れんだいこの中内功論

Re:れんだいこのカンテラ時評その102 れんだいこ 2005/09/20
 【中内功追悼】

 2005.9.19日、戦後の流通王と云われたダイエーの創業者・中内功・氏が逝去した(享年83歳)。れんだいこは、政治の田中角栄、経済界の中内功に同じような匂いを嗅ぎ取る。もう一人徳田球一を挙げても良い。三人とも、戦後日本の再建に精出し、類稀な実力を見せ、その間愛嬌振りまき国民的人気を博し、世界に乗り出して渡り合える人士でありながら晩年不遇となり潰えた。徳球は1950年のレッド・パージで中国への逃亡を余儀なくされ、まもなくその地で客死した。角栄は、1974年の金脈追求、1976年のロッキード事件で虎バサミに挟まれ、政治活動を封殺された。中内功は、1990年代のバブル経済の崩壊と共に、それまでの積極経営が裏目に出始め、経営責任を問われ最後には身包(みぐる)み剥がれた。

 自称知識人たちが揃ってこの三人を極悪非道人の如く云う。れんだいこが、徳球を持ち上げれば何を馬鹿なと云い、角栄を持ち上げれば不快を見せ、中内功を持ち上げれば不満する。では聞くが、この3人のどこが間違っているのだ。これほど世のため人のために奮闘努力したというのに。己の見解を述べよとれんだいこが迫れば、どうせありきたりの批判しかできゃしない。要するに誘導されているだけのことでしかない。本当はれんだいこの評の方が真っ当なのではなかろうか。下手に勉強するから本末転倒してそれも分からず、単に小難しく言っているだけのことではなかろうか。安上がりの正義論ほど聞いて退屈なことはない。

 れんだいこが、なぜこの3人を高く評価するのか。それは、この三人が戦後の憲法秩序を踏まえつつ、戦後国是の内治主義の指針に従って精力的に働き、名指導ぶりを見せ、飛びぬけて能力を花開かせたからである。その果実は国民が味わった。それを評価せず、逆に悪批判して溜飲下げるとは。漬ける薬がないとはこのことを云うのだろう。

 問題は次のところにある。れんだいこが好評するこの三人に対する悪批判という点で、政府与党の親シオニズム系タカ派も、同様マスコミも、社共も、特に日共系の徳球批判、角栄批判はヒドイ。この点で、彼らはあたかも共同戦線張っている感がある。連中は、小さな正義論で踊らされ、実はもっと大きな仕掛けに誘導されているのではないかと疑惑する視点を持たない。中にはエージェントとして確信犯的に意図的に割り切っている者も居るだろう。

 彼らは、日本を悪い方向へミスリードしている。戦後国是の内治主義を閉塞させ、公共事業を停止させ、必要な事業まで切り捨てさせ、その一方で軍事防衛予算にはたっぷり金をつぎ込ませ、自衛隊を地球の裏まで派遣させ、戦闘に参加させようとしており、更なる人民大衆課税に勤しみ、ブッシュ派の要請するまま巨額の金を吸い取られ続け、それを構造改革だと称している。

 嫌な時代になりつつある。中内功よ、れんだいこにはあなたの悲劇が分かる。あなたの景気変動観では日本経済はいつかは持ち直し、ロングレンジ的には積極経営が正解という結果になるという見立てがあったのだろう。本来ならそうなる筈だ。しかし、それは、吉田ー池田ー(佐藤)ー角栄ー大平ー善幸らの戦後ハト派が政局運営していたらの話だ。何とか処方箋を見出し、景気回復させていただろう。

 しかしだ、戦後日本政治はロッキード事件を奇禍としてタカ派に主導権を奪われた。連中の経済政策を見よ。どうせ今や世界を牛耳る国際金融資本&国際ユダ邪に入れ知恵されているだけのことなのだろうが、「日本経済には中小零細が多過ぎる。これを淘汰するのが政治の義務であり経済政策とすべし」という売国観点から施策し続けている。彼らが「景気回復」政策を唱える場合、そのシナリオを国際ユダ邪に委ねているからしてロクなもんができやしない。英国でのサッチャーブームの後に残ったのが、外資の累々とした英国企業乗っ取りであったように、使えそうな日本企業が安たたき売りされている。

 れんだいこには、意図的に政策不況が作られているような気がしてならない。ダイエーもその企業の一つとして狙われた。このヘビに睨まれたらもう為すすべはなかろう。外堀を埋められ内堀が埋められ、城門が開かれ、解体と模様替えに勤しんでいるのが昨今だ。西武もやられ、堤も二の舞にされつつある。妙なもんで、岡田のジャスコは隆々している。ヨーカドーはどうなるか知らん、勢いが落ち始めたようだ。米の自給率ではあれほどキャンキャン騒いだのに、大衆の消費生活と直結している流通店舗が怪しげになりつつあるというのに危険が叫ばれない。小ネズミ政府はそれを促進せしめている。

 この国は死んだのかも知れない。それがはっきりするのはもう少し先だろうが。中内の死は、戦後内治主義の時代が完全に終わったという、最後の象徴的シグナルかも知れない。とりあえずご苦労さんお疲れ様よくやった、と声かけてやりたい。

 2005.9.20日 れんだいこ拝





(私論.私見)