日本書紀ラインの記述は、そういう筋立てにすることで出雲王朝を歴史に遺したそのことそのものに意味があり、後世の史家にこの筆法を見破るよう高度な記述をしていると見做しています。

 ここを正しく踏まえれば、政治論争上の靖国神社参拝論争、日の丸君が代論争、天皇制論争、日本語活用廃止論争等々に解決の道が開けて参ります。要するに無用の対立が不要になるというか溶ける訳です。
 歴史理論上、明治維新の際、江戸時代までの日本を暗黒未開社会論で、明治維新以来の日本を文明開化論で捉える歴史観が主流ですが、ウソです間違いです。江戸時代までの日本は日本的なスタイルで高度な文明を築いていたのです。そういうことが次第にはっきりしてきております。

 同様に日本古代史の最大政変の国譲りを通しての大和朝廷以降の日本を文明国、それ以前の日本を文字のない野蛮国論で捉える歴史観が教科書記述になっていますが、ウソです間違いです。テスト的にはウソで間違いの方が正しくマルになるのですが、そういう歴史観では実生活に役立たず力が湧いて参りません。

 極論すれば、間違ったテキストの沿って学び鵜呑みにすると、却って分からず屋になり意固地になる分却って阿呆になると思っています。学びにはそういう危険性があると思います。正しい歴史観、歴史の見立てを得れば、身の処し方が楽になり、歴史を前進させる方向に身を置くことができ、社会的に役立つ者になると思います。人生をこの方向に乗せれば自ずと楽しい、幸せな、生活が生き生きしてきます。観点を正しく据えることで脳が正常に作動し、それが健康寿命に大いに貢献するという関係にあると思います。建築に例えれば、地中深くの岩盤に基礎を据えた建築物は安定感があるようなものです。
 神社仏閣参りが健康寿命に良い、運も良くなることを書き添えておきます。神社仏閣参りをしている方には蛇足でせうが、実にすがすがしく気持ちがいいものです。私には、不思議なことに長距離運転で疲れているはずなのに案外そうでない経験があります。墓参りもそうです。する人としない人には陰徳の差が出ます。陰徳を積まないと徳枯れになり健康も運も悪くなるような気がします。こういうことを述べ始めるとキリがなくなります。他にも言いたいことがありますがまたの機会に譲ります。
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 「エエトコドリはない」。これも重要なメッセ-ジです。ものの考え方、了解の仕方、行い方に関わるその三です。人は、自分に利益のある有利な方を選択をする習性があります。が、注意が必要です。場合によって危険が伴います。例えば相反する両方を得たいとか、同時に二カ所に居たいとか無理な願いをしがちです。男であり且つ女であり且つ男女でありたいと願うようなもので、現実に裏切られるというか頭を打つことになります。にも拘わらずそのように願うことがあります。あり得ないのに願うのです。何かを得れば何かを失う、何かであれば他のものではないというのが分別です。であるのに両方を得ようとする、あるいは手当たり次第に得ようとする、これは欲が深すぎるので禍をもたらします。

 似たような例で八方美人と云うのがあります。どちらにも誰にでも良い顔をしようとする。恐らくこれは口がもつれ心が疲れるのです。こういうもつれや心の疲れは癒されなければ鬱々とすることになります。これらの法理を知って弁えませう。
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 健康寿命の左半分の下半分は、財務力です。これは、今まで述べてきた健康法を裏から支えるもので、これもとても大事です。人は霞を食って生きてはいけないのです。「金がないのは首がないのと同じ」とも云われます。但し、健康あっての財務力と位置付けるべきでせう。今の世の中、命よりお金優先の時代ですから気を付けませう。

 財務力は基本は自分で調達するものです。相続で戴く場合もあります。私たちの暮らしの在り方に政治の在り方が繋がっていると思いますので国策の社会保障も含まれると思います。人は皆なそれぞれ財務力に応じて生活しております。健康寿命もまた財務力に支えられています。

 私の場合は、今後を、本業の不動産業と、水素療法の勧めと、ユ―チュ―ブラジオ講演の三本柱で財務力を得て、世の中に貢献しようと思っています。115歳定命を信じて命を輝かして行こうと誓っています。そして、健康の話し医者になろうと思っています。叶うなら足長おじさんになって陰徳を積みたいです。仲間を求めていますのでご遠慮なく申し出ください。情報をください、成就時には謝礼いたします。お互いにこういう環を造りませう。
 以上、健康寿命に対して、私の考えるメッセ-ジをお伝えしてまいりました。円の4分割の、それぞれの分野を上手にこなしてブリッジさせれば、生き方として最高の人生になると思います。助け合いで長所を伸ばし、足らずを補強して鍛えて参りませう。これを人の環(わ)共和国と考えています。この共和国を身近なところから周囲に広げ、次第に世の中に世界に広げて参りませう。今後ともご支援よろしくお願い申し上げます。一緒に人生を切り開いて参りませう。
 最後に。もう年だからはやめませう。恐らくみんな115歳定命までにはまだまだ余力があるはずです。その時間を有意義にしませう。ご清聴ありがとうございました。